2008年12月21日
ガンバとパチューカの試合は、高いラインを引くパチューカディフェンスに対する、裏を常に狙うガンバのオフェンス陣の相性の良さが目立った試合だった。なので、1-0の結果やデータ上の数字以上にガンバが押している印象を試合から受けたが、だからこそ、「最後の決定力が…」と思ってしまうシーンも頻発した。
ただ、そうはいってもマンチェスター・U戦に続いてガンバが自分たちのサッカーを示したのは確かだろう。
これによってガンバが世界3位となったわけだが…、書きながら違和感感じまくりだ。試合後の西野監督が行っていたように、CWC3位という言い方のほうが正しい気がする。大体、W杯3位の国を「世界3位」とは言わないわけだし。
ただ、それでも、今年のガンバのCWCでの成果は評価されるべきものだろう。成果というのは日本には攻撃的なスタイルのサッカーもあるということを世界に示せたことと、それがある程度通用することを証明したことだ(去年の浦和がダメだった訳ではないが、ああいった守備的で、攻撃を前線のタレントに任せきるサッカーは、どこの国にもある。故に普及もしているし、それだけ有効なのだが)。
過去の大会を見れば明らかだが、CWCに出場してくるチームは、チームの実力はもちろんのこと、その国のリーグレベルや環境にも大きく左右される。つまり、ガンバは同時にJリーグのレベルや環境の高さも証明してくれた。
実際、Jリーグは厳しいリーグだ。ACLとの両立を目指すならなおさらで、今季のガンバや浦和は、優勝どころか、ACL出場権獲得圏内の3位以内にも入れなかった。私も過去にはどんぐりの背比べリーグと批判してきたが、ACLとCWCの存在によって、今は、それが確実にプラスになる状況が生まれてきている。
ただ、そうはいっても、今年はホーム。日本での開催で、コンディションや環境面で他チームより利があった。そういった意味では真価は来年、ということになるだろう。
もちろん、来年はUAE開催。日本のチームは開催国枠圏外なので、ACLを獲らないことにはその真価を確かめるすべすらない。でも、それは憂うべきことでは決してない。だからこそ、ACLを勝つことには意味があるのだし、勝ち続けることによってJリーグの価値は高まっていく。
ACLやCWCには、日本のサッカー界を代表至上主義からパラダイムシフトさせ、さらなる発展を促す力がある。後はそのチャンスを活かせるかどうかだ。
posted by naaagi |18:24 |
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2008年12月18日
G大阪vs.マンチェスター・Uの試合。私は0-0の時間がどのくらい続くのかが、この試合のポイントだと思っていた。長旅の疲れがあるマン・Uはコンディション不安があるだろうから、1点が入った後は時間を潰すことに専念すると思ったからだ。そうなってしまうと本気のマン・Uを見る時間が減ってしまう。
試合の序盤はガンバがペースを握る。特に試合開始直後に安田がマン・UのDF陣をドリブルで切り裂いたシーンに、私は興奮した。去年、浦和の相馬がミランのオッドに散々止められたのが脳に焼き付いていたからかもしれない。(その後はクロスの精度の低さを幾度となく晒すことになったが)ただ、とにかく両チームのコンディションの差は明白で、ガンバが次々とシュートを打つ。が、枠にいかない。
ガンバのペースは前半の15分に終わる。テベスのパスをギグスが楔となって落としたところをスコールズが受け、それを右サイドのロナウドに渡し、ボールをこねくり回しながら中央まで運んできて、シュート。テベス→ギグス→スコールズまでの一連はダイレクトで、それは美しいプレーだった。
その後は一進一退だったものの、徐々にマン・Uはガンバのペースに慣れだし、28分にコーナーキックで先制点を奪う。
先制点を奪った後のマン・Uは、やはり、明らかにペースがスローになった。回されるボールを必死で追うガンバの選手。そして前半の終わりに決定的とも言えるマン・Uの2点目。
終わった。とほとんどの視聴者は思ったはずだ。ガンバがマン・Uから2点も取れるはずがないのだから。私も、後半見るのやめようかな、と思った。(見たけど)
そして、後半。
後半だけのスコアを見ると3-3。もちろん「後半だけのスコア」なんかになんの意味もない。
それでも後半にマン・U相手に3点取ったガンバは賞賛に値する。
JリーグのチームがCL優勝チームと真剣勝負をすれば、たぶん、10回やっても10回勝てない。それでも彼らは、恐れることなく、臆することなく、どんなに突き放されても諦めることなくマン・Uと戦った。そして、その中で、今日試合に出たガンバのほとんどの選手が自分の持ち味を発揮した。
