幕下相撲の知られざる世界

部屋頭を務め続けた北太樹が幕下で相撲を取る意味。

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名古屋場所の千秋楽。 北太樹は、敗れた。

この取組で敗れることの意味を、観客は知っていた。幕下への転落。10年守り続けてきた地位を明け渡すことを意味していた。

私はこの一番を、複雑な想いで観ていた。これは北太樹にとって最後の取組なのか否か、分からなかったのである。

かつて幕下に番付を下げることは、引退を意味することが多かったように思う。十両を一つの区切りとして相撲人生を捉え、この地位を守れなくなった時に身を引く力士を多く見てきた。

実績ある力士にとって、幕下は耐え難い地位なのかもしれない。付き人が無いばかりか、自らが付き人に付くこともある。個室も無くなる。雑務も精を出さねばならない。年収は十分の一にまで低下する。

永く関取を続けた力士にこうした待遇を強いない部屋もあると聞く。周囲も気を遣うし、周囲に気を遣われることが辛いのだという。逆に、幕下に落ちた自分を受け止め、モチベーションに繋げるためにも自らそういう待遇を望む力士も居るという話も聞いたことがある。

だが、北太樹の場合は少し事情が異なる。 そう。 彼は部屋頭を務め続けた力士だからだ。

かつての北の湖部屋の稽古を観たことがある方なら分かると思うが、あの頃稽古を取り仕切っている親方は山響親方だった。北の湖親方は基本的に稽古には顔を出さない。その山響親方も力士達に声を掛け、時には激しい叱咤もするのだが、土俵上で力士達を統率するのは北太樹だったのである。

少し下の地位に居た北はり磨はテレビで見た通りの力士なので、自分の世界に没頭し、激しい稽古に明け暮れる。その姿に心打たれるのだが、部屋を引っ張るリーダー、現場監督のようなポジションの力士かというと少し異なる。

序の口の力士にも声を掛け、全ての力士に目を配る。期待の若手は泥まみれにして、最後まで稽古に付き合う。こういうことが出来る力士は北太樹しか居なかったのである。

全ての力士にとっての規範であり、永く部屋を支え続けた北太樹が一人の幕下力士に立場を変える。それがどれだけの屈辱なのか。私には到底分からない。そして、そうした現実を受け止め、それでも現役に拘る理由が何かも分からない。

親方株を既に保有しているという話も聞いている。35歳という年齢は、もうやり切ったと感じても全くおかしくない。自己最高位を目指すには力が衰えているが、例えば親方株の取得まで数場所必要だというような、幕下で相撲を取らねばならない強烈な動機は恐らく存在しない。

だが、北太樹は幕下で相撲を取っている。 屈辱に身を焦がしながら、全盛期のような相撲は取れないが、今取れる相撲を北太樹は取り続けている。その結果が2連勝である。

ちょっと強引で、想像以上に素早く、そして激しい取り口。オーソドックスを想像するような力士なのだが、実はアスリート的能力の高さで勝利することも多い力士。地味に見えて、派手な決着も多い。

個人的には相撲を観るきっかけとなった吐合の、同部屋で同い年の力士なのでこれ以上無いほど想い入れは強い。吐合は志半ばで土俵を去り、北太樹は関取としてその地位を保ち続けた。羨ましかった。もしかしたら立場が逆だったかもしれない。だが、吐合は関取になれなかった。結局「もし」の描く未来など存在しなかった。

北太樹は現実を生き、その中で夢を実現したが、実現した夢は過酷な現実の連続だった。夢を実現させ続けるには、激しい稽古に弛ぬ努力、そして部屋頭としての務めを果たさねばならなかった。

もう、満身創痍だ。 もう、これで終わりでもいいのではないかと思う。

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記事カテゴリ:
幕下力士
タグ:
実現した夢は過酷な現実の連続
山響部屋
北の湖部屋
部屋頭
幕下転落
北太樹

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部屋頭を務め続けた北太樹が幕下で相撲を取る意味。

初日の翔猿戦、北太樹はチョン髷で土俵に上がった。
幕下に陥落したのだから当たり前のことなのだが、大銀杏からチョン髷になると、髪の毛が少ない(失礼)のが目立つなあ、と思ったが、連勝スタートだ。引退を考えている力士の相撲じゃなかった。
とにかく十両に戻りたい、ということだけに集中しているのだろうが、キャリア20年目、間もなく35歳になる力士だ。ちょっと信じられない。
もう現在では数少ない「中卒・相撲経験なしの初土俵」の生き残りだ。三役昇進も三賞も金星もない中堅幕内力士だった彼が、ここまで頑張り続けるモチベーションを知りたい

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