2008年06月04日
現場復帰、オシム御大の言葉
「向こう側の世界まで行って、また戻って参りました。 復帰に対し支持、激励してくださったみなさんに改めて感謝します。」 長らくご無沙汰しておりました。 仙台×湘南のしょっぱい試合を生観戦したり 「祖母力」のようなサッカー本を読んだりしていたのですが、 皆さんに見てもらうだけの文章に起こす余裕を失っておりました。 今日久々にウイニングイレブン新作の話でも書いてお茶を濁そうとしていたところに、 オシム御大の復帰後初会見。 「爺さん元気かな?」と軽い気持ちで覗いた自分の頭を ロベカルのシュート並みに蹴っ飛ばす内容でした。 「こんなにフラッシュがたかれるなら、顔の化粧をしてくればよかった」 「ベンチに座りたい気持ちはありますが、ベンチで死にたくない気持ちもあります」 オシム流ジョークの中に本音を隠すのは相変わらず。 --欧州選手権の視察での注目選手と優勝すると思う国は 「これまで優勝したことがないチームに優勝してほしい。 選手はロナルド(ポルトガル)とか言ってほしいんでしょうけど、 そうはいきませんよ(笑)。貧しい国が金持ちの国を倒してほしいし、 すべてを金で買える国が勝って当然、ではつまらない。 イタリア、フランスが勝っては日本が学ぶことも多いとはいえなくなる」 斜めに見るようで実は希望を持ち、そしてそれを研究・吸収する意欲を忘れていない。 これが死の瀬戸際までいき、後遺症に悩まされる人間の発言なのでしょうか。 しかし彼は単に、皮肉屋でブラックジョークが得意だから愛されるのではない。 今回日本サッカー協会のアドバイザーに就く理由。 「人間は人生の中で1つはこれをしたいという希望があるものです。 わたしはやり始めた仕事を完成できなかった。その思いが背中を押した。」 「どんな仕事をするにしても日本サッカーに自分がいた痕跡を残したいと思っています。 よい方向で変化を与えようと思っています。 わたし自身、病気で倒れるとは予想していなかった病気によって 監督を続けられなくなりました。 そのぶん、別の間立ちで貢献したいと思っています。」 このやつれた初老のボスニア人はどれだけサッカーが好きなのか。 そして祖国から遠く離れたサッカー後進国のために、 病み上がりの身で、どれだけ尽くしてくれるんだか。 7月に会長職を退いてもそのまま名誉会長職に納まること確定、 新ポスト「プレジデント」に就くという噂もあるJFA会長に100回聞いてもらいたい。 単に代表戦がつまらないからか、 客の入りが目に見えて減ってもブーたれるだけのトップに愛想尽かしたか、 相次ぐ不祥事に世間が冷たい目を向けだしたためか、 「成熟」というにはあまりに急激に熱の冷めている日本サッカー界。 しかしそこで老将はこう言う。 「夢を見ることは禁じられていません。 その方向性が少しでもそろうことで日本サッカーは前進する」 「日本語はあまりできないが覚えた言葉に頑張れ、がある。 これからはわたしが『頑張れ』をみなさんに申し上げる」 2002年以降のちぐはぐなサッカー。 2006年の惨敗。 2007年末のオシム悲劇の退任と、安易な監督交代。 2008年上半期のふがいない代表戦、そしてクラブでの諸々の揉め事。 金策と保身に走る珍言キャプテンに、陳腐な煽り文句の広告代理店。 流行に流されやすく、割と悲観的な国民。 しかしその一方で、16年目の成熟しつつある国内リーグがあり 数こそ多くないけど欧州リーグで主力となる選手が輩出され サッカー本「4-2-3-1」がベストセラーとなる文化も定着しつつある。 試合の収益が恵まれない人に還元されるとはどこにも書いてない謎のチャリティーマッチを行う旅人は…まあ置いとこう サッカーを見る我々にできることはまだまだ多いです。 オシムの「頑張れ」は選手に向けた言葉であり、同時に我々ファンへの言葉でもある。 自分も頑張ります。サッカーへの貢献も私生活も、そしてこのブログももう一度。 会見全文はコチラ 自分の飛び飛びの引用よりも、ぜひ全文で。
posted by モトヒロ |23:04 |
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