2008年02月14日

ラパイッチ、二部トロギルへ/ジェフのMF下村にディナモが関心?

クロアチア元代表のMFミラン・ラパイッチ(34・写真)が、ハイドゥク・スプリトとの交渉が破談してからというもの、スプリトに程近いクロアチア二部リーグのトロギルの合宿に参加しています。
ラパイッチ国外からのオファーがない限り、今季はこのままトロギルでプレーするのが濃厚で、地元のトロギルもラパイッチが加わることを手放しで喜んでいます。市長のヴェドラン・ロジッチ氏は
「私たちの町でサッカーを語る際に、ラパイッチの話題が真っ先に挙げられるようになると思うと満足しているよ。ラパイッチは新たなプロジェクトにとって歓迎すべき人物だ。数日の間に国外からのオファーがないならばトロギルに残るつもりだ、と言ってくれているしね」
とコメントしています。

ペルージャ時代の中田のチームメイトとして日本でもお馴染みのラパイッチ。そんな彼が二部でプレーすることに驚きを持たれるかもしれませんが、彼はとかく我が道を行くマイペースなキャラクターです。クロアチア代表の主力だったのにも関わらず、2003年は開幕してもクラブを一向に決めようとせず(10月になってアンコーナに移籍)、今季に関しても同じことを繰り返していました。2006年春、ラパイッチにインタビューすべく私はベルギーを訪れたのですが(当時はスタンダール・リエージュ所属)、その時も彼を捕まえるのは苦労したものです。肩透かしなコメントも多かった彼ですが、クロアチア代表の話題になると
「(代表復帰の)意欲はある。長く現役を続けたいため半年前にタバコもやめたよ。クラニチャール監督(当時)は私が歳を食っていると言っている。今の私は要らないようだけど、別の監督がやってきたならば私が必要になるかもしれないのだから」
と真剣な顔で語っていました。ビリッチ監督になってからは代表に復帰し、若手選手たちにも良い影響を与えていたと聞きます。またインタビューの際には日韓ワールドカップを想い出しながら、
ラパイッチと筆者「Jリーグのクラブで私を欲しいところはないかね? 日本で私はキャリアを終えたいんだ。"日出づる国"でね。日本は驚異的な国だ。国民はいつも意欲がある上に規律正しい。まさしく別世界だよ。
日本の文明や文化はとても興味深い。イタリアやトルコ、ベルギーで私はプレーしてきたわけだけど、他国の文明や文化に接し、それを自分の中に取り入れることが私に向いているんだ。これまでと同じように日本でも吸収したいんだ」
と真面目に語ってくれ、駅まで私を運ぶ際にも車の中でJリーグ事情を色々と聞かれたものです。年齢がネックとはいえ、そのテクニックは衰えておらず、まだまだ客を呼べる選手だけにJリーグで見てみたい気もします。
(インタビューの際にコーラを飲んでいたので「コーラを一日ペットボトル二本を飲むって本当?」と質問したのですが、「そんなわけない」と返されました(笑))

トロギルは昨季に3部から2部に昇格し、現在は16チーム中8位につけている野心的なクラブ。今年からラパイッチのかつてのチームメイトでもあるアンテ・ミシェを監督として迎え、現在は7500人を収容する新スタジアムも建設しています。
ちなみにトロギルはユネスコ世界遺産にも指定された歴史都市として知られ、中世以来の建造物が密集するトロギル島の端に本拠地となる小さなグラウンドがあります。この「バタリヤ・スタディオン」は200~300人ほどしか座れないスタンドしかないため、現在はハイドゥクの本拠地ポリュウド・スタディオンを仮本拠地にしています。まだ3部とか4部にトロギルがいた頃に二度ほど試合を見たことがありますが、ここは熱狂的に「マラリヤ」という名前のサポーターグループが存在します。トロギル島の近くには湿地帯があり、その湿地帯の蚊がマラリアをもたらしたことから、という特殊なルーツの名称で、トレードマークもまさに「蚊」であったりします。


