2010年03月16日

リーグ再開後におけるクロアチア両雄の戦いぶり

先月末にウィンターブレイクが空け、再開されたクロアチア・リーグ。この二週間余りで18~20節を終えました。私は計4試合を撮影取材しましたが、18節のザグレブvs.リエカ戦は90分間を通して雨に祟られ、20節のザグレブvs.ヴァルテクス戦は大雪の除去で生まれた泥んこの上で撮影を強いられるなど、この時期ならではの悪環境を味あわせられています。内陸部が雪ならば、海岸部は強風。そんな自然条件でもプレーしなければならない選手が一番大変ではありますけどね。

nogomet-147790.jpgいつもならば冬に選手の入れ替わりが多く、戦力の変化が顕著に見られる春ですが、ここのところの不況の影響もあり、国外への選手売却も滞れば、新たな選手獲得もさほど行わませんでした。ですので順位にも変化は起きてませんが、3節を終えた二強の様子をピックアップしましょう。まずは順位からです。
(【 】内はウィンターブレイク前の順位、そして今の順位とのアップダウン)

1. ディナモ・ザグレブ    (勝点46) 【 1 -】
2. チバリア・ヴィンコヴチ      (40) 【 2 -】
3. シベニク             (36) 【 3 -】
4. ハイドゥク・スプリト        (35) 【 7 ↑】
5. カルロヴァッツ          (34) 【 5 -】
6. オシエク             (32) 【 4 ↓】
7. ロコモティーヴァ         (31) 【 8 ↑】
8. スラヴェン・ベルーポ       (31) 【 6 ↓】
9. リエカ               (26) 【 9 -】
10.インテル・ザプレシッチ     (21) 【10 -】
11.ザダール             (21) 【12 ↑】
12.メヂムリエ             (21) 【13 ↑】
13.ヴァルテクス・ヴァラジディン  (20) 【11 ↓】
14.イストラ1961           (19) 【15 ↑】
15.ザグレブ              (18) 【14 ↓】
16.クロアチア・セスヴェッテ     (10) 【16 -】


●半年後のヨーロッパ・カップに向けて~ディナモ・ザグレブ

シーズン終了まで12試合残されているとはいえ、既にリーグ五連覇は手中にあるといっても過言のないディナモ・ザグレブ。彼らの目標は、来季のチャンピオンズ・リーグ本大会出場、もしくはヨーロッパ・リーグにおける決勝トーナメント進出にあります。近い将来を見据えたチーム作りを進めらようと、クルノスラフ・ユルチッチ監督は若手を積極的に活用し始めました。

nogomet-147784.jpg例えば、右サイドバックは6年目のブラジル人エトー(29歳)ではなく、ユース出身の18歳、シーメ・ヴルサリコ(写真)を全試合に先発起用。上下の運動量とクロスに優れることで「スルナの再来」とも呼ばれる彼はシーズン前半、レンタル先のロコモティーヴァで実力を認められ、今年からディナモのトップチームに加わりました。20節のザダール戦はプレーが冴えずに65分で下げられたものの、他の試合では合格点の働き。同じくディナモ・ユース出身で右サイドを主戦場とするMF/DFイヴァン・トメチャク(20)とどう併用するかが課題となりますが(ザダール戦は同時起用で失敗)、この先のディナモは右からの突破が武器となるはず。今まで右MFのポジションにはズドラヴコ・マミッチ副会長が溺愛するブラジル人MFサミール(22)の起用が多いのですが、調子の波が大きく、ヨーロッパ・カップでも3シーズンを通して活躍できてません。覇気のない選手を徹底的に嫌うサポーターのBBBも頻繁にサミールへブーイングを浴びせており、あらゆる批判を承知で使い続けていくかも注目されています。

シーズン再開前の悩みの種だったのが、FWマリオ・マンジュキッチ(23歳・写真)。欧州で戦い抜くため、彼の年俸を大幅に上げることで移籍を慰留させたものの、シーズン前半は調子が優れませんでした。一時は1500万ユーロと言われていた市場価格も半額近くに下がっていますが、これ以上留まらせたところでも"腐って"しまいます。この冬は売却しようにも買い手が見つからず。上層部は次の夏こそ彼を売却する予定で、マンジュキッチ本人は自分の価値を上げるため、この半年間はクロアチア・リーグを過小評価することなくアピールに徹しなくてはなりません。
nogomet-147785.jpgそんなモチベーションの下、今年の初戦となる第18節クロアチア・セスヴェッテ戦ではハットトリック(結果は6-0)。国内リーグでの得点は第10節のヴァルテクス戦以来、実に146日振り。続く第19節のオシエク戦では決勝ゴールを決めるなど(結果は1-0)、ようやくエンジンが掛かってきました。彼を獲得しようとスカウトも次第に増えているようです。またマンジュキッチは批判を交わそうと今までメディアに沈黙を続けてきたものの、3月6日のスポルツケ・ノヴォスティ紙で沈黙後初のインタビューに答えました。"俺様"的な態度は変わらないですが、国内でも影響力あるインタビュアーから"試合後にコメントも出さないのはプロとしてどうなのかね?"と釘を刺され、以来、試合後のミックス・ゾーンは報道陣の前に立つようになりました。

この春から新たにマンジュキッチとコンビを組むのが、インテル・ザプレシッチから獲得したブラジル人FWルイス・パウロ・イラーリオ・"ドドー"(22歳)。チーム内のブラジル・コミュニティよりも、アルゼンチン-チリ・コミュニティと親しい不思議な選手です。そんなドドーは、デビュー戦となるセスヴェッテ戦にて開始53秒で初ゴール。21分には前述のマンジュキッチのゴールをアシストするなど鮮烈なデビューを果たしました。しかし、28分には相手のタックルを受けて右膝の靭帯を損傷してしまい、退場するはめに。復帰まで一ヶ月は掛かると見られていますが、ユルチッチ監督は守備にも献身的なドドーの働きぶりに惚れ込んでおり、復帰次第、直ぐに再起用するでしょう。心配なのは、アンドレイ・クラマリッチ(18歳)、ミロスラフ・スレピチュカ(元チェコ代表・28歳)といった控え組に元気がないことで、しばらくはマンジュキッチ頼りとなりそうです。

nogomet-147786.jpgクロアチア・セスヴェッテ、オシエクを順調に下したディナモですが、第20節ではザダールをホームに迎えてのスコアレスドロー。不甲斐ない内容にマミッチ副会長(写真)は開始20分で席を立ってしまいました。
「試合があった夜、窒息死しそうになった。51年の人生の中で私は大きな理由もなく泣いたことはないが、この時は涙が流れた。あれが私が愛するディナモ、誰が愛するディナモなのかね? あんなプレーのためにどんな準備をしてきたのかね? 私が試合中に去ったのはおおっぴらな抗議だ。あんなプレーに対する抗議なのだよ!
考えてくれ。ディナモは昨年12月から8ヶ月間は国内リーグを気楽に戦いながら、ヨーロッパに向けた理想的なチーム作りができるんだ。これらの試合で連携を深めずして、いつやれると言うのだね? 選手自身が試合を選んでいるとしたら、いつやれるのだね? いつチームができると言うのかね? あの試合では自分が副会長であることに恥に思ったよ!」
と怒り心頭。いくら国内に敵無しのディナモであっても、悪い日はあるわけであって、それすら理解しようとしないマミッチ副会長の機嫌一つで雰囲気が荒れてしまうのがディナモの不安要素でしょう。


