2006年09月26日
こんばんわ!
ゴルフ界はこの1週間で『1つの美』と『1つの醜』が生まれた。
『1つの美』とは立山光広プロのこと
先週のアコムインターナショナルの初日の8番ホールで、ツアー史上『最悪』となる『19打』を叩いてしまった。
しかしそこから、立山プロは『別のプロ活動』を展開。
多くのメディアとファンに囲まれ、一躍『時の人』となった。
先日この一連のシーンを私は・・・
『人格建設』も大切なプロの営業の1つ
と評価した。
一方・・・
『1つの醜』とは中西雅樹『元』プロのこと
毎日新聞の記事から。
男子プロゴルファーの中西雅樹(22)が日本オープンの最終予選(8月28日)でスコアを改ざんし失格した問題で、日本ゴルフツアー機構(JGTO)は25日、都内で開いた理事会で、中西にJGTOが主管・主催する日本ゴルフツアーへの5年間出場停止と200万円の制裁金を科すことを決めた。
理事会には18人の理事全員と2人の幹事が出席。中西本人と、同じ組でラウンドしたマーカーからの聴取を基に処分を検討した結果、「ゴルフのフェア精神に反する重大事件で、名誉、信用、品位を著しく失墜させた」と結論づけた。理事会では一部から除名の声も上がったが、「初犯」を理由に除名とはしなかった。制裁期間は今年9月4日から11年9月3日まで。
JGTOの島田幸作会長は「厳しい処分はつらいが、やってはいけない行為だ。中西プロの人生もあるので除名ではなく、チャンスをあげた」と語った。
(毎日新聞ここまで)
見出しで『元』プロとしたのは9月4日にさかのぼって制裁が課せられたからである。
さて、今回は完全な『プロ人格剥奪』は免れている。
しかし近未来(短いと10年以内か?)においては、その極刑、下手するとそれすら超える厳罰が待っているかもしれないとの意見がある。
包括的『競技的公民権』を設定する可能性があるからだ!
包括的『競技的公民権』・・・私は『アスリート登録』と説明している。
そもそもは、サッカーなどの『U-X』大会における年齢詐称という、それこそ『人格そのもの』を否定するような重大な『犯罪』が露呈されるようになって、この話題が生まれたと考えている。
本来競技スポーツというのは、必然として一定のルール下で『シャバでの犯罪行為』(特に傷害や殺人)を許している性質がある。
『アスリート登録』とは、そういう行為を行おうとする者に対し、幼少時から『自己責任』を明確にさせるものである。
最近では、徴兵制の『マイナスの要素』をできるだけ排除しつつ本来の効果を最大限に得るための一方策として水面下で注目されているのだという。
(徴兵制と違って、アスリートの世界にに与しようとしない限り『拒絶ができる』点が大きい)
このシステムが完成すれば、重大なスポーツ犯罪に対し事実上の公民権をちらつかせることが可能となり、国家レベルの組織的不正行為などに対する絶大なる制止力として機能する。
もちろん、ここで言う『スポーツ競技』には、カジノ・パチンコ・パチスロなどの『ギャンブル』や国内外に及ぶ『オンライン対戦ゲーム』なども含まれることになる。
当然自分自身やそのチルドレンも『アスリート登録』制度に影響するわけであり、それまでに充分な心構えをしなければならないことを肝に銘じている。
遠い未来の話ではないことを警告する・・・
posted by nicebirdie |02:01 |
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2006年09月24日
こんばんわ!
今週の男子プロゴルフツアー『アコムインターナショナル』は勝負の外でドラマがあった。
『主役』は・・・
立山光広プロ、38歳
何が起こったのか!?
