2008年12月24日
懐かしの面々が集まるチャリティマッチ「ディナモvs.ハイドゥク」
欧州の中でも比較的冬が厳しいクロアチアでは、サッカーグラウンドのコンディション維持が難しく、リーグそのものはウィンターブレイクを迎えます。その代わりに行われるのが体育館を使用したフットサルです。1971年から続く伝統的なフットサル大会「クティヤ・シビツァKutije sibia」("マッチ箱"の意)は昨日でベスト8が揃い、いよいよ佳境を迎えます。クロアチア・リーグの選手も頻繁に挑戦するのがこの大会の特徴で、モドリッチやクラニチャールらも以前は出場したことがあります。また1月6日から11日にはザダールにてクロアチア・リーグ一部の12クラブによる室内選手権が開催。それなりにこのシーズンもサッカー観戦が楽しめるのです。 クロアチアではチャリティー試合がよく行われる国です。チャリティ目的としては、生活が苦しい老人、重い病気を抱える子供、経営困難な病院を援助するためのものが多く、戦争で壊れたカトリック教会再建、また国際司法裁判所送りの戦犯一家の援助といった名目があるのもクロアチアらしいところ。そんな中で積極的にチャリティのため一肌脱ぎ、注目の的となるのが1998年のワールドカップ3位の「ヴァトレニ」のメンバーたち。あれから10年は経ちますが、監督のブラジェヴィッチを筆頭にした彼らは集客力抜群です。
12月21日、両親を失った高校生の大学進学の資金を募るためのチャリティーイベント「Korak u zivot」(人生の第一歩)がザグレブ体育館で行われました。核となった企画は二つ。一つは大ホールにてクロアチアを代表するお色気歌手セヴェリナのコンサート。そしてもう一つは小ホールにて、ディナモ・ザグレブvs.ハイドゥク・スプリトのかつての名選手たちが集まったフットサル試合でした。試合のチケットは50クーナ(約870円)。私も観戦に行ってきました。 当初参加を予定していたブラジェヴィッチ監督や主将のズボニミール・ボバンは顔を出さなかったものの、蒼々たるメンバーが集まりました。中年太りしたダヴォル・シュケル(写真右)は試合に参加せず、ディナモのベンチでドラジェン・ラディッチ(写真左)と応援組。またスラヴェン・ビリッチやイゴール・シュティマッツもまたハイドゥクの応援組に。以下が両チームのメンバーです。 ディナモ:プロシネチュキ、ユルチェヴィッチ、マリッチ、マミッチ、ユルチェヴィッチ、ヨジッチ、ルカビナ、シャリッチ、コムリェノヴィッチ ハイドゥク:ヤルニ、ガブリッチ、Zl.ヴヨヴィッチ、エルチェグ、プラリヤ、コズニク、ミシェ、ラチュニッツァ、シュパニッチ
シュケル以上の中年太りとなったプロシネチュキ(トップの写真)は引退後も、熊手でかくようなあのボールテクニックは健在。フットサルの名手として多くの大会に参加し、クティヤ・シビツャでも連覇記録を持っています。最後尾からするすると上がり、ボールをこねくり回すプレーで観客を湧かせます。マリッチなどはまだ現役でやれるほどのコンディションでした。 一方のハイドゥクの核はヤルニ(写真)。俊足と鋭いキックは相変わらずで、サッカーを引退したのちもフットサルのプロ選手としてプレーし、クロアチア・フットサル代表にも選出。ハイドゥクの監督を辞任後は再びフットサルのクラブに復帰しています。ちなみにハイドゥクのOBはよくポリュウド・スタディオン内にある室内グラウンドでフットサルに興じており、彼らの結束力の方が堅いように見えました。 2006年に来日経験もある教育スポーツ大臣、ドラガン・プリモラッツが特別参加し、前半はディナモ、後半はハイドゥクのユニフォームを着て出場。試合は3分にヤルニが先制ゴールを決めるも、18分にユルチェヴィッチがハイドゥク陣内でヴヨヴィッチからインターセプトし、そのままゴール。オールドトラフォードて行われたユーロ1996準々決勝のドイツ戦で、ユルチェヴィッチはMFフロイントからインターセプトし、最後はシュケルにシュートをお膳立てしたシーンがありましたが、ベンチのシュケルは「マンチェスターの試合の時みたいだ」と喜び、ユルチェヴィッチは「シュケルがピッチにいなかったから、自分で決めなくちゃいけなかったんだ」と試合後に語っています。そして前半終了間際にプリモラッツ大臣が決め、ディナモの2-1で前半を折り返します。 後半30分にコズニクのゴールでハイドゥクが同点に追いつきますが、36分、38分とユルチェヴィッチが立て続けにゴールを奪い、勝利を決めるハットトリックでディナモ4-2の勝利。とはいえ、この試合に勝敗は関係なく、ライバル関係の両チームが手を取り合って支援することでした。観客は予想以上に少なく1000人止まりだったとはいえ、テレビによる生放送で電話募金を促しました。夜に行われたセヴェリナのコンサート(こちらは5000人の集客)も同様に電話募金を促し、トータルで626万7240クーナ(約1億905万円)を集めました。