●新監督効果で復調の兆しあるも…~ハイドゥク・スプリト

リーグ再開を前にエドモンド・レーヤがラツィオ監督に就任したため、71歳のスタンコ・ポクレポヴィッチに指揮を任せたハイドゥク・スプリト。シーズン直前のジェリェズニチャールとの親善試合は不安を残す内容でしたが、さすが経験のある指導者だけあって調子を合わせてきました。
「攻撃的なサッカーで結果を残せ」というのがスプリトのメンタリティ。レーヤのサッカーは、"1-0"を良しとするイタリア人ならではのものだったため、サポーターは幾らか不満を抱いていたのですが、過去に二度ハイドゥクを指揮し、スプリト生まれのポクレポヴィッチは早くに選手とサポーターの心を掌握しました。ポクレポヴィッチはクロアチア最大の知将とされるトミスラフ・イヴィッチと最も親しい指導者であり、1980年代末にはモンテネグロのブドゥチノストの監督としてデヤン・サヴィチェヴィッチやプレドラグ・ミヤトヴィッチといった将来のスターを見出した人物であります。3ヶ月契約ながら彼に任されている仕事は、シーズン前半の不振で失った選手の自信を回復させること。とりわけハイドゥクに移籍し、萎縮した選手達を叩き直すことでした。

nogomet-147787.jpg初戦となる第18節のスラヴェン・ベルーポ戦、前半は攻めながらも得点を奪えない戦いでしたが、後半直ぐにMFスルジャン・アンドリッチ(28歳、元クロアチア代表)のミドルシュートが炸裂し、それから堰を切ったかのように得点が生まれます。4-2-3-1の右MFを務めるマリン・トマソフ(22歳・写真)は昨年に鳴り物入りでザダールから移籍したものの、決定機をことごとく外し、シーズン前半は戦犯の一人に祭りたてられました。春からポジションを左から右へと移してから、レフティーならではの内への動きも見せるトマソフ。その彼が53分、右から25mのFKを叩き込み、今季初ゴールを記録しました。64分にはトマソフのFKからFWアンテ・ヴクシッチがこぼれ球に食らいついてゴール。とりわけ層の薄いFW陣でポクレポヴィッチが「弾丸のよう」と評価し、全試合で先発起用するヴクシッチはまだ18歳です。
73分にはクロアチア代表の左SBのポジションに名乗りを挙げると期待されるイヴァン・ストゥリニッチ(22歳)が、果敢なオーバーラップから4点目。82分にはMFアナス・シャルビーニ(22歳)とのパス交換で、途中交代のMFフロリン・ツェルナト(30歳、元ルーマニア代表)がゴールを決め、5-0と文句なしの快勝を果たしたのでした。

第19節ではアウェーのインテル・ザプレシッチ戦をMFセニアド・イブリチッチ(24歳、ボスニア代表)の2ゴールとストゥリニッチのゴールで3-0と快勝。順位を7位から4位に上げ、ポクレポヴィッチ効果が現れてきました。「彼とは5年契約を結んでもいいぞ」と、スヴァグシャ会長もご機嫌。第20節、ホームにリエカを迎えての「アドリア海ダービー」では、強いハイドゥクを応援しようとサポーターが集まり、今季最高の観客となる1万人がポリュウド・スタジアムを埋めました。

主導権を握るものの得点が生まれない展開は第18節のベルーポ戦と同じ。しかし、自信を取り戻しているハイドゥクの選手達は後半にテンポを速め、リエカのゴールを襲います。51分にFWヴクシッチが無人のゴールを外す大失態があったものの、74分にMFヨシップ・スココ(34歳、元オーストラリア代表)のミドルシュートが炸裂して先制に成功。昨年から続く連勝記録も6まで伸ばせると思いきや、88分に油断から同点弾を奪われます。リエカが縦に放り込んだロングボールにFWヂャロヴィッチがヘディングで繋ぎ、ボールはGKダニエル・スバシッチ(25歳、クロアチア代表)の目の前に。しかしスバシッチがパンチングする直前にMFクレイラッハにヘディングで押し込まれてしまいました。盛り上がりに水を差すドローという結果にポクレポヴィッチ監督は
「非常に良い戦いをしたのにもかかわらず、不幸な形で勝点を失ってしまった。ペナルティエリアにおける不手際の失点だった。それがサッカーだと多くの人は言うが、私はそれに同意するつもりはない。残念ながら、あの場面で見せたものが我々の弱点だった」
と敗戦の弁を述べました。(試合の動画はこちら)

nogomet-147788.jpg足踏みしたとはいえ、ハイドゥクが調子を取り戻しているのは紛れもない事実。あとはシャルビーニ兄弟をどのようにフィットさせるか、です。シーズン前半はFW起用も多かった弟のアナス・シャルビーニ(23歳)は、本職である左MFを任され、股抜きドリブルやアウトサイドキックによるクロスボールなどテクニカルなプレーを見せるようになりました。守備に脆く、ポジションを中央に絞りすぎる欠点はありますが、そのお陰で左サイドの広大なスペースをストゥリニッチが活用できています。
ハイドゥクの悩みの種となるのがいまだにハイドゥクでノーゴールの兄、FWアフマド・シャルビーニ(26歳・写真)。リエカで63ゴールを決めてきたアフマドですが、3試合ともベンチスタート。古巣のリエカ戦ではアフマドに出場機会を与えなかったことにポクレポヴィッチ監督は
「彼の練習ぶりを見れば、若手以上のアドバンテージを得ることはない。もし同じ実力ならば、私は常に若い選手にアドバンテージを与えてきた」
とメディアに説明。これにアフマドは怒りを爆発させ、
「ハイドゥクでの地位に満足することはなかったが、この発言は行き過ぎだ。リスペクトが欠けた扱いを受けることは相手が監督だろうが許せない。ようやく健康面が万全で、全力が出せるというのに、この3試合の出場時間は10~15分ほどだ。もし補強選手として高い金銭を払って僕を獲得したならば、その元が取れるよう僕に継続的なチャンスを与える必要があると思う」
とインタビューで反論。これにポクレポヴィッチ監督は
「我々に必要なFWは、走る気力のある選手だ。なぜならばディフェンスをやるFWを私は探しているからね。そういった面がアフマドには見られない。だから彼の出場時間が少ないんだ」
とこれまたメディアを通して言い返し、直接に言い争わない両者の関係は修復が難しくなっています。

昨年8月にハイドゥクがシャルビーニ兄弟を獲得するためにリエカに払った移籍金は220万ユーロ。クロアチアのクラブ間の移籍では歴代上位に入る金額です。しかしながら、ハイドゥクは彼らが内面に抱えている精神的なムラっ気(ちなみに彼らの父親はパレスチナ人)に振り回され、現時点では本物の補強とは成りえていません。一昨年の株式化でハイドゥクが得たはずの潤沢な資金もどんどんと目減りしており、トップチームから追放したベテラン組を含めた不満組の人員整理がシーズン終了後に必要となってくるでしょう。