21日、石岡GC、8番ホール。
立山光広プロが打ったティーショットは、ブッシュの中へ。
ズブのシロウトプレーヤーなら、下手すると『アンプレヤブル』さえ視野に入る場面。
しかしそこはプロ。ブッシュと格闘することを選んだ。
30分もたったのだろうか・・・
グリーンにオンした時には、すでに17打。
2パットをした末、記録されたスコアは『19』。
記録誤記やOBなどのペナルティーのない、純粋に19回振ったというのは、日本記録なのだという。
そこからの28ホール、立山プロには『別のゲーム』が展開されていた。
特に2日目に巡ってきた『8番』。
この日、1打目はグリーン手前、ピンまで約20メートルとショート。
しかし2打目はピン奥1・5メートルにつけた。
「しびれたー」と思わず叫んだ。
パーパットを入れると「ナイスパー」の声に、両手を上げ「ありがとう」と応えた。
前日、13オーバーでブービーだった立山プロは、2日目は4バーディー、0ボギーの67で回り13オーバーから9オーバーと挽回。
しかし『本来の競技としてのまさか』はやってこなかった。
ホールアウト後はサイン攻め。「初日の日付で8番、パー3、19打って書いてほしいというから、書いたよ」と笑う。
表彰に関し、大会運営側は「最少スコアなど価値あるものはしますが、今回はちょっと趣旨が違う」と説明。日本ゴルフツアー機構(JGTO)も「ワースト記録は、予定ないです」という。
しかしこれはこれで、プロとしての見事な立ち回り。
こうして2度と起こるべきでない立山プロの『人格建設』は幕を閉じた・・・
(スポーツ報知の記事を参考に新使徒評)
『人格建設』も大切なプロの営業の1つ
著作権に『財産権』と『人格権』があるように、プロ活動も『財産部門』と『人格部門』があると思う。
トラブルで賞典除外されたら、そこからは『人格建設』のはじまり
(賞典除外とは、公営競技的な表現か?)
ここで『廃人プレー』をしてしまうのか、それとも今週の立山プロのような立ち回りを成し遂げるのかで、当然『プロとしての価値』は大きく違う。
プロのトラブルなんて、その後どうにでもなる。
結果を出してしまえば『トラブル』なんて『メモリアル』に終わる
1度負けたら『1つの青春』が終わってしまう高校野球などとは、話が違うのだから・・・
今年の立山プロの成り行きに注目ww
posted by nicebirdie |01:52 |
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2006年09月15日
こんにちは!
現在のトラック界の草分け的存在、為末大さんが、自らの冠大会『為末杯』を開催する意向がメディアを通じて発表されました。
スポーツにおいては、顕著な功績を残した選手を冠した大会を数多く見ます。
しかし今回は『クイズの賞金』という一風変わったきっかけとなりました。
『ココログ』で公開している為末さん自身のブログによると、いろいろな構想を練っている模様です。
まず『1000万使えるとなるとかなり選択の幅も広がります。1000万使えるという事よりもこれでイベントの認知度を高められるので、スポンサーを獲得できる可能性も広がります。一回に使い切るというのも派手でいいのですが、出来ればこの1000万が呼び水になって陸上の今後につながるようなイベントにしたいと考えています』と、1000万円という金額がもたらす幅広い選択肢を示しています。
続いて『経済の仕組みを勉強した影響か、個人的にはやはり誰かが負担してやるものというのは長続きしないような気がしています。関わる人みんなに利益があるような、当然達成感や共有する喜びみたいなものもですが、そういう大会にしなければいけません。とりあえずは1000万あるので、陸上のイベントがビジネスになるようなモデルを作れればと考えています』と、各種大会の廃止や施設の閉鎖に追い込んだ昨今のビジネスモデルへの警戒と対策を示し、その上で『経済のシステムに関しては陸上は何も制限がありません。例えば選手が投資して、大会で得られる利益を選手に分配するような、そんなファンドのような仕組みを作っても構わないわけです。陸上選手の収入は、大会運営型ファンドの分配金、そんなのも面白いのではないでしょうか』と自らのアイデアで締めています。
私個人的にはファン参加型の運営形態が必要と考えています。今の世の中、ファン不在ではビジネスとして成り立たないように思えます。
そこで普段お目にかからないような『裏方の部分』の意識付けをしてみるのは1つの方法ではないでしょうか。
例えば『ミニハードル』とか『かつぎ』とかいったトレーニング風景を反映した種目を導入してみたり、会場の傍らで裏方を扱ったEXPOを開催してみたりしてみると面白いですね。
どんな大会になるか楽しみにしています。
posted by nicebirdie |12:51 |
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2006年09月14日
こんばんわ!