トラップ、パス、シュート、どの精度をとってもガンバはマン・Uに遠く及ばなかったけれど、久々にポジティブな試合を見た気がする。
(でも、できたらガンバじゃなくて、去年も書いたけど、鹿島に出てほしかった)
posted by naaagi |22:12 |
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2007年12月17日
ボカはミランの前に美しく散った。
おそらくボカは今大会のチームの中では、かなりナショナルチームの中心になるような選手が少ないチームだ。
アルゼンチン代表の中心選手のほとんどは欧州にいる。
そういったチームが、世界選抜とも称されるミラン相手に真っ向勝負をし、結果は4対2だったが、彼らは自分達のサッカーがどんなものかを世界に示した。
私は昨日の試合、ボカとミランの試合というよりは、ボカと浦和の試合のように見ていた。
日本代表の中心選手を何人もスタメンに並べる浦和と、そういった選手を欧州に取られる運命にあるボカとを比べるように。
ボカは散った。サッカーでの4失点は、野球の満塁ホームランとは訳が違い、大きい。いや大きすぎる。ボカのディフェンスは、解き放たれた猛獣のようなミランのオフェンスの前に無力だった。カカとインザーギのコンビとカカとジラルディーノのコンビとでは破壊力が違った。
だがそれでもミラン相手に2得点をしたボカは、先にも述べたが自分達のサッカーを世界に示し、とにかく可能性を感じさせた。
ボカの選手のプレイからは自分達だってミランに負けていない、という自身と誇りがプレイに出ていた。それがディフェンス面では悪く出てしまったが、オフェンス面では確かにそうだったし、中盤での潰し合いも負けていなかった。
でも、その自身と誇りこそが、世界選抜のような欧州のチームたちに、ときに南米のチームはこの日本という地で土をつけて帰っていくことが出来るのだろう。欧州で活躍する選手が出るのも必然だ。
また、そういったクラブ・選手に支えられた代表チームが強いのもごく自然なことなのだ。
ミランは世界各国から選りすぐりの選手を集めているが、ボカはそうではなく浦和もそうではない。
だが、ボカとレッズ、欧州のチームが欲しいと思ったのはどっちの選手だろうか?
浦和はミランとではなく、ボカとやったほうが良かったのかもしれない。
その方がよっぽど世界との差(というよりは人材の差)の言い訳が出来なかったはずだ。
posted by naaagi |17:17 |
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2007年12月13日
浦和レッズ VS ACミランの試合は日本のサッカー界において、本当に記念すべき試合だったと思う。だが、それと同時に、このクラブW杯はもう日本で開催されるべきものではないと感じた。
かつてのトヨタ杯が日本で開催されていた意義は、欧州、南米双方にとって中立であるということに尽きると思う。だが浦和レッズという日本のクラブが、そのトヨタ杯の後継に当たるクラブW杯に出場した以上、日本は中立地であり得ない。サッカー協会の人間は既得権を守ろうと必死な政治家や官僚と同じように、クラブW杯が日本で行われることに固執しているが、もう止めるべきだし、それは悲しむことではない。それは日本のサッカーが、トヨタ杯が開催された頃から、比べ物にならないほど進歩した証なのだから。
肝心の試合のほうだが、残念ながら浦和とミランの選手の間には埋めがたいほどの差があった。ペナルティ内には入れさせてもらえないし、浦和の選手は全くといっていいほど、ミランの選手を相手に1対1で勝てなかった。特に相馬は何度となくオッドに止められた。
じゃあなぜ、ミランは前半の間、得点が取れなかったかというと、これは相手どうこうというよりは、ミランというチームの構造上の問題である。
ミランは今や世界でも珍しいぐらいに、サイド攻撃の少ないチームで、そのほとんどをサイドバックの二人が負担している。そのためサイドバックが上がらなければそもそもサイド攻撃は成立しないし、中盤やFWの選手がサイドに開くということも少ない。
なので、攻撃は中央突破一辺倒になりがちで、相手チームは対策を立てやすい。守る側としては、攻めのオプションがあればあるほど嫌なものだ。
さらにその中央突破にしても、ミランの攻撃のほとんどはカカとピルロが組み立てるため、ミラン対策は、すなわちカカ・ピルロ対策である、というのがここ数年の常識である。
だが浦和はこの二人をかなり自由にしていた。というよりは、浦和からしたらこの二人だけを抑えたところでミランを止めるだけの力がなかったのかもしれない。ジラルディーノやセードルフやアンブロジーニやヤンクロフスキにしたって、浦和からしたらとんでもなく脅威なのだ。
