2007年09月07日
ポリバレントなコーチが多いスペイン
今「強いぞ広範囲アジアン混合チーム」を書いていてひとつ素朴な疑問がふと頭をよぎりました。 それは 「小学生を指導することと高校生を指導することは違うのか?」 という素朴な疑問です。
【ポリバレント】 私は現在、バルサスクールで12歳以下の子供達の指導に携わっていますが、今まで小学生から大人まで色々なカテゴリーの指導を経験してきましたし、今後もカテゴリーの枠を決めずに指導に携わりたいと考えています。 そして、先日も高校生年代の「広範囲アジアン混合チーム」を指導したわけですが、自分の感覚としては、数週間前に日本のバルサキッズキャンプで小学生相手に指導していたのとほとんど差はありませんでした。 【ジョアンもポリバレント】 私と一緒に指導していたジョアンも最近は小学生年代を指導しているわけですが、2シーズン前はユースチームの監督を務めていたらしく、私と同様に違和感なく高校生年代の「広範囲アジアン混合チーム」の指導に当たっていました。 【他の3人もポリバレント】 そして、同じ時期にサウジアラビアから高校生年代の地域選抜チームが遠征に来ていたので、バルサスクールの他の3人のコーチが指導に携わっていましたが、彼ら3人も決して「小学生専用指導者」ではないので、何の違和感もなくサウジアラビアの暴れ馬のような高校生軍団を操っていました。 【スペインの指導者は全員ポリバレント】 そんなつい最近の出来事を振り返りつつ、今まで出会った他の多くのスペイン人指導者のことを思い出してみると、なんだかスペインの指導者全員がポリバレントに思えてきました。 もちろん、小学生の指導が得意な指導者や、高校生の指導が得意な指導者や、大人のチームの指導が得意な指導者など、色々なパターンがスペインでもありますが、複数のカテゴリーを掛け持ちで指導している「ポリバレントコーチ」もとても多いのではないでしょうか。 【日本にはポリバレントコーチが少ない?】 では、日本はどうでしょう? 想像するに、ジュニア・ジュニアユース・ユースのカテゴリーがとても明確に区切られているため、カテゴリーを飛び越えて色々と行き来して指導している“ポリバレントコーチ”というのは、とても少ないのではないでしょうか? 例外として、ポリバレントコーチがいるとしたら、ごく少数の(少人数のコーチが全カテゴリーを指導しなければいけない)小規模クラブチームなのではないでしょうか? 【ポリバレントコーチが少ないから“小学生っぽい”サッカーが生まれる?】 前述したように、スペインでは複数のカテゴリーを行き来する“ポリバレントコーチ”がたくさんいます。そんため、いい意味でも悪い意味でも「どのカテゴリーでも同じようなコンセプトによって、同じような練習メニューが行われている」傾向があると思います。 一方“ポリバレントコーチ”が少ない日本では、いい意味でも悪い意味でも、小学生向けのトレーニングコンセプトだとか、高校生向けのトレーニングメニューだとか、中学生向けの指導理論だとか、各カテゴリーごとの“世界”が築かれているのではないでしょうか。 その複数の“世界”の存在が、例えば、スペインでは決して見られない“小学生っぽい幼いサッカー”が日本には存在する原因なのではないでしょうか。(それが悪いと言っているわけではありません。スペインと日本の差を述べているだけです) 【ポリバレントコーチが少ないから戦術の指導をしない?】 「日本フッボール界の“見えざる神”」 で取り上げた「なぜ小学生で戦術をあまり指導しないのか?」という疑問は、もしかしたら“ポリバレンテコーチ”が日本に少ないことと深く関係しているのかもしれません。 想像してみてください。今現在日本で高校生年代の指導に携わっている指導者の中で戦術的な部分を指導していない人はゼロのはずです。そんな戦術の指導に慣れたユース年代の指導者達が、平行して小学生年代に指導したとしたら、彼らは高校生に指導している戦術的内容を多かれ少なかれ小学生にも(多少噛み砕いた形で)指導しようとするのではないでしょうか? 