2010年02月23日
クラブ消滅の危機に立たされるヴァルテクス・ヴァラジディン
1992年にクロアチア・リーグが独立して以来、常に一部リーグに属するヴァルテクス・ヴァラジディンが、破産・消滅の危機に直面しています。ヴァラジディンは衣料メーカー「ヴァルテクス社」の企業城下町であり、ヴァルテクスは1931年創設とクロアチア国内で古いサッカークラブですが、ヴァルテクス社の業績悪化も伴い、クラブの財政は悪化の一途。様々な要因が重なり、ヴァルテクスが現在抱えている借金は日本円にして5億円ほど。選手やコーチ、スタッフらは昨年7月から給与がもらえていません。銀行からの借金も返済できず、先月には銀行口座も凍結させられてしまいました。伝統あるクラブが消滅か。この一週間、クロアチア・サッカー界はこのテーマに揺れました。ヴァルテクスの経営陣は揃って破産を否定しているものの、郊外に住む選手の一部はガソリン代も手元になくて練習に来られなくなるほど現場は苦しんでいます。 ヴァルテクス・ユースで育ち、37歳になっても主将としてチームを引っ張るMFムリエンコ・ムムレク(写真)は、選手を代表してフロントと話し合いを持ちました。その場で最悪のケースとして"破産もありえる"と耳打ちされたのです。ムムレクは必死に訴えます。 「クラブは今の状況を隠そうとしていたけど、我々は本当の姿を外から知っていたんだ。語られているような破産については、我々選手達は決して許さない。最後まで戦うつもりだよ! それは我々の給与のためだけではない。自分達の利益のために戦うのは当然だが、給与なんて忘れることができるさ。むしろ、多くの目標のため、成長を続けるユースの子供達のために戦うんだ。クラブが破産し、下部リーグへと追いやられては、選手達が成長する機会を失ってしまう。子供達にその罪や責任はないんだ。それだけは許されないことだし、決して許してはならないことだ」 ヴァルテクスが残る道は、国家や自治体のサポートも受けながら、クラブの借金を株式に転じて私有化を図ること。ハイドゥク・スプリトはその方法で大口株主を見つけ、借金返済に成功しました。しかし、スプリトほど街の規模はなく、ハイドゥクほどの熱狂的な支持者が少ないヴァルテクスには楽な方法ではありません。 また私有化の際には、費用の掛かるユース部門を分離させ、独立採算による市民組織に変える方針であり、これに対しても激しい反発が出ています。なぜならば、クロアチア北部の才能ある選手達が集結するヴァルテクス・ユースは、国内でも定評あるセレクションと育成を行う組織だからです。現在も250人の子供が通い、それぞれのカテゴリーのクロアチア代表にも名前を連ねるほど。しかし、分離するかしないかを悩む前に、ユース選手の親御さんは破産でヴァルテクス・ユースそのものが無くなってしまうことを心配しています。 「私達の子供達にとっては、ヴァルテクスが人生の全てなの。いつかはプロ選手になろうと自分のことを信じているのよ。なのに、大人の責任を彼らが被せられて夢を諦めさせられるなんて。ユースを切り捨て、子供達をアルコールや麻薬に走らせるつもり? それは決して許すことはできないわ」 2006年までは頻繁に国内上位にあったヴァルテクス。このクラブの転落はスポンサー不足だけが原因ではありません。ユーゴスラビア時代は一部にも上がれなかった地方クラブを発展させたのは、一人の人物によるものでした。その人物の名はアンジェルコ・ヘリャヴェッツ。大学を卒業し、ヴァルテクス社に就職した彼は1989年にクラブの会長に就任。戦争という混乱の時代、自らのカリスマ性をもってしてクラブを変革・興隆させ、地元の支持を集めていくと、地元出身のブランコ・イヴァンコヴィッチを指導者として迎えることで、わずか数年たらずで国内の強豪の一角にクラブをのし上げました。1999年には実に欧州カップ戦の一つ、カップ・ウィナーズ・カップでベスト8までヴァルテクスを進出させたのです。