大リーグヤンキースの松井秀喜選手は、本当に千両役者だった。
まずは時事通信の記事から。
米メディアも大きく報道=松井秀の鮮烈復帰に-米大リーグ
13日付のニューヨーク各紙は、左手首骨折から4カ月ぶりとなる米大リーグ復帰を果たしたヤンキース、松井秀喜外野手のプレーぶりを大きく報じた。
4打数4安打1打点の鮮烈なカムバックに、ニューヨーク・タイムズは「松井はさび付いていなかった」と報道。「もう逆戻りすることはないだろう。4カ月の休養を感じさせなかった」と評した。
ニューズデーは「ゴジラ復帰、怪物だった夜」という見出し。松井秀が観客から温かく迎えられた状況を詳報し、本人の喜んでいる様子が手に取るように分かったことから、「今夜は通訳の必要がなかった」とした。
テレビはスポーツニュースで取り上げ、松井秀が第1打席で総立ちの観客にヘルメットを取って応じた場面の映像を、繰り返し流した。
(時事通信の記事ここまで)
大リーグデビュー戦のときもそうだった!
本番、即結果を出す男!!
彼こそ野球界の鏡、スポーツ界の鏡!!!
しかし現実の社会を見ると・・・
五輪種目から消えた野球の悲しい姿が_| ̄|○
残念なことであるが、今回の松井選手のパフォーマンスをもってしても、五輪が動く可能性は低いだろう。
理由は簡単・・・
五輪はスポーツじゃない!!!
どういうことか。
近代五輪その使命の1つに『いかなる【政治的】【宗教的】【経済的】圧力にも抵抗しなければならない責任があると謳っている。
実はこれはスポーツとしてあるべき姿を『社会側』に引きずり込むことを意味しているのである。
私は・・・
スポーツとは自らの肉体精神エネルギーを削り落として分解させ(これをいわゆる代謝という)高次元のエネルギーを世に提示する行為
と考えている。
(ここでの一連の行為を私は『科学的行為』と言っている)
この考え方で行くと、戦争やドーピングなどとは、スポーツとはある意味味方である。
(だからといって戦争やドーピングを肯定するわけではないが、比較のために言わせてもらった)
ところが、五輪というものは、スポーツから味方となる者を排除し、社会のルールに従った上で演じてもらう『社会的行為』なのである。
つまりスポーツマンシップと五輪精神は、構造的に正反対!!!
スポーツとしての市民権を必死で立て直している野球だが、今年になってWBCの成功などで間違えなく前進に向かっている。
この状況は五輪主義者にとっては、かえって歯がゆい思いをしているに違いない。
ドーピングについて言わせてもらおう。
上記の関係から、五輪から締め出すことには全面賛成である。
しかしその考えをCASをはじめとしたスポーツ界全般に押しつけるのはいかがなものだろうか。
かのベン・ジョンソン選手もガトリン選手も五輪のルールが影響している場でドーピングを行ったことについては非難されなければいけないが、それを理由にスポーツマンとしての『人格権』まで奪い取ってはいけないのである。
彼らの提示した『記録』は、それなりに有効であることを忘れないでほしい・・・
ところで・・・
『数学五輪』はどうなんじゃい(怒怒怒)
結論から言わせてもらうと・・・
『数学五輪』はスポーツの仲間と認める
その根拠。
『数学五輪』は若手の優秀な数学的な科学発掘の能力のある者を探し求める場・・・なのであるが、その競技のシステムを見ると『あらかじめ答えの出ている問題を解かせる』ようになっている。
ここまではただの『コンテスト』で『スポーツ』とは言わない・・・
問題は・・・
『団長』と『特別賞』が存在することにある!!
