2006年11月30日
今日も日記です。
昨日は中学野球を中心に、スポーツライターとして活動する瀬川ふみ子さんと打ち合わせを兼ね飲みに行きました。
来春に出版予定の野球本の打ち合わせも兼ねてでしたが、今年でキャリア16年目を迎える瀬川さん。ネタの豊富さと人脈の厚さはやっぱり半端ないです。
「やっぱり瀬川さんは凄いよ」
うちに帰宅して真っ先に相棒に言ったのはこの一言でした。
各誌の編集者さんが瀬川さんに依頼する理由が分かった気がします。
実際、今回進めている案件に関しても瀬川さんのお力は欠かせないです。
話しているだけで、いい原稿になる気がしてくるのは僕にはない部分。
本当にいい勉強になります。
瀬川さんとはこれからいいお付き合いが出来そうです。
最後に瀬川さんにメッセージ。
「はまっている」と話していたあれですが、さっそく昨日相棒とも話しました。その際はよろしくお願いします(笑)
posted by 永田遼太郎 |10:51 |
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2006年11月28日
ひさしぶりにこのブログを書きます。
といってもネタがあまりないので最近の僕の近況を。
写真にもありますが、先日、味の素スタジアムへJリーグ・東京対浦和を見てきました。
僕がJリーグのスタジアムに行くのは実に5年ぶりです。
それにしても、スタンドの各所に熱心なサポーターがホント増えてきましたね。野球でも外野席だけでなく内野席の至るところに熱心なファンが存在しますが、Jリーグもゴール裏はもちろん、メインスタンドにいたるまで、様々なスタイルでひいきチームを応援するサポーターが増えてきました。
Jリーグ開幕から13年。
サポーター文化もだいぶ浸透したなって感じです。
あえてあげるとしたら、Jリーグの人気はまだまだ暮らしに関わるレベルにまで行っていないかなっていうこと。
味の素スタジアムの周辺には店の看板をFC東京カラーの青と赤にしてるお店や、家の屋根にチームの旗を立てているご家庭もチラホラみかけましたが、Jリーグの中で一番盛り上がるとされる“埼京ダービー”をもってしても一般市民の関心度はいまいち。この日はだいぶ空席も見られました。
それどころか朝からテレビ番組の話題は、この日行われていた競馬のジャパンカップが断然上位。ディープインパクトの国内復帰戦はちょっとした社会現象モンでした。Jリーグの優勝が懸かっているにも関わらずこの関心の低さは若干、寂しいです。
“娯楽大国・日本”ではそれも仕方ないという意見が大半でしょうが、せめて“ダービー”と呼ばれる試合なら、もう少し一般の暮らしを巻き込んだ盛り上がりを期待したいところではあります。まして今回は優勝が懸かっていたわけですから。
現状では“ダービー”という言葉だけがマスコミを通じて一人歩きしてる感じがします。
まあこれは野球も言えることなんですがね…
さて、そんな中でラグビーの日本代表が6大会連続のワールドカップ出場を決めました。僕はCS放送を通して、この一戦を観戦しましたが、こちらはリアルタイムでの民放の放送もなかったようです。来年の本戦ではこの扱いをあざ笑うかのようなラグビー日本代表の活躍を期待したところです。
posted by 永田遼太郎 |19:13 |
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2006年11月15日
なんともなつかしい顔がブラウン管に映し出された。
報徳学園・近田怜王君。彼はこの秋、高校一年生ながら140キロを超える速球を武器に高校野球秋季関西大会で優勝。決勝では“怪物”中田翔を擁する大阪桐蔭をわずか2安打に封じ勝利すると、彼の名は瞬く間に全国の高校野球ファンの間で広がった。
そんな彼と僕が出会ったのは昨年の春。
リトルシニアの春季全国大会の取材に訪れていた僕は「三田に凄いピッチャーがいるらしいから見てきた方がいいよ」と話す関係者の言葉にのって大阪の住之江公園野球場に足を運んだ。
ちなみに『三田(さんだ)』とは兵庫県の三田リトルシニアのことである。
試合前、三田リトルシニアのチーム関係者に挨拶すると、さっそく噂の近田君に僕は接触した。
