2008年08月17日

ウサイン・ボルトの衝撃波

日本時間16日(土)の夜11時30分に行われた北京五輪・陸上男子100メートル決勝はウサイン・ボルトが9秒69という驚天動地の世界新記録で優勝した。

自宅のテレビで陸上競技と同じく北京五輪・野球の日本対韓国の九回裏での中日・森野と韓国のアンダースローのピッチャーの息詰まる攻防をチャンネル両にらみで見ていたが…ボルトが「どうだい、やっぱり俺が世界一だろ」と言わんばかりに、両手を下に広げながらゴールした瞬間に私の体に高圧電流が流れた。

驚愕のワールドレコードの歴史的瞬間を目撃した衝撃波と2着のトンプソンや前世界記録保持者のアサファ・パウエルをまったく寄せ付けない怪物的な強さの衝撃波に体は画面を見つめる顔は固まり、身震いが止まらなかった。

それにしても余裕がある勝利だった。
ウイニングランの時も用意してたかのようなジャマイカン・ダンスと金メダル色のシューズとの撮影会。
決勝のスタート位置に着く前も観客の声援に応えたり、体をクネクネさせたり、リラックスしまくり。普通ならば緊張したり、集中するものなのだが…過去にも集中しすぎてピストルの音を間違えて、フライングを全力で走ってしまったオッティ(女子・ジャマイカ)やフライング二回で五輪の決勝で失格になったクリスティ(英国)などもいるが、多少は集中するもの(特にスタート時)。
しかしボルトはリラックスした体がピストルに素早く反応し、197センチの大きな体から繰り出されるけた違いのスライドと力強い脚力で異次元の走りを可能にしてしまった。

日本時間20日(水)の夜8時には陸上200メートル決勝が行われる。「向こう百年は破られない」と言われるアトランタ五輪でマイケル・ジョンソンが叩き出した19秒32の記録を破るのか。
そして、この衝撃波をまた味わうのか。

この男から目が離せない…







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2008年08月12日

谷亮子敗れる!

北島康介選手が100メートル平泳ぎで金メダル!! 前日には柔道男子66キロ級で内柴正人選手が金メダルを獲得!! やっと日本の選手たちが徐々にオリンピックの舞台の空気になれ、本来持っている実力のエンジンが掛かってきた感じだ。

しかし、たとえ日本の選手のほとんどが金メダルを獲得したとしても、北京五輪第二日目に行われた柔道女子48キロ級での谷亮子が敗れた衝撃はなかなか拭い去ることができないだろう。

オリンピック3連覇に挑んだ女子柔道48キロ級の谷亮子選手が準決勝でルーマニアのドゥミトルに敗れた。谷亮子(旧姓・田村)が福岡国際女子柔道選手権を15歳で優勝して表舞台に出てきて以来、ずっと見てきた同世代の私としても衝撃だった。

スポーツニュースで確認してみると、今回の北京オリンピックの試合は一回戦、二回戦とも谷亮子の表情が険しい。どちらかというと悲壮感すら感じる。今までのオリンピックの試合ならば相手との戦いを楽しむ余裕があったはずなのに…北京五輪でも金メダルを取って当然と思っている日本国民からの期待、「ママでも金」と宣言したことによる自分に対するプレッシャー(注※本人は有言実行型)、北京五輪代表選考を兼ねた全日本体重別選手権の決勝で山岸絵美に敗れたが、これまでの実績から五輪代表の選手に選ばれた重圧感など様々な負の要素を背負ってしまったのかもしれない。今までならいろんな逆境を簡単にはねのけ、そういうことを超越した『勝者のメンタリティー』を持ち合わせた選手であったのに…。

思えば谷亮子ほどここ何年もアマチュアスポーツ界で世界のトップに君臨した選手はいないだろう。オリンピックは5大会通じて金メダル2つ、銀メダル2つに銅メダル1つを獲得。世界柔道選手権を7回制覇。全日本体重別柔道選手権と福岡国際柔道選手権を11回づつ優勝している。前人未到のものすごい実績だ。

発言にしてもシドニー五輪前の「最高で金、最低でも金」やアテネ五輪前では「田村で金、谷でも金」など名言を連発。女子柔道のスポークスマンとしてファンサービスの精神に富んでおり、いつも笑顔で受け答えしていたのが印象的だ。(CMでは自社のトラクターに乗って、稲を刈っているシーンもあった(笑))

