2008年01月30日
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「なんでコーチになったんだっけ?(1)」
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/miyagi-jr/article/149
そしてシュートを決めて1点差。
そのディフェンスで決められたら終わりかな。と思ってたら、
ファールギリギリだったけど、ディフェンスにひっかかって
相手が転んで、ボールが外に出てマイボールになった。
残り10秒くらいでね。
そしてマイボールスローインだったんだけど、キャプテンの
代わりに出てたそのチビが残り5秒でミドルシュートを
打ったんだよね。そしたら、そのシュートが・・・・・
見事・・・・・
外れた。
ガッツーンと外れたんです。そしたらその外れたボールが、
またしてもなんとチビの手元に戻ってきたんです。
残り1秒で。
そしたらチビ、果敢にももう一回同じ位置から打った。
そしたら、そのシュートが・・・・
入った!
今度は入ったんです。
そして試合終了。初優勝。
見てて非常に面白い試合でした。
でも、私も同級生も、初戦は他人の試合。くらいで、
「良かったなー、みんな」という感じ。
でも、見てて面白かったよ。みたいな。
そしたら試合後に、何人かの中学生が、
「教えられた通りにディフェンスやったら、ちゃんとできました。
また教えに来てください。バイトなんて、休んじゃえ」
「お願いだから、また教えに来てください。」
と言ってきた。
高校時代の同期の中で、仙台にいるのは自分くらい。。。
ってことで、勝手に任命されて、コーチになることになりました。
でも、子どもたちの言葉を聞いた時点で、自分の中では気持ちは
決まってましたけどね。
こんなに純粋な子どもたちが自分を必要としてくれてるのに、
こんなに恵まれた状況なのに、答えなくてどうする?
って思ったんです。
それに、かわいい子どもたちだったんで、私もなるべく長い時間、
一緒にいたいと思い始めてましたから。
(最初は「なんて疲れる奴らだ」と、思ってましたけど)
ある学校の先生は、「どうしても先生になりたくて」必死に
勉強をして、念願の先生になったと言ってました。
そんな真面目な先生方に比べると、私のコーチの動機なんて、
しょーもない動機でしかないかもしれません。
元々コーチになんて、なろうとも思いませんでしたし、
選手として実績に無い自分に、できるわけが無いと思ってました。
でも、子どもたちが自分を必要としてくれた実感が、
自分の中の何かを変えてくれたんだと思います。
なんていうのか、必死になれることができたというか、
一生懸命になれることができたおかげで、1日1日が
充実したというか・・・子どもたちにバスケを教えるように
なってからは、人の為に何かをできる人間になれてような
気がします。(あくまでも「気」がしてるだけ)
だから、選手として実績がない分だけ、子どもたちに貢献
するには勉強が必要だと思いました。だから、勉強します。
多分、人間のモチベーションというのは、お金とかの物理的
報酬ももちろんなんですけど、「誰かに必要とされる」ってことが
すごく大事だと思うんです。
自分を必要としてくれる誰かがいるってことは、とても心強い
ことだと思うんです。うれしいことだと思うんです。
それが実感できると、毎日が光ってくると思うんですよね。
確かに人とかかわることに疲れて、一人になりたいと思うことも
あるんですけど、一人でいるっていうのは私にとっては
寂しいことで、耐えられないです。
強く生きるっていうのは多分、一人で生きていけることじゃなくて、
自分を強く信じてくれる人とか、強く信頼できる人がいる。
そういうことなんじゃないのかな?
だから私には、子どもたちが必要なんです。
だから私は、自分のために、子どもたちに教えに行くんです。
あいつらと一緒にいることができるから、平日の仕事も
一生懸命できるんだと思っています。
当然、面倒くさいこととか、あいつらのせいで悩むこととかも
あるんですけどね。実際、お金もかかるし。
でも、それ以上の経験は、間違いなくさせてもらってますから。
あれ?なんかタイトルと趣旨が変わってきてるな・・・
ま、いいか。そんな理由で、コーチになって、今に至ります。
ながーくなっちゃいましたね。ちょうどお昼休みも終わります。
自己満足の文章にもかかわらず、ご精読いただき、
ありがとうございました。
posted by miyagi-jr |13:05 |
高校生 |
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2008年01月30日
【長くなっちゃったんで、2つに分けました。すみません】
どうも。こんにちは。
半人前コーチ@最近の好物は野菜ジュースです。
一人暮らしでは野菜をあんまり食べないですからね。
せめてもの努力です。
さて、最近色々ありましてですね、よく教え子たちの顔が
頭に浮かんでくるんです。通勤途中に中学生とか高校生とか
見ると、すーぐ「ちゃんと練習してっかなー」とか
考えちゃうんですよね。
まぁ、あいつらからみれば、余計なお世話だと思うんですけど。
昨日は会社の後輩と話をしていたら、こんなことを言われました。
仙台にバスケットを教えるために毎週帰ってますって言ったら、
「めちゃくちゃバスケットが好きなんですね。」と。
全然嫌いじゃないですし、バスケットをすることも好きですけど、
言われたときに、ちょっとした違和感。
私、スポーツを見るのは好きだけど、バスケットの試合が
テレビでやってるとしても、ほとんど見ないです。
正確に言うと、NBAとかは頻繁にやってますが、
それは、もうここ何年も見てないっす。
見るだけなら、野球とかサッカーの方が好き。
ただ、高校のバスケットとか、女子の実業団のバスケットとかは、
ビデオを録って見たりします。勉強になるので。
でも、NBAとかには、もうあんまり興味がないんだよな。。。
ということを考えると、後輩から言われた言葉にちょっとだけ
違和感を感じたりして。
そういえば、なんでコーチになんてなったんだっけ?
