長田渚左の「考え中」

カズオ・イシグロの言葉に共感して

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 今年のノーベル文学賞に日系の英国人作家カズオ・イシグロ氏が決定したと聞いて、心から嬉しかった。  思いも掛けない伏兵の名前に、発表会場では報道陣から驚きの声が上がったそうだ。  スウェーデン・アカデミーのサラ・デニウス事務局長は彼についてこう語った。「ジェーン・オースティンとフランツ・カフカを混ぜると、カズオ・イシグロになる。そこにマルセル・プルーストを少し加えなければいけない」(10月6日付朝日新聞)  このコメントは簡潔ながら当を射ている。大きな白い皿の上にカズオ・イシグロを載せて、その独特な味わいを世界に提示してみせるのに十分だった。

 私は『わたしを離さないで』で初めて彼の本に出会った。臓器提供のために育てられた若者の人生を静かに静かに語ってゆく問題作だ。人間とは、生命とは何なのか。人が生きて、何かを残す、あるいは残せるとすれば、それは何なのかを深く考えさせられた。この作品を読んだのは、当時重篤な病を患っていた元体操女子五輪金メダリストのベラ・チャスラフスカさんをチェコに見舞いにいく機中だった。そんな背景もあってこの本を読みながら涙が止まらなかったことを覚えている。

 ノーベル文学賞受賞の第一報に、カズオ・イシグロは「フェイクニュースか、いたずらかと思った」と現代人らしく感想を話した後、「人が思うほど人生は長くない。その中で最も重要なことは何かを読者にじっくり考えてもらいたい」と語った。  ちょうど私自身も同じように「人生は長くない」とを思っていたので深く共感した。  夏に91歳になる母が倒れた。戦後、21歳で起業し、細腕で一家を支え、私を育ててくれた人だ。80歳を過ぎてからも自身のデザイン会社からいろいろな仕事を託され、家でも家事の大半をやってくれていたが、ここ数年は認知症が進行し、仕事も料理も手順を忘れていった。別人のようになっていく母を目の当たりにしながら、私はつくづく人生は長くはないと思っていた。    そんな折り、代表理事をしている日本スポーツ学会の会員で、1980年モスクワ五輪の『幻の代表』の一人、笹田弥生(旧姓加納)さんから「2020年のオリンピック・パラリンピックに向かって、私たちに何かできないでしょうか?」と声を掛けられた。  選手たちは4年に1度の大舞台に向かって最大の努力や鍛錬を重ね、代表の座を目指す。それは37年前にモスクワを目指した選手も、2020年の東京を目指す選手も変わらないはずだ。それが、国内選考会を戦い抜き、頂点に立ち、いよいよ夢に見た舞台の目前で、国が五輪に代表を派遣しないと決定したら……?  カズオ・イシグロの語った「人が思うほど人生は長くない」どころか、エリートスポーツマン、つまり自己表現として身体表現を選んでいる人々の盛りは、もっともっと短い。しかも、4年に1度の夢舞台に、その盛りのピークを合わせるという難しい作業も乗り越えなければならない。そんな人生の最も重要で、2度と戻ることのできない貴重なチャンスに、どんな圧力もかけてはならないはずだ。

 韓国で開催される平昌冬季五輪が来年2月に迫っている。先月、北朝鮮の核実験や度重なるミサイル発射に、フランスのスポーツ大臣が「選手を危険にさらすことはできない」と、安全が保証されない場合、選手団を派遣しない可能性を明らかにした。  37年前のモスクワ五輪を重ね合わせるようなきな臭さが漂いはじめてはいまいか……。



 ★縦のつながりが強いスポーツ界において、横のつながりを大切にする日本スポーツ学会と、スポーツ総合無料誌を刊行するスポーツネットワークジャパンが、1980年モスクワ五輪の『幻の代表』を迎えて、シンポジウムを開催します。  『日本は変わったのか||1980年モスクワ五輪ボイコットから2020年東京大会へ』  登壇者 竹田恒和(馬術代表)高田裕司(レスリング代表)太田章(レスリング代表)笹田弥生(体操代表)岡本雄作(自転車日本代表監督)岩崎恭子(92年バルセロナ五輪代表・スイミングアドバイザー)  コーディネーター 長田渚左  日時 10月10日18時30分開場。19時開始。  会場 筑波大学東京キャンパス(東京メトロ丸ノ内線茗荷谷駅徒歩5分)  参加費 1000円  定員 200人(事前申し込み不要)

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長田渚左(おさだ・なぎさ)
ノンフィクション作家。女性スポーツジャーナリストの草分け的存在であり、現在も旺盛な取材活動を続けている。
NPO法人スポーツネットワークジャパンおよび日本スポーツ学会代表理事。
スポーツ総合誌『スポーツゴジラ』編集長。
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(10月16日現在)

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