2007年08月28日
どうも。こんにちは。
半人前コーチ@空腹に耐えられそうにありません。
おにぎりをMTGの前に食べちゃおうかな。。。
おにぎりのお米は、中学生のお母様や高校生のお母様が、
私のお家に届けてくれるものです。
いやぁ、ありがたや。ありがたや。
収穫の時期が待ち遠しい!!!なーーんてね。
さて、そんなお母様方に支えられている我がチームですが、
私が教えているスポーツ少年団は、土日の夜に練習をして
おりますので、父母の方々のご協力無しには運営できません。
それぞれ部活が終わってからの練習となりますので、
6時半~9時という、ちょっとご家族の方々にはご迷惑がかかる
お時間にしか、練習時間が取れないのが現状なのです。
(私が土日しか仙台にいないという都合もあり・・・)
その現状の中で、たまーに目にするのが、子供達と
お母様方とのやりとり。特に自分の母親以外の方(当番の方)
とのやり取りは、他の部活のチームなどに比べれば、
多いのかなぁ。という印象を受けます。
私は学生時代、社会やコミュニティ形成に関する研究をしていました。
(卒論は「オンラインコミュニティが地域コミュニティの
代替として機能することは現実となるか?」でした)
元々はコミュニティは、血縁や地縁など「家系」と「場所」から
大きく離れられないものでした。ですが、高度経済成長期以降、
移動手段や通信手段、流通経路の発展によって、コミュニティの
ファクターから「地縁」という部分が徐々に衰退していきました。
ま、この総論は置いておくとしても、特に都市部においては
近所付き合いも少なく、地域コミュニティは衰退の一途を
たどっているように思います。我が地域とて、例外ではありません。
それを「教育」という観点で見た場合、(定量データはないですが)
私の実感として、自分の親はもちろんのこと、近所の方や、
友達のお母様と接することから、社会性など学ぶことも、
多かったように思います。また、多くの人と接する方が、
多くのことを学べるのではないかと思っています。
地域コミュニティの衰退は、-「社会性」を学ぶ機会の損失-
と言い換えることも出来るかもしれません。
ただ、それは地域に属さなくとも、そこに一定量の大人と子どもが
介在するコミュニティがあれば、代替の機能は果たせるかと思います。
そのためには、コミュニティが成立するための構成員共通のモチベーション、
すなわち何らかの「縁」が必要となります。
これまではそれが「地縁」中心などでしたが、近年は「趣味縁」に
移行しつつあります。その一種として、特定スポーツを機軸として成り立つ
コミュニティが、私は「スポーツ少年団」の存在意義なのではと考えます。
スポーツ少年団が存在することにより、私は一人のコーチとして、
自分のチームの練習では足りないと感じる意欲の高い子供達の技術を
より一層伸ばしたり、人と同じ練習では他の部員に追いつけないと感じる
子供達に基本技術を教えることが一つの役割です。
ただ、学校の違う子供達同士、環境が違う子供達同士、もしくは
そのお母様方とコミュニケーションを取ることによって、社会性を
学ぶことが出来る機会の創出と、それをより多くの子供達に伝えていく。
また、次の子供達のためにも、より多くのOB/OGにも積極的に参加してもらい、
多くのことを子ども達に伝え、「還元」してもらう。
そういう空間を作っていく、守っていくことも、一つの役割ではないか。
というのが、私の考える理想のチーム(コミュニティ)の姿です。
まずは、子供達に喜ばれるチームを作ることが一番です
(実際うちの子供たちは、とても楽しそうにバスケをしています)が、
本当に子供たちのこれからにとって必要な環境は何なのか?
