2006年11月12日
「サプライズ」自体にたいした意味はなく、日本と世界を切り離す弊害は大きい
日本代表がジーコ体制からオシム体制に変わってから、「サプライズ」と言う言葉をよく聞くようになった。大抵は若い選手が自身の所属する年代のカテゴリーを飛び越える、つまり飛び級した選手によく使われているようだ。 この「サプライズ」という言葉が盛んに使われるようになった理由として考えられるのは、オシムが厳格な競争原理と、4年後を見据えた人材育成のためにしたの年代から若手を何人も選出していることがあげらる。また、前任者のジーコが常にメンバーを固定し、選出されるメンバーに驚きがなかったことに対する反動もあるのだろう。 そして、オシムが代表監督にしてからの数ヶ月、そういったいわゆる「サプライズ」のある選出が繰り返されたことにより、「サプライズ」という言葉は完全にマスコミに定着し、「飛び級=サプライズ」、という報道方法が確立した。 しかし、私はその報道方法に強い違和感を持っている。 その違和感の正体はおそらく、「サプライズ」という言葉の裏にある過剰な期待だと思う。 マスコミは飛び級でいわゆる「サプライズ」で選ばれた選手たちに、アルゼンチンのメッシやイングランドのルーニー、ブラジルのロビーニョのように、サッカー先進国の若くして世界を代表する選手たちの影を重ねているように見える。 若い選手がどんどん飛び級で上のカテゴリーの代表に選ばれている、そういう選手たちはきっとメッシやルーニーのような選手に違いない、といった論理が働いているように見える。 もしかしたらこういった考え方は私のうがった考えで、書いている側にそういった意識はないのかもしれない。しかし、「サプライズ」という言葉に情報の受けて側を煽らすニュアンスが含まれているは確かである。 そもそも日本のマスコミには日本の選手と世界の選手を同じ尺度で比べる文脈がないように思える。それは6月のドイツW杯のときにもっとも顕著に現れていた。 例えば中村とロナウジーニョの能力差を正確に比較したマスコミの記事や映像があっただろうか?宮本とカンナバーロの比較もなかった。巻とアドリアーノの差はどれだけあったのか、結局誰も知らないまま日本はW杯を向かえた。 W杯に限らず、日本のマスコミはいつも世界と日本を切り離す。JリーグのプレイとセリエAのプレイを同じ板の上で並べて比較をしないし、EUROと日本代表の試合も比べない。 することといえば同じ日本人同士の比較だけで、今週号の週間サッカーマガジンがそれを如実に表している。 なぜ、今現在の日本代表を過去の日本代表なんかと比べるのだろうか?過去から物事を学ぶのはとても大事なことだし絶対に怠っていはいけないことだが、今がそのときとは思えないし、今やることで何か日本代表にプラスに働くことはあるのだろうか。なぜ他の国の代表チーム、例えばイタリアやブラジルやオランダやアルゼンチンやスペインやイングランドやポルトガルやドイツやフランスやコート・ジボワールやカメルーンやスウェーデンやメキシコやパラグアイやチェコと比べないのだろうか。 ある選手の選出が「サプライズ」であったかどうかがそんなに重要なことだろうか? 本当に重要なのはその選手が本当に代表にふさわしい人材なのか、そうであっとして代表で活躍できるのか、また今後試合に出たとしてその選手の働きはどうだったのか、そしてその選手は世界的に見てどれほどの能力とポテンシャルを持っているのか、そう言ったことを正確に検証することのほうが、根拠のない期待を煽ることよりもよっぽど大事なことだと思う。
posted by naaagi |03:52 |
年代別代表 |
コメント(7) |
トラックバック(0)
トラックバックURL
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/naaagi/tb_ping/65
この記事に対するコメント一覧
Re:「サプライズ」自体にたいした意味はなく、日本と世界を切り離す弊害は大きい
同感です。
私も日本のサッカー報道に疑問を感じている一人です。
視聴率や部数を伸ばすためにお客様が欲しいと思う情報を伝える→日本代表を過剰に持ち上げ希望を持たせる(国民は弱い代表なんて見たくありませんからね)
賛成できませんがこの図式は理解できます。しかしここまで日本にサッカーファンが増大した現在、客観的な論評、つまり「真実」を多くの顧客が求めているという事にマスコミは早く気付いて欲しい。
これからファン層を拡大していくスポーツ(バレーとかバスケとか?)とは違い、サッカーはもう一段成熟した報道がなされる段階に来ていると思います。
