2008年02月23日

コソボ初代代表監督になりたかったブラジェヴィッチ

コソボの独立宣言で再びこの地域もキナ臭くなってきました。まだクロアチアはコソボ独立を承認してないのですが、ベオグラードでは一連のデモ行動の中でクロアチア大使館も攻撃され、またザグレブでは中央広場でセルビアの国旗を焼いて44人が逮捕されるなど、コソボとは関係のない両国間の軋轢も再び生じてきています。

歴史を紐解くとクロアチアとコソボの繋がりは14世紀まで遡ります。海洋貿易で繁栄したドゥブロヴニク自治共和国からの商業人と鉱夫たちがボスニア・ヘルツェゴビナを経由してコソボへと移住し、カトリック信仰を維持しながらコソボの地に住み続けました。彼らの多くがは現在のコソボの首都プリシュティナ近郊のヤニャボ地方に住んでいたことから「ヤニェヴチ」と呼ばれています。700年近くに渡って子孫を築き、1981年当時は8700人ほど住んでいたクロアチア人のヤニェヴチも一連のユーゴ紛争の波に飲まれます。
1991年以降はアルバニア人勢力の圧力が異様に高まったコソボで彼らは住み辛くなり、多くがクロアチアへと移住しました。1998年に始まったコソボ紛争の時には1800人まで激減し、今日では320人ほどしか住んでおらず、その彼らもいずれはコソボの地を去らざるをえない状況です。ザグレブにもパン屋やケーキ屋などを営みながら「ヤニェヴチ」が住んでいるのですが、どちらかというとクロアチア国内に住むアルバニア人同様に差別の対象になっているのが現実です。

さて政治や歴史の話は横に置いといて、サッカーのブログらしくテーマを本題に移しましょう。
ブラジェヴィッチ監督このままコソボが国際的に承認されていけば、いずれはコソボ・サッカー協会もFIFAやUEFAに加盟する運びです。これまでコソボ代表の試合は幾つか行われたものの、いずれも非公式なもの。新たに誕生するだろうコソボ代表の初代監督のポジションに関心を抱く人物がいます。
ミロスラフ・"チーロ"・ブラジェヴィッチ(写真)、そう1998年ワールドカップ・フランス大会で3位に導いた人物です。
「コソボとはセンチメンタルな関係にあるんだよ。だからといって、私は反セルビアというわけではない。クロアチア国内にも多くのセルビアの友人がいるし、ショービニスト(盲目的愛国主義者)ではないからね。もし私をコソボの代表監督に選んでくれたならば、その座を賭けて戦っていくつもりだよ」
1990年代はクロアチア初代大統領のトゥジマンと結託し、サッカーを通して愛国心を高めただけでなく、毒までも撒き散らしたブラジェヴィッチ。トゥジマンの死後、かつての政治力は失い、ディナモ副会長のマミッチやサッカー協会会長のマルコヴィッチといった権力者を敵に回しながらも、常に監督としてサッカー界に関わっています。またメディアのご意見番を務める以外に、自らがホスト役を務めるの対談番組「チーロスコープ」を持っているほど。上記の発言はその番組のものでした。

ブラジェヴィッチとコソボの関係を説明するためには時代を1980年代まで遡ります。彼が最初の名声は1981/82シーズンのディナモ・ザグレブ優勝です。
ブラジェヴィッチ監督1980年末にチトーが亡くなり、クロアチアの民族主義が次第に高まる中、クラニチャールやザイエッツ、ムリナリッチらを要し、ツルヴェナ・ズヴェズタ(レッドスター)、パルチザン、ハイドゥクといったライバルを押さえて24年ぶりの優勝。それで彼は確固たる地位を築きました。1983年以降はスイスに渡り、1986年にユーゴへと戻ってきた時のクラブがコソボのFKプリシュティナだったのです。そして二部降格の危機にあったプリシュティナを救い、一部残留を果たしました。わずかな就任期間ながら、コソボのアルバニア人にとっても英雄的な存在となったのです。
「クロアチアで私はどんどんと忘れられた存在になっているが、コソボではまだ私が覚えられているんだ。なぜなら、彼らも信じられないような業績を私は成し遂げたからだよ! 監督に呼んでくれるのならば、本当に感激することだろうね」
ちなみにブラジェヴィッチは非公式ながら2006年にロマ(ジプシー)の欧州代表の初代監督に就任しており、彼が監督を務めるNKザグレブのメディッチ会長もそれにはお冠状態です。
「コソボの監督に呼ばれたところでも、メディッチ会長が私を手放してくれるかどうかは疑わしいね。6ヶ月経っても、一クーナ(一銭)も給料を払ってくれないとはいえね…」
とこぼしています。