もう少し、熟慮して、試行錯誤したいと思います。
posted by miyagi-jr |13:10 |
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2007年08月23日
昨日、自宅に帰ると、サッカーがやっていました。
全然知らなかった。最近、テレビ見てないから・・・
でも、昨日のオリンピック代表の試合は、正直
見ていて非常にストレスが溜まりました。
セルジオ越後氏も言ってましたが、なぜ左サイドのポジションに
本田選手が、そして、若干守備に意識が行っていたのか。
家長選手をそこに置いて他のオプションが無かったのか。
私はサッカーは素人ですが、攻め倦んでいるのは手に取るように
分かったので、ストレスの溜まる試合でした。
最後は、ベトナムに押し込まれてましたしね。
試合後の反町監督のコメント。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/kaiken/200708/at00014365.html
「完成形に至るには、まだまだ足りない部分が多い」
おっしゃってることは、分かりますよ。
確かに、完成形に至るには、足りない部分が多い。
でも、昨日の試合は、その完成形がどういう形なのか、
それすら見えない試合でした。
私もバスケットの指導者として、例えばディフェンスである形を
目指していて、練習試合の段階で評価するのはまだ早いな?と、
感じることはあります。
ですが、チームとしての「意図」見えなければ、試合自体の価値も
半減、いや、それ以下になってしまうのではないかと思います。
昨日の試合には、チームとしての「意図=方向性」が見えませんでした。
「意図」が見えれば、完成でなくても、途中段階では仕方なし。
と思えますが、意図も見えなければ・・・・
オリンピック代表がどこに向かいたいか、全く見えない試合でした・・
posted by miyagi-jr |13:17 |
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2007年08月23日
こんにちは。今日は朝から涼しいですね。
東京電力もほっとしているでしょう。
半人前コーチ@父は電力社員です(東北の)
さて、今日は朝からいろんなニュースで「がばい」って言葉が
飛び交ってましたね。NHKのアナウンサーまで・・・
私は仕事で見ることができませんでしたが、見ていれば
痛快だったことでしょう。
広陵高校もがんばった!ピッチャー、かわいい顔して、
「したたか」そうな感じがして、良かった!
熱湯甲子園、久しぶりに見てしまいましたYO!
ところで、佐賀北高校は公立高校で進学校、もちろん特待生も
一人もいないらしいです。今年は特待生事件で揺れた年ですから、
新聞などにも書かれるだろうな、と思っていましたが・・・
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/hs/headlines/20070822-00000087-kyodo_sp-spo.html
はい、やっぱり書かれているようですね。
公立高校、それも普通科!それはとても嬉しいことですね!
全国の公立高校にも勇気を与えることだと思います!
でも、ここまでなぜ公立高校の優勝が騒がれるのでしょうか?
なぜ私立高校が優勝すれば何も言われず、
公立高校が優勝すると「公立高校が優勝!」と騒がれるのでしょうか?
例えば、(スポーツのインパクトが違うとはいえ・・・)バスケットでは
県立の能代工業が全国制覇しました。
ちょっとサッカー界のことは詳しくありませんが、良く名前を聞く
「市立船橋」は公立高校ですが、ここが優勝したら「公立高校が!!」と、
騒がれるのでしょうか?
当然、インターハイなどが無い「高校野球」「甲子園」の他スポーツとは
異なる注目度が要因してることもあるかともいますが・・・
私は公立高校がスポーツで活躍する場合には、2つのパターンがあると思います。
1.元々数十年前から強豪で、優秀な選手が集まってくる。
また、それを受け入れるハード(寮・下宿など)がある。
2.飛びぬけた実力のチームが無く、伯仲していて群雄割拠状態である。
(どのチームが勝ってもおかしくない。という状況)
恐らく、上記の1の場合においては、
優勝しても佐賀北のように騒がれることがなかったでしょう。
特に体育科があったり、学区外から数名が住民票を移すか何かして
入ってきた場合には、「私立と何が違うのか」、私を含めた
世間一般の印象としては、微妙なところです。
佐賀北の場合は、おそらく1番には該当しなかったのでしょう。
また、2.のような状況下だったのかと思いますが、
それでも、熾烈な県の予選を勝ち上がってきた佐賀北の優勝は、
このご時世において価値があると認められているのでしょう。
特に、前年度もその前の年も、県大会一回戦敗退と聞きましたし、
勉強もしなければならない優秀な進学校だとも聞きましたから、
その躍進は、賞賛と注目に値するべきものだと思います。
おそらく、上記を考えると、今回佐賀北高校の優勝が騒がれているのは、
私立高校と(上記1.以外の)公立高校のスポーツに対する環境が
あまりにも違いすぎている、という要素が一因として背景に
含まれていることがあるのではないか、と思います。
私は一芸に秀でることも、素晴らしいことだと思います。
ただ、中学・高校の時代にほかの事をさせずに、一つのことばかり
やらせることについては、私は疑念を禁じ得ません。
風の噂ではある私立高校では授業と称して所属する部活の練習を
させているところもあると聞きます。また、特待生は3年間、
メンバーが同じクラスという学校もあると聞きます。
(事実かどうかは分かりませんが・・・)
教育という視点で見た場合、それは本末転倒ではないでしょうか?