2連勝に続く引き分けで少しトーンダウンした感のある、ライバル関係のディナモとハイドゥク。そんな両雄の対決が近づいています。舞台はクロアチア・リーグではなく、クロアチア・カップの準決勝。初戦は3月24日、ディナモのホーム、マクシミール・スタジアムにて。第二戦は4月7日、ハイドゥクのホーム、ポリュウド・スタディオンにて行われます。


posted by 長束恭行 |23:53 | サッカーニュース | コメント(0) |
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2010年03月05日

クラニチャールのミドル一発でクロアチア、ベルギーに勝利

3月3日、ブリュッセルのキング・ボードワン・スタジアムで親善試合「ベルギーvs.クロアチア」が行われました。今年最初の親善試合であり、とりわけワールドカップ出場を逃した両国にとってはユーロ2012予選に向けた大事な準備となる試合です。

nogomet-145405.jpg一人の人物がロングタームで代表監督を務めるのが極めて稀なクロアチアで、スラヴェン・ピリッチ監督はミロスラフ・ブラジェヴィッチと並ぶ三期目に入りました。ワールドカップ出場を逃し、この予選は言い訳から逃れられない立場になりましたが、監督慰留を願っていた選手達の信頼関係は強く、今年に入ってからはコーチらと手分けして各国を回り、選手に新たなオプションを説明してしました。
その新たなオプションとは「3-5-2」システムの導入です。ディフェンスのリーダーだったロベルト・コヴァチが代表から引退。そして左サイドバックの適任者が見つからない中、ビリッチはシステム変更案を温めてきました。振り返れば、クロアチアは3バックの歴史が長いチームです。ブラジェヴィッチは自ら「3-5-2」を考案したと語るほどこのシステムにこだわり、後任のミルコ・ヨジッチ、オットー・バリッチは併用したものの3バックを使うことが多く、ズラトコ・クラニチャールは息子をトップ下に置いた「3-4-1-2」をひたすら使い続けました。
ビリッチ監督は就任以来、そんな3バックの伝統をばっさりと断ち切り、世界の本流である4バックに変更した監督です。選手も所属クラブで4バックに慣れていることもあり、クロアチアはあっという間にコンパクトなチームへ変貌しました。しかしながら、上記に挙げたチーム事情が重なり、今が3バックをテストするタイミングだと判断したのです。ビリッチ監督はこう語ります。
「何も革命的なことをするわけじゃない。しかし、可能な変更とは言える。これまで試合で試すことがなかったが、実際にやってみて上手くいくか見てみようじゃないか。もちろん、続けて5~6回練習できるのならばもっと楽なんだけどね」

FWムラデン・ペトリッチが先週のヨーロッパ・リーグでゴール直後にタックルを受け、足首を負傷。無理して週末のバイエルン戦にフル出場したため、治療のために今回は召集を見送りました。小さな怪我や病気を抱えている選手もいましたが、ほぼフルメンバーが揃いました。また特筆すべきは、耳の難病でコーチを外れていたチームの頭脳、ロベルト・プロシネチュキが現場に戻ってきたことです。
ハムストリングスの怪我から復帰したばかりのFWエドゥアルドはベンチスタート。代わりにマテ・ビリッチがオリッチとツートップを組みました。二列目の攻撃的MFには、203日ぶりの代表復帰戦となるルカ・モドリッチ、そしてニコ・クラニチャールを横に並べ、ワンボランチにはヴコイェヴィッチが。また左アウトサイドのMFにフルヴォイエ・チャレを起用。U-21代表監督の時からビリッチが寵愛する選手ですが、これまでパッとした結果を残せておらず、メディアはチャレが代表で使えるか使えないかの最後のテストとなるだろうと予測されています。スタメンは以下のようです(3-5-2)。
GKルニェ-(右から)DFチョルルカ、クリジャナッツ、シムニッチ-MFスルナ、クラニチャール、ヴコイェヴィッチ、モドリッチ、チャレ-FWビリッチ、オリッチ

一方のベルギーはワールドカップ予選を4位で終えたのち、新たにオランダの名将の一人、ディック・アドフォカートを代表監督に招聘しました。チームの若返りを図る中、目玉なのがFWロメロ・ルカク。今季のヨーロッパ・リーグで彼が所属するアンデルレヒトとディナモ・ザグレブが対戦したこともあり、16歳の少年とはいえ、強烈なフィジカルを要する彼の怖さは重々承知しています。DFダニエル・ヴァン・ブイテン(バイエルン)、MFマルアン・フェライニ(エバートン)といった主力を怪我で欠いてはいるものの、クロアチアにとっては申し分のない相手となりました。スタメンは以下のよう(4-4-2)。
GKバイリー-DFコルパールト、コンパニ、ヴェルマーレン、ヴァン・ダメ-MFアザール、ヴィツェル、ヴェルトンゲン、マルテンス-FWデンベレ、ルカク

ユーロ予選が始まるまでは親善試合であらゆるテストが試める時期とはいえ、初っ端は勝利で飾りたいクロアチア。それはベルギーにとっても変わりなく、親善試合という事実を忘れさせる激しい当たりの試合となりました。
nogomet-145407.jpg「このシステムチェンジで有益に働くのは、クラニチャールとモドリッチの二人」(ビリッチ監督)のはずが、両サイドの活かし方が徹底されておらず、ツートップもDFとボランチに挟まれたため窮屈な攻撃となりました。いつもならばモドリッチがサイドのスペースに走り込み、選手がなだれ込むゴール前へと折り返す、というのが一つ攻撃パターンなものの、そういった局面は作れません。

ディフェンスに関していえば、ルカク(写真)の動きにDFが常に引っ張られる分、他の選手が飛び込むスペースを作られやすく、とりわけポジショニングに難のあるチャレの左サイドが弱点に。立ち上がりは高く攻めたものの、相手にボールを持たれた場合に止めるポイントがなく、結局は全体が引くしかありません。そのため、攻撃に転じてもリズムのない個人技頼みの遅攻となりました。

お互いにチャンスが作れない序盤でしたが、最初のチャンスはクロアチアに訪れます。22分、クラニチャールが右サイドでキープしながら、左からDFの裏に走り込んだチャレに浮き玉のパスがピタリと届きます。チャレはGKと一対一になり、絶好のシュートチャンスを迎えておきながら、3人のDFを抱えながら接近したオリッチの呼び声に戸惑ってしまい、パスを選択。それも足元に送ればゴールだったものの、シュートなど不可能なオリッチの上半身にぶつけるようなパスでした。ディナモ時代からポテンシャルが評価されながら、チャレがいつまで経っても評価されないのは、こういった大事な場面で賢明な判断力が欠けてしまうことです。

間延びしたクロアチアに対し、パスを通しながら相手ゴール前に近づこうとするベルギー。36分、ヴァン・ダメの左クロスをクリジャナッツがクリアし損ねると、ボールは最も危険なルカクに。胸トラップからシュートに入るまでにGKルニェが飛び込むことで難を逃れます。
クロアチアは40分、ヴァン・ダメのパスをモドリッチがカットし、ペナルティエリアへドリブル。フリーのビリッチへ折り返しますが、ノートラップのシュートはポスト右へ。前半はスコアレスドローで終えます。