カカは本当に自由にプレイしていた。カカという選手は、最近のドリブラーにありがちなサイドでもらって中へ切れ込むということをしない。カカは信じられないことに、ピッチ上でもっともスペースのない場所でも、ドリブルで人を交わしていくだけの力があるから、わざわざサイドに行く必要がないのだ。
だから先制点のシーンは意外な気がした。カカがサイドに開いてスルーパスを受け取ったからだ。飛び出してスピードに乗っているカカ、しかもサイドでたっぷりスペースがある。坪井にはどうしようもなかった。だが責められない。あのカカを止められる選手など世界中を探してもいない。そして、浦和の選手が誰一人見ていなかったセードルフをカカはあのドリブルの中で見つけていたのだ。
試合は終始ミランペースでボール支配率も圧倒的だった。途中、山田の投入で少しだけ浦和にもチャンスがあったが。それは川に小石を投げたときに生まれる波紋のようなもので、川の流れをせき止めたり、ましてや逆流させるようなものではなかった。
スコア以上に、ミランは遠かった。でも遠かったことを知れたのは、日本がサッカーにおいて中立でなくなったからとも言える。
posted by naaagi |22:00 |
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2007年12月12日
最近のサッカー番組やスポーツニュースのサッカーコーナーを見ていてふと気が付いたのだが、いつの頃からか海外でプレーする日本人選手の情報がかなり減ってきている。前なんかはわざわざ試合に出なかったことをニュースにしたり、ほんのちょっと出たり、アマチュア相手の練習試合で点を取っただけでも、大ニュースのように報道していたのに。
それはたぶん、高原が点を取れなかったことよりも、メッシが素晴らしいゴールをしたことのほうがニュースになるということなのだろうが、思えばそれは当然のことである。
だが、これは日本ではかなり特異なことだ。
例えばこの間のバレーボールのW杯や、4年に1度のオリンピックのことを思い出すとわかりやすいと思うが、この国のスポーツは1にも2にも日本なのである。つまりは、とにかく日本の選手やチームのことを報道することに力を入れて、他の国の、それも世界トップ選手やチームのことなどはおまけ扱いをする。
たぶんそれは、東京オリンピックのころのスポーツによる国威発揚、という文脈から日本のマスコミが抜け出せていないからだと思う。さらにそれに加えて、スポーツ中継というのはテレビ局からしたら放映権料以外のコストがほとんどかからず、コスト的にも、(編集などの)手間的にもお得であるので、ナショナリズムを煽って視聴率を取ってスポンサー呼び込もうという魂胆がみえみえだ。
そう思うと今の日本におけるサッカーの地位というのはなかなか捨てたものじゃない。W杯で日本が途中で敗退したって、決勝まで中継があるし、EUROのように日本が直接関係のない試合まで中継する。それに本屋やコンビニには「ワールドサッカー・何とか」のような雑誌がたくさんある。つまり、現在の日本におけるサッカーの文脈の中で、「日本」とか「日本人」は必ずしも必要ではないし、もしJリーグや日本代表がなくなっても、日本からサッカーがなくなるとは考えにくい。
つまり、オリンピックなどに比べてサッカーは「日本」や「日本人」に人気があるわけではなく(いや、もちろんある程度の人気はあるが)、それよりもサッカー「そのもの」に人気があるのだ。
これは代表や、特にJリーグにとってはかなり大変な状況ではある。だがサッカーという非常にワールドワイドな(国連加盟国よりもW杯予選に出場する国・地域のほうが多い)スポーツにおいては避けられないことである。海外のサッカーは見るけどJリーグは…、という人が出ることの必然でもある。当のJのクラブにはそういった危機感があまり感じられない。
ただ当然のことながら、日本人として、サッカーに日本代表や日本の選手、あるいは今回クラブW杯のように日本のチームが、サッカーにあるほうが数段サッカーは面白い。つまりサッカーにおいて「日本」とは、数学で言うところの、「必要条件」ではなく「十分条件」なのである。
ただそれはナショナリズムというよりは、贔屓のチームや選手を応援するという意味だから、今回のクラブW杯で言えば、その対象がボカやミランでもそれはそれでいい。
今回のクラブW杯にしたって私は、なんで浦和はACLで優勝しちゃったんだろう、と何度思ったことか。そうすれば鹿島がクラブW杯に出れたのに…。(まぁ、浦和がACL逃してたら鹿島はJリーグで優勝できなかっただろうけど)
posted by naaagi |18:30 |
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