野球ばかりやらせていれば良いのでしょうか?サッカーばかり強ければ良いのでしょうか?
運動で結果を出せば、優勝で学校の名前が売れればよいのでしょうか?
私は特待生という制度には反対ではありません。
裕福ではない家庭の子どもは、進路を閉ざされてしまう可能性もあります。
それを考えれば、特待生制度というのも、あって然るべきかなと思います。
ですが、特待生をどのように扱うか?については、もっと考えるべきだと思います。
他の生徒と同じような時間を過ごさせることも、重要ではないでしょうか。
高校生として教えるべきことを教え、その上で個性を伸ばすことが
必要なのではないでしょうか?
(上記の噂が事実であったとすれば、ですが・・・)
また、野球用のグラウンドが2つある私立高校と、一つのグラウンドを
いくつかの部活で分け合っている公立高校(と、一部私立高校)では、
あまりにも環境が違います。
佐賀北高校は、大多数の学校と条件は変わらない、ごく普通の高校だそうです。
(テレビで見ただけですけど)
ですから、その優勝には非常に重い価値があると思います。
が、それ以前に、そのような学校が優勝して、すごいすごいと騒がれる、
(私立高校と公立高校が大きく環境が違うという認識が一般化するような)
今のこの現状についてを、危惧するべきのように感じます。
(という私も、私立高校のコーチですけどね・・・)
posted by miyagi-jr |11:59 |
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2007年08月17日
いやぁ、暑いですね。
埼京線、中央線にも徐々に人が戻ってまいりました。
そのため、車内も暑くなってましたね。
若干頭痛がしている半人前@大都会です。
先ほど日経ビジネスオンラインのバックナンバーを
お昼休みに読んでいると、こんな記事がありました。
賛否両論出るかと思いますが、是非お読みください。
【熱心なほど、教育に失敗する】
「愛情を込めて作った料理は、おいしい」
この言葉は、食べる人が作る人への感謝の言葉であって、愛情
を込めた料理が本当においしいとは限りません。これは園芸職人
が「精魂込めて花を育てれば、必ず綺麗になる」とはまず言わな
いのと同じです。腕の立つ園芸職人は、花をどのようにして育て
れば綺麗になるのかを、理論と経験から熟知しているものです。
聡明な読者の方にあえて言うまでもありませんが、料理にして
も園芸にしても愛情は必要なものですが、それさえあれば済むよ
うな十分なものではありません。むしろ愛情に酔いしれて、冷静
な状況判断ができなくなる危険性さえあります。特に教育の場合
の愛情は、注意が必要です。
教育熱心の親御さんというのは、古今東西います。教育に無関
心な親よりは関心を持っている親の方がいいとは思いますが、注
意が必要なのは、教育熱心の親御さんというのは、往々にして自
分が熱心であることに満足してしまいます。「自分は、これだけ
子供に愛情を注ぎ込んでいる」と自己陶酔しているのです。
教育ママやパパには認めたくないことかもしれませんが、子供
を成長させるのは親の情熱というよりは、その子にとっての成長
する条件や場なのです。親がいくら熱心になっても、子供にとっ
て感ずる体験がなければ、親の努力などは水泡にきしてしまうの
です。逆に、親が何もしなくても、子供がどこかで感ずることが
できれば、親の知らぬところで子供は成長していくものなのです。
--「何もしない」教育もある
先日、ある財界の人物を訪ねた時に、壁に掛っている力強い書
に僕は目を奪われました。筆者は世界的に有名なデザイナー、コ
シノヒロコさんでした。
「小篠さんは、弘子さんのみならず3姉妹が、それぞれ立派な
方で、有名です」
その話を訪問先で聞いて、子育て最中の僕は思わず興味を持ち、
質問してしまいました。「小篠さんのご両親は、どうやって彼女
たちを教育したのでしょうかね」と。その人は小篠弘子さんの親
友だと聞いていたからです。
答えを聞いて驚きました。
「何もしないこと。弘子さんたちは片親で、お母さんが家族の