って思い出してみた。
大学は家から5分の県立大学に入学して、サークルしかなくて、
もともと大学ではバスケットをやる気はなかったから、
週1回くらい、ゲームだけやってた。
自分でやる気もそんなになかったし、人に教える気なんて
さらさら無かった。(みんな、怒らないでね)
1年のある夏休みの日に、高校時代のキャプテンから電話が来た。
高校時代私たちに教えてくれていた恩師が中学生に教えてるから、
1日だけ相手して欲しいと。
私はあんまり興味は無かったが、半年振りに会うバスケ部の奴らに
会えるという理由があったので、行くことにした。
それがたまたまバスケをできるところで、中学生の合宿だった。
っていう感じだったと思う。
高校の時も、決して強い高校じゃない割には、練習は厳しい
ような気がしたけど、ただ一緒にいるメンバーがそれなりに
楽しかったから、最後まで続けたようなものだし、高校で
部活を辞めてからは、バスケにあんまり興味が無かった。
勉強しなくちゃ行けなかったし。
中学生の合宿に行ったら、まずみんなが楽しそうなことに
驚いた。辛いはずの練習なのに、いい意味で笑ってた。
男だったら、絶対にそんなことは無い。女の子ってすげー。
って、思った。
高校時代の恩師がそのチームの監督だったので、
「明日も来てくれな」って監督に言われたから、次の日も
行ったようなもの。また部活仲間と集まれるし。
そんなこんなで、部活仲間と一緒に3日間、中学生の面倒を
見た。結構疲れた。子どもたちのペースに合わせるのは。
その合宿の後は、アルバイトもあったし、練習には全然
行かなかった。ちょっと気になったけど、時間が合わないし、
そんな義務もないし、と思っていた。
次の週、中学生の試合があると連絡が来た。
せっかくだから行ってみるか、ということになった。
高校時代の同級生と3人で、中学生の試合を見に行った。
スポーツ少年団の小さな大会だった。でも、周りのチームも
みんなレベルが高かった。しばらくバスケをしてなかったので、
バスケのレベルを忘れてただけかもしれないけど、とにかく
「レベルたけーなー」って言ってたのは覚えてる。
その大会、予想に反して、そのチームは決勝まで行った。
(私の勝手な予想だけど)
決勝では終始リードをされてたけど、4点差で残り1分。
キャプテンはすでに退場して出てなかったけど、代わりに
出た1年生のチビががんばった!(今となっては大学生)
一人でドリブルで行ってフリースローもらって、1本目は
決めた。2本目は落ちた!と思ったら、センターが
オフェンスリバウンドを取った!(もうすぐ大学4年生)
そしてシュートを決めて1点差。
そのディフェンスで決められたら終わりかな。と思ってたら、
ファールギリギリだったけど、ディフェンスにひっかかって
相手が転んで、ボールが外に出てマイボールになった。
残り10秒くらいでね。
そしてマイボールスローインだったんだけど、キャプテンの
代わりに出てたそのチビが残り5秒でミドルシュートを
打ったんだよね。そしたら、そのシュートが・・・・・
見事・・・・・
外れた。
(長いから、次に続きますね)
続きはこちらです。
「なんでコーチになったんだっけ?(2)」
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/miyagi-jr/article/150
posted by miyagi-jr |13:04 |
高校生 |
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2008年01月22日
どうも、こんばんは。
半人前コーチ@昨日、この日記を書いたのに、
終わる前に寝てしまったため、今再び書いています。
さて、先日ですが、高校生の部活がありました。
先々週の大会で、惨敗を喫したこともあって、
話をする必要があるかと思いまして、子供たちと
試合のビデオを見て、ミーティングをしました。
試合の結果はもう分かってましたし、自分の方では
すでにレビュー済みでしたので、足りなかった部分
(リバウンド数とターンオーバー、それとFTの確率)
については、詳しくお話をしました。
それはさておき、その日の練習もチームのモチベーションを
感じられる部分は少なかったので、それに関しては
問い詰めました。
-お前たちの目標は何なの?
「優勝して、全国大会で少しでも多く勝ちたい」
ま、いいでしょう。
言うのはタダですから。なーんてね。
いいんですよ。目標はそれで。私も同じ目標ですし。
私が聞きたいのは、そうではなくて、
-じゃぁ、そのために具体的やってることは何?
