『サッカー不毛の地』から『隠れたサッカー大国』へ

ベッカムとMLSサッカービジネス総括

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いつかは来ると思いつつ、デビッド・ベッカム選手の引退表明に直面し、彼との近くで仕事をする機会にも恵まれただけに、色々な思いが去来しました。

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2007年、LAギャラクシーに移籍したとき、自分はMLS事務局内にいたので、関係者は薄々は耳にしていたものの、実際にLAギャラクシーの本拠地であるホームデポセンターにて華々しく記者会見を行う様子を事務局内テレビで観つつ、皆信じられない、と言った反応でした。今でこそ多くのスーパースターがMLSに日常茶飯事的に来ておりますが、当時は最初のスーパースターがベッカム選手だったので、スーパースターへの周囲の物凄い反響への対応も、デビッドベッカムと言う社会現象に巻き込まれることも、スーパースター自身や、家族、所属事務所などへの対応も全て初体験。変な話し、何人ものスタッフがその渦に巻き込まれ消えて行きました。対戦する選手たちも、主審までも戸惑っていることがありました。アメリカサッカー界を取り巻く環境は、否応もなく物凄いスピードで成長させられることを強要され、一気に何レベルも上に引き上げられたと思います。
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MLSは元々他のアメリカに存在するプロスポーツと違わず、「スポーツビジネス」と言う基本概念に則って経営されてきています。リーグ創設時から「投資」と言う概念のもと、「勝敗は買えない」「スター選手が勝利を保証するわけではない、勝ち星を運んでくるわけではない」と言うことで「リターン」を目的とする「投資」は、選手ではなく、スタジアム、フロントスタッフ、リーグスタッフ、コミッショナーなどにされ、その軸は今でもぶれません。そんな経営姿勢を続けてきた中、リーグ全体が順調に伸び、「スター選手に投資」出来るフェーズにリーグが突入して行きました。しかし、MLSでは全てがオーナー会議での決済が必要とされ、MLSの肝とも言われる、厳格な「サラリーキャップ」を敷いている中で、どう対応するか、と言うことが議論され、最終的にベッカム選手が来る可能性がある、と言うことで例外措置を取ることが採択されました。 特筆すべき点は、いきなり何の積み上げもなくスター選手を呼んできてもダメな点です。MLSはそれまで、地道にインフラ(スタジアム・フロントオフィススタッフ・リーグオフィススタッフ‥等)に投資をしてきた下地があり、機は熟したと言う経営判断のもとにスター選手を呼び、そのスター選手の持つアセットを存分に活用することが出来、きちんと回収することが出来たと言う点が重要だと思います。
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ベッカム選手がMLSをグローバルブランドに押し上げた功績は計り知れません。彼がLAギャラクシーに入団をしたことで世界中にLAギャラクシーの名が知れ渡り、スポンサー、チケット売上はLAギャラクシーのホーム戦のみならず、アウェー戦でも満員御礼で、リーグ全体としてのチケット売上が上昇しました。マーチャンダイジングも言うまでもなく23番がダントツ一番人気。 ここで注目すべきは、一つ目にはLAギャラクシーだけが儲かるのではなく、リーグ全体が恩恵を受けることに専念したこと。そして、MLSが金銭的なメリットがあっただけではなく、もっと重要なことに、「あのベッカムが行くんだから将来性があるに違いない」と、MLSと言うリーグの信頼性も抜群に上がったことでした。それに続く形で、ティエリ・アンリ、ラファ・マルケス、ロビー・キーン、ネスタ、ティム・ケーヒルと今でも多くのスター選手がMLSに移籍をしてきていることは特筆すべきことです。 加えて、更に重要なのはベッカム選手の入団により、様々な指数が上昇したことでリーグ全体としての価値が高まり、新規加入クラブの応募が増加したこと。これにより新たにフランチャイズ権を購入するためには2007年当時は約8億円程度だったのが、今では約100億円まで膨れ上り、20番目のNYを本拠地にする新規加入クラブをマンチェスター・シティとNYヤンキースのオーナーが購入するまでになりました。勿論、ベッカム選手を獲得しただけで全てが良い方向に向かうわけではなく、MLSのオーナー陣・経営陣の努力と「スポーツビジネス」と言う軸がぶれずにリスクを負って様々な取組を展開してきたことが重要かと思います。