では国民すべてに愛されてきた選手かと言ったらそうでもない。その日のスポーツニュースでアナウンサーが試合後の谷亮子が観客に手を振ったシーンをみて、「これがみんなに愛された理由」と発言していたが、その表現に違和感を感じたのは私だけではないはずだ。(もちろん敗れたのに、応援してくれた人たちにファンサービスを忘れない行為はすばらしいことである。)
強すぎるがゆえに、負けることを期待して試合を見ている人のやっかみや、本人の有言実行ゆえの発言が“生意気”と取られてしまうこともしばしば。

それにキャッチフレーズである“ヤワラちゃん”への違和感もある。『YAWARA!』のヒロインの猪熊柔があまりに美少女に描かれているために(主題歌『ミラクル・ガール』を歌っていた永井真理子のイメージも多少ある)、谷亮子に猪熊柔が投影できない現実もある。(もしも猪熊柔が現実にいたなら、間違いなくオグシオや浅尾美和を超える美女アスリートに入るだろう。谷亮子は美女アスリートというよりは永遠の柔道少女というとこだろうか。)

だが、3位決定戦で勝ったときの安堵の笑顔はほんとうに美しかった。いろいろなプレッシャーから解放され、ホッとした心からの笑顔なのかもしれない。

今後、現役続行か? 引退か? はわからないが、今は本当にお疲れ様でしたと言いたい。
あなたは『YAWARA!』の猪熊柔以上に国民に感動を与えてきたのだから…

posted by 舘野のおっちゃん |23:05 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年07月31日

おっちゃんのサッカー観戦記~U-23日本代表対U-23アルゼンチン代表

国立競技場の電光掲示板に写ったままの『83:35』の文字…

29日に行われたキリン・チャレンジマッチ2008 U-23日本代表 対 U-23アルゼンチン代表の試合終了のタイムだ。
細かく言えばその30秒前に近くに大きな雷が落ち、激しい雨もあいまって主審が試合を中断したのだと思われる。(後に雷の危険性を主張したリケルメのおかげで?試合が中止)

私もいくつもサッカーの試合を生観戦しているが…こんな試合は初めてだ。
前半終了まではやや晴れていた空に徐々に雲が掛かり、後半開始直後に降り始めた雨が激しい雷雨となり、スタジアムに襲い掛かった(余談だが…気象庁によると、午後9時半までの1時間に、東京都練馬区で41.5ミリの雨量を記録。落雷により板橋区、世田谷区などで停電し、山手線・京浜東北線もストップ。 ※7月30日の讀賣新聞より抜粋)。

天気予報の晴れを信じ、傘を持ってこなかった私は、マシンガンをぶっ放したような雷雨の中、頭にタオルとその上に競技場内でもらった袋を切って被って試合を観戦。
どうでもいいが、ハタ目から見るとまるで『ケケロ軍曹』か歴史の教科書に載っている出家後の『上杉謙信』のようないでたちだ (笑)

最後のほうは試合を見つつも、雷が光った後、音がなるまでの時間を指で数えていた(音の速さが一秒間に約340メートル。大体の落雷場所の距離を知るため)。

様々なニュースや新聞で“壮絶な幕引き”や“壮絶な試合”と報じられたが、観るほうが壮絶だったと言わざるを得ない…

試合はというと、開始早々は日本が攻勢。前半4分に香川のコーナーキックや9分に内田の突破からファールを誘い、本田のFKなどでチャンスを掴むが得点には結びつかない(ゴール前で森重が詰める場面があったが、GKウスタリが難なくキャッチ)。
前半のアルゼンチンはシュートが6分にリケルメのFK(ゴール右に外れる)のみだったが、マスケラーノ、ガゴのダブルボランチが安定し、リケルメを介しての中盤でのパスサッカーを展開。チャンスとみるや、左右のサイドバックにボールを渡し、中にクロスを入れる。あわてず、まだまだ様子を見ている感じだった。日本も単発のチャンスや37分にまたもや内田の突破から得たFKで本田が無回転シュートを放つが…(ゴール左にそれる)アルゼンチンが不気味な静けさのまま0対0で前半終了。

