2006年07月16日
こんにちは!
W杯ドイツ大会で優勝したイタリア。
一方で国内ではセリエAの不正疑惑。
そして、このほど関係クラブへの処分の決定が出た。
最も重いユベントスはB落ち&勝ち点30剥奪!
「求刑」ではC1といわれていたため、この決定は「優勝恩赦」と受けとめられている。
とはいえ勝ち点30剥奪という制裁は大きい。
ユーベ他3チームを受け入れる側のほかのBチームに優遇措置を与える、いわゆる「行って来い的制裁」こそなかったが(これをやってしまうと決定的だが)10勝分のマイナスであるため、A復帰はおろか、C1落ちも十分考えられるというとてつもないものといえよう。
一方で「行って来い」ではないことから、また他2チームにもある程度の制裁があることから、実際の「目標勝ち点」が下がるという見方もある。
(7勝程度の上積みが予想されている)
実際のシーズンでどのような展開になるのかは、やってみなければ分かりそうにもない。
日本のファンは冷静に見守るのが吉であろう。
ところで、C1といわれた「求刑」についてだが、いわゆる「死刑」にあたる「解体処分」という究極の意見もあったとされている。
この方法を取る場合、他の追加処分の一切をしないのが一般的である。
ただし「解体処分」となった場合、文字通りゼロからのやり直しである。
それはユーベクラスの「モンスター」が最下部リーグに突然やってくることを意味するわけで、そこでは「アラシ」が巻き起こることが容易に予想される。
しかし日本では「横浜FC」が実際にその経路を受け入れたわけであり(事情は違うが)現在、まさにJ1に昇格しようとしている、という「実例」もある。
今思うとあえて究極の処分を本気でちらつかせるのも一方策だったのかな?
【追記:「アラシ」状態について】
実際私は「競技かるた」の世界で、そういう状態を見てきている。
「職域」と呼ばれる団体戦で名人クラスの強豪が実業団チームを組んだ時に発生する。
「日本経済新聞社」のケースが有名、としておこう。
5人チームの団体戦ではあるが、剣道などのそれ、つまり「5人倒して勝ち」ルールとは違い「個人戦×5」の勝敗でチームの勝敗を決する。
特にリーグ全体の参加者がマッチング対象となる最下部リーグでは、約70名のマッチング候補の中に1つだけ「モンスター」が混ざることになるわけで、これがチームの勝ち負けという概念を超えた大きな話題となるわけである。
詳しいことは「競技かるた」の実情を参考にしてみてほしい。
posted by nicebirdie |16:05 |
サッカー |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2006年07月16日
こんばんわ!
「Gメン7・15」ドキュメント!
2006年7月15日。
将来、日本のプロ野球はこの日を「歴史的事件日」として語り継がれることになろう。
「歴史書」の見出しはこうなるであろう。
2006年、巨人が最下位を目前にして激戦をくりひろげた最初の日
読売ジャイアンツは、2リーグ制以降において、最下位が1回しかない。
それは1975年のことである。
2度目の最下位は、2005年に訪れかかった。
しかし直前で回避し、この年は5位に終わった。
2006年。
開幕直後の巨人は、来たる「7・15」を絶対に想像できないほどの快進撃を続けていた。
ところが5月の交流戦を境に突如一変。
6月6日以降、30戦以上戦って4勝しか挙げられず、7月14日、ダントツだった巨人が、一気に最下位横浜と0.5ゲーム差というところまで追い詰められた。
そして、運命の7月15日がやってきた。
ここで「Gメン7・15」と言っているのは、ただ1回あった巨人最下位の年、1975年に放映された刑事ドラマ「Gメン’75」をもじったものである。
(ゆえ「7・15」は「ナナイチゴ」と読まずに「ナナジュウゴ」と読んでほしい)
もしこの日、巨人が最下位に転落したら最後、31年前の屈辱をなぞらえてこのキーワードがプロ野球界を駆け巡ることになったであろう。
それだけは巨人は防がなければならない!
それだけは巨人はやってはならない!
何としても巨人は「7・15」という日を耐えなければならない!
この日はヤクルト戦。
先発は内海。
1回裏、ヤクルトの打線が猛爆発する。
40球の間に、何と7得点!
1回が終わって、0-7。
普通ならこの段階で巨人は「捨て試合」。
「Gメン7・15」成立の行方はもう一方の試合、広島VS横浜にゆだねられる・・・考えるのが当然である。
そう考えなければいけないのがこの時期の巨人であった。
ところがこの日の巨人は違った。
2回表にとりあえず1点を返すと、その裏7失点の内海を続投。
すると1回のピッチングがウソのように、その後5回まで0行進を続ける。
そして3回表、ついに巨人に待望のビッグイニングがやってきた。
一挙6得点でゲームは振り出しに
さらに4回、今度は3得点。
5回を終了した時点で「捨て試合」だったはずが10-7。
内海にありもしない「勝ち投手の権利」が与えられることになる。
6回表に更に1点を追加した巨人は、その裏なおも内海を続投。
今のリリーフ陣を考えると、内海には完投をも視野に入れていたのだろう。
ここで下手にリリーフして負けてしまったら最悪だ。
そうなる位なら完投して負けた方がまだまし、という考えも、あるいはあったのかもしれない。
しかし2ランホームランを浴びると、ついに痺れを切らして久保にスイッチする。
内海はは5回2/3・110球で9失点。
「7・15の事件性」を無視すれば、結果的に勝ち投手として「9失点を110球でまとめた」のは大したモノ。
「先発権利」での9失点の白星は、恐らくレコードだろう。
勝ってしまった以上、次のピッチングへの影響は心配しなくていいだろう。
こうなったらリリーフ陣は、後先のことを考えずに、今日を何としてでもしのがなければいけない。
7回以降、スコア上は両軍0行進でこのまま11-9で巨人が0-7からの逆転勝利を収めた。
しかし内幕はとても0行進といえるものではなかった。
8回9回、巨人にピンチ。
その頃「7・15」の対象試合、広島VS横浜では、5-5という激戦を繰り広げていた。
しかし8回に横浜が均衡を破り、勝ち越しに成功。
このまま横浜が勝った場合・・・
巨人負け=「Gメン7・15」成立
を意味する。
巨人、絶体絶命となった。
ここで巨人の守備陣に「思わぬ福音」がもたらされた。
8回2死1・3塁で1塁走者の盗塁を刺し、スリーアウト。
9回、今度はヒットを2塁で刺す。
立て続けの「フィールドプレイ」で最後のピンチを乗り越え、ついに巨人が大逆転勝利を決めたのである。
こうして「歴史的事件日」となることが予想された7月15日は、巨人・横浜が揃って勝ち、巨人最下位のキーワードとしての「Gメン7・15」は寸前のところで阻止された。
代わりに、こういう見出しを出現させた・・・
「Gメン7・15」
それは最下位を目前に迫られた巨人が必死に戦った、野球の記録である・・・
とはいえ、巨人のピンチは終わったわけではない。
依然巨人と横浜のゲーム差は0.5。
16日にも「巨人最下位」の可能性は十分にある。
巨人の極限の戦いはむしろ「7・15」がスタートだと言えるだろう。
posted by nicebirdie |02:44 |
プロ野球 |
コメント(0) |
トラックバック(0)