長田渚左の「考え中」

自らオリンピックの首を絞めたIOC

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 リオデジャネイロ五輪開幕まで10日を切った。いつもならこの時期は、競技日程をチェックしながら、どんな戦いが見られるだろうか、どんなドラマが待っているのか……と浮き浮きした気分で過ごす。  ところが今回はとてもそんな気分にはなれない。ロシアの国ぐるみのドーピング(禁止薬物使用)隠蔽(いんぺい)が発覚し、調査した世界反ドーピング機関(WADA)が「ロシア選手団の五輪参加拒否」と明確に勧告したにもかかわらず、IOC(国際オリンピック委員会)はロシア五輪委員会の責任を不問にし、リオ五輪からロシア選手団を全面排除せず、過去に違反していない選手などに参加の道を残した。さらに最終判断をIF(各競技を統括する国際連盟)に丸投げするという腰砕けぶり。つまりは責任を放棄したのだ。  検査場の壁に穴を開けて検体をすり替え、絶対にはがせないシールを貼りかえる……そんな違反や隠蔽工作がスポーツ省主導で長期間にわたって行われていた……その衝撃的な事実を命がけで告発した選手や、テレビで報じたドイツの公共放送、詳細に調査をして見事な報告書を提出したWADA、彼ら、彼女らのドーピング根絶への戦いは、思いは、いったいどこへいってしまうのだろう。IOCがこんな帰着をするとは……あきれ果てた。

 今回の決定についてIOCのトーマス・バッハ会長の母国でもあるドイツのビルト紙が「バッハはプーチンのプードル」と皮肉たっぷりに批判した。まったくもって私もロシアのプーチン大統領の後ろを尻尾を振りながらついていくバッハ会長の姿が目に浮かぶ。確かにロシアはスポーツ大国で、バッハ会長就任後にソチ冬季五輪を開催している。2人は以前から旧知の仲だったという。だが、それが今回の決定に影響を及ぼしているとしたら、IOCの権威は地に落ちたと言える。  本当の友人として相手を気遣うのであれば、むしろ「いつものご支援に感謝申し上げます。ですがプーチンさん、今回ばかりはIOCのメンツにかけて、断固、毅然とした立場を取らせていただきます。オリンピック憲章にも五輪は政治と切り離したものであると記されております。どうぞリオ五輪はお休みして、反省してください。そして、あなたの強力な指導力で再発防止策を徹底させ、完全にクリーンなロシアとして次回の東京大会でご活躍ください。待っております」と、毅然とした態度で言うべきだった。そうすれば、IOCの独自性と指導力は保たれ、国が関与するドーピングへの抑止力が増大し、ロシアからドーピングが根絶された暁には、プーチン大統領をアンチドーピングの旗振り役に据えることもできたかもしれない。  今回の決定でバッハ会長はいくつものチャンスを失った。それだけではない。IOCの権威を失墜させ、五輪と政治をドッキングさせ、さらに自らが気骨のない、薄っぺらな指導者であることまで露呈してしまった。もし、しっかりと立ち回っていれば、フェンシングの五輪代表だったバッハ会長と同じく、米国の元五輪代表選手で世界中から尊敬された5代目IOC会長のアベリー・ブランデージ氏になぞらえ『ブランデージの再来だ』とたたえられた可能性もあっただろうに。残念である。

 ブランデージ会長をご存じない方にご紹介します。1912年のストックホルム五輪の近代五種と十種競技の米国代表選手で、1952年にIOC会長に就任しました。五輪にプロが参加することに断固反対し続け、「ミスター・アマチュア」と呼ばれた信念の人です。  1972年、ミュンヘン五輪でテロ事件が起きました。パレスチナの武装組織が、選手村に侵入してイスラエル選手を人質にとって立てこもり、イスラエル選手団の選手、スタッフら11人、犯人や警察官を含めると17人もの死者が出ました。世界中のメディアが「即刻、五輪を中止すべき」と主張する中、ブランデージ会長は事件の翌日こそ追悼式を行いましたが、その後はあらゆる試合を再開させます。周囲からの風圧はすさまじいものがあり、「人殺しオリンピック」とまで書いたメディアもありました。 “Olympic Games Continue” 「オリンピック競技を続けます。テロには屈しない」とブランデージ会長が高らかに宣言した後、現地で一緒にお茶を飲んだのがバレーボール日本男子の監督だった松平康隆氏でした。そこでブランデージ会長は松平氏にこう話したそうです。  「明日から私は世界中のスポーツクレイジーの標的にされる。何を言われるか分からない。たぶんすさまじい逆風に合う。でも松平、このことは100年たてば称賛される」  五輪の基本原則はイデオロギーに左右されない。宗教に左右されない。人種に左右されない。そしてブランデージ会長はこの時、もう一つ「いかなる暴力にも屈しない」という姿勢を世界に示したといえます。

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長田渚左(おさだ・なぎさ)
ノンフィクション作家。女性スポーツジャーナリストの草分け的存在であり、現在も旺盛な取材活動を続けている。
NPO法人スポーツネットワークジャパンおよび日本スポーツ学会代表理事。
スポーツ総合誌『スポーツゴジラ』編集長。
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(07月19日現在)

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