後半はアルゼンチンのペース。左サイドからチャンスを作り、デイマリアのシュートやリケルメのコーナーで日本ゴールに襲いかかる。後半10分にはリケルメのFKに日本全員が壁になり必死に守る。日本も後半7分に香川のミドル(左にそれる)や14分に香川の突破から本田の起死回生のミドルシュート(クロス・バーの上)を放つがアルゼンチンの優勢は変わらない。そして後半23分、リケルメのパスを受けたアグエロの突破からディマリアがカバーに入ったDF安田をかわしての技ありシュートを決める。 0対1
その後は、両チームとも選手交代で動きが激しくなるも、チャンスらしいチャンスは作れず、激しい雷雨のため、6分以上も残してのタイムアップとなった。

率直な感想を言うと、アルゼンチンのほうが一枚上手に感じました。アグエロのパスからディマリアの個人技ゴールに代表されるように、アルゼンチンの細かいパス交換やサイドチェンジ、そして攻撃的なトラップ、GKウスタリのパントキックまで全てが“ゴールを決める(相手を仕留める)までの意味を成すもの”に見えました。
日本も森重であったり本田であったり、あれを決めていれば…というのもあったのですが、
「あれが1点の重み。決めるのが世界」(試合後の水本裕貴談)の差が大きいのではないでしょうか。せめてもの救いは北京五輪1次リーグの本番前に“本番”以上の相手と戦えたことではないでしょうか。(観客43089人)


      U-23日本代表 0 - 1 U-23アルゼンチン代表

GK 西川周作    後半23分 ディマリア   GK ウスタリ
DF 水本裕貴                     DF パレハ
DF 森重真人                     DF モンソン
DF 内田篤人                     DF サパレタ
DF 安田理大                     DF ガライ
MF 本田圭佑                     MF ガ ゴ
MF 梶山陽平                     MF リケルメ
MF 谷口博之                     MF マスケラーノ
MF 香川真司                     FW ラベッシ
MF 本田拓也                     FW ディマリア
FW 豊田陽平                     FW アグエロ

交代
後半20分                       後半28分
豊田→森本貴幸                     ディマリア→ソ サ
後半32分                       後半34分
安田→長友佑都                     ラベッシ→アコスタ
本田→岡崎慎司

posted by 舘野のおっちゃん |21:22 | 北京五輪サッカー | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年07月18日

驚異の北京五輪サッカー・アルゼンチン代表

7月29日(火)東京・国立競技場で行われる「キリンチャレンジカップ2008」で
北京五輪サッカー日本代表と戦う北京五輪サッカーアルゼンチン代表の来日メンバー
が発表された。

<以下・北京五輪サッカー・アルゼンチン代表>

GK オスカル・ウスタル(ヘタフェ:リーガ・エスパニョーラ)
   セルヒオ・ロメロ(AZ:オランダリーグ)

DF パブロ・サバレタ(エスパニョール:リーガ・エスパニョーラ)
  エセキエル・ガライ(レアル・マドリード:リーガ・エスパニョーラ)
  ニコラス・ブルディッソ(インテル:セリエA)
  ラウルタロ・アコスタ(セヴィージャ:リーガ・エスパニョーラ)
  ルシアーノ・モンソン(ボカ・ジュニオルス:アルゼンチンリーグ)
  フェデリコ・ファジオ(セヴィージャ:リーガ・エスパニョーラ)

MF フェルナンド・ガゴ(レアル・マドリード:リーガ・エスパニョーラ)
   エベル・バネガ(バレンシア:リーガ・エスパニョーラ)
   ホセ・ソサ(バイエルン・ミュンヘン:ブンデスリーグ)
   ハビエル・マスチェラーノ(リヴァプール:プレミアリーグ)
   ファン・ロマン・リケルメ(ボカ・ジュニオルス:アルゼンチンリーグ)
      
FW エセキエル・ラベッシ(ナポリ:イタリア・セリエA)
   リオネル・メッシ(FCバルセロナ:リーガ・エスパニョーラ)
   セルヒオ・アグエロ(アトレティコ・マドリード:リーガ・エスパニョーラ)
   ディエゴ・ブオナノッテ(リーベル・プレート:アルゼンチンリーグ)
   アンヘル・ディ・マリア(ベンフィガ:ポルトガルリーグ)