後半はシムニッチに代えてDFロヴレンを左ストッパーに入れたのみで、前半と同じ3-5-2にてスタートします。クロアチアのボールポゼッションは高くとも、決定的なチャンスは作れない中、53分にクリジャナッツが負傷退場。その直後のセットプレーから、コルパールトの右クロスをヴァン・ダメがヘディングで落とし、ヴェルマーレンがトラップからシュートを試みるも、ボールはクロスバーを越えていきます。
クロアチアもその2分後、ビリッチがポストとなって右のスペースに飛び込むスルナにボールを送ると、ペナルティスポット付近に一人立つモドリッチへ折り返しのパス。モドリッチの技術ならば正確にシュートを叩き込めるはずが、シュートは大きく吹かしてしまいました。
クロアチアは56分、クリジャナッツに代えてMFラキティッチを投入、またオリッチに代えてFWエドゥアルドが入ります。スルナとチャレがサイドバックの位置に下がって4バックにチェンジし、中盤は右からラキティッチ-ヴコイェヴィッチ-モドリッチ-クラニチャールの並びになりました。

60分、ベルギーの左クロスがヴコイェヴィッチの背中に当たり、ボールはニアポストの方向に向かったところをルカクが抜け出してシュート。これはポストに救われましたが、改めてルカクは末恐ろしい選手なことを思い知らされました。ベルギーのセットプレーはGKルニェがことごとく救ってくれたものの、ここにヘディングの強いファン・ブイテンやフェライーニがいたら失点は免れなかったことでしょう。

nogomet-145408.jpgなかなかクロアチアにプラス要素が見つからない試合でしたが、呆気なく先制点が転がり込みます。63分、クラニチャール(写真)が左からドリブルで切り込んでいくと、25mほどの距離から右足で強烈なミドルシュート。無回転のボールはGKバイリーの目測を誤り、ネット右上に突き刺さりました。
「どのようにボールがGKに向かっていったかは分からない。けれども強いシュートだったよ。それだけにネットを揺らすものだと蹴った瞬間に感じたのさ」(クラニチャール)
ミドルシュートを武器としながら、よく枠を外すことが多かった彼ですが、トットナムでの成長度合いは目覚しく、彼のスーパープレーでクロアチアは均衡を破りました。
(シュート動画はこちら)

64分からはモドリッチに代えてMFプラニッチ(左MF、クラニチャールがセンターへ)、ビリッチに代えてFWマンジュキッチがピッチに送り込まれます。
73分、ペナルティエリア手前やや右の位置でベルギーが直接FKを得ると、アザールが狙い済ましてシュート。これもまたクロスバーを叩き、同点に追いつくことができません。

リードを守るべくゴールを固めてカウンターを狙うクロアチア。79分、後方からのロングボールをエドゥアルドが巧みにボールを操って2人のDFを惑わすと、左から飛び込んだプラニッチにスルーパス。シュートはGKバイリーに当たり、逆サイドに浮いたボールをマンジュキッチが押し込めばゴールだったのですが、脚がボールに届きません。83分にもエドゥアルドの技術の高さでカウンターの形を作るものの、独りよがりなプレーに走りがちのマンジュキッチが台無しにしてしまいます。
クロアチアは83分にヴコイェヴィッチに代えてMFドゥイモヴィッチ、90分にスルナに代えてMFガブリッチを試しつつ、ベルギーのプレッシャーに耐えながらも一点を守り切り、アウェーにて勝利を収めました。
(クロアチア国営放送のダイジェスト動画はこちら)

nogomet-145410.jpg試合後、ビリッチ監督は
「この勝利は、私と選手達にとって大きな意味がある。監督は常に重圧と生きるものだが、代表監督となると試合数が極めて少ないだけに更に辛いものだ。ワールドカップ出場を逃したあと、私のミスはクローズアップされた。しかしながら、それは私を傷つけるものではなかった。どんな仕事を引き受けたかを私、そしてコーチ陣は分かっているのだよ。
この試合でミスもあったが、悪い点よりも良い点の方が多くあった。チームは新システムに上手く適応したよ。のちに4-4-2に変更させたが、これはシムニッチが前半で引き下がったのとクリジャナッツの怪我のため変更せざるえなかったんだ。とりわけ前半終わりの15分はミスが多かった。ベルギーはその時間帯を支配したが、決定的なチャンスまでに辿り着くことはなかった。
ベルギーは同点に追いつくこともできただろう。クロスバーを叩いた場面もあったし、後半は良いチャンスを作っていた。けれども、我々が作ったチャンスよりも数は少なかったじゃないか。チャレとマテ・ビリッチは前半の決定機を逃したし、後半はモドリッチとプラニッチがチャンスを活かせなかった。ベルギーのような好チームに対してこれほどのチャンスを作るのは楽じゃないのだよ」
とコメントしています。

一方のアドフォカート監督は
「両チームとも負けたくないという意図の下、ピッチに立った。リスクは極めて少なくプレーしたし、彼らも我々も計算しながらの戦いだった。私自身は引き分けが正当な結果だと思うよ。クロアチアはクラニチャールの素晴らしいシュート一本で勝利したが、GKの処理もまずかった」
と試合を振り返っています。

ビリッチ監督は今回の「3-5-2」導入をポジティブに捉えているようですが、現時点では3バックが強い相手に対して使えるオプションではありません。もちろんオプションの一つとして取っておくのは良案でしょうが、クロアチアは上手くいってきた4バックを将来的にも通すべきでしょう。
ならば守備も攻撃もできる左サイドバックを探せ、というテーマになりますが、ロベルト・ヤルニ以降、このポジションのエキスパートがクロアチアで生まれていません。プラニッチは守備に難があり、チャレも今日のパフォーマンスでは代表に生き残るのは微妙。チョルルカ、ロヴレン、シムニッチも左サイドバックを務められますが本職ではありません。
となると、次のオーストリアとの親善試合(5月19日)は、ハイドゥク・スプリトのイヴァン・ストゥリニッチ(22)を試すタイミングが来ているはず。昨年11月のリヒテンシュタイン戦で代表初召集されたものの、怪我のため見送り。今は怪我も完治し、先週末のスラヴェン・ベルーポ戦でも果敢なオーバーラップからゴールを決めました。彼をこの一年間で代表としても使える左サイドバックに成長させるのが、ビリッチ監督にとっては得策なのではと私は思います。


posted by 長束恭行 |00:18 | サッカーニュース | コメント(0) |
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2010年02月26日