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サッカーと言うスポーツですから誰か一人でどうにかなる、と言うことは先ずあり得ません。ただ、彼の存在のおかげで良質な外国籍選手を獲得しやすくなったことは、現在MLSのスカウトも務める小生としては肌で実感できました。「移民が生活しやすいアメリカ合衆国のプロサッカーリーグ、グローバルな都市ロサンゼルス、そしてあのベッカムとチームメートになれる(或いは対戦できる)」と言うことで、他のMLSクラブよりもLAギャラクシーには多くの外国籍選手の売込が舞い込み、年俸は二の次、と言う売込をする代理人も多く出てきました。
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彼の契約には、引退後にMLSに投資をする権利が付帯されています。パリに移籍をする際のMLSでの記者会見でも「MLSにはオーナーとして戻って来るかもしれない」と言明していたとおり、その対象が自身が所属をしていたLAギャラクシーになる可能性が高いです。彼がMLSをここまで押し上げた大きな原動力となったことは間違いないですし、引退後も継続して投資家・共同オーナーとしての立場を彼や、彼のマネジメント会社が当然検討するものと思います。選手が引退したあとは指導者や解説者になることが多い中、ビジネスの側面から「経営者」として引退後のサッカー選手が参画するのは、正にスポーツビジネスを根本土台とするMLSとも合致しますし、新しい引退後のサッカーとの関わり方を彼が示してくれれば、何か新しいムーヴメントになるのではないかと個人的には期待しております。
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最後に、賛否両論あり、正解はないと思いますが、僕はやはりスポーツビジネスは「ビジネス」だ、と言うことだと思います。ベッカム選手獲得は単なる客寄せパンダではなく、それより様々な戦略が敷き詰められ、何よりも彼が抜けたからまた盛り下がる、と言うわけではない仕組みが構築出来ていたことが最重要だったと思います。世界中でスター選手を獲得するクラブがありますし、幾らベッカム選手のスター性がずば抜けていたと言っても、スター選手を獲得しただけでMLSのような大掛かりな成功は中々出来ないものだと思います。そのために、厳格に守ってきたサラリーキャップを若干緩め、そのリスクを鑑みても投資をする価値がある、と言う計算のもと、踏み切ったことは決して情動的な動きではなく、計算され尽くしたビジネス判断であったと断定できます。 限りある原資をどう膨らますか、と言う軸をぶらさず、最初から目先の勝敗や、強化に費やさず、逆に最初は中長期的なリーグ繁栄、と言う視点からハードの整備や、フロントに投資。それ故に勝敗に影響を受けることなく安定した収入を得られることに地道に邁進した結果、自前のスタジアムをMLSのクラブの殆どは保有するまでになり、ピッチ上の結果ではなくピッチ外できちんと収益を上げられる優秀なフロントスタッフを揃え、リーグ全体としてどう盛り上げて行くのか、と言う考えを常に模索するオーナー会議に、リーグオフィススタッフの団結があってベッカム選手のようなスター選手に「投資」をするリスクを負えるまでになりました。そこで終わるのではなく、ベッカム選手への投資を最大限回収することに努め、その結果、MLSの価値が上昇し、フランチャイズ権を購入するだけで100億円もの値段がつくまでになり、上述のマンチェスター・シティにNYヤンキースまでもが参加をしたい、と思わせる所まで持ってきたことは無視できないと考えます。全てを真似する必要はないですし、それでは上手く行くはずもないですが、スポーツビジネスはビジネスである、と言う点だけは今後も自分は自分の軸として忘れずに精進して行きたいとベッカム選手の引退に際して改めて強く感じた次第です。
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メジャーリーグサッカー(MLS)は1996年にアメリカで開幕したプロサッカーリーグ。MLSは、スポーツビジネスが盛んなアメリカらしくサッカー専門のマーケティング会社としてサッカー・ユナイテッド・マーケティング(SUM)を設立しました。この両者は、近年のアメリカサッカー成長のシンボル的な存在である。当ブログではそのMLS/SUM国際部、そしてスペインリーグFCバルセロナ国際部を経てLeadOff Sports MarketingのGeneral Managerに就任した中村武彦が、「サッカー不毛の地」と称されてきたアメリカにおける「隠れたサッカー大国」をニューヨークから発信していきます。(http://www.leadoffsportsmarketing.com)
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