2010年03月20日

バイクに初挑戦

 今日はOSJ湘南クラブハウスさんのチームZAIMOKUZAの練習会に参加してきた。講師は、宮塚英也さん。トライアスロンの世界では第一人者の方で、トレランでいうと鏑木さんに匹敵される方らしい。

 まずは、宮塚さんから、①バイクのセッティング②フォーム等をはじめとした基礎的なことの講習があった。バイクは全くの初めてなので、聞く話がすべて新鮮だった。

 実技講習は、OSJの山根さんが担当。全く今まで乗ったことのない方6人ほどでチーム編成。はじめは少々おっかなびっくりだったが、乗り始めると快適であった。前輪と後輪とのギアの組み合わせで、坂道も軽々とのぼっていくことができた。直線ではそれなりのスピードも出せたので、快適であった。バイクはスイムを違って、やってみてもいいかな、と思った。

 昼食後、ランニングのセミナーを受け、4時過ぎにはセミナー終了。ランニングセミナーは1kmを3本、10km走の70%の力でのインターバル練習。トライアスロンでは遅すぎず、早すぎずのペースが求められるらしい。

 セミナー後、クラブハウスでビール片手に、先週の新城レースや今後のレース、バイクのこと、トライアスロンのことを話して、わいわいがやがや。ちなみに、昔から自転車には興味があった。会社の同期も自転車が趣味。一緒にツーリング行こうか、とも話をしていた。今回の練習で本気でトライアスロン出場を考えている、Wさんをはじめ、2名の方と一緒にバイクの説明を受ける。結局、165cmの身長だと乗れるバイクは限られてくるらしい。私の身長だと、KHARMA ULTEGRAというのがベストチョイスらしい。とりあえず、在庫確認をしてもらうことにした。

 バイクについては、トライアスロンと切り離して、トレイルの補強の位置づけとして考えている。現在ランニングは平日3日30km、週末50kmをやっているが、平日の2日完全休養ではなく、バイク練習を取り込みたいと考えている。今年、10月末、勤務先が川崎に変わるが、町田から川崎であればバイク通勤が可能だと考えている。

【宮塚英也さんプロフイール】
1964年生まれ (←なんだ、私と3歳違いだ) 
 アイアンマントライアスロン最高峰レース「アイアンマンハワイワールドチャンピオンシップ」において、日本人唯一の2度のトップ10入り、国内最高峰の大会「全日本トライアスロン宮古島大会」4度の優勝など、2002年の引退まで常にトップを走りつづけてきた元プロトライアスリート。
 現在は、選手時代から主宰してきた「宮塚英也スポーツ研究所」において、プログラム開発などに着手し、独自のトレーニング理論を確立。一般アスリートからトップ選手まで 幅広いレベルのアスリートから支持を得ている。

k
かっこいいなあ。これはまさに禁断の果実だな。やばい、もう、ほとんどかじっている。



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posted by のりさん |22:40 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2010年03月20日

徒然なるままに

 なぜかまたこんな時間に目が覚めてしまった。折角時間ができたので、ブログでも書こうかと思った。
 今の仕事について。今日、転勤になられる方の最終出社日であった。今年はけっこう多くの方が今の部署を離れられた。転勤者は残る者一人一人に対して挨拶をし、お菓子等を配るのが風習になっている。いただくお菓子をその場でバカバカと食べ、「あああ~、太る」と意識はするのに、欲望に負け続けるの弱い私。。。また、これは本当今の部署のみの慣習なのだが、転勤者が事務所フロアーを去る時、エレベーターホールで全員で万歳を唱和して、見送ることになっている。

 私も今の部署にきて、この3月で丸5年、6年目に突入することになる。ちなみに、平成17年度一緒に配属になった者は今回の異動で誰もいなくなった。一緒に平成17年度配属になったKさん、新入社員として入社し、はじめての上司が私であったSさん、高水山にいっしょに行ったYさん、私が赴任した時は入社3年目だったMさん、ベテラン職員のOさん、あとKさんやNさん。お付き合いの仕方には濃淡の差はあったが、別れのシーンというのは、さびしいものである。「会者定離」分かっていても、去られる方の挨拶を受けると、ジーンと胸にくるものがある。私も来年は、万歳を受ける立場になっているのだろうか。