昨年の半年間はUAEのアル・ワドハでプレーしていたFWアフメド・シャルビーニ(24・写真)が、スイス一部のルツェルンと1年半の契約を結びました。
クロアチア人の母とシリア出身のパレスチナ人の父との間に生まれたシャルビーニは、弟アナス(現在はリエカの司令塔でキャプテン)と共にリエカ・ユースで育ち、生粋のストライカーとして活躍。守備をほとんどしないためことから90分を通して起用されるのは少ないとはいえ、昨季は21得点でリーグ2位につけました(1位はエドゥアルドの34得点)。シーズン終了を待たずして移籍金80万ドルでアル・ワドハに移籍したものの水に合わず、契約を解消したのちは新たなクラブを探しておりました。
「ようやく所属クラブが解決したよ。最後の辺りは少し神経質になったことは認めなくちゃいけないね。誰もが僕に連絡してきて、中国やロシアなどへの移籍話を持ちかけてきた。しかし、遠い国には行きたくなかったし、UAEに行ったような昨年夏の行為を繰り返したくなかったんだ。最後は上手く収まったと思うよ。ルツェルンはよく組織されたクラブだ。5~6面の練習用グラウンドを備えた新スタジアムを作っている野心を持ったクラブだし、リーグも比較的質が高いし、観客も多い。ここが僕にとってのキャリアのステップアップになることを望んでいるよ」
ルツェルンはかつてのスイスの名選手、チリアコ・スフォルツァが監督として指揮しているものの、現在は10チーム中8位と低迷中。FWの層はかなり薄くて、カメルーン人のチュングが怪我をしている現在は、中国人の石俊とスイス人のルストゥリネーリしかおらず、スフォルツァ監督もシャルビーニを即戦力と考えているようです。
ちなみに弟のアナス・シャルビーニにはディナモ・モスクワから移籍金250万ユーロものオファーがリエカに届きましたが、これにはスポーツディレクターも兼任するダリッチ監督が拒否しています。

クロアチアのヴェチェルニ・リスト紙にジェフユナイテッド千葉の新監督ヨシップ・クジェ(写真)へのインタビューがあり、ディナモ・ザグレブがトルコ合宿にてMF下村東美に関心を寄せた逸話が掲載されました。今年はディナモとジェフの対戦はありませんでしたが、合宿地が同じということでディナモ関係者もジェフの試合(スラヴェン・ベルーポ戦)を見に来ていたようです。
クジェ「ディナモの人たちは下村を見て、彼のことを褒めていたよ。しかし、それ以上のことは私は知らない。下村について少し情報を集めていたようだが」
と語るクジェは、下村に関して
「一対一に非常に強く、プレッシングを素晴らしくこなす。また、プレーの組み立ても知っている優秀かつ経験ある選手だ。攻撃の最終局面にも頻繁に顔を出し、素晴らしく攻撃参加している。ディナモでプレーするクオリティは持っていると思うよ」
と高く評価しています。ディナモは先日に守備的MFニコラ・ポクリヴァチュをモナコに売却し、ちょうどこのポジションの選手層が手薄になっているのですが、移籍に関してディナモ側と話し合ったのかと聞かれたクジェは
「それは話し合ってない。私の仕事ではないからね。設定されている移籍金についても全く知らないんだ。ディナモか彼に関心を寄せたという初期段階だけであって、それ以上のものはないよ」
と交わしています。
2006年2月にクジェ率いるディナモとオシム率いるジェフが対戦し、試合後にマミッチ副会長とクジェ、オシムの両監督がお茶をした際に話題に登ったDF宮本恒靖にマミッチが関心を示すというニュースがありました。ただ、この時は暴走気味にニュースだけが先走りし(結果的に私も加担してしまったわけですが…)、日本の幾つかのスポーツ紙が「ディナモ・ザグレブが宮本獲りへ」と報じたのは記憶に新しいところです。


posted by 長束恭行 |04:10 | サッカーニュース | コメント(3) |
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