2008年02月17日

ディナモ・ザグレブ、マリボル相手に僅差の勝利/広島移籍のユキッチの続報

ディナモvs.マリボルシーズン再開前の最後の練習試合として、ディナモ・ザグレブがスロベニア一部のマリボル(現在6位)と対戦しました。マクシミール・スタジアムのバックスタンド裏にある練習場「ヒトレツ・カチアン」には新たなディナモを見ようと2500人もの観客が集まりました。ザグレブ背後のスリイェメ山ではアルペンスキーのワールドカップが現在行われているぐらい冬は未だ厳しく、この日の気温は0度近く。寒風吹き荒れる状況下で凍え死にそうになりましたが、記念すべき2008年最初の試合としてカメラ持って取材してきました。


ソルド室内選手権直後、マミッチ副会長の暴言で辞表を叩きつけたブランコ・イヴァンコヴィッチに代わり、今年から新監督になったのはズボニミール・ソルド(写真)。クロアチア代表では守りのスペシャリストとして君臨し、シュトゥットガルトではカリスマ的な主将であった彼は、ケルン体育大学で学んだのち今季からディナモ・ユースの監督に就任していました。初めてのトップチームの指揮となりますが、対話重視のソフトな監督で、選手の間でも評判が良く、トルコ合宿後は正式に2年契約を結びました。
「この試合は来週のヴァルテクス戦を控えた最後のテストとなる。マリボル戦に出場する選手たちが次のヴァルテクス戦でも出場するだろう」
と試合前に語っていたように、FWショコタやMFサミール、MFチャゴ、FWバラバンなど怪我やコンディションの整わない選手を除けばベストメンバーで構成してきました。イヴァンコヴィッチが4-2-3-1システムを頑なに守り通したのに対し(ちなみに前任者のクジェは頻繁に変更してました)、ソルドはシュトゥットガルトで親しんだ4-4-2システムにマイナーチェンジ。攻撃的MFがワイドに広がる逆台形を取っています。
GKコッホ-(右から)DFミキッチ、ビシュチャン、ドゥルピッチ、チャレ-ヴルドリャク、ヴコイェヴィッチ-グエラ、モドリッチ-FWタディッチ、マンジュキッチ

マンジュキッチバッド・ブルー・ボーイズ(BBB)の熱い応援に押されながら、ディナモは直ぐにゲームの主導権を握ります。開始まもなくマンジュキッチ(写真・右)が左サイドからクロスを通すものの、ファーポストへ飛び込んだタディッチがボールに追いつきません。その直後にはモドリッチが左サイドを突破してシュートしましたが、シュートはGKに止められます。
先制点は24分、モドリッチの縦パスをもらったタディッチが右サイドで折り返すと、ペナルティエリアで待ち構えたマンジュキッチが左足を振り抜いてゴール。マンジュキッチはトルコ合宿の練習試合でゴールなしで終わっていただけに待望の一発となりました。
しかし、この後はトルコ合宿からの疲れが抜けていないこともあってか、あっさりとパスを奪われたり、フィニッシュで躊躇する場面が目立ちます。左のモドリッチは積極的にボールに絡んでチャンスを作るものの、右のグエラはボール離れが悪くて局面を打開できず。またツートップ、とりわけタディッチはことごとくチャンスを潰しました。


ビシュチャン個人的にはDFシルデンフェルド(→ベジクタシュ)、MFポクリヴァチュ(→モナコ)の穴をどう埋めるかに関心を持っていました。新加入のDFビシュチャン(写真)は冷静な処理に努めただけでなく、幾度かドリブルで攻撃参加し、さすがと思わせる内容。一方のMFヴルドリャクはあっさりとボールを失うこともあって、相棒のヴコイェヴィッチの攻撃参加が少なくなり、昨年のような攻撃の厚みが失われた感があります。その上、ヴルドリャクは40分にヘディングでの競合い後に倒れ、脳震盪のため病院送りとなってしまいました。