【ポリバレントコーチが理想像?】 理想的な指導者というのは、ある特定のカテゴリーのプロフェッショナル的なコーチなのでしょうか? あるいは、複数のカテゴリーを指導できるポリバレントコーチなのでしょうか? ちなみに私が目指している理想像は、どちらかというと“ポリバレントコーチ”ですね。 【組織としてはポリバレントコーチが多い方がいい?】 例えば、日本フッボール界だとか、関東サッカー界だとか、船橋市サッカー界だとか、ある特定の地域のフッボールのレベルアップを目指すときには、その地域にはどういうタイプの指導者が増えた方がいいのでしょうか? ある特定のカテゴリーにとても詳しいプロフェッショナルタイプの指導者でしょうか? あるいは、複数のカテゴリーを跨いで指導できるポリバレントタイプの指導者でしょうか? 私は、ポリバレントタイプが増えカテゴリー間の交流がもっともっと増えた方が組織全体の活性化につながると思っています。
【同ブログ内の関連記事】
・サッカーはサッカーをトレーニングすることによってのみ上達する
・攻撃を改善したければ守備を改善せよ (究極のサッカー哲学)
・小学生からもっとチーム戦術を教えてみませんか?
・子供にコーチがたくさん指示を出すことは悪いことですか?
・子供に素早い状況判断を求めてはダメですか?
・小学生には11人制よりも7人制の方が適切と思いませんか?
・なぜスペインでは6人制でも8人制でもなく7人制なのでしょう?
・トーナメント戦形式は子供のチャレンジ精神を育むのでしょうか?
・日本フッボール界の“見えざる神”
・日本フッボール界の根本的な問題
・ポリバレントなコーチが多いスペイン
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posted by naoto |06:24 |
バルサを越える為のヒント集 |
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Re:ポリバレントなコーチが多いスペイン
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こんにちは、村松さん。
仙太郎です。
これは、おそらく日本ではサッカーがクラブ単位ではなく、学校や年代別でプレーされているのが大きいのではないでしょうか。
クラブ単位で幅広い年代の選手がいて、コーチが持ち回りで教えていれば、ポリバレントなコーチができるとおもいますが、日本で小学校のチームを指導する人が、中学生を指導する機会はないでしょうし、他の年代を教える機会もないでしょう。
日本にポリバレントなコーチがいないのではなく、機会がないだけではと思います。
もっとも、一部に小学生相手に偉そうに怒ってばかりいるコーチもいます。そう言う人は大人には教えることはできないでしょうね。
posted by 仙太郎 仙太郎 | 2007-09-07 09:02
Re:ポリバレントなコーチが多いスペイン
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最近こちらのブログを見つけ、「面白い」とはまってしまった者です。いつも更新を楽しみにしております。
息子は、小学生ですが、親が転勤族ゆえ、随分といろいろなチーム、コーチにお世話になってきました。コーチの国籍は、さまざまでイギリス人、フランス人、非日系アジア人、そして日本人コーチ等等。いろいろな方に指導していただいてきました。
確かに日本国内のコーチは、「小学生のうちは」という「確固たる」理念のもと、指導される方が多いように思います。
面白いことに、生来の才能なのか、全く資格がなくてもすごく子供を伸ばしてしまうコーチっているんですね。いままでお二人そういう方にお会いしました。どちらも指導者講習会に出たことすらないようでしたが、かなり長年ご自分も選手としてプレーしてきた方たちでした。指導者としてなんの経験も偏見もないからか、他の指導者なら、「小学生にそんな戦術なんて」とかいいそうなところを、すごく詳細に丁寧に教えてしまうんですね。