海外日本人選手に関する報道でも「得点の起点になった」というので映像を見てみたら得点シーンのだいぶ前で横パスに絡んだだけってのもよくありますもんね…
posted by kazz17 | 2006-11-12 13:35
Re:「サプライズ」自体にたいした意味はなく、日本と世界を切り離す弊害は大きい
メディアが営利団体なのは60年70年以上前からおなじこと、それを指摘しても営利団体である以上変えようがない。
だったら己の眼力なり文章力なりを磨くことだけ考えるほうがむしろ建設的なのかもしれませんよ。
posted by 西久保 | 2006-11-13 16:06
Re:「サプライズ」自体にたいした意味はなく、日本と世界を切り離す弊害は大きい
はじめまして。
メディアの報道については、Jのサポや日本代表サポが外国のサッカーに対する知識や関心を果たしてどこまで持っているのか?ということも関係してくると思います。ベッカムやジダンやロナウジーニョの名前を知っている程度だったり、おらが街のチームが一番で他所の国のチームなど興味ないという人も案外多いです。
そういう人たちに外国のサッカーの凄さや面白さを伝えるのもメディアの役目だとは思いますが…。
それと、メディアが根拠の無い期待を煽ることは、選手自身に悪影響を及ぼす可能性があります。チヤホヤされて天狗になったり、期待が重圧になってしまう選手も出てくるでしょうから。
posted by 素浪人 | 2006-11-14 23:14
Re:「サプライズ」自体にたいした意味はなく、日本と世界を切り離す弊害は大きい
はじめまして
これは同意です
たぶん日本文明は孤立してるので日本だけで満足する所があるんでしょ
西洋は西洋文明という一つの枠に入るから
何かが流行れば西洋の全体に広がると言う感じですか
posted by 京 | 2007-01-09 00:41
Re:「サプライズ」自体にたいした意味はなく、日本と世界を切り離す弊害は大きい
私も同感です。ワールドカップを前にしての日本のマスコミのグループリーグ突破を前提にしたような報道には呆れました。同じようにブラジルを絶対的な優勝候補に上げるのにも疑問に感じていました。悲観的になる必要は無いと思うがもっと現実的に物事を見てもらいたい。
posted by 小笠原崇 | 2007-02-17 00:01
Re:「サプライズ」自体にたいした意味はなく、日本と世界を切り離す弊害は大きい
サプライズは別にサッカーでのみ使われているわけではない
サプライズ=飛び級というのは???
一般人なら小泉首相の人事を思い浮かべるはずですが
大学生ならニュース見ましょうよ
posted by ななし | 2007-02-20 03:13
Re:「サプライズ」自体にたいした意味はなく、日本と世界を切り離す弊害は大きい
マスコミを批判する姿勢は間違っていない。個人的な好みとしては、僕もマスコミの煽りは嫌いだ。ただし、この問題枠組も結構陳腐になりつつある。
大体、マスコミが時にろくでもないことは、歴史が雄弁に語っているはずです。世界から孤立することを「堂々退場」なんて見出しにしたくらいだし。
なぜ、マスコミは変われないのか。検証精神あふれる実直な報道が浸透しないのはなぜなのか。それは本当にマスコミの問題なのだろうか。
数字のために煽る、あまりいい傾向ではない。しかし数字が出るということは、視聴者もどこかでその〝煽り〟を期待している部分がないとは言い切れない。
だとしたらそれはマスコミ云々ではなく、人間が抱えているこころの弱さみたいなものの現れだと解釈することは出来ないだろうか。
やはりどこかで、人間は夢を見たがるものじゃないだろうか。果たしてそれは、必ずしも悪いことだろうか?
本当の成功例は、もちろん、人々の夢を、スポーツが本当にかなえてくれることだ。たかだか1年前、WBCで日本が優勝したことは、その最たる例だろう。長野冬季五輪のジャンプで顔をくしゃくしゃにして泣いていた原田の映像も、記憶に新しかったりする。
現実を直視しておくべき分野というのは確実に存在する。政治や経済は多分そういう分野の一つだ。こういう分野は、現実を直視し、そこから導き出すヴィジョン・目標としての夢を必要としている。
ではスポーツは?
根拠薄弱な期待も、許容できた方が、多分人生は楽しめるんじゃないだろうか。少なくとも、スポーツのために全国民の生命財産がかかるようなことがない限り、ちょっとやそっと〝煽り〟を泳がせておくのも、いいんじゃないかと、最近僕は思っている。
posted by 膾犬 | 2007-02-26 20:31