っていうところ。
目標を立てました。それはいいと思います。
ただ、目標を実現するために何をしなければならないか、
それをしっかりと定めなければ、目標を立てる意味は
全くありません。
(ま、本当はこれはコーチの仕事かもしれませんが・・・)
目標に向かって自主的に動いて欲しいという想いが
あったので、特にある程度自分たちの意思を持っている
高校生には(選手同士のミーティングなどには)あまり
介入したくないなと思ったのですが、私としては、
非常に大きな危機感を持っていましたので、一度だけ
参加することにしました。
そこで、目標としなければならないこと、もしくはその想いを
明確にしなければならない。
それを明確にすれば、行動指針を示せば、選手も動きやすい
かと思ったので、私は決意を持ってミーティングに参加しました。
優勝したいという言葉が選手たちから出た後、ある選手に
本当にそう思ってるのか?と聞きました。
-本当に優勝したいと思ってるの?
「はい、思ってます。」
-じゃ、先週の試合の負けた理由は何だと思う?
「シュートの確率が相手よりも悪かったのが、
一番の原因だと思います。」
-その通りだと思うけどさ、じゃぁ、どうすれば
その相手に勝てるようになると思う?
「自分たちのシュート率を上げなければ行けません」
-そうだけどさ、じゃぁ、どうすればシュート率は上げられる?
「人より多くシュートを打たなくちゃいけないと思います。」
-それなら、今日は他のチームメイトより、お前は何本多く
シュート打ったの?何分間多くシューティングしたの?
練習前とか、練習後とかにシューティングしてたなら、
その時間を言ってみて。
「・・・・・・ 他の人と同じ時間しかやってません」
これでは、意識が足りないと言わざるを得ません。
というか、一時的には選手たちのモチベーションが上がっても、
それを維持させるためには、こちらから常に働きかけて、
常に「勝ちたい」というモチベーションを持たせ続けなければ
なりません。私にはその行動が足りなすぎました。
大いに、反省です。
ただ、こんなことを言っても仕方ないので、子供たちには
今のままでは絶対に優勝できないということを、
厳しく言いました。
言うだけなら簡単だよ。優勝したいって。
でも、その目標に対してお前らが具体的に
やってることは何?実践してることは何?
何も無いじゃん。何もやってないよ。
それなら優勝したいなんて言うなって。
それが自分たちを苦しめるだけだからさ。
本気じゃないなら、行動を起こせないなら、
優勝したいなんて2度と言うな。
そんなに簡単なことじゃないよ。目標って。
俺もそんなに長く生きてるわけじゃないけど、
人生ってそんなに甘いもんじゃないからさ。
絶対に勝てないよ、お前ら。
だったら、優勝しなくてもいいよ。
楽しくバスケットをやってれば、それでいいじゃん。
そういうことにしようよ。それでいいでしょ?
誰も何も言いませんでした。というよりも
何も言えなかったというのが、正しいのかもしれません。
優勝したいということは、子供たちからよく聞きます。
もし、そうじゃない子どもがいるなら、その子も多分
いても苦しいだけだと思うので、気持ちを変えられない
のであれば、辞めるべきだと思います。
ただ、優勝したいと言って何もしていない選手は、
優勝したいと思っていないのと一緒です。
もしかすると、保護者の方々が本気で応援して
くださっているのであれば、優勝したくないと
言うよりも、優勝したいと言って何もしないのは、
もっと重いことかもしれません。
私はまずは、今の状況を自覚してもらうしかない。
自分たちが今のままでは何もプラスにはならないと
いうことを感じてもらわなければならない。
そう思ったのです。
だから、ちょっと責めるような言葉を使いました。
(もちろん、現時点で選手たちがしっかり認識を
できていない責任は、私にあるのですが)
次の日(日曜日)も練習を最初から見に行きました。
土曜日とは比べ物にならないくらい、声が出てました。
移動が早かったです。思い切り選手同士でぶつかっていました。
いつもよりも、とても良い練習をしていたと思います。
やっぱり、やればできるのが子どもたちです。
そのやる気をいかにして出させるか。それがとても大切だと思います。
私は本気で、この子どもたちなら優勝できると思っています。
そのためには、彼女らにも毎日全力で取り組んでもらわなければ
なりませんし、私も全力で受け止めなければなりません。
おととい、センター試験でした。
一人の友人が会社を辞めて、センター試験を受験しました。
毎日14時間勉強してたそうです。それでも、足りなかったと。
もっと勉強しておけば良かったと言ってました。
高校総体など本番の試合で、悔いなくすべてやり切ったという
状態で試合に望めるように、これからも厳しく、指導して
いきたいと、思っています。
posted by miyagi-jr |15:26 |
高校生 |
