長田渚左の「考え中」

鈴木大地氏の有言実行力に期待

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 日本水泳連盟の新会長に鈴木大地氏の就任が決まった。46歳の会長は水泳界では最年少になる。

 1988年のソウル五輪で、鈴木氏が金メダルを獲得した男子100㍍背泳ぎを取材した時のことをあらためて思い出した。

 午前中の予選でライバルのバーコフ(米国)が54秒51の世界新記録をマークした。鈴木との差は1秒39。距離にして2㍍半もの大差だった。
 予選終了後、報道陣の「決勝へ、秘策はありますか」の問いに、鈴木はふてぶてしい表情で胸を張った。「ありますよ。内緒!」。

 このとき彼はイチかバチかの勝負を考えていた。
 コーチは潜水して進むバサロキックの回数を通常の21回から25回に増やすことを考えていた。しかし、鈴木はさらに2回多い、27回を選んだ。
 当時、バサロキックには距離の制限がなかった。しかし、無酸素状態で長い距離を泳ぐと、水上に出た後のスタミナが続かなくなる。鈴木陣営はベストスピードを保つため、バサロキックは21回と決めていた。
 それを五輪の決勝直前で変更した。そして、金メダルを手にした。確かにバサロキックの変更は最大の勝因だろう。ただ、大逆転の金メダルにはもう一つ、大きな要因があった。それは、勝負を決するゴール直前の、鈴木の冷静にして緻密な計算だった。

 決勝。
 8人がいっせいに水中に潜った。25㍍付近でバーコフが新記録を出すまで世界記録保持者だったポリャンスキー(ソ連)が水面に浮上した。30㍍を過ぎて鈴木が、続いて鈴木から体半分ほど先行してバーコフが水面に姿を現した。
 50㍍のターンはバーコフ先頭で、鈴木との差は1ストローク。
 残り20㍍。鈴木が思い描いていた青写真通りの展開になる。

 競泳種目の中で、背泳ぎだけ他の種目と異なる点がある。あおむけで泳ぐために目でゴール板をとらえることができないのだ。たとえ100㍍のレースで99㍍99㌢までトップで泳いできても、最後のゴールタッチに失敗すれば、逆転の可能性がある。

 選手ほぼ横一線で残り5㍍。鈴木は頭上5㍍の小旗を見て「右手だ」と決めた。
 「逆転、逆転、鈴木大地!」。アナウンサーが連呼した。
 1位鈴木と2位バーコフとの差は0・13秒。距離にしてわずか23㌢。バーコフと3位ポリャンスキーとの差も0・15秒。どちらも手のひら1つ分ほどの距離がメダルの色を分けた。

 VTRで振り返ると、長身のポリャンスキーの長い腕は曲がったままでゴール板にタッチしている。一方、鈴木はそれまで顔の上で弧を描いていた右手を、右耳の脇を矢のように通過させ、まっすぐ伸ばして、中指の腹で寸分の狂いもなく、ゴール板を押していた。まさにジャストミートだった。
 もし鈴木が左手からゴールしていたら、あるいはポリャンスキーの長い腕がベストタイミングでゴール板をとらえていたら、鈴木の金メダルはなかっただろう。

 当時の鈴木の秘策についての詳細は、以前に刊行した「こんな凄い奴がいた」(文春文庫)の中に「指の目」というタイトルで収めています。

 大胆な発想で逆境をはね返す、緻密な計算で目標を実現させる。あの現役時代の鈴木大地のような実行力を、46歳の新会長に期待したい。


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長田渚左(おさだ・なぎさ)
ノンフィクション作家。女性スポーツジャーナリストの草分け的存在であり、現在も旺盛な取材活動を続けている。
NPO法人スポーツネットワークジャパンおよび日本スポーツ学会代表理事。
スポーツ総合誌『スポーツゴジラ』編集長。
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(07月22日現在)

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