『団長』とは、6人の競技者が示した答案を『審判』に持ち寄り、得点交渉をする者で、言ってみれば『第7の選手』である。
競技者である『若駒』がどれだけ有効な能力を提示できるかは、団長次第であり、このコンテストの後にある『団長セクション』の存在はスポーツにおける『興』の部分において非常に意義深い。
しかし大事なのは『特別賞』の方である!
『特別賞』とは、当初用意されていた正解とは異なった、非常に優れた提示がなされた場合に贈られるものである。
なかなか発生しないものではあるが、競技者側から見れば・・・
1問でも命中すれば『金メダル』以上の『大金星』!!
かの旧姓田村亮子選手の言葉を借りれば・・・
最低でも金、最高で特別賞!
だったりするのであるww
この『特別賞』の存在は、単なる『コンテスト』に科学発展の可能性の追求に大いなる褒美を用意した、重大な要素なのである。
その意味で数学五輪は救われている!
2003年の日本大会で、特別賞の発生を見ることが出来なかったのは残念なことではあるが・・・
posted by nicebirdie |03:00 |
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2006年09月12日
おはようございます。
過去スポナビ+に提供した私の記事を点検してみると、実に10以上の記事で何らかの形で『ルーリング』が関与していることに気付いた。
スポーツはルーリングが命!
適切なルーリングは(スポーツマンシップに反さなければ)どんな反社会的行動だって許されてしまう性質を持つ(たとえ殺人であっても!)。
だがそのためには『なぜそのルールが存在するのか』という説明責任がある。
これを達成するためには付け焼刃的な発想は許されず、きちんとしたシナリオを描いて取り組まなければいけないことになる。
その意味でゴルフのルール構成は実によくできている!
先の記事ではどうも引用した(ゴルフとは無関係の)事件の内容に注目が集まっているみたいなので、ここで改めて『スポナビ+』らしい解説をしようと思う。
まず、ゴルフのルール構成の基本的考え方として・・・
自然に対する自己への最大限の厳しさ
礼儀を重んじた紳士のスポーツ
を前面に出している。
その上でゴルフのプレーの中で想定されるあらゆるシナリオを過不足なくルールに明文化。
そして科学技術の進行などを想定して、それを理由にルール本文を動かさずにしてもいいように『用語の定義』という項目を設けて融通性を利かせている。
このような考え方が完全に行き届いている欧米ではプレー中にトラブルがあっても協会が24時間365日対応していて、いつでも適切な回答を提示してくれる。
それに比べて日本の協会の対応の遅々としたことと言ったら、本当に目も当てられない!
こんなイケナイことになってしまったのも、ゴルフという紳士のスポーツを目先のバブル的ビジネスとして私物化してしまったことが根源にあるのだろう。
非常に残念なことである・・・
ところで『シナリオ的に』ルーリングの行き届いたスポーツとして・・・
野球もあるではないか!
『野球用具の意味』から始まってグラウンドの(特に内野の)形状のバランス、さらには『ズル』できないルール設定・・・
実によくできた『シナリオ設定』によってルーリングができあがっている。
思えば、野球もゴルフも『記録のスポーツ』の類いである。
スコアブックに書き留められ、いつでも『盤面』にリプレイ可能である。
だからトラブルの原因も突き止めやすい。
『シナリオ的に』行き届いているのはこれまで積み上げてきたプレイの数々・・・
案外そんな気がする。
実は私は新しいスポーツ種目を考えている!?