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2008年01月18日
どうも。こんにちは。
半人前コーチ@マーケターとしても半人前です。
毎日がお勉強です。今日もお勉強中。
お勉強中・・・・(日記を書きながら・・・)
さて、来週は火曜日あたりに久しぶりに自分の
バスケットでもしようかなと考えておりますが、
次の日の筋肉痛による仕事への影響とか考えると、
結構怖いっすねぇぇぇぇ。
半年ほど前だったでしょうか・・・
私の高校時代のバスケ部のキャプテンに会いました。
彼は大学4年生の時、卒業する直前に娘が生まれ、
すでにパパ。まぁ、すごいですこと。3歳の娘か。。。
で、彼が真剣にバスケットをしたいと言い出したのです。
「25歳だと、体が本気で動かせるのも、あと5年か10年。
その間に、ただのクラブチームだけど、本気でバスケットを
やって、どこまで勝てるかやってみたい。
幸いにも優秀なプレーヤーも何人かいるし、結構乗り気だ。
すーさんも一緒に、勝負してみないか?」
久しぶりに飲み屋に呼び出されたかと思えば、そんな話で、
正直びっくりしました。結構、熱く語ってくれました。
僕も自分の体を動かすのは嫌いじゃないです。
確かに体が動かなくなる前に、限界まで動かしていたい。
すでに少しずつ動けなくなっているのを感じますし、
バスケットをできる機会を増やせるに越したことは
ないんだよなー。とも思います。
コーチとしても、クラブチームで経験するってことも、
何かしら得るものもあるでしょうしね。。。
でも、というか当然のことながら、やっぱりやるからには、
土日もしっかり練習を入れたいとのこと。
私は土日は東京におりませんから、それは無理なお願いです。
そしたら、彼は私にこう言いました。
「すーさん、コーチは40になっても50になっても
いつでもできるじゃん。でもね、自分の体を動かして、
自分に挑戦するのは、今じゃないとできないんだよ。
教えることはそれが終わってからでも、遅くないんじゃない?」
まぁまぁ、大げさな。。。プロでもあるまいし。。。
なんて言いながら、私もそういう熱いこと、嫌いじゃありません。
でも、私ははっきり断りました。
平日だけなら参加します。喜んでね。
だけど、土日はやっぱり子ども達の練習に協力したいです。
ま、私がいたっていなくたって、子供たちにとってはそんなに
大きなことではないかもしれませんけど。
「申し訳ないけど、やっぱり私は参加できないよ。
キャプテンはコーチはいつでもできるけど、自分でプレーを
するのは、今しかできないって言ったじゃない?
確かに、その通りだと思う。5年後だったらプレーできないかも。
でもね、今、俺が教えている中学生とか高校生とかにとったら、
高校で部活できる時間は今しかないんだ。
中学生が必死になって練習できるのは、今しかないんだ。
あいつらにとっては、いつでもじゃなくて、お前と同じように、
今じゃなくちゃ駄目なんだよ。5年後どころか、2年でも1年でも
遅かったら駄目、今しかないんだよ。
だから、俺も指導者の一人として、必要とされているうちは、
時間が有限なあいつらのためにも、今全力でやらなくちゃ
いけないんだ。
確かに5年後でもコーチはできるかもしれないけど、あいつらには
今しかない。あいつらがいなければ、俺はコーチじゃないからさ。」
5年後でも10年後でもコーチをしているかもしれません。
去年だって、一昨年だってその前だって、とても大切な1年でした。
今年はどうでもいい、なんていう年はありません。
だって、今年は3年生が勝負の年になる。
来年は、今の2年生が勝負の年になる。
その次は1年生、その次は・・・・・
必要とされているうちは、全力で走らなければいけない。
休んでいい年なんてない。
それはたまに自分を追い込んでしまうときもあるし、
立ち止まって休んで、思いっきり遊びたい時もあるけど、
やっぱり大好きなあいつらと一緒の時が一番幸せです。
あいつらに生かされてるんだと思います。
あいつらは、さぼりたい時も部活に来て辛い練習をしてます。
そしたら教えるほうも、休むわけには行かないでしょう。
だからもしかすると、自分のことなんて考えられるのは、
何年か先になるのかもしれないけど、それはそれで、
とても幸せなことでもあるんじゃないかな。
と、思ったりしています。
posted by miyagi-jr |14:20 |
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2008年01月16日
どうも。こんにちは。
半人前コーチ@恵比寿の職場で昼休みです。
いやいや、寒いですね。とっても。
私の部屋にはハロゲンヒーターしかないので・・・
いくら東京と言っても、結構厳しいです。
さて、この3連休は高校生のチームの方で
試合がありました。金曜日の夜行バスで帰って、
朝8時の練習を見に行くのは、ちょっときつかった。。。
ま、仕方なし。
で、結果のほうですが、残念ながら準決勝で破れて
しまいまして、結局3位で終わってしまいました。