『マラドーナ二世』のメッシに『元祖マラドーナの後継者』リケルメ、『本物のマラドーナの義理息子』のアグエロ、マスチェラーノ(2大会連続)などなどキラ星のごとく…

すげ~、すごくね~っ(TBS深夜番組『あらびき団』でのお笑いコンビ・とろサーモンの村田の実況のマネ)
当初、発表されていたメンバーからイグアイン(レアル・マドリー)やオーバーエイジ枠のデミチェリス(バイエルン・ミュンヘン)などは外れたが、前回のアテネ五輪で金メダルを獲得したメンバー(テベス、アジャラ、サビオラ、キリ・ゴンザレスなど)に匹敵するくらい、いやそれ以上に豪華メンバーだ。

私も当日、国立競技場に北京五輪・日本代表と『スター軍団』の戦いを見に行くつもりだ。
『カテゴリー4のアウェイ席』…少しピッチから遠いが、歴史的瞬間をしっかりこの眼に焼き付けようと思う。

posted by 舘野のおっちゃん |21:56 | 北京五輪サッカー | コメント(2) | トラックバック(0)
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2008年07月15日

岩田FC、全国へ

先日(6月15日)行われた第23回日本クラブユースサッカー選手権(U―15)関西大会の準々決勝で岩田FC(大阪)が吹田JFC千里丘を2-2からPK戦の末に(4-2)で下し、クラブ史上初めて全国大会出場を決めた!!

翌週(22日)の京都サンガF.C.U-15との3位決定戦も制し、ガンバ大阪ジュニアユースなどJリーグの下部組織が多数を占め中、堂々の第3位での全国大会出場である。
出場した選手の頑張りはもちろんのこと、惜しくもピッチに立てなかった選手たちや親御さんたちの必死の応援、OBやコーチたちの情熱や努力など様々なものが重なり合って生まれた“結果”といっていいだろう。

この知らせを岩田FCを立ち上げ、指導してきた梶田さん(NPOスポーツネットワーク大阪代表)から聞いたとき、私も目頭が熱くなった。

私は今から8年前、岩田FCの前身であるコヤマスポーツスクールFCでコーチングスタッフとして2年間、子供たちにサッカーの指導をしていた。
その当時のチームは、中学生部門(ジュニアユース)を立ち上げたばかりで、まだしっかりとした指導法も確立されてなく、子供たちも小学校のサッカーの延長と思っているようだった。そんな状況だから、試合に出れば負け、良くても惜敗。飾ってあったいくつかのトロフィーはすべて『参加賞』であった。

しかし、梶田さんを含めスタッフ陣は焦らなかった。
「サッカーはあくまでも『遊びの延長』。遊びの中から何かが生まれる。子供たちは遊びの天才だ。できるだけ子供らしく。そんな中で技術や礼儀を学んで欲しい」と。
『チームワーク』や『人間形成』に重きをおいた指導は勝利至上主義のサッカーチームが多い中でも異質だ。結果も大事だが、本当に大切なのは内容、そして子供たちには楽しみながらサッカーをして欲しい。
その考えは多くの子供たちにサッカーへの興味を引き付け、まだ幼稚園の年長や小学校低学年だった今回、全国出場を果たした選手たちがチームに入る礎(いしずえ)となった。
私も梶田さんやコーチ陣の考えに賛同し、時には空回りしながらも、微力ながらその子供たちを全力でトレーニングしていった。

もちろんコーチ陣もただ楽しければいいとは思っていなかった。やはり子供たちに勝つ喜びを教えてあげたい。コーチたちも他のチームの練習に参加したり、勉強会などでどん欲にトレーニング法を吸収。春合宿においてのチームワークに重きをおいたトレーニングや1対1に負けない個人技のテクニックなどを練習に導入した。 試行錯誤しながらも、良いトレーニングを継続的に教えることで子供たちに楽しさだけでなく、内容のあるサッカーをすることを植えつけていった。(コーチたちの教えは)着々と子供たちに浸透していき、その結果が岩田FC全国大会出場として一つのカタチになったと言っていいだろう。