「ディナモB」ことロコモティーヴァを牽引するニーノ・ブーレ

2月25日、82日間ものウィンターブレイクが開け、「ロコモティーヴァvs.ヴァルテクス・ヴァラジディン」戦を皮切りにクロアチア・リーグが再開しました。
基本は土曜日開催なのですが、マクシミール・スタディオンをディナモ・ザグレブとロコモティーヴァが共同使用し、今節はそれぞれがホーム開催のため、ロコモティーヴァがディナモより2日早く試合を行うことになったのです。

nogomet-144204.jpg今年のクロアチアの冬は厳しく、予定よりも一週間遅れの試合開催となりました。先週は一日中気温がマイナス、今週になって最低気温がようやくプラスに転じ、昨日はいきなり日中が17度まで上がる春の陽気となりました。私もそんな陽気に誘われるかのように、カメラを背負って今年最初の撮影取材へと行ってきました。
ロコモティーヴァが一部になってからの試合は初めて。取材パスを申請してなかったのですが、ディナモのシーズンパスですんなり入ることができたのです。観客は300人ほどと少ないものの(それでも普段のロコモティーヴァのカードよりも観客は多いようですが)、長く待ったシーズン再開に高揚感が湧いてきます。そして3ヶ月ぶりに会うジャーナリストやカメラマン、スタッフらと親交を深めたのでした。

さて、ロコモティーヴァはその名前が示す通り、鉄道員のチームとして1914年に設立された由緒あるクラブです。第二次大戦後は長くユーゴラスビア一部リーグに属し、1952年にはハイドゥク・スプリト、ツルヴェナ・ズヴェズダに次ぐ3位という好成績を残しました。しかし、その後はディナモの陰に隠れるように没落し、1955年に二部リーグに転落。翌年は一部に上がったものの、その一年後に再び二部リーグに転落したあとは一度も表舞台に出てくることはありませんでした。

クロアチアが独立したあとも常に下位リーグをうろうろし、2006年には4部リーグまで転落。そこで浮上したプランが、ディナモとの提携でした。ディナモの育成における悩みは、ユース学校を経てきた選手達に出場機会をどう与えるかというもの。国内では常勝を求められ、欧州カップ戦では1970年以来の冬越えを目指すクラブだけに、18歳~20歳辺りの経験の浅い選手が出場機会を得て、簡単にレギュラーを取れるわけではありません。18歳まではユース・カテゴリーのリーグがあるのですが、それを越えると成長の場がなくなってしまいます。そのためにレンタルという手があるわけですが、将来を嘱望されながらも芽で出ずに消えていく選手が多いのが実情です。

かつてディナモの選手を頻繁に受け入れていたのが、インテル・ザプレシッチでした。FWエドゥアルド・ダ・シルヴァ(現アーセナル)、MFルカ・モドリッチ、DFヴェドラン・チョルルカ(共にトットナム)、DFデヤン・ロヴレン(リヨン)、DFフルヴォイエ・チャレ(トラブゾンシュポール)といった選手は、いずれもディナモの主力になる前、インテル・ザプレシッチにレンタルされることで経験を積みました。
しかしその後、インテルはディナモと提携を結んでBチーム化されることを拒否。そんな中、イリヤ・ロンチェレヴィッチ(元ディナモ、ロコモティーヴァ監督)のアドバイスの下、4年前に新たな提携先として浮かんだクラブが4部のロコモティーヴァでした。

インテルのケースと違うのは、ロコモティーヴァにコーチ陣も送ることで、ディナモ(・ユース)と同じたコンセプトでサッカーを行うことです。また、若い選手の模範となるようなベテラン選手も加入させます。そのベテランの代表格の一人がエディン・ムイチンです(2007/08シーズンにプレー)。
ロコモティーヴァは2006/07シーズンを四部リーグを1位で終えて昇格を決めると、2007/08シーズンは三部リーグを2位で終えて目標だった二部昇格。そして昨シーズンは二部を3位で終えたわけですが、一部リーグが12クラブから16クラブに拡大されたこともあり、昇格対象になりました。事実上の「ディナモB」が本家ディナモ・ザグレブと同じリーグでプレーしていいのか?、という倫理的な問題が浮上したものの、ティン・ドリチュキ会長の強い主張もあって、一部リーグに加わることを決めたのです。

ロコモティーヴァを活用するプランは、ここ10年のディナモで一二を争う成功例です。この4年間、1988年生まれ以降でディナモからロコモティーヴァに送られたユース選手は実に33人。既にディナモで活躍している選手にMFミラン・バデリ(1989年生)、MF/DFイヴァン・トメチャク(1989)、DFトミスラフ・バルバリッチ(1989)、FWアンドレイ・クラマリッチ(1991)が挙げられます。そして今季前半をロコモティーヴァでプレーし、後半にディナモへ戻されたのが、MFドマゴイ・アントリッチ(1990)とDFシーメ・ヴルサリコ(1992)。とりわけヴルサリコは、18歳ながら冬のキャンプでディナモのレギュラーを勝ち取りました。

nogomet-144205.jpgさて、今季のロコモティーヴァですが、リーダーとなるベテランは二人います。一人は昨季からプレーするMFジェリコ・ソピッチ(35歳・写真左)。ボルシア・メンヒェングラートバッハをはじめ、ドイツで何年間もプレーし、中盤のハードワーカーとなる主将です。
そしてもう一人は今季から加入したFWニーノ・ブーレ(33歳・写真右)。2000~2002年にガンバ大阪で活躍したことでお馴染みの彼は、この10年間で数多くのクラブを渡り歩きました。昨年6月にパンセライコス(ギリシャ)を退団したのち、ブーレは最初に打診してきたロコモティーヴァのオファーを受け、2年契約を結んだのです。

しかしながら、開幕戦はリエカに0-6の完敗。続くイストラ戦は1-3、ヴァルテクス戦も1-3と三連敗を喫し、一部の洗礼を味わされます。その頃のブーレはこう語ります。
「若いチームだけにシーズンを通して何度も揺らぐことだろう。本当のサッカー選手になるためにもっと練習せねばならない未熟な選手はたくさんいる」
ロコモティーヴァはそれから二連勝。ブーレ自身も牽引役となり、開幕5戦でゴールランクトップに並ぶ5ゴールを記録します。第9節は兄貴分のディナモと対戦。0-1で敗れはしたものの、手を抜くようなことは一切なく、堅いディフェンスと鋭いカウンターでディナモを手こずらせたのでした。ウィンターブレークまでの18節を終えて、8勝1分8敗の勝点25。降格争いどころか、中位の8位につけました。ブーレもまたゴールランク3位の8ゴール、アシストランクも3位の5アシストをマークし、若者に囲まれながら「第二の青春」を謳歌しています。

nogomet-144206.jpg前置きが幾分と長くなりましたが、試合は両者のチーム事情が反映されたものとなりました。ロコモティーヴァはこの春から1991~92年生まれの6人のユース選手が新たに送り込まれ、そのまま彼らが初めてトップチームのベンチに座るほどの若々しいチームです。逆にピッチ上の選手は半年間の一部リーグの経験を積んでおり、「来季こそは俺がディナモのトップチームに」と張り切っています。時にアピールに度が過ぎるばかり、周囲を無視したドリブルやパスを選択する選手にはブーレやソピッチが声を荒げて叱ります。これだけ観客が少なく、サポーターの応援もないと、そんなベテランの怒鳴り声がよく聞こえてきます。
そんな中、前半20分にMFマルティナッツ(26)の左CKからブーレ(写真右)が腰を屈めながらのヘディングシュートを叩き込み、ロコモティーヴァが先制。前線で身体を張ってボールをキープし、またルーズボールを真剣に追っかけ、そしてパスやプレスキックでも非凡な才能を見せるブーレは、Jリーグに戻ったところでもガンバ時代以上の実力を発揮できることでしょう。