くぅぅぅぅ。悔しいですね。。
でも、やっぱり相手が上手だったことは認めざるを得ません。
具体的な戦術的敗因は記載することができませんが、
うちは、チームに一体感がありませんでした。
それから、1対1で逃げている選手がいました。
これが1番、残念なことでした。
私が数年前に読んで、今でも参考になるなと思う記事があります。
岡田武史監督が1997年に就任した時のことなどが書かれた記事です。
あまりに遅すぎた監督交代
W杯アジア最終予選第3代表決定戦では、岡田監督の采配がひときわ
光った。カズ、中山の同時交代、延長戦での岡野投入……。すべては
状況に流された感情的なものでなく、理詰めのものであった。
「加茂周監督を更迭し、残りの試合の指揮を岡田君にやってもらう…
…」 10月4日。上気した面持ちの長沼健日本サッカー協会会長の口か
ら、振り絞るような声が発せられる。この発言が会見場の淀んだ空気
を緊張感に孕んだものに変えた。それはあまりにも突然の“人事”だ
った……。
10月5日夕方、ウズベキスタンの首都・タシケント郊外のトラクタ
・スタジアム。この老朽化したスタジアムと呼ぶのがはばかられるよ
うなグラウンドに新監督・岡田武史の姿があった。飛行機便の都合で
、この練習に間に合ったのは、わずか数人。監督交代から一夜明けた
ばかりというのに、新聞記者は誰もいない。
だからだろうか、落ち着いた雰囲気のなかで練習は進んだ。「3年
間やってきたことを1週間で変えられるわけがない」「正直、先の試
合のことなど考えられない。次の試合のことだけ」「正直言って誰か
のためにとかそんな余裕はない」……。
何度も「正直言って」と前置きしながら話す岡田の顔は明らかに緊
張してこわばっていた。
このとき、岡田は突然自分に回ってきた大役に、心なしか迷ってい
るふうでもあった。
1997年9月に開幕したフランスW杯アジア最終予選。日本は開幕二
戦を一勝一分で乗り切る。ここまでは計算どおりだった。ところが、
韓国戦での逆転負けから状況は一変。この敗戦を機に、選手たちから
は、以前のような自信に満ちたプレーは消え、何か組織と呼ぶにはあ
まりにも脆い、ただの“集合体”としてのチームになってしまった。
10月4日のカザフスタン戦では、ロスタイムに同点ゴールを喫して
引き分けている。
監督の采配ミスが直接の要因とはいえ、たった一試合の敗戦で、こ
んなにもなってしまうものなのか。
伏線はあった。
97年に入ってからの日本代表チームは、結果こそ残していたものの
、実は順風満帆と言える状況ではなかった。96年末のアジアカップで
惨敗した後、選手と加茂監督との間には大きな溝ができ、選手は加茂
の指揮官としての力量に不信感を強めていたのだ。取材の場で、私は
何度となく加茂に対する不満の声を選手から聞いた。
ブラジル人選手たちはよく「チームはファミリー」と表現するが、
残念ながら当時の日本代表は「ファミリー」という言葉とは懸け離れ
た状態だった。一次予選こそ絶対的な実力差で勝ち進んだものの、実
力の拮抗する最終予選を無事通過するには、あまりに危険な“病巣”
を内部に孕んでいたのである。しかも加茂周監督は選手と積極的にコ
ミュニケーションをとるタイプの監督ではなかった。そのため、ギャ
ップは広がりこそすれ、縮まることはなかった。
加茂の代わりに、選手とのコミュニケーション役を担っていたのが
、当時コーチの岡田だった。彼はそれぞれの所属チームを訪ね、選手
と個別に話し合いの場を何度も持った。その結果、選手たちも「オカ
ちゃん」と親しみを持って岡田を呼ぶ関係が出来上がっていた。
もっとも当時のそれはあくまでもコーチの岡田に対しての“兄貴分
”的な親密間であったのだが。
そんな、伏線あっての韓国戦の逆転負けだったのだ。国内メディア
では、「電撃的な監督交代劇」と報じられたが、事情を知っている者
にとっては、むしろ遅すぎた人事であった。
予選前に楽観視されていたW杯は、いつの間にか暗雲の彼方に消え
入りそうに霞んでいた。しかもチーム状態はどん底……。そんな状況
で岡田は監督に就任したのである。
“ファウル”なき実戦練習の効果
話を10月5日に戻そう。 緊張した面持ちで話す岡田は、何から手
をつければいいのか、いや何かをすることによってチームを蘇らせる
ことができるのか、暗中模索しているように見えた。
そして突然虚空を眺めるように、「加茂さんと一緒に僕も納得して
やってきたこと」と話した。そう、これは忘れてならないことだが、
岡田は加茂前監督とコンビを組むコーチだったのだ。当然、岡田にも
責任はある。しかも岡田は加茂に呼ばれて日本代表のコーチという要
職に就いたのだ。いわば加茂は岡田にとって恩人である。 岡田は加
茂と一緒に辞めるつもりだったという。この責任はボス同様、自分に
もある。ボスがクビなら俺も当然……。
岡田は監督就任を要請する会長らに対して、はっきり言ったという。
「私はあなた方に要請されてコーチになったのではなく、加茂さん
に呼ばれたのだ」と。