将来はクロアチア・サッカー協会会長の座も有力紙されたヘリャヴェッツですが、2001年7月20日、BMWを運転中に追い越しを図ろうとした際、対向車線のトラックと激突して即死してしまいます。クラブのシンボルであり、舵取りを失ったヴァルテクスは、その後は経営面で迷走を続けました。一部の選手に高額な給与を払ったり、フロントに無能な人物を連れて来ることで借金は膨らみ続け、イメージの悪さから優良スポンサーを失ったのです。誰か選手を売却して利益を得ようにも、給与未払を理由に契約解消されてしまうこともしばしば。また給与未払を巡っては、過去に在籍した選手もヴァルテクスを訴えており、30件ほどの訴訟に敗れています。 メインスポンサーとなるべきヴァルテクス社が、ビタ一文スポンサー料を払わない(払えない)のは大問題です。同社はリーバイスと提携し、生地生産も行う老舗の衣料メーカーですが、中国の安い衣料が次々と入り込んだために競争力を失ってしまいました。 スポンサー料を払わない企業の名前をクラブ名につけるのはどうか、という議論から昨年、新たなスポンサーの医薬品会社にちなんで「ヴァラジディン・ファルマル」と改名する運びとなりました。しかし、50年間親しんだクラブ名を変えることにサポーターや市民は反対。「ヴァルテクスはやらないぞ!(Ne damo Varteks!)」の落書きが、亡くなった会長の名前をつけた本拠地アンジェルコ・ヘリャヴェッツ・スタディオン(写真)にも書かれたのでした。
22日、クラブの存続を願う選手達、ユースの子供達、コーチ、スタッフ、そしてサポーターグループの「ホワイト・スートン」(写真)がヴァラジディンの中央広場に集まり、30分間に渡ってアピールを行いました。ここでも「ヴァルテクスはやらないぞ!(Ne damo Varteks!)」の横断幕が掲げられたのです。その場に現れたクラブ会長ズラトコ・ホルヴァトは破産の噂をこう否定しました。 「これまで語られてきた話は、ジャーナリストやある特定の人物が作り出した悪意ある虚偽だ。クラブの消滅なんてありえないし、現実とは関係ない話だ。状況は楽じゃないが、来週には私有化への手続を進めていくし、口座の凍結も解除されることだろう」 ホルヴァト会長はヴァラジディン副市長も務めていることもあり、この日は市と県の代表者を集めた会議に出席し、クラブの援助を求めました。しかし、今の困難を乗り越えるためには多くのハードルが残されています。 (集会の模様はこちらで動画が見られます) 選手は先が分からぬ状況でトレーニングを重ねてきましたが(※ちなみに冬のトルコ合宿はユース選手売却を条件にディナモが経費を払いました)、今度は将来のスポンサーや株主を集めるべく、プレーを通して支持者を集めていかねばなりません。集会後、直ぐにトレーニングに向かわねばならぬキャプテンのムムレクは、涙ぐみながらこう語りました。 「ピッチ上にいる時は給料をもらってないことも忘れていられる。その2~3時間のうちは財政問題なんて我々にとっては存在しないんだ。 とても長い間、我々は苦しんできた。今ようやく、問題解決に手をつけねばならない瞬間が訪れたと思っている。今日、中央広場に集まってくれた全員、そして我々と一緒にフロントと会長を支持しようと訪れた全員を誇りに感じているんだ。彼らだってヴァルテクスがこの危機から脱出できると信じている。自分の給料なんて頭の隅にしかないと信じてほしい。私はクラブが死んだ状態から何か動いて欲しいと願っているだけだ」 今週からクロアチア・リーグは再開。ヴァルテクスは木曜日にロコモティーヴァと対戦します。リーグでは11位と苦しんでますが、クロアチア・カップは準決勝まで勝ち残っており、タイトルの可能性も残されています。 「ヴァルテクスはやらないぞ!」 選手、そしてヴァラジディン市民によるクラブ消滅阻止の戦いはこれから始まります。
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posted by 長束恭行 |07:17 |
サッカーニュース |
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ヴァルテクス・ユースで育ち、37歳になっても主将としてチームを引っ張るMFムリエンコ・ムムレク(写真)は、選手を代表してフロントと話し合いを持ちました。その場で最悪のケースとして"破産もありえる"と耳打ちされたのです。ムムレクは必死に訴えます。
「クラブは今の状況を隠そうとしていたけど、我々は本当の姿を外から知っていたんだ。語られているような破産については、我々選手達は決して許さない。最後まで戦うつもりだよ!