ヴァルテクスは前の記事に書いたように、チーム消滅の危機にあります。ドラジェン・ベセク監督は冬に上海申花へ去ったため、新たにユースコーチからダミール・ヤガチッチが昇格したものの、システムから選手まで入れ替えたこともあり、チグハグなプレーが目立ちます。それでもベテランの主将ムムレクが声を張り上げ、若い選手達を鼓舞しました。セットプレーから打開を図るものの、ロコモティーヴァのゴール前には身長202cmのDFバガリッチ(21)が立ちはだかります。また出場機会を求めてディナモからロコモティーヴァに移ってきたGKケラヴァ(22)も身長195cm。普通のクロスボールではあっさりと止められてしまいました。

nogomet-144207.jpg後半に入って直ぐの48分、ロコモティーヴァは追加点を奪います。決めたのはFWハヴォイッチ(21・写真右)。マルティナッツのスルーパスに対応し、ドリブルで持ち込んでの左足でのシュート。既に2年前にディナモのトップチームでデビューしてますが、一年前の時点で「22歳になれば本物の選手になるだろう」と彼を育てたコーチが明言している逸材です。
その後はゴール前をしっかりと固め、中盤でボールキープすることで相手をじらしながらゲームを殺していきます。ロイ・フェレンチナ監督(39)は、この試合がデビュー戦となるモルドバ人MFアンドロニク(18)、MFフラニッチ(18)を投入する余裕も見せ、若いチームの割に大人びた勝利をもたらしたのでした。
(試合のニュース動画はこちら)

これでロコモティーヴァは暫定ながら勝点でハイドゥク・スプリトと並びました。ロコモティーヴァの戦い方は一貫しています。ディフェンスでは激しく当たり、オフェンスでは連携を重視しながらも最後は個人技にモノを言わせて得点を奪いに行くもの。これはディナモ・ザグレブと限りなく似たコンセプトです。フェレンチナ監督(写真左)は試合後、
nogomet-144208.jpg「勝利には値したものの、まだまだ決定力という問題を解決せねばならない。そして完璧にしなければならないポイントも幾つかある。何もないところから選手を作り出すという仕事は楽じゃないんだよ」
と若手を指導する難しさを口にしました。それでも将来のスターを次々と生み出すような遣り甲斐ある仕事には間違いありません。
ディナモはこれから無駄な外国人補強をとりやめ、育成重視に方向展開することを明言しました。ユース出身の選手が続々とディナモのトップチームで活躍する現象に「ベビーブームが来た」とさえ表現する記者もいます。そんなベビーブームの陰にはロコモティーヴァというクラブがあり、また若い選手達を牽引する機関車となるべきブーレやソピッチのようなベテランが頼りにされているのです。


p.s.
前半が終わって選手達がピッチからドレッシングルームに向かう途中、ゴール裏にいる僕に近づいたブーレが「オゲンキデスカ」と挨拶をしてくれました。遡ること9年前、私が最初にインタビューをした選手だけに、こうして今でも交流を持てるのは嬉しいものです。


posted by 長束恭行 |07:47 | サッカーニュース | コメント(1) |
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2010年02月23日

クラブ消滅の危機に立たされるヴァルテクス・ヴァラジディン

1992年にクロアチア・リーグが独立して以来、常に一部リーグに属するヴァルテクス・ヴァラジディンが、破産・消滅の危機に直面しています。ヴァラジディンは衣料メーカー「ヴァルテクス社」の企業城下町であり、ヴァルテクスは1931年創設とクロアチア国内で古いサッカークラブですが、ヴァルテクス社の業績悪化も伴い、クラブの財政は悪化の一途。様々な要因が重なり、ヴァルテクスが現在抱えている借金は日本円にして5億円ほど。選手やコーチ、スタッフらは昨年7月から給与がもらえていません。銀行からの借金も返済できず、先月には銀行口座も凍結させられてしまいました。

nogomet-143707.jpg伝統あるクラブが消滅か。この一週間、クロアチア・サッカー界はこのテーマに揺れました。ヴァルテクスの経営陣は揃って破産を否定しているものの、郊外に住む選手の一部はガソリン代も手元になくて練習に来られなくなるほど現場は苦しんでいます。
ヴァルテクス・ユースで育ち、37歳になっても主将としてチームを引っ張るMFムリエンコ・ムムレク(写真)は、選手を代表してフロントと話し合いを持ちました。その場で最悪のケースとして"破産もありえる"と耳打ちされたのです。ムムレクは必死に訴えます。
「クラブは今の状況を隠そうとしていたけど、我々は本当の姿を外から知っていたんだ。語られているような破産については、我々選手達は決して許さない。最後まで戦うつもりだよ!
それは我々の給与のためだけではない。自分達の利益のために戦うのは当然だが、給与なんて忘れることができるさ。むしろ、多くの目標のため、成長を続けるユースの子供達のために戦うんだ。クラブが破産し、下部リーグへと追いやられては、選手達が成長する機会を失ってしまう。子供達にその罪や責任はないんだ。それだけは許されないことだし、決して許してはならないことだ」

ヴァルテクスが残る道は、国家や自治体のサポートも受けながら、クラブの借金を株式に転じて私有化を図ること。ハイドゥク・スプリトはその方法で大口株主を見つけ、借金返済に成功しました。しかし、スプリトほど街の規模はなく、ハイドゥクほどの熱狂的な支持者が少ないヴァルテクスには楽な方法ではありません。
また私有化の際には、費用の掛かるユース部門を分離させ、独立採算による市民組織に変える方針であり、これに対しても激しい反発が出ています。なぜならば、クロアチア北部の才能ある選手達が集結するヴァルテクス・ユースは、国内でも定評あるセレクションと育成を行う組織だからです。現在も250人の子供が通い、それぞれのカテゴリーのクロアチア代表にも名前を連ねるほど。しかし、分離するかしないかを悩む前に、ユース選手の親御さんは破産でヴァルテクス・ユースそのものが無くなってしまうことを心配しています。
「私達の子供達にとっては、ヴァルテクスが人生の全てなの。いつかはプロ選手になろうと自分のことを信じているのよ。なのに、大人の責任を彼らが被せられて夢を諦めさせられるなんて。ユースを切り捨て、子供達をアルコールや麻薬に走らせるつもり? それは決して許すことはできないわ」