チャリティー企画でのディナモvs.ハイドゥク戦、今度はスプリトでやりたがっているようです。ちなみにベテラン選手の今の実力は、といいますと…。 冒頭で書いたクティヤ・シビツァにはベテラン部門があるのですが、昨日、ボバン、プロシネツキ、ソルドらを抱えたスポルツケ・ノヴォスティ・チームが、警備員たちのチームに0-2で敗北。ベスト8止まりで終わってしまいました。同じくヤルニがいたチームも敗北。年齢が年齢だと、もはやネームだけでは通用しないかもしれませんね。それでも彼らが偉大な選手であったことは変わりなく、そのプレーが今でも見られるのは嬉しいことです。 (一番下の写真は現代表監督のビリッチが現ハイドゥク監督のミシェに指示するところ)
posted by 長束恭行 |23:29 |
サッカーコラム |
コメント(1) |
この記事に対するコメント一覧
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懐かしの面々が集まるチャリティマッチ「ディナモvs.ハイドゥク」
懐かしい皆さんの姿に感激です。
10年でこんなにも人は外見を変えてしまうんですねー(T T)ヤルニは相変わらずかっこいいですね。ラディッチは引退後初めて見ることが出来ました。ありがとうございます。
posted by MAZDA3 | 2008-12-27 21:17

1971年から続く伝統的なフットサル大会
12月21日、両親を失った高校生の大学進学の資金を募るためのチャリティーイベント「Korak u zivot」(人生の第一歩)がザグレブ体育館で行われました。核となった企画は二つ。一つは大ホールにてクロアチアを代表する
シュケル以上の中年太りとなったプロシネチュキ(トップの写真)は引退後も、熊手でかくようなあのボールテクニックは健在。フットサルの名手として多くの大会に参加し、クティヤ・シビツャでも連覇記録を持っています。最後尾からするすると上がり、ボールをこねくり回すプレーで観客を湧かせます。マリッチなどはまだ現役でやれるほどのコンディションでした。
一方のハイドゥクの核はヤルニ(写真)。俊足と鋭いキックは相変わらずで、サッカーを引退したのちもフットサルのプロ選手としてプレーし、クロアチア・フットサル代表にも選出。ハイドゥクの監督を辞任後は再びフットサルのクラブに復帰しています。ちなみにハイドゥクのOBはよくポリュウド・スタディオン内にある室内グラウンドでフットサルに興じており、彼らの結束力の方が堅いように見えました。
2006年に来日経験もある教育スポーツ大臣、ドラガン・プリモラッツが特別参加し、前半はディナモ、後半はハイドゥクのユニフォームを着て出場。試合は3分にヤルニが先制ゴールを決めるも、18分にユルチェヴィッチがハイドゥク陣内でヴヨヴィッチからインターセプトし、そのままゴール。オールドトラフォードて行われたユーロ1996準々決勝のドイツ戦で、ユルチェヴィッチはMFフロイントからインターセプトし、最後はシュケルにシュートをお膳立てしたシーンがありましたが、ベンチのシュケルは「マンチェスターの試合の時みたいだ」と喜び、ユルチェヴィッチは「シュケルがピッチにいなかったから、自分で決めなくちゃいけなかったんだ」と試合後に語っています。そして前半終了間際にプリモラッツ大臣が決め、ディナモの2-1で前半を折り返します。
後半30分にコズニクのゴールでハイドゥクが同点に追いつきますが、36分、38分とユルチェヴィッチが立て続けにゴールを奪い、勝利を決めるハットトリックでディナモ4-2の勝利。とはいえ、この試合に勝敗は関係なく、ライバル関係の両チームが手を取り合って支援することでした。観客は予想以上に少なく1000人止まりだったとはいえ、テレビによる生放送で電話募金を促しました。夜に行われたセヴェリナのコンサート(こちらは5000人の集客)も同様に電話募金を促し、トータルで626万7240クーナ(約1億905万円)を集めました。
チャリティー企画でのディナモvs.ハイドゥク戦、今度はスプリトでやりたがっているようです。ちなみにベテラン選手の今の実力は、といいますと…。
冒頭で書いたクティヤ・シビツァにはベテラン部門があるのですが、昨日、ボバン、プロシネツキ、ソルドらを抱えたスポルツケ・ノヴォスティ・チームが、警備員たちのチームに0-2で敗北。ベスト8止まりで終わってしまいました。同じくヤルニがいたチームも敗北。年齢が年齢だと、もはやネームだけでは通用しないかもしれませんね。それでも彼らが偉大な選手であったことは変わりなく、そのプレーが今でも見られるのは嬉しいことです。
(一番下の写真は現代表監督のビリッチが現ハイドゥク監督のミシェに指示するところ)

