2010年04月12日

ボスニア二冠に挑むアマル・オシム/古豪ジェリェズニチャールの復活

クロアチアはディナモ・ザグレブのリーグ優勝が秒読み段階となっていますが、お隣ボスニア・ヘルツェゴビナの「プレミエル・リーガ」は残り8節を残し、二つのクラブのマッチレースに集約されました。
2001年と2002年に連続優勝してから8年。再びサラエボの古豪、ジェリェズニチャールは当時と同じ監督の下でリーグタイトルが近づいています。指揮するのはアマル・オシム。いわずもがな、イヴィツァ・オシムの息子であり、ジェフユナイテッド千葉の元監督です。

nogomet-153149.jpgボスニア独立後でのジェリェズニチャール全盛期を築いたアマルは、2003/04シーズンのUEFAカップ一回戦でスコットランドのハーツに敗れた直後にフロントと対立して監督を解任。しかし、その後のジェリェズニチャールはタイトルに恵まれることなく、リーグ順位もジリジリと下げ続けました。この暗黒時代を何とかして抜けようと、フロントはアマルを幾度と復帰を要請したものの頑なに拒否。しかし、昨シーズンのジェリェズニチャールは9位に甘んじ、アマルと近い関係にあるサバフティン・ジューヨが新会長に就任したことで、アマルはディレクター職も含めた全権監督に就くことを決意します。監督就任の条件の一つとして、前政権時に味わったようなフロントの介入は一切行われないとの約束を取り付け、古豪復活に向けて全身全霊を捧げることになったのです。

アマルは日本を離れたのち、ジェリェズニチャールの本拠地グルバヴィツァ・スタディオンから徒歩10分辺りの場所にカフェ経営を始めました。昨年1月に彼を訪ねたのですが、店内はそこそこ繁盛しているように見えても、現場を離れて一年半も経つアマルは魂が抜けたようでした。
再会は監督就任して間もない7月上旬。合宿地メヂュゴリエに近いモスタルで、昨季王者のズリンスキとの練習試合の時でした。半年前とは違って表情が険しいアマル。財政難のジェリェズニチャールには移籍金を払ってまで補強する予算がないだけに、まずは契約切れの選手をあたり、テストを繰り返しながら手探り状態でチームを構築しなければなりません。具体的な数字を出すと、昨季から26人が去り、18人が新たに加わりました(放出の一人に元セレッソのMFぺラックもあり)。まさに一からのチーム作りです。練習試合では、既にチャンピオンズ・リーグ予備戦に向けてチームを仕上げてきたズリンスキを相手にやられ放題の1-5で完敗。古豪復活の道は厳しいものかと思われました。

8月1日からプレミエル・リーガは開幕。ジェリェズニチャールはいずれも後半のゴールによる1-0の勝利で開幕2連勝を果たします。しかしながら、その後は1勝4分2敗と苦しい試合が続き、10節を終えて9位と低迷します。
nogomet-153150.jpg私が取材コーディネートの仕事でアマルに再び会ったのは、スランプ中の6節を前にした頃でした。方向性は間違っていないことを信じる彼は、選手達にハードなトレーニングを課します。おなじみ、複数色のビブスを使っての判断力とパススピード向上のトレーニング。サイドを崩してのシュート練習。そして最後は紅白戦となりました。審判役を務めながら何度も試合を止め、意図を汲み取らない選手に対しては思い切り怒鳴り散らします。最後はよほど気に要らなかったのか、怒号を挙げたままゲームを止めてピッチを出ていってしまいました。そんな後にインタビューを予定しており、重苦しい雰囲気になると思いきや機嫌は良く、
「この国のリーグはゆっくりつなぐスタイル。私のダイナミックなサッカーを受け入れさせるのには時間が掛かるが、現状は悪くない」
と、手応えを感じているように見受けられました。観客も昨年より増えており、アマルのサッカーに対する期待度は上がっています。毎試合、グルバヴィツァに応援へと駆けつける10代のサポーター達とも話をしましたが、彼らは数年前の業績を知っているだけにアマルは救世主的な扱いを受けています(逆に父親のイヴィツァの時代を知る古いサポーターからは手厳しい意見もありますが…)。ちなみに父親は練習を友人達と隅から見学することはあれど、試合には全く訪れません。理由は「心臓に良くない」とのことです。息子のことは気になって仕方ないはずなんですけどね。

アマルの成果が現れたのは、この後からでした。11節から本当のジェリェズニチャールの快進撃が始まります。4勝1敗でシーズン前半を5位で終えると、ウィンターブレイク後は負けなしの5勝1分。勝点でボラツ・バニャルカと並び、得失点差で現在首位に立っています。今季のジェリェズニチャールは一試合も同じスタメンを組んでないものの、同じポジションに複数の似通った選手を抱えていることが起用面でも連携面でもアドバンテージになっているとのこと。また父親が率いていた頃のジェリェズニチャールは序盤で攻勢を仕掛けて勝負を決めるスタイルだったと聞きますが、相手のフィジカルが落ちる残り20分でゲームを支配し、決勝点を決めて勝利を収めるのが現在のアマル流です。

国内紙アヴァズのトゥルボニャ記者は
nogomet-153151.jpg「とうとう良き時代が訪れた。この5年間、我々が夢見てきた時代、語り続けてきた時代が今、再びここにある。5年間の停滞ののち、ジェーリョ(ジェリェズニチャールの愛称)の国が再び目覚めたのだ」
と記事の中で古豪復活を喜びました。カップ戦でも準決勝に勝ち進み、昨年夏には1-5で敗れたズリンスキを相手に初戦を3-1とモノにし、今週水曜日にアウェーでの第二戦を控えています。つまりアマル率いるジェリェズニチャールは二冠に手が届くところまでやって来ました。

そして次の土曜日、第23節でボラツとの天王山が本拠地グルバビッツァで控えています。
「もし23節、24節を終えた段階で首位だったら理想的だね。ボラツの方が日程が恵まれており、優位に立っているのは事実。しかし、我々はタイトルに対して重圧を感じたくはない。少しずつ勝点を集めていくことで、最後はどうなるか、ってところだね」
あくまでアマルは慎重な姿勢を崩しませんが、ボスニアでも日本でもタイトルを獲得してきた彼は自分なりのレシピを持っているはず。人生を通して偉大な父親との比較をされ続け、その重圧と常に戦ってきたアマル。それを考えれば、タイトルの重圧など軽いものでしょう。


(最後の写真はグルバヴィツァ・スタディオンにある蒸気機関車。ジェリェズニチャールとは「鉄道員」という意味のクラブ名)

p.s.
サラエボに本拠地を置くジェリェズニチャールのライバルといえばFKサラエボ(現在4位)になりますが、監督が辞任したことで第21節だけ元セレッソFWのアルミール・トゥルコヴィッチが指揮を取りました。同クラブのアシスタントコーチを務める彼の監督デビューが、カードを乱発する審判を抗議したがために彼自身もレッドカードをもらってしまいました。


posted by 長束恭行 |23:55 | サッカーニュース | コメント(0) |
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