2008年03月03日
ジェフ千葉新加入外国人フルゴヴィッチの出発前インタビュー
まだ日本では公式発表されてないようですが、既にここで書いているようにハイドゥク・スプリトのミルコ・フルゴヴィッチ(写真・ガンバ在籍時はヘルゴビッチと表記されてましたが、この表記が一番発音に近いです)のジェフユナイテッド千葉への移籍が明らかになっています。クロアチアのポータルサイト「INDEX.HR」にフルゴヴィッチのインタビューが掲載されていましたので、翻訳してみました。-2年半の在籍ののち、ハイドゥクを去る。それは君にとって残念か? 「チームを去ることは嬉しくもある。なぜなら、あのようなお金で僕とハイドゥクの平穏な将来が保障されるわけだからね。しかし、一方では寂しくもあるよ。とはいえ、昨日(3月1日)は最後の試合をプレーできたことは本当に嬉しいんだ。そうしてハイドゥクのユニフォームに別れをしっかりと告げたのだからね。ジェフユナイテッドのオファーは素晴らしく、クラブに利益にとってもオファーを受けるべきものだった。1年半の契約にサインした。年俸75万ドルの額には満足している。」 -何週間前にはナポリに移籍すると言われていたように、夏まで待てば(欧州)五大リーグの強豪クラブに移籍できたと思っていないのか? 「まあ、それは僕も知っているよ。この冬にナポリや五大リーグの幾つかの強豪が僕を求めていると言われていた。どこか強豪クラブに行くことを本当に希望していたし、期待もしていた。しかし、それは実現しなかったんだ。日本からのこのオファーは断れることができなかったんだよ。彼らのオファーはずっと長い間存在していたし、ヨシップ・クジェ監督も来るように僕を説得していた。結局はそれが最高なのだと決心したんだ。」 -既に君は日本で一度プレーした。私たちが騙されていなければ、2001年にガンバ大阪で。この時代に関してはどんな印象を持っている? 「そう、それは美しい経験だったよ。練習条件やプレー条件に関しては全てが高いレベルだった。最高に整備され、組織されていたよ。リーグのレベルは良く、クオリティもまた良い。だから本当に良い印象を持っているんだ。今はあそこで何が待っているかは分かっているだけに、僕にとっては少し楽だよ。適応のプロセスはより短くなることだろう。」 -ハイドゥクはこれで本当に弱くなる。しかしハイドゥクにはマクシミール(ディナモの本拠地)でのダービーを控えている。何を期待している? 「見てくれ。ハイドゥクには素晴らしい個々、素晴らしい選手たちがいる。現在やっているプレーはメンツ本来のクオリティに近いものではないとはいえね。しかし、現実になってみれば、マクシミールでの一度でも良い戦いぶりをし、勝利をすれば全てが変わる可能性だってあるんだ。選手たちはその準備をしていると思っているよ。」 -君が去ることで左サイドバックは完全に空席となってしまった。誰が君の後を継ぐことができると見ている? 「現在、ハイドゥクにはその問題があることを認識せねばならないことだ。あのサイドバックのポジションに僕の代役はいなかったのだから。唯一いるのは若いユース選手のヨジノヴィッチだけで、彼を起用して活躍するまで待つ必要があるだろう。プレーに慣れるまでは少し彼で我慢する必要はあるが、他にいるわけではなく、あのポジションでプレーできるのは本当に彼一人だ。けれども、彼は非常に才能があるし、クオリティある選手として台頭してくることには疑ってないよ。」 -日本で最も君に欠けることといったら? 「今から何を君に言えばいいんだね。スプリトは世界で最も美しい町で、そこでの生活はファンタスティックだった。あの生活が僕にきっと欠けることだろうね。またチームメート、もちろん、唯一無二のトルツィダ(ハイドゥク・サポーター)が僕にとって欠けるだろうよ。」 フルゴヴィッチは今週火曜日までにビザを解決し、また友人に対してお別れの夕食会を開いてから日本へと旅立つことになります。