後半からモドリッチ(写真)をボランチへ、またユース選手のアントリッチを左サイドに置きますが、次第にマリボルも押し返すようになりほぼ互角の展開に。
モドリッチ59分にまたしてタディッチがチャンスを潰すと、マリボルはカウンター一発からMFパヴロヴィッチ(元ディナモ)が鋭いシュートを放ちますが、これはわずかに枠を逸れていきました。
試合はそのまま1-0で終了。スロベニアはクロアチア人が嫌いな隣国であること(BBBは「死ね、ヤネズ(スロベニア人の一般的名前)」「スロベニアの○○○(女性器)」「スロベニアはセルビアの息子」といった汚いコールを連発)、また格下相手に消化不良の試合をしたことで不満の残る結果と内容となりました。試合後にソルド監督は
「試合の序盤で3~4点挙げて試合を決めることができたんだけどね。しかし、恐れはないよ。最後まで試合のリズムをコントロールしたし、我々の勝利に疑問はなかった。ディナモは今日見せた内容よりももっと良いプレーができると確信しているよ」
と述べています。

またハイドゥク・スプリトも本拠地でブルガリア一部のボテフ相手に最後の練習試合を行い、こちらもガブリッチのゴール(33分)だけに留まり、1-0の勝利で終わっています。この日はブーラという寒い強風が吹いたため、ポリュウド・スタディオンの観客はわずか400人ほどに留まりました。


ハイドゥク・スプリトのMFマテ・マレシュ(18)がプロ契約を拒否し、15日、ライバルのディナモ・ザグレブと5年契約を結んだことが大きな波紋を呼んでいます。
ヤルニ監督の下、将来性のあるボランチとしてトップチームに引き上げられ、室内選手権や合宿にも参加していたマレシュでしたが、ハイドゥクが提示した税込み月収1万クーナ(約21万円)の5年契約が不満だとしてサインを拒否。マレシュはハイドゥクに4~5倍の額を要求したとされ、その条件を飲んでいたディナモに移籍の運びとなりました。

これを聞いたハイドゥクのヤルニ監督(写真)は
ヤルニ「事前にマレシュはディナモと合意していたと私は思うよ。クラブが彼にチャンスを与えた後だけに、今度は彼がクラブにチャンスを与える必要があったのに。私には理解し難いし、失望している。彼がもっと稼げる場所はないかと考えているようならば、大きくは成長しないだろう。ディナモ以上に払ってくれるチームがあれば今度はそこへと移ってしまうだろうね。これはもうモラルの問題だ。この事件ののち、ハイドゥクでは同じようなことが繰り返されるのではと疑ってしまうよ」
と半ば呆れ気味のコメントを発しています。
またスポーツディレクターのエルツェグは
「この地方出身の選手でハイドゥクとディナモのうち後者を選んだのならば、どんな選手だろうが我々にははっきりしている。そのような奴にハイドゥクという場所は相応しくないということだ」
と怒りを表しています。

裏切り行為ともいえるこの移籍事件の背景には代理人と結託したのに加え、父親が障害者年金をもらい、兄弟が5人いるというマレシュ一家の事情もあるようです。マレシュは
「起こった事柄に関してはコメントできない。それがスポーツだと僕は理解しているんだ。ディナモと5年契約を結んだことには本当に満足している。ハイドゥクが提示した条件にもずっと良いオファーを貰った。それが決め手となったのさ」
と、財政難に喘ぐハイドゥクをあざ笑うかのようなコメントを残しています。マレシュはシベニクのユースで育ち、昨シーズンはディナモ戦でトップデビュー。視野が広く、持久力のあるボランチとして注目され、シベニクからは奨学金契約を提示されたものの、これを拒否して今季からハイドゥク・ユースへと移りました。ルール上、ディナモは彼を育成したシベニクに50万クーナ(約1050万円)を払うことになっています。

ちなみにハイドゥクのプロ契約を拒否して他のクラブに移ったユース選手はここ最近増えており、2002年にはテオ・カルドゥム(→ディナモ)、2005年にはミルコ・レニッチ(→モナコ)、2006年にはイヴァン・ペシリッチ(→ソショー)、イヴァン・ストリニッチ(→ルマン)、イヴァン・チェリコヴィッチ(→ヴィテッセ)がいますが、いずれもプロとして芽が出ていないのが現実です。