生活のために1日中ミシンを踏み続けたのです。その忙しさから、
ご飯の時はイワシを焼いたらそれだけ。姉妹で喧嘩をし始めて、
仲介はしない。弘子さんたちがどうやって大きくなったかを、お
母さんは思い出せなかったそうですよ」
この話を聞いて僕が感じたのは、小篠さんのお母さんはもちろ
ん育児や教育を放棄したのではなく、子育てということを特別に
意識していなかったことだけなのだと。そして小篠さんたち子供
たちは、お母さんの生き方や、家族と一緒に積み上げてきた経験
を通じて自ら育ったのです。
「何もしない」の教育は放棄ではなく、親と共に、逆境を克服
していく意欲や忍耐力、感性を身につけさせているのです。子供
が育つのは、客観的な過程であり、親の主観的な思いではありま
せん。
--愛情に満足してはならない
愛情とは形がないだけに、思い込みでいくらでも膨らんでいく
ものになりやすいのです。恋愛で、片思いに悩んだり失恋して苦
しい時に「これだけ好きなのに、愛しているのに、なぜ」と思っ
たことは、誰しも経験があると思います。悲しいことですが、自
分の思いが相手にとって、何の愛情にもならないことはあるので
す。
ただならぬ情熱とエネルギーを注ぎ込んでも、教育に失敗する
ことはあります。主観的な愛情に自信を持つあまり、教育の客観
性を忘れた結果です。
子供により良い教育を受けさせようと必死になっている親たち
は、自分の生き方と日々の生活を軽視している傾向があります。
「自分たちはもう先が見えているから、あとは子供に人生をかけ
て夢を託す」という親の姿は、最も教育によくないのです。子供
に自分が失敗した時の心境や、それを克服する心がけを教えたと
しても、役に立つとは限りません。親子といえども別の人間であ
り、その子の人生と親の人生は、全く別なものだからです。
中略
学校の由来はまさにこの親の限界を打破するための仕組みです
。古代中国ではこの親の主観的思い込みによる弊害を避けるため
に、信頼のできる友人同士が子供を交換して教育しました。これ
が学校の始まりだと言われています。
教育は自分以外の人に施すものだと思う時に人は教育にふさわ
しくなくなっているかもしれません。熱心なほど。教育再生が叫
ばれている今、教育とは何か考えてみました。
私が上記の記事を読んで、最近のできことと共に感じたことは、
教育者(親も含む)の「客観性」、また子供達の「主体性」
(或いは、「主体性をはぐくむ場」)という点が重要である
ということを感じました。
先日、失うことの重要性というタイトルでも記事に書きましたが、
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/miyagi-jr/article/103
与えられているものが多い現代社会において、自分自身で何かを
発見させることの方が、重要になってきているように思えます。
そのためには、足りないものを与えることよりも、足りないときに
どうやってそれを補うかなど、子ども自信に考えさせることが
大事になってくると思います。「何もしない」ということも
そのためには、有効な手段なのかもしれません。
(自分の子どもがいない私が言うのもなんですが・・・)
客観性を欠き、教育熱心になってしまうと、子供達の
主体性を奪う結果になってしまいかねないですね。
技術を教える練習も必要ですが、ゲームライクなメニューを
なるべく多くして、自分達で何ができるか、何が出来ないか、
どうやればできるかなど、考えさせることが必要かもしれません。
熱心であることは、私は良いことだと思います。
そこに客観性を持たせること、そして、自主性を持たせること。
常に客観的に見れる装置をつけながら、私は指導に
熱心に全力投球したいと思います。
posted by miyagi-jr |16:08 |
中学生 |
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2007年08月16日
お盆期間中は、外出が少なくていいっすわ。
このクソ暑い中営業が続いたら、耐えられないかも。。。