梶田さんも教え子たちの全国大会出場を心から喜びつつも、「これは目標ではなく、通過点です。(岩田FCに)全国制覇とかではなく、他のところに目標がありますから」と言い切った。このチームの性格を表している一言といっても過言ではないだろう。

その岩田FCが出場する日本クラブユースサッカー選手権(U―15)全国大会が約1ヶ月後の8月9日(土)から福島県のJヴィレッジで開幕する。
私も微力ながら応援に行くつもりだ。子供たちの成長をじかで見るために…


posted by 舘野のおっちゃん |04:04 | コメント(3) | トラックバック(0)
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2008年03月08日

鹿島アントラーズ対コンサドーレ札幌 J開幕戦観戦記

 鹿島スタジアムにやってきました!
もちろんJリーグ開幕戦・鹿島アントラーズ対コンサドーレ札幌戦を観るためである。午後三時にスタジアムに到着。車を降りると、鹿島灘から流れる海風が心地よい。気温は13度。鹿島のサポーターたちから「開幕戦に最高じゃない」の声が飛ぶほどの絶妙なコンディションだ。

試合前、王者・鹿島アントラーズのコンディションは微妙だ。先に行われたゼロックススーパー杯で「誤審問題」があったとはいえ敗れ、開幕戦前に岩政・大岩の両センターバックを出場停止で失った。補強もFW柳沢の穴を埋めれていない。そして、エース田代の結膜炎疑惑。アジア・チャンピオンズ・リーグとの過密日程もあり、不安要素は尽きない…
一方、コンサドーレ札幌は名古屋からクライトンが加入するなど、昨季から8人もレギュラーメンバーが入れ替わった。もちろんJ1で勝つためだ。J2を制した堅守からの速攻で王者から金星を狙う。期待の多さからか、駐車場には「札幌ナンバー」もちらほら、多くのコンサドーレ・サポーターが熱い声援を送る。
“元LUNA SEA”河村隆一による国歌斉唱後、午後四時過ぎに試合開始。
両チームともフォーメーションは4-4-2。

前半は開始早々から鹿島のちぐはぐさが目立つ。特にCBの中後・伊野波の急造コンビがいただけない。相手に競り負けたり、ポジショニングのミスが多い。ボランチの青木や小笠原がDFのフォローに入るためか、ロングボールなど単発でしかチャンスが作れない。5分に小笠原のFKが札幌DFに当たってゴール(オフサイド)や42分にマルキーニョスが決定的なシュートを放つ(GKがはじく)がちぐはぐ感は拭えない。一方、札幌はバックラインが安定。中盤の早めにプレスを仕掛け、鹿島のチャンスの芽ををつぶす(イエローが出されることも多いが…)。攻めはエースのタビィがキレキレ。ドリブル突破やミドルシュートでたびたび鹿島ゴールを脅かす。
前半は札幌にとっては上々の出来、鹿島にとっては不安要素を露呈した形になった。

しかし、後半は試合後にオリベイラ監督が「後半は我々の試合が出来た」と言った通り鹿島の独壇場。前半途中からボランチの青木をDFの位置まで下げ、両サイドバックを攻撃的な位置に上げる3-5-2のフォーメーションにしていた。
このシステム変更により、DFラインが安定し、サイド攻撃が可能になった。後半早々、この変更システムが稼動。後半2分、右サイドを内田がオーバーラップからペナルティーエリアの野沢へダイレクトパス。野沢がDFに倒され、PK獲得。小笠原のPKは札幌GK佐藤に止められるも、鹿島の猛攻が続く。そして、後半3分、小笠原のCKを新井場が頭で合わせ先制ゴール。1-0。
新井場のヘディングシュートは珍しい。試合後のヒーローインタビューで「でかいのが二人(大岩・岩政)いなかったので…」と話したが、ある意味、不安要素を自分のチャンスに変えたゴールであった。その後、後半19分に田代が競ったボールをマルキーニョスがスルーして、またも新井場がシュート決め、後半26分に田代の突破からのパスをマルキーニョスが技ありヒールシュート。そして、ロスタイム前に本山のパスを途中出場の佐々木が冷静にゴールに流し込む。札幌は途中出場のクライトンがミドルを放つが、鹿島の安定した守備にシャットアウト。4-0で鹿島が勝利を収めた。