そのうちのお一人は、チームの子供一人一人をじっくり観察してそれぞれの子についてノートをとり、個人個人に課題を与えながら、「やってもらいたい戦術」と「それを実践するために必要な個人技術」を丁寧に指導されるのが印象的でした。ずっと同じパターンでプレーさせるのではなく、ひとつの技術、戦術をクリアする度に、どんどん新しい課題を与えてくれる方でした。
このお二人のコーチに共通することは、どちらも「相手はまだ小学生なんだから」という気持ちがみじんも感じられなかったことです。以前のブログに戦術に関して書いておられましたが、やはり今までの我が子の経験を振り返ると、きちっと戦術も教えてもらい、なんのために必要な個人技術かが、明確に分かっていたほうが、伸びるよう感じます。
posted by 一読者 | 2007-09-07 10:35
コメントありがとうございます
コメント投稿者ID :
【仙太郎さんへ】
確かに他の年代を指導する機会が日本では少ないですよね。そして、機会が少ないからなのか他の年代への興味も減少し、「私は××年代の指導者ですから、、、」みたいな固定概念が生まれているような気がします。そして、それが年代間の更なるコミュニケーション不足につながっているのではないでしょうか。
【一読者】
興味深いお話しを教えて下さり、ありがとうございます。
それはきっと、天賦の才能なのだと思いますよ。スペインでも、ライセンスの有無に関係なく“天賦の才能”によって素晴らしい指導をしている人々がたくさんいます。そして、そういう人に限って、試合を見る目を持っています。試合を見てチームや選手のミスを発見する能力、とでも言うのでしょうか。きっと、一読者さん親子が出会ったその2人の指導者の方も、そういう能力に秀でていたのだと思います。
posted by 村松尚登 | 2007-09-11 18:18
ポリバレントなコーチが多いスペイン
コメント投稿者ID :
例えば、私は、サッカーの経験者ではない(体育の授業か遊び程度)ですが、最近は、欧州CLの試合を選り好んで、サッカー観戦を楽しんでいます。そうすると、例えば、日本代表(各世代)とかの試合を見ていても、どうしても、普段見ている欧州CLの世界レベルのプレーに少し見慣れている為か、私は素人の分際でありながらも、いくつもダメ出しができたりしてしまうんです(できているつもりだけなのかも?)。
例えば、「スペースを上手に使えてない」とか「サポートが遅い」「攻守の切り替えが遅い」とか「そのパスに意味はあるのか?」とか「リズムが単調すぎる」とか、色々と思う(感じる?)ようになってきました。
つまり、私が言いたいことは、「環境が人を変える」というか、「孟母三遷」というか、つまり、私のような「サッカーの基本を学んでいない素人」でも、世界のサッカーを自分なりに自発的に(スカパーの解説も参考にしながら)研究したり楽しんだり、感動させられたりしているうちに、例えば、日本代表のサッカーに足りないものが見えて来た気になっていたりしています。
だからやはり、どの道においても、一度、「本物のレベル」を知っておくことは、その道を追求するには、大変有意義なことであり、ある意味、最短コース(近道)じゃないかなと思ったりしています。
ですから、本題に戻りますが、小学生であろうと高校生であろうと、例えば、そういうプレーを目の当たりにすれば、その人なりにでも、何らか感じるものはあるでしょうし、その意味からすれば、理解力や感受性に程度の差はあれ、目指す方向は、小学生・高校生に関わらず、そんなに違うものではないのではないかという気がします。
本題とは少し外れたかもしれませんが、まるで「井の中の蛙」や「お山の大将」のように、そこだけで完結することの弊害も出てきているのが現状ではないかなと。多分ですが、現状として、小学校、中学校、高校などごとに指導する際に、どうしても、実績とかが叫ばれるから、「その子の将来性を伸ばす」ことよりも、「無難な結果を残して卒業してもらう」ことを重視しがちな指導者による弊害的な側面も否定できないのではないかと考えたりします。