オシエクに本社にあるGlas Slavonije紙の2月16日付紙面に、オシエクFWスティエパン・ユキッチのサンフレッチェ広島移籍話に関して幾分と詳細が載っています。
移籍金は45万ドルではなくて45万ユーロであり、これは2000年のMFヴラニェシュ(現ブレーメン)とMFバビッチ(現ベティス)のバイヤー・レバークーゼン売却に次ぐクラブ史上の高額移籍であること。また1ヶ月に渡って獲得話を進めていたロシア一部のルチ・エネルギアは35万ユーロの移籍金を準備していたことから、オシエク側にとっても良い交渉結果となりました。

またルチ・エネルギアとの交渉ではセルビア人の代理人が下手に仲介していたのですが、今回は両クラブのディレクターが合宿地のトルコ・アンタルヤで直接交渉したことが功を奏しました。実際にサンフレッチェ側がユキッチのプレーを見ていたこと、またオシエクのペトロヴィッチ・ディレクターがサンフレッチェのディレクターにユキッチのゴールとアシスト場面をまとめたDVDを事前に手渡していたがスピード交渉に繋がったようです。ペトロヴィッチ氏は
「移籍仕事が完結したこと、ユキッチが日本でキャリアを続けることには満足しているよ。(当初のルチへの移籍話から)非常に長引いてしまったことは分かっているが、最後は運も伴って全てが幸せな終わり方を迎えたんだ」
とコメントしています。
ちなみにユキッチの以前の所属クラブ、ベルギーのロケレンとの契約事項により、移籍金45万ユーロのうち7万ユーロはロケレンに行くことになります。日本の報道では単年契約となっているようですが、こちらではあくまで3年契約と報じられています(欧州で単年契約は一般的ではありません)。

移籍が決まったユキッチは
「本当に幸せだという以外に何を言えるんだね。はっきりしない状態にウンザリしていたが、今はようやく一息ついて、新たな環境を考え始めることができるよ。全員がこの移籍に満足して終われたことが僕には本当に嬉しいんだ。
どこにも僕は行きたくはなかったのだが、それではオシエクに利益が生まれない。死んだような状態から二度に渡ってグラツキ・ヴルト(オシエクの本拠地)に戻ってきたことは忘れていないよ。オシエクは僕に多くのものをもたらしてくれたし、同様に僕が彼らにお返しするのが当たり前と思うんだ」
またロンチャレヴィッチ監督は
「人生において第二のチャンスを得る者は少ない。ロケレンでの不幸な終わり方があったのち、ユキッチはオシエクに戻り、今はそこで第二のチャンスを得た。彼が成功することを願っているよ。日本人は振舞いにおいて独自のルールがあるし、平穏に生き、そして働く機会を誰に対しても与えている。もしユキッチが分別を持って懸命に振舞ったならば、日本人はもっと良い条件で彼に応えてくれることだろう」
と述べています。オシエクの一行は15日に帰国。ユキッチは荷物をまとめて月曜日か火曜日には日本に旅立つ予定です。
またオシエクの他の選手にも幾つかオファーが届いており、DF/MFヴァレンティン・バビッチにはロシアとウクライナのクラブから、DFデイヴィッド・ロペスにはロシアのクラブが、またFWカルロ・プリモラッツには日本のクラブが関心を示しているようです。


日本人MFの今矢直城(27)がクロアチア一部のメヂュムリエのテストを受けていることがクロアチアのスポーツ紙Sportske Novostiに報じられています。今矢はオーストラリア、スイス、ニュージーランドのクラブを経て、2007年からはドイツ三部のリューベックでプレー。リューベックが倒産危機に陥ったため、12月に退団しておりました。16日にはスロベニアのドゥラヴァとの練習試合に途中出場しています。


posted by 長束恭行 |19:21 | サッカーニュース | コメント(2) |
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