 平成7年から8年にかけて、実はM社に1年トレーニーとしてお世話になったことがある。その時お世話になった方が今春ご退職されるとのことで慰労会を今週末されるらしい。欠員が出たとのことで、先週お誘いを受けた。今の時代、メールというツールがあり、こういった連絡もとろうと思えばすぐとれる。すでに、もろもろの予定を入れていたので、折角のご連絡であったが、辞退させていただいた。会社にはいって17年、いきなりの転勤で、しかも何のつてもない、知り合いもいない別会社に行き、はじめは、かなり苦労した。苦労といっても、皆さんいい人ばかりだったので、仕事上の苦労というより、私の気持ちの整理のつけ方のことであるが。いずれにしても、これだけ年数がたち、お声かけいただけるのは、ありがたいことである。

 今日、帰り間際チームの女性に今月残業制限を気にしなくてもいいことを話したら、とてもうれしそうな表情をされた。今年になって就業時間については、かなり厳しくなり、一定の目標が示され、それを絶対に超えてはいけない、という厳しいものであった。ところが、年度末は決算があり、そのIさんは、決算のとりまとめ業務をされている。決算時期は、通常業務に加えて決算業務が加わるので、かなりしんどい。しかも、数字の世界でひとつのミスも許されない。かなり、精神的にもつらい。

 そんな中、そのIさんからは「よかったです。ほっとしました。」と笑顔で答えていただいた。当たり前のことであるが、みんな真面目でプライドをもって仕事に取組んでいる。何がつらいかというと、やるべきことがあるのにできないまま帰ることなのである。ちなみに、昨年から残業については、一定のファンドが支給される形になり、事実上残業したからといって、それが直接給与に反映しなくなっている。そんな中にも関わらず、事務職として勤務している方も、こういった意識をもって仕事に取組んでいる。こういった意識の高さ、真摯さ、何気に感じていたことではあるが、実際にこうやって言葉として出てくるとうれしくなる。

 「踊る大捜査線」で、「事件は会議室ではない、現場で起きているんだ」
というフレーズがあったが、まさにその通りで、こうやって現業を実際にになう者の積み重ねがあって、業務・会社は成り立っている。何やかや言っても、会社に入るとおそらく平日は一日の半分を会社で過ごしている。給与をいただいている以上は、それだけのことをするのは当たり前のことであるが、さらに折角こうやって何かのご縁で一緒に仕事をさせていただいている仲間なのだから、日々「明るく楽しく」お互い切磋琢磨しながら、仕事に取組めることができればいいな、と改めて実感した次第である。

 よく引用しているが、槇原さんの次の曲も好きである。というか、私自身時間に追われ、かりかりすることが多いので、あこがれとして強くもっている。こんな歌詞のような生き方、考え方ができればいいだろうな、と。

【僕が一番欲しかったもの】
  
さっきとても素敵なものを 
拾って僕は喜んでいた
ふと気が付いて横に目をやると 
誰かがいるのに気付いた
その人はさっき僕が拾った 
素敵なものを今の僕以上に
必要としている人だと 
言う事が分かった

惜しいような気もしたけど 
僕はそれをあげる事にした

きっとまたこの先探していれば 
もっと素敵なものが見つかるだろう
その人は何度もありがとうと 
嬉しそうに僕に笑ってくれた

その後にもまた僕はとても 
素敵なものを拾った
ふと気が付いて横に目をやると 
また誰かがいるのに気付いた
その人もさっき僕が拾った 
素敵なものを今の僕以上に
必要としている人だと 
言う事が分かった

惜しいような気もしたけど 
またそれをあげる事にした
きっとまたこの先探していれば 
もっと素敵なものが見つかるだろう
なによりも僕を見て嬉しそうに 
笑う顔が見れて嬉しかった

結局僕はそんな事を何度も繰り返し 
最後には何も見つけられないまま
ここまで来た道を振り返ってみたら

僕のあげたものでたくさんの 
人が幸せそうに笑っていて
それを見た時の気持ちが僕の
探していたものだとわかった

今までで一番素敵なものを
僕はとうとう拾う事が出来た

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posted by のりさん |03:49 | コメント(2) | トラックバック(0)
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