さてさて、今週は若干余裕のある半人前コーチですが、
余裕が無い時だってあるんです。一杯一杯のとき、
悩んでいるとき。。。。
そんなときに力をくれるのが、教え子からのメール。
なんか、読んでると、やる気が出てくるんです。
特に、彼女達が「がんばるぞ!」って言っている
メールは、すぐに保護しちゃうんですよね。。。。
はい、親ばかならぬ、コーチ馬鹿?とでも言うのでしょうか。
すんません。
でも、純粋に子供達が前向きに頑張ってくれるのは
非常に嬉しいことですし、何か自分に対して課題が
見つかった時に、そこから逃げずにどうやって進んで
行くのか、ひたむきにかんばってる姿は、我々には
これ以上ない薬になり、勇気をもらえます。
例えば、、、、ある教え子が最後の高校総体の時に、
「なんで私は使ってもらえないの?」という子がいました。」
アシスタントコーチとしては、当然監督の意図を代弁して
納得してもらうのが本当の役割だとは思うのですが、
「私を使った方がいいって言ってきてよ」と冗談半分に
言ってきたので、(最後だから自分で言わせたほうがいいなと思い)
「自分でそんなことも言えない様な奴は、いいよ、使わないから。
確かにお前は誰が見ても一番声を出してがんばってるってことは認めるけど、
自分じゃなくて、人に頼るような奴には、応援する気にはなれない。
自分で直接言うくらいの気持ちがある奴なら、いくらでも応援するけどさ」
といって突き放してみました。
ただし、それを口にすることにより、良くない方向に動く可能性もあることも
しっかり伝えた上で、「俺だったら、何もしなければ何も変わらないから、
少しリスクがあっても、自分の気持ちを直接ぶつけるのにな。」と言いました。
(その後に「リスク」という言葉の意味を長時間説明したのですが・・・)
その夜、彼女からメールがありました。
今日スーさんに言われて、名前を呼ばれるのを
待ってちゃいけないと思った。
それに認めてるって言われて嬉しかった。
けどあたしわ認められる為じゃなく、試合に出て
プレーする為に練習してきたから、やっぱり監督に
言ってみる!
今日だって声かけてくれた皆にわ悪いけど、
3Pもカットインも決めたじゃん!て言われたけど
全然嬉しくなかった。100点目とかも関係なかった。
だから明日言うことにした!もし使って貰えなくても、
また東北大会まで努力する!!自分にわセンスも才能も
ないって分かってるけど、自分で自分を諦めたくない!
スーさんの言うように生意気とか思われるかもしれない。
正直そういう事を考えると怖い。
けど何かが変わる可能性があるなら、言わなくちゃ!
可能性0のままわ嫌だ!
きっと何かわ変わるはずだよね!
あたしわもっとチャレンジが好きだったはず!
チャレンジがなければ成功も失敗もない!
怖いけど言ってみる。ありがとう
今でも私は、仕事やバスケでも悩んでいることがあると、
このメールを見直します。すると、なーんか、次の
行動に出る勇気が湧いてくるんですよね。不思議なもんです。
子供たちに「やれ!やれ!」というのは簡単ですが、
それを率先してやってみせることが、一番の教材になるのなら、
これからも私は、挑戦を恐れずに進みたいと思います。
「可能性0のままわ嫌だ!
きっと何かわ変わるはずだよね!
あたしはもっとチャレンジが好きだったはず!
チャレンジがなければ成功も失敗もない!」
いい言葉です。
今度、パクッて使おう♪
posted by miyagi-jr |15:06 |
高校生 |
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2007年08月15日
まぁ、応援はしておりましたが、ここまで打たれたら、
一人のにわかファンとしても、仕方ないかなと思ってしまいます。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070815-00000010-nks_fl-base
防御率9点台、昨日も1回を5失点では・・・ねぇ。
彼はこのまま引退してしまうのでしょうか?
それとも、救いの手を差し伸べてくれるような球団はあるのか?