またハイドゥクのヤルニ監督はフルゴヴィッチの移籍に関しては 「それについては月曜日まで話をするつもりはない」 とノーコメントを通しています。 ジェフ千葉にはこれでクジェ監督、ボスナーに次ぐ3人目のクロアチア人選手が入ります(フルゴヴィッチはボスニア国籍も持つクロアチア生まれのクロアチア人)。 2001年にフルゴヴィッチをガンバ大阪に連れて来たのが、当時のガンバのアドバイザーを務めていた元ガンバ監督のクジェ。まだトップチームでも3試合しかプレーしていないフルゴヴィッチが日本に慣れることもなく、チームを去ってしまいました。確かその後、クジェがガンバに選手を連れてくることがなかったのですが、それが今こうして二人が再び日本で結ばれるのも何かの縁でしょう。 またオーストラリア国籍のクロアチア人であるエディ・ボスナーもクジェと繋がりがあります。2005/06シーズンにクジェがディナモの監督に就任していた際にボスナーもディナモに加入していました。相手選手をあっさりタックルで壊すだけでなく、自分も頭から出血しながらプレーしていた荒々しい印象が私の記憶にありますが、クジェの下ではさほど起用されず(リーグで8試合)、使われた試合では左サイドバックとしてプレーしていました。そんな彼も2006年1月にクジェから戦力外を伝えられ(直後にリエカに移籍して、カップ優勝に貢献)、「まるで尻に蹴りを食らったかのようだ…」とこぼしていた彼が、今こうしてまたクジェと同じクラブになるというのも縁かもしれません。
posted by 長束恭行 |07:45 |
サッカーニュース |
コメント(2) |
この記事に対するコメント一覧
ジェフ千葉新加入外国人フルゴヴィッチの出発前インタビュー
遠い異国より詳細な情報発信ありがとうございます。
クロアチアというと私にとってはイメージしにくいものがあります。
ただそこから、サッカー、選手について詳細にレポートして頂くおかげで、どんな選手が、どんな経緯でジェフに来るのか分かりました。
もちろん実際にプレーを見ないと、というのはありますが、今回のように選手個人の歩みを縁と絡めて記述された記事は非常に興味を持って読ませて頂きました!
それぞれの方々の人生、歩みについて知る事は本をたくさん読んで見識を広める事以上に刺激的で、人としての幅を大きくするものだと感じています。
これからも、長束さんの視点から記事発信をお願いします。
posted by 異国 | 2008-03-03 10:29
ジェフ千葉新加入外国人フルゴヴィッチの出発前インタビュー
はじめまして。
いつも楽しくブログを拝見させてもらっているジェフファンです。
長束さんのブログでフルコヴィッチの事を知ってから、ぜひジェフに加入してほしいと思っていたので、今回の記事は嬉しいです。
なんか、長束さんとジェフも繋がりを感じます。
この前拝見した「日本人よ」でものイビチャ・オシム全監督もそうだし、ジェフのコーチの間瀬さんとは元ルームメイトだったと。
これから詳しい情報をよろしくお願いします!
posted by ジャック | 2008-03-03 11:26

-2年半の在籍ののち、ハイドゥクを去る。それは君にとって残念か?
「チームを去ることは嬉しくもある。なぜなら、あのようなお金で僕とハイドゥクの平穏な将来が保障されるわけだからね。しかし、一方では寂しくもあるよ。とはいえ、昨日(3月1日)は最後の試合をプレーできたことは本当に嬉しいんだ。そうしてハイドゥクのユニフォームに別れをしっかりと告げたのだからね。ジェフユナイテッドのオファーは素晴らしく、クラブに利益にとってもオファーを受けるべきものだった。1年半の契約にサインした。年俸75万ドルの額には満足している。」
-何週間前にはナポリに移籍すると言われていたように、夏まで待てば(欧州)五大リーグの強豪クラブに移籍できたと思っていないのか?