恩人・加茂に対する義理と自分のボスを切った上層部に対する反骨
心。「岡田なら断らないだろう」と場当たり的に監督就任を要請して
きた協会上層部に対する「なめられてたまるか」というプライドも彼
のなかで頭をもたげたに違いない。
一国の代表監督になる名誉は大きい。だが、岡田が監督要請を受け
たのは野心的な利己のためではない。彼は自分なりの筋を通そうとし
たのだ。ただし彼の“筋”は義理人情に縛られることではなかった。
日本サッカーがW杯に出場すること。そのために何がベストか……。
遠く離れた中央アジアに新しい監督を呼ぶことはビザの関係からも
無理だった。もし岡田が固辞すれば日本は監督不在で戦わねばならな
い。しかもこのチームを加茂とともに3年間つくってきた蓄積もある
。
いずれにしても岡田は次のウズベキスタン戦まで暫定的に監督を引
き受けるしかなかった。事実、この時点では日本へ帰れば次の手(新
監督)が打たれる可能性が高かったのだ。
翌10月6日。何かが変わっていた。空気がピンと張り詰めている。
紅白戦では実戦さながらのタックルが浴びせられ、何度も選手が倒れ
た。その緊張感の発信源は岡田監督。少し動いてはゲームを止めて、
「そこまで動いて駄目ならサイドへ出せ!」「OK!そのままやるぞ
!」と厳しい口調で檄を飛ばす。誰よりもいちばん声を出し、走り回
って、ピッチを引き締めていた。
あとになって岡田は「選手に精神的なタフさを植えつけるために練
習ではファウルを取らないようにした」と明かしたが、この日を境に
日本代表のトレーニングは、とても大事な予選の真っ最中とは思えな
い激しいものとなっていった。
練習後、岡田は「ミーティングで気合を入れすぎたかな」と笑いな
がらも、「1対1でファイトしない選手は使わない」「練習が始まった
ら私語を慎め」「自分の荷物は自分で持つ」などと選手へ告げたこと
を話した。そして「根性主義と思われても困るのでこのくらいで」と
軽く笑いを取った。その顔からは前日の思い詰めた様子はなかった。
それどころか、落ち着いてすっきりとした顔だった。
岡田は常々こう語っている。
「私はつねに目標を先に決めます。そこからその目標を達成するため
に何をすべきかを決めていきます」
また、
「目標というのは手が届くか届かないところになければならない」
突然降りかかってきた監督就任に、彼はまず自分の気持ちを整理し
、けじめをつけ、それから監督としての仕事、つまり目標(ウズベキ
スタン戦に勝つために必要なこと)を設定し、何をやるべきかを試合
までの日程のなかで具体的にスケジューリングしたのだ。それができ
たら、あとは行動するだけだった。
だからこそ彼の顔から悩みの色が消えたのである。
「初めに話したのは精神論である」
まず初めに手をつけたのが選手の意識改革だった。予選中、岡田は
「根性主義」ととられることを嫌がったが、帰国後「スポーツにおい
て根性とか精神とかいうのは古いと言われていますが、私が監督に就
任して初めに選手に言ったのは、戦術でも戦略でもなく精神論でした
」と明かしている。要するに戦う姿勢である。どんなに組織サッカー
を標榜し、高度な戦術を駆使しても、個々の選手が目前の相手と戦え
なければ、チームとして勝利を掴むことなど望めない。
岡田が「1対1でファイトしない選手は使わない」と告げ、練習では
ファウルすらとらなかったのは、戦術に凝り固まった選手たちに、も
う一度原点である「ファイトすること」を思い出させるためだったの
である。その結果、西澤明訓、中西永輔の2人が負傷で離脱する事態
となったが、岡田監督は「11人になるまでやる」と練習を緩めること
はなかった。
“希望”という文字を最後まで捨てなかったのは、選手でもマスコミ
でもなく、サポーターたちではなかっただろうか。今予選で「背番号
12」が果たした役割は大きい。
もちろん根性論だけで勝てると踏んでいたわけではない。精神面の
立て直しと同時に、戦術面の再構築にも岡田は取り組んだ。ベースと
なる戦術は加茂前監督と変わらなかったものの、パターン化し、硬直
化していた動きをフレキシブルに転換した。その原点とも言えるのが
岡田監督がしきりにやったハーフコートのミニゲームである。狭いエ
リアのなかでは、じっとしていてはパスを通せない。一見、軽い調整
練習に見えて、選手たちはパスを出しては次のスペースへ動き、空い
たところに他の選手が入ってくる……といった繰り返しを続けなけれ
ばならない。ここで体得した動きが、この先、実際の試合で生かされ
ることになるのである。
また選手の意識を統一するために、ミーティングでは、ビデオを見
せ、問題点を指摘しながら次の戦い方を指示した。そうしたことを一
つ一つ地道に積み上げていったのだ。
W杯出場が決まったあと、「岡田マジック」などという表現がもて
はやされたが、彼がしたことは決してマジックなどではない。
彼は一つ一つ手順を踏んで、その結果として偉業を成したのだ。岡
田監督はその能力に長けていたのであって手品を使ったわけでも、ま
