2008年08月23日
ジャケット レスリング(男子柔道)
今回の北京五輪の柔道競技、初日に男子60kg級で平岡拓晃が1回戦で敗退し不吉な予感を感じた。 翌日、男子は66kg級で内柴正人が五輪連覇を達成し、「やっぱり一本柔道だよね」と皆思って、昨日の事は杞憂に終わったのかと安堵していたが、その後負け続けてしまった。 そして最終日の100kg超級で石井慧が金メダルを獲ったのみに終わってしまった。 特に鈴木の敗戦には驚愕してしまった。 明らかに、「柔道は死んだ」のだ。 日本の柔道関係者の言う「柔道」は無く、既に「JUDO」でも無い時代に入ったのではないか? ヨーロッパでは「柔道」のことを「JAKET WRESTLING」と言っているらしい。 「服を着たレスリング」である。 レスリングの枠の中に柔道が含まれているのである。 好むと好まざるとにかかわらず、あたかも「格闘技」のなかに「柔道」入れているのと同じだそうだ。 でも服を着ているので、その服を生かした技は存在し、その頂点が「柔道」であろう。 しかし、もしレスリングならレスリング技が主流になるのではないか? ショッキングな鈴木の敗戦は、「両足タックル」で負けたものである。 「柔道」では「もろてがり」である。 レスリングで相手が両足タックルに来た時は、身体を低くして重心を下げなるべく相手との距離を取り、「タックルを切る」しか逃げ道は無い。 レスリングでは、鈴木のように、両足タックルに入られた時に飛び上がり身体を反らす受けは有り得ない。 負けるべくして負けたと言ってよい。 今までは、選手個人の一瞬の判断と機敏な動作でもろてがりを避けて来ていたが、「タックルを切る」受けを教えられていたのだろうか? 「美しい柔道ではなく、勝つ柔道でなければ意味がない」と公言する石井に、一部関係者から批判があったのも事実であろう。 昨年の世界選手権、五輪実施階級では男子が73kg級の銅1個という惨敗を喫した時、「“一本”にこだわらず、まずは勝利を」という「世界のJUDO」へ対応しきれていない日本柔道が問題になった。 だから、石井の金で「一本重視の日本柔道が生き残った」のは誤りである。 石井には、普通の金メダル以上のプレッシャーがかかっていたはずだ。 「一本を取る柔道」から「勝つ柔道」に、そして「JAKET レスリングで勝つ」に変更していかなければ、世界では勝てないだろう。 内柴も谷本も上野も、そして石井も「寝技」で一本をとっている。 これが「服を着たレスリング」の特徴ある「決め技」であり、日本柔道の生きる道のひとつであると推測できる。
posted by moritax |10:10 |
柔道 |
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