結果的に見れば圧勝だったものの前半の拙攻や後半の2つのPKの失敗など王者らしからぬ所を見せてしまった。しかし、2万8千人も入った観衆を前にゼロックス杯のうっぷんを晴らすことができたのではないだろうか?
そそくさと片付ける札幌サポーターを横目に、勝利を祝う鹿島サポーターの『オブラディ・オブラダ』の合唱が響く。勝利の応援で揺れるスタジアム。満足そうに帰路につくユニフォームをまとった家族連れたち。夜は昼間と打って変わって気温がぐっと冷え込んだが、鹿島の開幕勝利の熱狂はスタジアムを離れても収まらなかった。

 

posted by 舘野のおっちゃん |23:46 | コメント(4) | トラックバック(0)
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2008年01月29日

浅尾美和はオリンピックに出れるのか?

日本の女子アスリートの中でもひと際、輝きを放つ選手がいる。『ビーチの妖精』ことビーチバレーの浅尾美和選手だ。選手としても国内トップレベルだが、際立つのはタレント性だ。小麦色に焼けた健康美な容姿と愛くるしい笑顔にファンが急増し、モデルやタレントとしても活躍。写真集やイメージDVDは高い売上を記録している。

私は浅尾選手を見たことがある。2006年にお台場で行われたビーチバレー大会を観戦した時だ。コートに現れた浅尾選手の『笑顔』に私も虜になってしまった。

試合自体は早々と敗れてしまったのだが、それからが大変。浅尾選手は試合中より派手な水着に着替えた後、行列のように並ぶファンとの写真撮影やサインに大忙し。
ミニゲームやトークイベントにも参加し、最後までファン相手の“接客”に追われていた。その光景を傍目で見ていた私も「こんな状況で、選手として集中できるのかな」と思ったくらいだ。

そんな浅尾選手も2007年は優勝こそないものの、国内のツアー個人シーズンランキング1位を記録。まがりなりにも着々の力を付けている証左だろう。

ではオリンピックに出られるか?というと、出場の切符は今年7月20日までの世界ランク上位23組までに与えられるという。現在浅尾組(ビーチバレーは二人一組で試合をする為)は55位(2007年12月末現在)。国外の試合ではあまり実績が無いため、北京出場は厳しいと言わざるを得ない。

しかし、可能性がないわけではない。ギリギリまで北京オリンピック出場を目指してチャレンジしなければ、次のロンドン五輪出場もない。浅尾選手はまだ22歳。ビーチバレーの世界のトップの年齢は大体が30歳前後だ。国内で付けた力を海外でも発揮できるようになれば必ずチャンスはあると思う。

様々なPR活動も大切だが、浅尾選手自身が強くなることが一番のアピールと言うことを忘れないで欲しい。
あの日、お台場で見た『笑顔』をオリンピックの舞台で見たいと思っているのは私だけではないはずだから…。


posted by 舘野のおっちゃんの挑戦 |14:42 | コメント(0) | トラックバック(3)
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2008年01月29日

桑田真澄、現役へ

桑田真澄の投げる姿が今年も見られる。
もちろん投手コーチでもマスターリーグでもなく、メジャーリーグの舞台だ。1月8日(火)、自身のホームページで去年と同様にピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約を結んだことを表明したのである。
背番号も18番が用意されてある。昨年はマイナーからメジャーリーグの間に、背番号も52→25→18と変わったが、KUWATAイコール18ナンバーと言うことが、アメリカ本土(パイレーツの中の認識として?)に知れ渡った証左だろう。(ちなみに何故か日本人メジャー投手は18番を付ける事が多い。松坂、桑田はまだしも、黒田…柏田っておい(汗)!石井一もドジャース時代に18番を打診されたが、「俺は18番のイメージではない」と選ばなかった。)
桑田真澄がPL学園の時代から見ている私としてはうれしくてたまらない。(記憶を辿れば…1984年、夏の甲子園の決勝戦の取手二高戦から。ちなみに私は取手市のある茨城県の隣りの栃木県出身だが、PLを応援していた。)