たサッカーの戦術において突拍子もないアイデアを出したわけでも何
でもなかったである。それをマジックと言うのは怠慢者の言い草だろ
う。何かを成し遂げた者は、その陰で必ず地道な何かをしているもの
なのだ。
称えたいのは岡田監督の人間性だ。普通の人間ならパニックに陥り
そうな状況のなかで、冷静に情勢を見極め、チーム状態を把握し、相
手の分析をし、自分の能力までも含めて、正しく判断できた岡田の器
の大きさにこそ、私は感銘を受ける。
そして、もう一つ付け加えるならば、彼には行動力があった。決断
力と言ってもいい。初采配となったウズベキスタン戦。岡田監督は中
田英寿、呂比須ワグナーという攻撃の中心選手2人をベンチに置いた
。彼は後半15分頃に2人をフィールドに入れるつもりだったという。
だが岡田は予定より7分早く中田と呂比須を送り出した。そして、そ
の2人の活躍で日本は同点に追いつき、勝ち点一を拾った。
彼はいつも迷っていたと思う。第三者が想像するよりもずっと迷い
あぐねた揚げ句に決断していたに違いない。ただし、その決断は「え
いやっ!」という粗放なものではなく、集められるだけの情報を集め
、考えられるだけの分析をした末の決断だった。
決断力とは迷わないことではない。散々悩み迷った末に、材料をき
ちんと分析し、冷静な判断を下す勇気のことなのではないだろうか。
イラン戦直後のインタビューで「孤独でした」と思わず漏らした岡
田はのちにこう語った。
「監督というのは非常に孤独な仕事です。いろいろな人がサポートし
てくれたり助言をしてくれたりする。でも結局、決断を下すのは全部
自分なんです。誰も助けてくれない。この面でとても精神的な強さを
求められます」
岡田はその強さを持っていた。
そしてその強さは、自信が生んだ。
「四六時中サッカーのことを考えていた。夜に目が覚めてメモをとる
こともありましたよ。でも、その瞬間、『今、世界中でこんなにサッ
カーのことを考えているのは俺しかいないんだ』と思うと、不思議に
自信が湧いた」
試合中、彼の下す決断は前向きなものが多い。サッカー的に言えば
「攻撃的」である。それは加茂前監督とは対照的なものだった。前監
督の選手交代は、あの韓国戦の秋田豊投入に象徴されるように守備固
め的な交代が多かった。いや楽勝だった緒戦と韓国に逆転されたあと
のFW投入以外はすべてそうだった。だが、岡田は初采配のゲームで
攻撃的な交代をし、成功した。
「俺は1対1で戦えない奴は嫌いだ」
「俺のことをどう思おうと構わない。嫌だったら帰ってくれていい」
と選手に“啖呵”を切ったあたりにも岡田の性格が見える。
彼はあの容貌からは想像し難いほど、負けん気が強く、大胆な性格
の持ち主である。だからこそ岡田が選んだ選択はつねに前向き、攻め
の姿勢がすべての選択の根底にあった。それを貫き通したことも勝利
に繋がった一因なのである。
「大胆かつ細心であれ、小心と粗放に勝利はない」
私事で恐縮だが、これは私が座右の銘としている言葉だ。岡田武史
は、それをまさに体現してみせてくれた。
http://www.president.co.jp/pre/19980100/01.html
選手たちに伝えたいこと、選手と自分の関係、チームの中での自分の
立ち位置。どれをとってもアシスタントコーチの私には、
非常に参考になることばかりです。
"目標を設定し、何をやるべきかを試合までの日程のなか
で具体的にスケジューリングしたのだ。"
これは、バスケットなどに限らず仕事でもそうですが、
目標を設定(ぎりぎり現実可能であるラインで)し、
そこからTo Doを細かく落とし込んでいく作業は、
目標達成に必要な、最初のプロセスだと思います。
それを明確にせずに進めていくと、予測と実際のギャップを
把握できず、修正の作業や分量も曖昧になってしまうため、
目標達成の確率が下がってしまうのでしょう。
試合の対策には外的要因(競合の特徴の把握や対策など)
も考慮に入れる必要があるかもしれませんが、
チームカラーの確立や強化には、内的要因、特にチームの
モチベーションや個々の成長具合などによって、
細かく対応することが必要かと思います。
それが、それぞれの精神面を育てるのだと思います。
それができない、もしくはそこに視点を置けない指導者は、
指導者の資格が無いと言っても良いとも思っています。
僕はそのくらい、個々に対するフォローを重視しています。
私が目の当たりにしているのは、日本代表ではなく、
一般的な中学生や高校生です。
代表のように選手同士の組み合わせ+αということではなく、
その個々をどうやって育てるかということが重要だと
いうところが大きな違いだと思います。
(代表監督の仕事なんて、想像もつかないですが・・)
”1対1で戦えない奴は去れ”
これも、技術的に足りないのか、技術は足りているのかに
よっても、対応は変わってくるのだと思います。
それを一概に「精神的な弱さ」といっては、それは
今後の指導には活かせません。
できないことの要因の