2006年までは頻繁に国内上位にあったヴァルテクス。このクラブの転落はスポンサー不足だけが原因ではありません。ユーゴスラビア時代は一部にも上がれなかった地方クラブを発展させたのは、一人の人物によるものでした。その人物の名はアンジェルコ・ヘリャヴェッツ。大学を卒業し、ヴァルテクス社に就職した彼は1989年にクラブの会長に就任。戦争という混乱の時代、自らのカリスマ性をもってしてクラブを変革・興隆させ、地元の支持を集めていくと、地元出身のブランコ・イヴァンコヴィッチを指導者として迎えることで、わずか数年たらずで国内の強豪の一角にクラブをのし上げました。1999年には実に欧州カップ戦の一つ、カップ・ウィナーズ・カップでベスト8までヴァルテクスを進出させたのです。
nogomet-143708.jpg将来はクロアチア・サッカー協会会長の座も有力紙されたヘリャヴェッツですが、2001年7月20日、BMWを運転中に追い越しを図ろうとした際、対向車線のトラックと激突して即死してしまいます。クラブのシンボルであり、舵取りを失ったヴァルテクスは、その後は経営面で迷走を続けました。一部の選手に高額な給与を払ったり、フロントに無能な人物を連れて来ることで借金は膨らみ続け、イメージの悪さから優良スポンサーを失ったのです。誰か選手を売却して利益を得ようにも、給与未払を理由に契約解消されてしまうこともしばしば。また給与未払を巡っては、過去に在籍した選手もヴァルテクスを訴えており、30件ほどの訴訟に敗れています。
メインスポンサーとなるべきヴァルテクス社が、ビタ一文スポンサー料を払わない(払えない)のは大問題です。同社はリーバイスと提携し、生地生産も行う老舗の衣料メーカーですが、中国の安い衣料が次々と入り込んだために競争力を失ってしまいました。
スポンサー料を払わない企業の名前をクラブ名につけるのはどうか、という議論から昨年、新たなスポンサーの医薬品会社にちなんで「ヴァラジディン・ファルマル」と改名する運びとなりました。しかし、50年間親しんだクラブ名を変えることにサポーターや市民は反対。「ヴァルテクスはやらないぞ!(Ne damo Varteks!)」の落書きが、亡くなった会長の名前をつけた本拠地アンジェルコ・ヘリャヴェッツ・スタディオン(写真)にも書かれたのでした。

nogomet-143709.jpg22日、クラブの存続を願う選手達、ユースの子供達、コーチ、スタッフ、そしてサポーターグループの「ホワイト・スートン」(写真)がヴァラジディンの中央広場に集まり、30分間に渡ってアピールを行いました。ここでも「ヴァルテクスはやらないぞ!(Ne damo Varteks!)」の横断幕が掲げられたのです。その場に現れたクラブ会長ズラトコ・ホルヴァトは破産の噂をこう否定しました。
「これまで語られてきた話は、ジャーナリストやある特定の人物が作り出した悪意ある虚偽だ。クラブの消滅なんてありえないし、現実とは関係ない話だ。状況は楽じゃないが、来週には私有化への手続を進めていくし、口座の凍結も解除されることだろう」
ホルヴァト会長はヴァラジディン副市長も務めていることもあり、この日は市と県の代表者を集めた会議に出席し、クラブの援助を求めました。しかし、今の困難を乗り越えるためには多くのハードルが残されています。
(集会の模様はこちらで動画が見られます)

選手は先が分からぬ状況でトレーニングを重ねてきましたが(※ちなみに冬のトルコ合宿はユース選手売却を条件にディナモが経費を払いました)、今度は将来のスポンサーや株主を集めるべく、プレーを通して支持者を集めていかねばなりません。集会後、直ぐにトレーニングに向かわねばならぬキャプテンのムムレクは、涙ぐみながらこう語りました。

「ピッチ上にいる時は給料をもらってないことも忘れていられる。その2~3時間のうちは財政問題なんて我々にとっては存在しないんだ。
とても長い間、我々は苦しんできた。今ようやく、問題解決に手をつけねばならない瞬間が訪れたと思っている。今日、中央広場に集まってくれた全員、そして我々と一緒にフロントと会長を支持しようと訪れた全員を誇りに感じているんだ。彼らだってヴァルテクスがこの危機から脱出できると信じている。自分の給料なんて頭の隅にしかないと信じてほしい。私はクラブが死んだ状態から何か動いて欲しいと願っているだけだ」

今週からクロアチア・リーグは再開。ヴァルテクスは木曜日にロコモティーヴァと対戦します。リーグでは11位と苦しんでますが、クロアチア・カップは準決勝まで勝ち残っており、タイトルの可能性も残されています。
「ヴァルテクスはやらないぞ!」
選手、そしてヴァラジディン市民によるクラブ消滅阻止の戦いはこれから始まります。


posted by 長束恭行 |07:17 | サッカーニュース | コメント(0) |
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2010年02月19日

ユーゴスラビア・リーグ復活か?/再燃する地域リーグの論議

ここに来て再び「ユーゴスラビア・リーグ」復活を巡る話題が賑わせています。正確に言えば、ルーマニアやブルガリアも含めたバルカン地域、もしくはハンガリーやオーストリアも絡めた地域リーグを作り出そうという話が再燃して来ているのです。しかし、長年に渡ってテーマになって来ている話とはいえ、まだサッカーにおける地域リーグは時期尚早という意見が強く残ります。

nogomet-143297.jpg17日、スロベニアのブレッド湖畔でUEFA代表のテオドール・テオドリスを迎え、セルビア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、スロベニア、マケドニア、ブルガリア、スロバキアのサッカー協会関係者と会合を持ちました。若手育成やサッカーくじ、代理人に関する問題を協議するものでしたが、その中でセルビア・サッカー協会長トミスラフ・カラジッチが地域リーグの実現の可能性に言及したところ、テオドリス氏はUEFAの立場として
「サッカーに良いものをもたらすならば、地域リーグだろうが我々は関心を持っている。反対はしない。しかし、真面目に検討するからにはプロシェクトを示して欲しい。再び協議するような具体的な提案を出してくれないか」
と、予想外にもポジティブな返答を得ました。そこでスロベニア・サッカー協会代表のイヴァン・シミッチが手始めてとして、各国の優勝クラブ、もしくは将来に地域リーグに加入したいクラブを一箇所に集めてのチャンピオン大会を開いたらどうかと提案したのです。
(写真は、ジェリェズニチャールの事務所で見つけた現役時代のオシムの写真。こういった昔の写真が今でも旧ユーゴのクラブの事務所には飾られる)