昨年8月にパイレーツから戦力外通告を受けた時に桑田は「何も悔いはない。もう十分です。」と引退を示唆したが、グラブを置くことはなかった。痛めた右足を治してもう一度、メジャーのマウンドに立つために…。

思えば桑田ほど、何回も野球を辞めようと思った選手はいないだろう。2001年のシーズン、長嶋監督の投手起用で冷遇され続けた時、2005年のシーズンに1勝すら挙げられなかった時、そして巨人を退団した時…。桑田はそのつど野球人生を振り返り、「まだ心が『野球をやめろ』と言っていない」と現役に強くこだわった。
 
完投できる体力は無く、急速も衰えた。手術した右足にも不安は残る。しかし昨年、大リーグでイチローから三振を取ったカーブ系のレインボールに加え、シュート系のレイザーボールの開発など大リーグ挑戦に向け、努力に余念がない。まずはメジャーへの生き残りが第一関門だが、メジャー1勝、そして…もっと上を目指すためだ。
 
故・藤田巨人軍監督が言った「これでもか、これでもか、というくらい食らいついていけ。それが野球を愛している人のやることじゃないか」という言葉を胸に、プロ野球生活23年目の最強の野球小僧が再び海を渡る。

posted by 舘野のおっちゃんの挑戦 |14:05 | コメント(4) | トラックバック(0)
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2008年01月14日

改訂版高校サッカー選手権決勝、藤枝東対流通経済大柏(メンバー表、結果付き)

総武線千駄ヶ谷駅の混雑は平日のラッシュアワーの比ではなかった…
成人式を終えた晴れ着姿の女性も数多く見られたが、ほとんどが『国立競技場』行きの人達だ。改札を出ると「当日券は完売しました」のアナウンス。「チケット譲ってください」と書いた紙を持つ人もちらほらいた。競技場内に入ると、見渡すところ人、人、人で超満員(特に自由席は)。全日本ユース王者の流通経済大柏とサッカー王国、静岡の“古豪”藤枝東の優勝候補同士の激突、それに流経大柏・大前と藤枝東・河井のエース対決にたくさんの人が期待した証左だろう。パスサッカーの藤枝東と総合力の流経大柏。4119校の頂点を決める戦いに固唾を呑んで見守る。
14時10分、キック・オフ
藤枝東は3-5-2、流経大柏は4-4-2のフォーメーション。
序盤は流経大柏ペース(以下、柏で表記)。中里のFKや大前のドリブルでチャンスを作る。一方、藤枝東(以下、藤枝で表記)もパス交換でチャンスを作るが、柏DFが堅く、中にボールを入れさせない。そして前半6分、大前がエリア内で巧みなドリブルを開始。3人のDFを引きつけて、フリーの村瀬にパス、難なくシュートを決める。1-0。“和製メッシ”大前の本物のメッシばりの個人技に観ていた誰もが驚嘆の声をあげた。なおも柏の攻勢は続く、7分に大前のFKからチャンスを作り、中里がシュート(ポスト右)、9分またも大前のヒールパスから抜け出した上條のシュート(またもポスト右)、30分、中里のFKからDF秋山のヘディングシュート(バーの上)など、得点にはならないものの何本も決定的なシュートを藤枝ゴールに打ち込む。藤枝は左右のサイドからチャンスは作るもののフィニッシュまで持ち込めない。セカンドボールはほとんど柏が取り、藤枝はボールを取っても、柏DFの早いプレスに自慢のパスサッカーが機能しない。試合は流経大柏のペースで前半終了。
後半も流経大柏のペースは変わらない。しかも一方的に…
後半開始直後こそ、藤枝東もパス交換から、右サイドの藤田が高速アーリークロスでチャンスを作る。が…後半3分、藤枝エリア内で上條のパスを大前がシュート。藤枝のGK木村がファインセーブで防いだものの、こぼれ球を名雪がセンターリングを上げ、大前がボレーシュート。鮮やかにコールネットを揺らした。2-0。試合後、流経大柏の本田監督が「今日はちょっと出来すぎでした…」と言う通り、柏の攻撃は止まらない。10分、速攻から大前がネットを揺らすシュート(オフサイド)。17分、左サイドバック・比嘉のオーバーラップから比嘉のマイナスのパスを上條が体を張って大前に落としてシュート。またも大前がゴールを決めた。3-0。そして最後は30分、大前のコーナーキックから村瀬が頭で流したボールを負傷した上條の交代で入った田口がボレーで決める。4-0。藤枝東も終盤、MF石神のミドルシュート(惜しくもポスト左)やエース河井のFKやコーナーキックで柏ゴールを脅かすが、安定した柏DF陣が守りきり、終わってみれば4-0の完勝であった。
4得点すべてに絡んだ大前元紀選手は清水エスパルスに入団するという。矢島、岡崎や1月に加入したサントスFCのマルコス アウレリオのいるFW陣にどう食い込んでいけるか、いまから楽しみである。
 流通経済大柏     4 - 0      藤枝東
GK 須藤      前半6分 村瀬    GK 木村
DF 中富      後半3分 大前    DF 村松
DF 天野      後半17分大前    DF 小関
DF 秋山      後半30分田口    DF 鳥羽
DF 比嘉                 MF 石神
MF 海老原                MF 小林
MF 中里                 MF 藤田
MF 村瀬                 MF 平井
MF 名雪                 MF 河井
FW 大前                 FW 岡崎
FW 上條                 FW 松田
交代
後半24分                 後半7分
海老原→保戸田               平井→中村
上條→田口                 後半21分
後半41分                 岡崎→稲葉
中富→野村