「まあ、それは僕も知っているよ。この冬にナポリや五大リーグの幾つかの強豪が僕を求めていると言われていた。どこか強豪クラブに行くことを本当に希望していたし、期待もしていた。しかし、それは実現しなかったんだ。日本からのこのオファーは断れることができなかったんだよ。彼らのオファーはずっと長い間存在していたし、ヨシップ・クジェ監督も来るように僕を説得していた。結局はそれが最高なのだと決心したんだ。」
-既に君は日本で一度プレーした。私たちが騙されていなければ、2001年にガンバ大阪で。この時代に関してはどんな印象を持っている?
「そう、それは美しい経験だったよ。練習条件やプレー条件に関しては全てが高いレベルだった。最高に整備され、組織されていたよ。リーグのレベルは良く、クオリティもまた良い。だから本当に良い印象を持っているんだ。今はあそこで何が待っているかは分かっているだけに、僕にとっては少し楽だよ。適応のプロセスはより短くなることだろう。」
-ハイドゥクはこれで本当に弱くなる。しかしハイドゥクにはマクシミール(ディナモの本拠地)でのダービーを控えている。何を期待している?
「見てくれ。ハイドゥクには素晴らしい個々、素晴らしい選手たちがいる。現在やっているプレーはメンツ本来のクオリティに近いものではないとはいえね。しかし、現実になってみれば、マクシミールでの一度でも良い戦いぶりをし、勝利をすれば全てが変わる可能性だってあるんだ。選手たちはその準備をしていると思っているよ。」
-君が去ることで左サイドバックは完全に空席となってしまった。誰が君の後を継ぐことができると見ている?
「現在、ハイドゥクにはその問題があることを認識せねばならないことだ。あのサイドバックのポジションに僕の代役はいなかったのだから。唯一いるのは若いユース選手のヨジノヴィッチだけで、彼を起用して活躍するまで待つ必要があるだろう。プレーに慣れるまでは少し彼で我慢する必要はあるが、他にいるわけではなく、あのポジションでプレーできるのは本当に彼一人だ。けれども、彼は非常に才能があるし、クオリティある選手として台頭してくることには疑ってないよ。」
-日本で最も君に欠けることといったら?
「今から何を君に言えばいいんだね。スプリトは世界で最も美しい町で、そこでの生活はファンタスティックだった。あの生活が僕にきっと欠けることだろうね。またチームメート、もちろん、唯一無二のトルツィダ(ハイドゥク・サポーター)が僕にとって欠けるだろうよ。」
フルゴヴィッチは今週火曜日までにビザを解決し、また友人に対してお別れの夕食会を開いてから日本へと旅立つことになります。またハイドゥクのヤルニ監督はフルゴヴィッチの移籍に関しては
「それについては月曜日まで話をするつもりはない」
とノーコメントを通しています。
ジェフ千葉にはこれでクジェ監督、ボスナーに次ぐ3人目のクロアチア人選手が入ります(フルゴヴィッチはボスニア国籍も持つクロアチア生まれのクロアチア人)。
2001年にフルゴヴィッチをガンバ大阪に連れて来たのが、当時のガンバのアドバイザーを務めていた元ガンバ監督のクジェ。まだトップチームでも3試合しかプレーしていないフルゴヴィッチが日本に慣れることもなく、チームを去ってしまいました。確かその後、クジェがガンバに選手を連れてくることがなかったのですが、それが今こうして二人が再び日本で結ばれるのも何かの縁でしょう。
またオーストラリア国籍のクロアチア人であるエディ・ボスナーもクジェと繋がりがあります。2005/06シーズンにクジェがディナモの監督に就任していた際にボスナーもディナモに加入していました。相手選手をあっさりタックルで壊すだけでなく、自分も頭から出血しながらプレーしていた荒々しい印象が私の記憶にありますが、クジェの下ではさほど起用されず(リーグで8試合)、使われた試合では左サイドバックとしてプレーしていました。そんな彼も2006年1月にクジェから戦力外を伝えられ(直後にリエカに移籍して、カップ優勝に貢献)、「まるで尻に蹴りを食らったかのようだ…」とこぼしていた彼が、今こうしてまたクジェと同じクラブになるというのも縁かもしれません。