その結果、「健全な育成」が阻害されたり、「偏った強制力」によって「若き才能」が押しつぶされたりしている現状もあるのかなって。あと、日本の傾向としてよく聞くのが、「ミスをしない」ことに重きを置きすぎるあまりに、日ごろから「チャレンジしない(できない・許されない)」風潮が蔓延し、伸びるはずの能力が開花されなかったり、消極病にかかったりしてしまう傾向があるのではないかと思います。
とりあえず、この辺で。
いつも長くて誠に申し訳ございません。
posted by 紫敷布団 | 2007-11-03 09:58
紫敷布団さんへ
コメント投稿者ID :
紫敷布団さん、コメントありがとうございます。
「本物を見る」ということは、何事も大切だと思います。特に、スポーツや芸術や音楽や文学などの創造性が大切な部門においては、小さい頃から本物に接することが大切なのではないでしょうか。
日本の「チャレンジしない、できない、許されない」という現状は、大会形式を長期リーグ戦にしたら一気に変わると私は思っています。大会形式自体が失敗が許されないトーナメント形式なのに、その中で「チャレンジしろ」と言うのはとても酷な話ですからね。
posted by 村松尚登 | 2007-11-12 08:36
ポリバレントなコーチが多いスペイン
コメント投稿者ID :
>「本物を見る」ということは、何事も大切だと思います。
>特に、スポーツや芸術や音楽や文学などの創造性が大切な部門においては、
>小さい頃から本物に接することが大切なのではないでしょうか。
多分これは、スポーツや他の芸術系に限らず、より広い意味・上の意味で、「人生(そのもの)」においても言えるのではないでしょうか。例えば、「親(や教師)の背中を見て育つ」という表現が存在しますように。
少し話を変えますと、私もそれほど偉そうなことを言える立場ではないと思いますが、例えば、現状の悪質化している(?)犯罪とかいじめ問題とかも、親や教師や周りの大人たちや政治に携わる者・上に立つ者が(もちろん私自身も含めてですが)、どれだけの「生きざま」をこどもたち(下の世代)に見せることができているのかというのも、そういった問題と無関係でないと思います(話が逸れましたが)。
またこれも余談ですが、例えば、「サッカーはスポーツを超えたのかもしれない」とか言うフレーズを聞いたりもしますが、ど素人ながらも(サッカーファン・野球ファンの)私からすれば、「スポーツマンシップ」とか「スポーツの存在意義」とかを思うときに、「スポーツを馬鹿にできたものではない」とよく思ったりもします。(どれだけ深くスポーツのことをわかった上で、「超えた」という表現を使っているのかと、私は疑いたくなるのです)
「硬い話」だとか「ここでは関係のない話」だと思われるかもしれませんが、世界的にも政治とか各国や民族の対立・宗教紛争なども21世紀になってもいまだに絶えませんが、私が思うに、「スポーツ」を創られた昔の偉大な方々は、恐らく、人間に内在する攻撃性(攻撃的本能)を上手に発散させ、それをフェアなルールの中でプライドを持って競わせることを考えつくことで、上手に、「文化的な人間のライフスタイルの構築」に尽力・成功して来られたのではないかなぁと密かに興味を持っていたりしています。
あともう一つ、話を脱線しますと、上記とも少し重なりますが、現状として、スポーツは人間形成に役立つというか、重要度がかなり高いのではないかという気がしています。なぜなら、スポーツを通して、人間は次のようなものを体得していけるだろうと私は思うからです。
つまり、例えば、「礼儀正しさ」「社会の中での自分とは(役割や協調性、ルールの遵守・マナー)」「感謝の心(みんなのおかげ)」「謙虚さ(上には上がいるとか)」「勝負の厳しさ(人生だって良かれ悪しかれ弱肉強食)」「程よい成功体験と失敗体験(を得られる場)」「自分らしさの発見(得意不得意や他との比較)」「フェアな精神(健全な意味での人間形成)」などなど・・・。