"集められるだけの情報を集め、考えられるだけの分析"
をした上で、その解決に望むべきでしょう。
1対1で戦えなければ、試合で勝てるわけがありません。
そんな選手は試合に出すことができませんし、指導者としては、
ではどうすればその選手を育てられるか、そしてその集結として
どのようなチームを作るのか。
ビジョンの明確化とそこに進むまでの戦術の細分化と実行
そして、モチベーションの共有。
その全体指揮者として、大きな責任を感じた3日間でした。
posted by miyagi-jr |14:38 |
高校生 |
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2008年01月11日
どうも。こんばんは。
半人前コーチ@恵比寿です。
そうそう、仕事場が恵比寿に変更となりましたので。
お近くの皆様、ご連絡ください。
さて、わが地元では明日から県の新人戦があります。
私も試合前に子どもたちの練習に・・・・
とか言いたいのですが、今日の夜は歓迎会を催して
いただくため、明日の新幹線でしか帰れません。
本当は練習見なくちゃいけないのに。。。
ごめんね。子供たち。
今年の宮城県の高校女子は、実力的に見たら、
多分うちの高校は2番手。
大型センターのいる地区大会優勝校が1番手。
そして、インターハイ常連校が3番手。
でも、全国大会で一番通用するのは、今年はうちの
子供たちだろーなーと思ったりしてるんですけどね。
思ってるだけでは何も変わらないのが、この世の中。
月曜日の準決勝、決勝でいい結果を残すことが、
上記のことの証明にもなりますし、何よりも
子どもたちの自信、モチベーションとなるはずです。
そのための対策も十分に・・・・と言いたいけど、
明日明後日で伝えるしかないのが、サラリーマン
コーチの弱さですね。
でも、環境になんて負けませんから。
そういえば余談ですが、今年もたくさんの年賀状を
子どもたちから頂きました。ありがとうございます。
いろんなことが書いてあって面白かったです。
メールとか、はがきって、普段いえない本当のことも
書けちゃったりするんですよね。
年賀状を返したところ、ある教え子から「宝物にします」
ってメールで返ってきました。書いてあった内容に
感動してくれたらしい。
ぷぅっ。 かわいいもんですね♪
さ、みんな、明日からがんばろうな。
posted by miyagi-jr |19:30 |
高校生 |
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2008年01月09日
皆様
あけましておめでとうございます。
半人前コーチでございます。
昨年度は皆様からご意見やメッセージを頂き、
誠に感謝しております。
本年も、私事で恐縮ではございますが、
目の前に起こっていることや、それから
世の中で起こっている出来事、スポーツニュース、
それらに対する考え、感想などをつらつらと
書いていこうと思っておりますので、
よろしくお願い申し上げます。
さてさて、今年最初の書き込みですので、
今年の目標でも書きましょうか。。。
まず、私個人の目標は、これ!
「普通自動車免許取得!」
自動車学校は卒業しましたが、学科で落ちております。
そのため、まだ免許を取得できておりません。
誕生日の前には1日有休を頂きまして、どこかに
免許センターに行きたいなと思っております。
そんなことはさておき、バスケットの目標はこちら。
「全国大会出場!」
高校生の方ですね。地区大会は2位でしたが、来週の
県の新人戦では是非とも優勝し、高校総体県予選の
第一シードを取りたいところです。
勝負は1月14日!その前に足をすくわれないように、
気を引き締めて参ります。
そして、中学生の方は、
「基本技術の徹底!」っすね。
中学生はみんな、自分のチームでちゃんと試合に出して
もらっているようですので、どんなバスケットにも対応
できるように、また、これからどの高校に進んでも良い
ように、基本の技術をしっかりと身につけさせたいと
思ってます。ハンドリングとかまた増やすからねぇ。
覚悟しておきなさいよぅぅ。ハンドリングも全力でやると、
腕とかも結構疲れるんですよね。
ってことで、総論的な目標はこんなところでしょうか。
それから、人口減少社会における教育においては特に、
異世代間コミュニケーションが重要となってくると
考えています。
部活動やスポーツ少年団も1つの「コミュニティ」として、
自分の両親のみならず、チームメイトの家族や学校関係者、
地域の方々などと関わりあう一つの「教育的空間」として、
子供たちにバスケット以外にも、多くの機会を提供していきたいです。
blog閲覧者の皆様、私ごときのつたない文章ではございますが、
今後もご愛読のほど、よろしくお願い申し上げます。
posted by miyagi-jr |01:40 |
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