余談ではあるが、この大会の取材前に僕は同じ中学硬式のボーイズリーグの全国大会の取材をしていた。
関西地区を中心に勢力を伸ばすボーイズリーグ。
関東の選手達はわりかし大人しめな子が多かったが、関西の選手達は良くも悪くもいわゆる“関西ノリ”。
あえて例えるならプロボクサーの亀田興起の小さい版って感じだろうか。
20歳近く離れている大人の取材に対しても、けっして物怖じしない子供達が多い。
そのせいか近田君と会う際も、関係者から“かなりの大物君”だと前もって聞いていたこともあって勝手なイメージを当初持っていた。
しかし、実際に接してみてそのイメージはいい意味で崩された。
「この子が噂の大物君か?」って疑ってかかるほど謙虚そのもの。
時折見せる笑顔は早実の斉藤佑樹とはまた違う清々しさが感じられた。
中学1年時には、あまりの練習の厳しさに野球を辞めようと思ったと近田君。
「長距離走が苦手だったんですよね」と当時を振り返って笑った。
所属チームの監督による必死な説得によって、気持ちを新たにした彼。
1年生の秋から早くも主力メンバーの一員としてチームに貢献。
「ひとつ上の先輩の代が負けた時に『自分がやらなくちゃ』って思ったんですよね」そこから厳しいトレーニングにも耐えられるようになり球速もぐんぐんと伸びていった。
周囲の大人達は「まだまだ彼に厳しいトレーニングはさせてませんよ」と話す。本当に厳しいトレーニングには高校進学後にすることになるでしょうと話を続けると「えぇ~~っ」と近田君は驚きの声をあげた。
ちなみにこの大会で三田シニアは2回戦で姿を消した。
打ち破ったのは世田谷西シニア。近田君は試合後、大粒の涙を流していた。
その後、報徳学園に進学。中学時代に挫折を味わったことで彼はさらに成長出来たのか、まっすぐの球速は140キロを超えた。
今日、幕を閉じた明治神宮大会では惜しくも高知高校に破れ準優勝に終わったがこの敗戦が彼をさらに成長させてくれるだろう。
準決勝の試合後、テレビ中継のインタビューを受けていた近田君。
その姿は、1年前に会ったあの時と何ら変わらない初々しさと清々しさが感じられた。
来年は春の甲子園出場がほぼ確実視されるが、さらなる成長した彼を取材する日が来る事を僕も楽しみに待ちたいと思う。
posted by 永田遼太郎 |13:13 |
高校野球 |
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2006年11月02日
戦国東都大学リーグを制したのは、リーグ最終戦で国学院大、青山学院大をうっちゃった亜細亜大学であった。
青山学院大学の4連覇は成し遂げられなかったが、彼らも最後の最後までリーグ戦を盛り上げてくれた。
そんな中、青山学院大4年大崎雄太郎(常総学院卒)の手によって新たな大記録が生まれた。1931年の東都大学リーグ発足から75年で12人しか達成されてないリーグ通算100安打の記録である。
秋季リーグ開幕前、大崎は通算安打を89本まで伸ばし、100安打達成は時間の問題とされていた。
しかし、今リーグでは思うような結果が残すこと出来ずもがき苦しんだ。
「プレッシャーとかはなかった。それよりもチームに貢献することが大事」と記録達成に向けて特別な意識が生じたことを否定した。
大崎は常総学院時代に3度の甲子園を経験し、高校2年春の全国選抜大会では優勝を経験している。
170cm、80kgの体格はお世辞にも恵まれているといえないが、全身は上質の筋肉で覆われている。
野球に対する考え方も人一倍ハングリーで、常に何かを学ぼうとする姿勢は高校時代から今も崩していない。
“センスの裏に努力”と彼はよくそう称されるが、まさにその言葉がぴったりだ。
大学進学後は、自慢の俊足とバットコントロールの良さで、チームのリードオフマンとして活躍。昨春優勝した大学選手権では打率.647と脅威的な数字を残し首位打者も獲得した。
数週間後に控えるプロ野球ドラフト会議では、各球団から熱い視線を浴びている大崎。彼が次の舞台でどのような活躍を見せてくれるのか今から楽しみで仕方ない。
posted by 熊野秀俊 |13:32 |
大学野球 |
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