それは我々の給与のためだけではない。自分達の利益のために戦うのは当然だが、給与なんて忘れることができるさ。むしろ、多くの目標のため、成長を続けるユースの子供達のために戦うんだ。クラブが破産し、下部リーグへと追いやられては、選手達が成長する機会を失ってしまう。子供達にその罪や責任はないんだ。それだけは許されないことだし、決して許してはならないことだ」
ヴァルテクスが残る道は、国家や自治体のサポートも受けながら、クラブの借金を株式に転じて私有化を図ること。ハイドゥク・スプリトはその方法で大口株主を見つけ、借金返済に成功しました。しかし、スプリトほど街の規模はなく、ハイドゥクほどの熱狂的な支持者が少ないヴァルテクスには楽な方法ではありません。
また私有化の際には、費用の掛かるユース部門を分離させ、独立採算による市民組織に変える方針であり、これに対しても激しい反発が出ています。なぜならば、クロアチア北部の才能ある選手達が集結するヴァルテクス・ユースは、国内でも定評あるセレクションと育成を行う組織だからです。現在も250人の子供が通い、それぞれのカテゴリーのクロアチア代表にも名前を連ねるほど。しかし、分離するかしないかを悩む前に、ユース選手の親御さんは破産でヴァルテクス・ユースそのものが無くなってしまうことを心配しています。
「私達の子供達にとっては、ヴァルテクスが人生の全てなの。いつかはプロ選手になろうと自分のことを信じているのよ。なのに、大人の責任を彼らが被せられて夢を諦めさせられるなんて。ユースを切り捨て、子供達をアルコールや麻薬に走らせるつもり? それは決して許すことはできないわ」
2006年までは頻繁に国内上位にあったヴァルテクス。このクラブの転落はスポンサー不足だけが原因ではありません。ユーゴスラビア時代は一部にも上がれなかった地方クラブを発展させたのは、一人の人物によるものでした。その人物の名はアンジェルコ・ヘリャヴェッツ。大学を卒業し、ヴァルテクス社に就職した彼は1989年にクラブの会長に就任。戦争という混乱の時代、自らのカリスマ性をもってしてクラブを変革・興隆させ、地元の支持を集めていくと、地元出身のブランコ・イヴァンコヴィッチを指導者として迎えることで、わずか数年たらずで国内の強豪の一角にクラブをのし上げました。1999年には実に欧州カップ戦の一つ、カップ・ウィナーズ・カップでベスト8までヴァルテクスを進出させたのです。
将来はクロアチア・サッカー協会会長の座も有力紙されたヘリャヴェッツですが、2001年7月20日、BMWを運転中に追い越しを図ろうとした際、対向車線のトラックと激突して即死してしまいます。クラブのシンボルであり、舵取りを失ったヴァルテクスは、その後は経営面で迷走を続けました。一部の選手に高額な給与を払ったり、フロントに無能な人物を連れて来ることで借金は膨らみ続け、イメージの悪さから優良スポンサーを失ったのです。誰か選手を売却して利益を得ようにも、給与未払を理由に契約解消されてしまうこともしばしば。また給与未払を巡っては、過去に在籍した選手もヴァルテクスを訴えており、30件ほどの訴訟に敗れています。
メインスポンサーとなるべきヴァルテクス社が、ビタ一文スポンサー料を払わない(払えない)のは大問題です。同社はリーバイスと提携し、生地生産も行う老舗の衣料メーカーですが、中国の安い衣料が次々と入り込んだために競争力を失ってしまいました。
スポンサー料を払わない企業の名前をクラブ名につけるのはどうか、という議論から昨年、新たなスポンサーの医薬品会社にちなんで「ヴァラジディン・ファルマル」と改名する運びとなりました。しかし、50年間親しんだクラブ名を変えることにサポーターや市民は反対。「ヴァルテクスはやらないぞ!(Ne damo Varteks!)」の落書きが、亡くなった会長の名前をつけた本拠地アンジェルコ・ヘリャヴェッツ・スタディオン(写真)にも書かれたのでした。
22日、クラブの存続を願う選手達、ユースの子供達、コーチ、スタッフ、そしてサポーターグループの「ホワイト・スートン」(写真)がヴァラジディンの中央広場に集まり、30分間に渡ってアピールを行いました。ここでも