39歳、この年齢ではどのスポーツでもスピードなどでは
生きていけないと思いますし、そこで経験や絶妙なコントロールなどが
あれば、生き残る道はあるかとも思いますが・・・
個人的には、どんな事象でも、一度成功した場合、常に引き際を
意識していくべきかな。という考え方ですので、
気持ちとしては、潔く辞めて欲しい気持ちと、最後まで粘って欲しい
気持ちと・・・ちょっと複雑です。
ま、ひとまず桑田投手、お疲れさまでした。
どんな道にせよ、次の道を応援しています。
posted by miyagi-jr |14:04 |
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2007年08月14日
どうも。こんにちは。
半人前コーチ@お盆休みはありません。
8月10日~12日まで、仙台市と言っても仙台駅から
バスで1時間弱の秋保というところで高校生の
合宿がありました。
ここ数年は、元日本代表の大渕幹大氏をお招きし、
夏の合宿をお手伝いいただいております。
今年の合宿はディフェンスを中心としたドリル。
特に4対4のシェルドリルなどを数多くこなしました。
私は中学生の練習も見ながらの合宿参加でしたので、
あまり高校生を中心には見れなかったのですが、
合宿を通してディナイ・ヘルプの意識は確実に良い
方向に出てきていると思います。
ただ、これを継続して練習し、1試合継続できるかどうかが
これからの課題です。また、ディフェンスの後にいかに
攻撃へスムーズにつなげるか(fast break と early offense)
に関しても、しっかりとドリルを組む必要を感じました。
それにしても、女子高生とは思えないふくらはぎ・・・
モコモコしてます。(左から2番目以外は・・)
あぁ、かわいそう。。。。

posted by miyagi-jr |13:10 |
高校生 |
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2007年08月08日
どうも。こんにちは。
半人前コーチ@最近仕事に関して悩み中です。
この話も、追い追いここでしようかと思います。
さて、月曜日のお話ですが、私は会社のお休みを
いただいて、高校生の山形遠征に帯同してまいりました。
遠征といってもバスで1時間程度。同じ県内の、県南の
某体育館よりよっぽど近いような気がしましたが・・・
遠征先は山形大学。
山形大学は昨年は東北ではナンバーワンで、昨年のインカレでは
見事5位に入賞した強豪です。昨年も一度、相手をして頂きました。
(インカレ情報 http://www.intercollege.jabba-net.com/2006/ )
やはり強いチームと練習できるということは、学ぶことが多いですね。
うちのガードは、それなり県内でも通用する力は持ってますが、
山形大学のガードの坪谷選手からはボールを1回も取れません。
マンツーをされた時は、自分で点数を取ることもできません。
センターも同様です。センターの佐藤選手からは、中々リバウンドも
ポジションも取れません。また、ポストプレーが非常にうまいです。
コーチ陣も思わず「うまい!」とか言ってしまいました。
また、当然ほかの選手もシュート力はあるし、ドライブは速いし、
どのポジションでも相手の方が力が上。
このような経験は自分達の練習だけではできませんし、県内の
高校生同士の試合でも経験することは出来ません。
非常にありがたい経験でした。
そして、相手の力が上のレベルになると、面白いことに、
ゲーム数をこなしていくうちに、徐々にそのレベルに対応できる
ようになっていくから、子供達は不思議です。
たとえばマンツーからプレスに変更された時、最初の5分は
手も足も出ない状態でしたが、次に同じプレスを仕掛けられた時は、
スムーズに繋げるようになっています。
ベンチからもある程度は指示を出していますが、それよりも、
初めてのプレッシャーに若干面食らってしまっていたが、同じことなら
2度目は自然と対応できるようになっている、という感じでした。
慣れ、なんでしょうか・・・・??
