2007年08月27日
日本フッボール界の“見えざる神” (日本の想い出 vol 9)
フッボール以外のことはこれくらいにして、今回の「日本での想い出第9弾」では、少しフッボールの指導現場に戻り、「日本フッボール界の“見えざる神”」について書きたいと思います。(Un Dios invisible del futbol japones)
「Un Dios invisible del futbol japones(日本フッボール界の“見えざる神”)」というのは、誰だか忘れましたが、今回バルサキッズキャンプのコーチ陣のひとりがボソッと言った言葉でした。 以下、この言葉(=名言)が生まれるまでのストーリーをご紹介します。 (注意書)話しを明確にするために、若干フィクションが含まれております。予めご了承下さい。 【テクニックのある日本の子供たち】 今回日本に行った3人のカタラン人コーチは全員、日本人の子供たちのテクニックのレベルの高さに驚いていました。誰か特定のひとりが上手いということではありません。カタラン人の3人が驚いていたのは「みんな平均していいテクニックを持っている」という点です。 【戦術を知らない日本の子供たち】 日本の子供たちのテクニックのレベルの高さに感心するのとは逆に、カタラン人3人は日本の子供たちの戦術レベルの低さに驚嘆していました。結局のところ、戦術というのは“考えること”だと思うのですが、我々には“日本の子供たちはグラウンド内で考えてない”ように映ったのです。 【ボーッとしている表情】 例えば、カタラン人コーチの誰かが言いました「彼らはグラウンド外ではテキパキしていて表情もシャキッとしているのに、グラウンドの中では何であんなにボーッとした表情をしているのだ?」と。 そうなのです、日本の子供たちの多くはグラウンド内でボーッとした表情をしていたのです。その表情の理由が“考えていない”からなのかどうなのかは僕達には正確には分かりませんが、「ずっと考えながらプレーしていたら、もう少しシャキッとした表情になるのでは?」という意見もありましたし、事実「お、こいつは賢いな」と思われる選手のグラウンド内の表情は例外なく“シャキッ”としていました。 【考えることが苦手?】 では、日本の子供たちが(ボーッとした表情をしながら!?)考えずにプレーしているのは、彼らが考えることが苦手だからなのかと言うと決してそうではありません。事実、今回のキャンプ中に“考えながらプレーすることの大切さとそれをするためのヒント”を子供たちに教えてあげると、子供たちは少しずつですが考えながらプレーするようになって行きました。 【なぜ伸ばさない?】 「なんだ、やればできるんじゃないか!」というのが我々の素直な感想でした。そして、1週間という短期間のキャンプにもかかわらず、その短期間の中で明らかに少しずつグラウンド内で賢いプレーができるようになって行く日本の子供たちを見て、我々は次の素朴な疑問を持つようになりました。「日本ではなぜ彼らのこの才能(賢さ)を伸ばすトレーニングをしていないのだ?」 【指導者講習会での出来事】 そんな素朴な疑問と直面していた丁度そのとき、横浜にて指導者講習会が行われました。指導者講習会の席では、基本的なバルサの指導哲学や、今回のキッズキャンプで実際に行っている練習メニューの説明など行った後に質疑応答の時間が設けられました。そして、その質疑応答の中で頻繁に出てきた質問は「なぜバルサでは小学生にも戦術をたくさん教えているのか?」というものでした。 【戦術を知らないとフッボールを楽しめない】 前述の質問に対する我々の解答はとてもシンプルでした。「オセロや将棋などのゲームをプレーするためには、そのゲーム独特の基本ルールと戦術を学ぶ必要がある。そうしないとそのゲームを十分に楽しむことはできない。フッボールも同じこと。戦術を知らないとフッボールを満喫することはできない。そしてそれは大人も子供も同じこと」。 このシンプルな解答に対して、講習会に来られていた日本人のコーチの方々も「そりゃそうだわな」という感じで、これまたシンプルに頷いていました。 【なぜ日本では小学生に戦術を教えないのですか?】 そんな質疑応答が繰り返される中、(返答することに飽きた!?)カタラン人コーチのひとりが「今度は私たちからひとつ質問させてもらいます」と言った後にこう質問しました。「なぜ日本では小学生に戦術を教えないのですか?」 【明確な解答なし、、、、】 30人くらいいたのではないでしょうか、その中には前述の返答に明確に返答できる人はひとりもいませんでした。 【ゴールデンエイジでは、、、】 「ゴールデンエイジではテクニックを伸ばすことが大切なので、、、」という返答もありましたが、更に突っ込んで「テクニックと共になぜ戦術を指導しないのですか?」という質問をすると返答に困っていましたから、この返答は前述の質問に対する明確には解答にはなっていないということになります。 【強い個を育てるために、、、】 「昨今の日本サッカーのテーマは“強い個を育てる”ことなので、、、」という返答もありましたが、この返答に対しては「“強い個”になるためには戦術的な賢さも必要ですよね?」と更に突っ込んだ質問をすると「そうですよね、、、」という返答をするしかなくなってくるので、この返答も「なぜ日本では小学生に戦術を教えないのですか?」という質問に対する明確な解答ではないことに気付かされます。 【では、なぜ?】 日本では小学生にほとんど戦術を教えないようです。しかし、その明確な理由を誰も知らないようなのです。しかも、その一方で「ゲームを楽しむためには戦術知識が必要」ということは十分認識しているらしいのです。しかし、実際の指導現場では戦術は教えていないとのことです。何故なのでしょう? 【明らかな矛盾】 普通人間は矛盾を嫌い、理に適ったことを好みます。ですから、「なぜ日本では小学生に戦術を教えないのですか?」という質問に明確に返答できないにもかかわらず指導現場で戦術を指導していないという明確な矛盾に、本来であれば人間は違和感を感じ、そしてどうにかしてその矛盾を打ち破り理に適った行動を取ろうとするはずです。しかし、実際にはそうなっておらず、この矛盾は放置されたままのようです。何故なのでしょう? 【“見えざる神”のお告げ!?】 そんな明確な矛盾に遭遇したのにもかかわらず、明確な解答が得られず、講習会が行われていた会議室にどんよりとした空気が流れはじめた瞬間、その矛盾を打ち破るようにカタラン人コーチのひとりがこう言いました。「Parece que teneis un Dios invisible del futbol japones. Y El os dice que no teneis que entrenar el aspecto tactico a los chicos. Como es un Dios, vosotros le haceis caso sin saber el motivo no?(日本フッボール界には“見えざる神”が存在するようだね。そして、その見えざる神が「子供には戦術は教えるな」と言っているから、みんなはその神のお告げに無条件で従っているだよね、きっと)」 【ジョーク&皮肉】 もちろん、このコメントはジョークであり、そして皮肉です。彼は「理由もないのに無条件で信じる」という特殊な行為を「見えざる神の仕業」と皮肉ったのです。 まとまりが悪いですが、以上が今回のストーリーです。 さて、皆さんはこの「見えざる神」の存在についてどう思いますか? 私は、この「見えざる神」の存在と「子供たちのボーっとした表情」と「日本サッカーの今後の行方」との間にはとてもとても深いつながりがあると思っているのですが、皆さんはどう思いますか?
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posted by naoto |00:58 |
・バルサキッズキャンプ |
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