他にもあるかもしれません。そして、補足しますと、このようなことは、スポーツに限らず、村松さんも書かれた「芸術や音楽や文学」などの分野(世界)からも得られたりすると思っています。
以上、話はかなり逸れましたが、私がなぜ、ここにこのようなことを書かせて頂いたかと言いますと、村松さんのように志も高く、かつ、「その道の本物」を体現されご存知でいらっしゃる方にならば、少しはわかって頂けるのではないかと思いまして、幾分、不適切な書き込みに成りかねないリスク(村松さんに迷惑になりかねないリスク)もあるかとは思いましたが、私の独断と偏見で触れさせて頂きました。すみません。
かなり話は逸れましたが、私が言いたかったのは、主に次のようなことです。
1.スポーツ(の意義・本質)は奥深いということと
(各種芸術系にも言えると思っています)
2.「スポーツを通して人間形成・成長」→「プレーの質も上がる」
(人間の質も無関係ではない)
3.スポーツ指導者の質も含めた環境
但し、2については、人間性と技術レベルに必ずしも相関関係があるとは断言できない部分もあると思いますが(人間性を上げても必ずしも上手くなるとは限らないという意味です)、少なくとも人間の質が低ければ、例えば、技術の向上にも何らかのマイナス的働きがあるのではないかなという気はします。
又、3については、例えば、上記内容は、幾分デリケートな簡単ではない問題ではあるのですが、私も含めて何らかの形でスポーツに関わる人たち(選手も指導者もチーム関係者もファンもマスメディアも)が、上記のことを根底としてわかっているのとわかっていないのとでは、スポーツを正しく捉えられないのではないかという思いから敢えて書かせて頂きました。
つまり、「本物の重要さ」について私なりに思い描いたときに、「スポーツの本物の質」(奥深さ)についてどうしても触れておきたい思いから、上記のような余談を書かせて頂きました。
尚、まとまりに欠けるコメントの最後になりますが、今、書きながら思ったこととして、例えば、「スポーツ」も(他の芸術系も)、「人間形成や人間社会の健全的な発展」に対して、「ボリバレント」な役割を担っていたりするのかなぁ・・・なんて考えてしまいました。(私自身が書きながら自分自身で考えるきっかけになっていたりします)
余談が長くてすみませんでした。
posted by 紫敷布団 | 2007-11-17 11:25
ポリバレントなコーチが多いスペイン
コメント投稿者ID :
すみません。前の書き込みが長いのですが、二段構成でもう一つのテーマについてもレスさせて頂きます。
>日本の「チャレンジしない、できない、許されない」という現状は、
>大会形式を長期リーグ戦にしたら一気に変わると私は思っています。
>大会形式自体が失敗が許されないトーナメント形式なのに、その中で
>「チャレンジしろ」と言うのはとても酷な話ですからね。
現状のシステムでは、まるで消去法のように一発勝負でそぎ落として蹴落として行って、ごくわずかの選手・チームにしか、しかも、それも限られたチャンス(少ない回数)しか与えられない仕組みでは、国全体のレベルアップにつなげていくのは難しいだろうと私も思いますし、むしろ、逆行しているとすら思えますね。
人間形成にしても、どんな技術アップにしても、「程よい成功体験と失敗体験(の両者のバランスとその場数経験値)」が必要だと私は思いますので、そのような仕組みに変えないと、どんなに日本を強くしたいと思っても、「絵に描いた餅」でしかないと思います。
まさに、村松さんも書かれていますように、「失敗が許されない中で、チャレンジしろと言うのはとても酷な話」だと思いますし、むしろ、不可能な無理難題であり、また、何度も書きますように「逆行している」以外の何物でもないと私も強く思います。(どうにか変えていかないといけないですよね)
いつも長くてすみません。また、乱筆・乱文をお許し下さい。
posted by 紫敷布団 | 2007-11-17 11:43
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