このプロジェクトにあたって・・・
初めにシナリオありき
と考えている。
きっちりとシナリオを構築してその上でルーリングを設計する。
そうすれば自然とプレーヤーはついてくるだろうと考えている。
少なくとも・・・
目先の利益だけで勝手にルーリングを設計しようとする者に未来はない!!
どんなルールが用意されているかは、出来上がってからのお楽しみ・・・
posted by nicebirdie |07:42 |
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2006年09月04日
こんにちは!
オシムJAPANの『初めてのアウェイ戦』は、黒星スタート・・・
サウジアラビア戦の前、オシム監督はW杯ドイツ大会でゴールを挙げた中村俊輔選手に“戦力外通告”を付きつけられている。
今回黒星がついてしまった以上『結果的否定』された状態なので、この記事はそれを踏まえたものとして考えていただきたい。
“ファンタジスタ”はいらない
ファンタジスタ受難の時代、オシム監督は運動量の少ない古典的な司令塔タイプを重用しない方針を表明。『W杯のヒーロー』MF中村俊でさえもバッサリ斬られた。
もっとアグレッシブで、走る能力の高い選手が必要。世界のサッカーはそういう方向に進化している。『美のために死んでもいい』という人が存在する要素はますます少なくなる。個人的には非常に残念。でも人生もそう。昔の旅行は汽車に乗ったり歩いたりしていたが、今はみんな飛行機だ
華やかなテクニシャンより、馬車馬のように走り回れる実用性のある選手が重要。「複数ポジションができる選手を使わずに負け続けるなら進歩ではなく後退する」とユーティリティー性を高く評価し、逆に純粋な司令塔である中村俊は厳しい立場になった。
(以上デイリースポーツの記事より抜粋)
『馬車馬のように走り回れる実用性のある選手が重要』とは、ある意味非の打ち所のない理念といえる。ことサッカーにおいては文部科学省のスポーツテストの『シャトルラン』がそれこそ『お上のオスミツキ』を与えていると言えるのかもしれない。
だが、それが『勝つための』もっと言えば『得点のための』明確な手段なのかというと、そうでもなさそうである。
むしろ『反則』の扱い方に本質的問題の伏線があるような気がする
『反則負け』が存在したり、野球の『ボーク』のように直接の失点に結びつくような種目とは違い、サッカーは『反則=失点』になることはない。
(一部反スポーツマンプレーで試合そのものが没収されたりするケースはあるが)
最悪ゴールキーパーの存在する『PK』である
極論、100%ゴールしかない状況でのDFの露骨なハンドでさえ『レッドカード⇒PK』にとどまる。
PKになってしまえば『100%のゴール』でさえ、90%ほど(PKの成功率がこのくらいらしい)にされてしまう。
あるはずのものが『無きもの』になってしまう・・・
世界は今、この事実に注目している
今でこそサッカーは得点を争う『ストロークプレー』だが、発祥時は1得点で終了という『マッチプレー』だった。
つまり『YES・NO』を争うスポーツであり、それは重量挙げにも似た『確率のスポーツ』の性質がにじみだす。
そしてここでは『反則』でさえ『確率を有利にする行為』『取り得る手段の1つ』として認識されてきたことを意味している。
PKに持ち込んだ結果として『確率に勝った』場合(負けた場合もそれはそれとしてあるが)その後少ない人数で戦うという『新たなミッション』が待ち受ける。
この段階になって先の『馬車馬のように走り回れる実用性のある選手の重要性』が意味を持ってくるのである。
そう考えると『ファンタジスタ不要論』はもはや『不可逆』な流れなのかもしれない・・・
練習における手段として・・・
格下との人数ハンデ戦
が考えられる。
目に見える『ハンデ戦』ではあるが、上記の考え方からもはやハンデ戦ではない。
プロには運動量増強の実戦演習!
挑戦者にはもちろんプロからのゴールを!
それぞれが『異なったミッション』でのガチンコ勝負、というわけである・・・
posted by nicebirdie |12:47 |
サッカー |
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