posted by 舘野のおっちゃん |19:20 | 高校サッカー | コメント(1) | トラックバック(0)
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2008年01月10日

石川遼、史上最年少プロゴルファー転向!

「今日から、プロゴルファーの石川遼です。これからもよろしくお願いします。」昨年5月に史上最年少で男子プロゴルフツアーを優勝した“ハニカミ王子”こと石川遼選手が10日午後にプロ宣言をした。
16歳3ヶ月でのプロ転向はこれまでの山浦記義さんの16歳11ヶ月を下回る史上最年少のツアープロであるという。
昨年、石川遼選手は高校生ながら、優勝したマンシングウエアKSBカップを含め、プロツアーに8戦出場して6戦で予選を突破。その年のツアー優勝者や賞金ランキング上位者などしか出場できない『ゴルフ日本シリーズJTカップ』でも一時、首位に立つなど(最終的に24位)、ツアーをこなしていく中で遼くん本人がプロとしてやっていく自信をつかんだ事がプロ転向の主な理由と思われる。
では遼くんがプロとして活躍できるか?といったら才能や実績はあるものの未知数である。プロと高校生の両立の大変さ、遼くんに敗れた男子プロゴルファーたちも本腰をいれて戦いに挑んでくることが予想され、昨年以上に勝つことは難しいだろう。
それにプロ転向は時期尚早の声も聞こえる。遼くんと同じく高校生の時にプロツアーに優勝した宮里藍は18歳。タイガー・ウッズにいたっては20歳である。両選手ともアマで申し分ない結果を残し、万おじしてのプロ転向である。
ちなみにそれまでの最年少ツアープロ記録保持者だった山浦記義さんは約10年、トーナメントプロとして活動したが、自分のスイングがわからなくなり、思うような成績を残せず、不本意ながら引退したという。(現在はゴルフ指導者)山浦さん曰く「今思えばもう少しある程度、時期を置いてプロになればよかったかな」(テレビ東京の夕方ニュース、速ホゥより)。
しかし私はそうは思わない。上田桃子や古閑美保を育てた坂田塾の坂田信弘プロは遼くんに「物事、前に進むにおいて早すぎることは一つもない、はよプロになれ!」と言っているし(パーゴルフ 1月22日号より)、なにより09年までプロツアーに出場できる“シード権”がある。最初は思った以上の成績をあげれないかもしれないが、プロとの戦いで揉まれ、いつか本物のゴルフ界のヒーローになって欲しいと切に願っている。
記者会見で本人は「プロの中で一番ヘタ」と言ったが、同時に「夢はマスターズで優勝!」と公言した。いつかマスターズが行われるオーガスタ・ゴルフクラブでプロツアー初優勝で見せてくれた奇跡のチップイン・バーディを地上デジタル放送で観る僕たちにみせてくれるに違いない。

posted by 舘野のおっちゃん |18:24 | コメント(1) | トラックバック(2)
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