同様に、うちのセンターも相手を見習ったのかどうなのかは
分かりませんが、最後の1ゲームは相手を背中にしながら足を入れて
ターンをして、何本かシュートを決めていました。
ガードもボールを自分で失うケースが少なくなりましたし、
自分では気づいてないかもしれませんが、最初の10分と最後の10分では
アウトサイドプレーヤーのターンオーバーが少なくなっていました。
試合をしながら成長しているんですね。
それから、やっぱり選手達の目が違います。
挑戦している試合のときの方が、内容もいいですし、目の色の違います。
去年やらせてもらった時には、ビビってる場面の方が多かったですが、
特に最後の10分は相手のベストメンバー相手にも良い内容で
終わることが出来ました。
今年は時間が少なかったですが、去年はゲームの後に大学生が1時間くらい
個別でうちの高校生達に様々な技術を教えてくれました。
選手達にはそれが何よりも嬉しかったようです。
(今年は時間が少なくて残念でした・・・)
百聞は一見にしかず、ですし、更に言えば
「百見は一経験にしかず」だと思います。
コーチから聞くより、色んな試合をビデオで見るより、
自分達が上のレベルの方々と実際にゲームを経験することが、
何よりもいい練習になるんですね。
(あまりにもかけ離れれてると、練習にならないかもしれませんが・・)
大神先生、ありがとうございました。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
posted by miyagi-jr |11:58 |
高校生 |
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2007年08月07日
おはようございます。高山@仕事も半人前です。
いやー、昨日の夜は余りにもプレステに夢中に
なってしまい、夜行バスに乗らずに朝の新幹線で
東京に帰ってきてしまいました。
昔の仲間達、ありがとう。
さて、週末はかなーり色々なイベントが詰まって
おりまして、暇をなくてよかったですが、せめて、
仙台七夕の前夜祭、花火大会には行きたかったです。
昨日は会社のお休みをいただいて、高校生の山形遠征に
帯同しておりました。これは、後日の日記に書くとします。
そして日曜日は、日中ずっとミニバスの試合を見ていました。
私の教えている中学生のチームに、唯一小学生で参加している
女の子がいて、そのチームが仙台で練習試合があるというので、
見に行ってきました。(その子の地区から仙台までは、車で1時間以上!)
彼女はそのチームのキャプテンですが、回りが下級生ばかりなので、
彼女自信のの得点の比率が必然的に増えます。
日曜日も3試合で70点近くが彼女の得点でした。
3試合目に関しては、チーム35点中30点が彼女の得点でした。
私も中学校、高校を教えるときに以前あったのが、絶対的なエースが
一人存在している、というケースです(今回のこのミニバスと同様に)。
その場合、特にミニバスや中学校の場合、どうゲームを作るかに迷う
ことがあります。
例えば私がこのミニバスの監督であれば、速攻のケースで1対2など、
相手の枚数の方が多い状態でも、彼女がボールを持っているケースで
あれば、「行っていいぞ!!」と言って勝負させるかもしれません。
ゲームが実質2対5や1対5の状態なので、それよりも決める確率が
高いかと思いますので。
ただ、このやり方で教えていると、パスのできないプレーヤーに
なってしまうというようなリスクが発生します。
そこで、ここ最近思うことがありまして・・・
高校生を指導していて感じることは、自分から攻めようとする選手が
いて、行き過ぎるのがたまに傷だな、という選手がいました。
自分からガツガツ行く選手に関しては、どういう状況では攻めても
いいけど、どういう状況ではパスを捌きなさい、ということを
教えてあげると、徐々にできるようになってくることが多いです。
逆に、まずは他の選手に・・・というプレーヤーの場合は、特に
高校生ぐらいになってから、自分で攻めるのが優先!と教えても、
中々見に付けるのは難しいです。
また、勝負どころではそうのような選手は、「個」で打開できない
選手になってしまうことが、多いように思えます。
(サッカーで言えば、柳沢選手でしょうか・・・)
特に上のレベルに言った場合、強烈な個がぶつかり合っている中で、
後者は輝く素材ではあるものの、表に出て来れない傾向があります。
とがっている素材は叩けば丸くなりやすいですが、丸まっている
素材を尖らせるのは、非常に難しい作業です。
ミニバスの場合、10人試合で必ず使わなければならないので、
当然、チーム全員のモチベーションを保つためのコントロールも
大事とは重々承知しておりますが、個の能力を伸ばしてあげるためには、
棘があっても、自分で勝負を決めようとする選手を育てる方を
優先させた方が、将来の子供たちのためになるのかな、と感じた日曜日でした。
posted by miyagi-jr |15:23 |
中学生 |
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