いよいよ地域リーグ実現の一歩か。これに対して各国が様々な反応を見せています。

まずクロアチア。クロアチア・サッカー界を牛耳るディナモ・ザグレブの副会長ズドラヴコ・マミッチは今月初め、
「地域リーグは(活性化の)解決策の一つだと思っている。アドレナリンがスタジアムを満員にさせるかもしれないんだ。ジャーナリストはいつもディナモの観客数を多めに書いてくれている。しかし、それは我々の恥だと捉えているのだよ。地域リーグは更なる観客、スポンサー、放映料をもたらしてくれるくもしれないんだ」
と地域リーグに賛成の姿勢を見せました。今季、ザグレブのアイスホッケーチーム、メドヴェシュチャクがオーストリアのEBELリーグに参加を始めるや、毎試合6000人もの満員の観客を集めて一大ブームとなっています。ディナモの一強となったクロアチア・リーグで観客増は見込めず、国家を越えての高レベルな試合に観客は飢えているとマミッチは考えました。
nogomet-143302.jpgしかし、スロベニアの具体的な提案が出た直後、地域リーグに賛成か聞かれると、マミッチは一転して否定に回ったのです。
「前回に地域リーグについて語ったのは、あくまでテーマを開いただけに過ぎない。常に話し合う必要はあるし、最高の解決策を探さねばならない。しかし、ディナモが地域リーグに参加したいと私は一度も言ったことはない!
ディナモの参加に対しては反対だし、スロベニアの提案にも反対だ。我々はクロアチア・リーグを守らねばならない。そのためには今の16クラブによるリーグではなく、10クラブか12クラブの参加に留めるべきだ。ディナモは地域リーグがなくとも若い選手を育てていける。毎年のように欧州カップ戦もあるわけだし」
クロアチアで強烈に拒否反応を示しているのはサポーターたち。ディナモ・サポーターのバッド・ブルー・ボーイズは以下の声明を出しました。
「我々は、セルビア、モンテネグロ、(ボスニア・ヘルツェゴビナ内の)セルビア人共和国のクラブと一緒に参加するような大会や地域リーグを"決して"支持しないことをここに表明する。あらゆる手段を持ってしてディナモが参加を反対させるよう我々は戦っていくつもりだ」
ハイドゥク・サポーターのトルツィダも同じく反対の姿勢。セルビア人勢力との戦争に従軍した退役軍人が多くサポーターのメンバーにいることを考えれば、幾ら財政面でプラスになろうともリスクが大きすぎると具体的な理由を述べています。セルビアに対するわだかまりが溶けないクロアチアは、地域リーグを受け入れるのはまだまだ難しいようです。
(写真は、国内リーグにおけるディナモ戦のメインスタンド。おおよその試合がガラガラで、今季の平均観客は水増ししても3,375人)

続いてセルビア。ツルヴェナ・ズヴェズダの監督ヴラディミール・"ピジョン"・ペトロヴィッチは
「そのような大会がこの地域のサッカーのクオリティを良くすることは間違いない。セキュリティの問題に関しては、他の旧ユーゴスラビアの国々は我々のチームを迎える際に重圧となるだろうが、我々の下では問題とならないだろう」
と前向きなコメント。しかし、ズヴェズダの主将ニコラ・ラゼティッチは
nogomet-143301.jpg「ハイドゥクやディナモと激しい試合をプレーすることは間違いなく最高だろうが、それではサポーターの信用を失いかねない。サポーターの難しい状況をコントロールできるかどうか心配だ。ベオグラード・ダービーですら、あるべきレベルのセキュリティを完全に維持できないというのに」
と反対の姿勢。パルチザン・ベオグラードの主将ムラデン・クルスタイッチは
「セルビア・リーグが地域リーグによって損害を被るかもしれないだけに僕は反対だよ。自分の国家でチャンピオンになることが僕の一番の喜びなんだ。例えば、バスケットボールの地域リーグが始まってから、もうセルビア・リーグに参加する全チーム名を知ることがなくなってしまった。地域リーグのアイデアの背景には、早く簡単に金を手にしたい人々の関心があるのみだ。まず自分たちのリーグのクオリティ向上に取り組むべきなのだよ」
と同じく反対の姿勢を示しています。
またスポルト・ベオグラードのジャーナリスト、ブランコ・セクロヴィッチ氏は、セルビア世論をこう述べています。
「セルビアで地域リーグに関する考えには温度差がある。世論の意見は分かれているが、賛成の意見が幾らか多いと言えるだろうか。もちろん、この大会にはコソボのチームの参加はあってならない。セルビアは決してコソボという国を認めないし、もし大会にコソボの参加を認めるのならばセルビアは決して大会に同調しないだろう」
ここのわだかまりの対象はクロアチアなどではなく、やはりコソボとなります。昨日、クロアチアのイヴォ・ヨシポヴィッチ新大統領の就任式があったのですが、セルビアのボリス・タディッチ大統領は「クロアチアはコソボを承認した国」ということで出席を拒否しています。
(写真は、昨年のU-21クロアチアvs.U-21セルビア戦。代表レベルでは予選を通しての対戦がしばしば)

三民族が入り乱れるボスニア・ヘルツェゴビナもまた二つの意見に割れます。かつてユーゴスラビア一部リーグでプレーしたようなクラブは諸手を挙げて賛成しています。例えば、ジェリェズニチャールは公式ページ上に地域リーグ支持を表明しました。ジェリェズニチャールは財政面で苦しんでおり、地域リーグ参加は大きなプラスになるはずです。
しかし、ボスニア・ヘルツェゴビナでここ最近優勝しているズリンスキ・モスタルやシロキ・ブリイェグといったクロアチア人系のクラブは慎重です。まず参加するにはセキュリティも含めたあらゆる条件をクリアせねばならないと考えており、昨年はシロキ・ブリイェグvs.サラエボ戦を前にサラエボのサポーターがクロアチア人に射殺されるという事件が起きています。

残る三ヶ国はいずれも賛成です。

大会提案をしたスロベニアは、国内リーグの平均観客が1000人を切るほど冷え切っています。ただし、旧ユーゴでは経済における優等生ということで、バスケットボールの地域リーグのスポンサーもほとんどがスロベニアの企業。サッカーの地域リーグはバスケットボールのそれ以上に関心が高く、16クラブ参加の大会に必要な年間600~700万ユーロの資金も調達できると言われています。今年の夏にはリュブリャナに新スタジアムが完成。またマリボルも開催条件の整ったスタジアムがあり、地域リーグの手始めとなる大会は充分に開催可能。しかし、前述のシミッチ氏は「プリシュティナ(コソボ)の参加はまったく反対ではない」と述べており、セルビアとの折り合いをどうするか、といったところです。

モンテネグロは旧ユーゴで最も人口の少ない国(62万人)ですが、水球の欧州王者になるなどスポーツにも類稀な才能を発揮する国です。その水球も地域リーグのお陰で発展を遂げたこともあり、サッカーの地域リーグも賛成の立場を取っています。

マケドニアは、地域リーグを「暗いトンネルを抜ける救い」だと捉えています。ヴァルダル・スコピエの中心人物ドラギ・セティノフ氏もセキュリティ面に問題なく、他国のクラブに対してスコピエ市民はネガティブな考えを持っていないことから地域リーグ開催に賛成を唱えています。

他のスポーツでは既にユーゴスラビアの強豪クラブが集結した地域リーグが行われています。それこそバスケットボールの地域リーグが始まった頃はサポーターの喧嘩か暴動が目立ったとはいえ、今ではすっかり落ち着いて競技が行われています。また旧ユーゴスラビア・サッカーリーグに対するノスタルジーはどの民族にもあり、数年前には旧ユーゴスラビアのクラブを集めたプレイステーションの海賊版サッカーゲームを目にしたことすらあります。
しかし、サッカーは別物という意見が根強いのは確か。旧ユーゴスラビアのクラブは現在、欧州カップで年を越えて勝ち残ることなど滅多にありません(ここ10年では2005年、UEFAカップでベスト16になったパルチザンのみ)。地域リーグを通してのレベルアップと財政改善を優先するか、それともサポーターによるリスクを回避して諦めるか。地域リーグ実現まではまだまだ時間が掛かりそうです。


posted by 長束恭行 |22:45 | サッカーニュース | コメント(0) |
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加