ちなみにコソボ代表監督にはアルバニア人の就任が濃厚で、クロアチア最初の代表戦(1990年・対アメリカ)にも出場したクイテム・シャーラ、1998年のクロアチア代表メンバーであるアドリアン・コズニクが候補に挙がっています。コズニクは
「現在のアルバニア代表にはコソボ生まれの選手が6~7人いる。常にあそこはタレントあるサッカー選手がいる場所だった。もちろんのこと将来性はあるし、時間と共に非常に優れた代表が生まれる可能性だってある」
と、旧ユーゴスラビアで7番目となる代表チームのポテンシャルを語っています。クロアチアのコーチアカデミーを修了したコズニクはコソボ初代監督就任に意欲を燃やしており、師匠格に当たるブラジェヴィッチも
「コズニクは若いし、野心もある。働くことも大好きだし、何よりあちらのメンタリティをよく知っている。私も彼を監督として推薦したいものだね」
と述べています。

ブラジェヴィッチ監督とヤルニコソボ初代監督の座は諦めつつあるたとはいえ、70歳超えてもいまだに現役監督。「全監督における監督」との愛称を持ち、彼の教え子たちが次々と指導者として活躍しています。ビリッチ、クラニチャールの歴代二人のクロアチア代表監督だけでなく、ソルド(ディナモ監督)、ヤルニ(ハイドゥク監督)、ユルチェヴィッチ(スラヴェン・ベルーポ監督)、ダリッチ(リエカ監督/かつてチーロのアシスタント)のクロアチア上位4チームいずれの監督も教えを受けています。メソッドは新しくはないとはいえ、選手へのモチベーションづけやトレーニング方法など、影響を受けたサッカー関係者は数知れず(実際に彼の練習を見に行くとメニューが豊富です)。生涯現役監督を貫くと思いきや、最終目標は違うところにもあるようです。
「ズボニミール・ボバンがクロアチア・サッカー協会へと入り、いずれは協会長になるなんてメディアは書き立てているけど、ボバンは協会には行かないよ。彼はいつかパントヴチャク(大統領官邸がある地区)に住み、クロアチア大統領になるんだから。これに関してはサナデル現首相の裁量次第たが、もしボバンが立候補したら私たち誰もが彼に投票するよ。そして最後は私がサッカー協会長になるのさ」
半分真面目とも半分冗談とも取れる発言をつい最近しています。そんなお茶目な性格が今でもブラジェヴィッチが愛されている理由かもしれません。

(一番下の写真は師弟対決となったブラジェヴィッチとヤルニ)


posted by 長束恭行 |19:31 | サッカーコラム | コメント(4) |
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コソボ初代代表監督になりたかったブラジェヴィッチ

いつも楽しく読んでおります。
バルカンのサッカーは10年くらい前の宇都宮さんの著書で興味を持ちました。

ブラジェビッチ懐かしいですね。
あまり戦術面には明るくなく、クロアチア代表個々の才能で戦っている印象がありましたが、違うんですね。

コソボ代表からも素晴らしい選手は出そうですね。
モンテネグロ代表で孤軍奮闘な感じのあるヴチニッチのような感じになりそうな気もしているんですが。。。。

posted by kenic | 2008-02-23 21:22

コソボ初代代表監督になりたかったブラジェヴィッチ

ラツィオのベーラミがコソボ代表になれる可能性はあるのでしょうか?
彼はかねがね、コソボ代表ができたらコソボでプレーしたい、といってましたがスイス代表でのキャップもありますからね。どうなるんでしょう。

それにしてもラツィオのメンバーはすごいことになってますね。
ベーラミをはじめとして、セルビアのコラロフ、マケドニアのパンデフ、アルバニアのターレ。まるでバルカンの見本市です。
ライバルのローマにもモンテネグロのヴチニッチがいますしね。

ん?そういえばクロアチア人がいない気が…。

posted by 由比彰紀 | 2008-02-23 22:11

エドゥアルド・ドゥドゥ・ダ・シルバ

スレ違いで申し訳ありませんが、エドゥアルドが足首骨折の大怪我を負ったようです。あんな酷いタックルはとても許せません。今回のユーロ絶望どころか、選手生命が大丈夫か心配で仕方がありません。今はただただ心配でエドゥアルドの回復を祈ります。また情報が入りましたら宜しくお願い致します。それにしてもあの危険なタックルは酷すぎます。

posted by ボクシッチ | 2008-02-24 00:21

コソボ初代代表監督になりたかったブラジェヴィッチ

オンタイムなニュース、ありがとうございます。
日本でも、ベオグラードのアメリカやクロアチアの大使館を攻撃する反コソボ勢力のようすが報道されてました。

ちょうど前の日に、ラキア飲んでるおじさんやコロ踊るおばさんを映した
平和なベオグラードの映像をみてただけに、
バルカンの不変の民族バトルにうなってしまいました。
コソボはこれから、持続可能な国家になるのでしょうか。

ブラジェヴィッチさん、WCフランス大会以来、久しぶりだな。
落語家みたいな風貌が、あいきょうあって、結構好きでした。フランスのエメ・ジャケ似てますよね。


ボバン大統領か…うーん、いいですね。サッカーの国家プロジェクト強化がすすみそうだな。

バーミンガム戦で骨折のエドゥワルドは、ユーロもアウトか、残念。


posted by セルボクロアチア | 2008-02-24 05:24

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