2007年01月31日

若年層の海外移籍について

森本君、セリエAでの衝撃デビュー!
素晴らしいですね。かわいいですねぇ。
18歳でセリエAでゴール。すごいです。

そういえば、グルノーブルには日本の至宝(?)が
二人、入団しますね。梅崎君と伊藤君。

私はサッカーについてあまり詳しく分からないのですが、
梅崎君の移籍と、伊藤君のグルノーブル入団に関しては、
ちょっと疑問と言うか、不安を感じました。

あくまでも1一般人として、サッカー経験者の方などの
ご意見を聞きたいのですが、私の個人的な感想としては、
ちょっと外に出るのは早いのではないかな。
と感じてしまいました。

グルノーブルのことを良く知らないので、何もいえないのですが・・・
例えば伊藤君がアーセナルに入団。というのであれば、
当然名門チームですし、当然ながら下部組織まで充実して
いるので、入団後も教育してくれるという勝手なイメージが
あるのですが、グルノーブルは2部ですよね?
でもおそらく、試合には出るんですよね?

試合に出ることはいいと思うのですが・・・
これも例えばですが、スポーツは違うとは言え、
自分の教え子が、かなりレベルの高いのも何人かいますが、
今の段階ですごく有名なところから声がかかったとしても、
「お前、まだ他にやんなきゃいけねーことがあんだろ!」
と言ってしまうと思います。

また、若いうちの劇的な環境変化は、大きなプラスにも、
大きなマイナスにもなりえるように感じます。

Jリーグなどでもう少し学べることがあるのではないでしょうか?
Jリーグで基礎的な部分の習得と、十分な実績を積んでからの海外
でも、遅くはないのではないでしょうか?
と言いたいのですが、サッカーのことは分からないので、
この辺をどなたかに意見をおききしたーい。

中村とか、中田とか、日本でも十二分に実績を
残している選手の海外移籍には、全く異論がないのですけどね。

若年層の海外移籍は、ちょっと疑問を感じてしまいます。
どなたか、ご意見くださーい。

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posted by miyagi-jr |12:13 | その他 | コメント(28) | トラックバック(0)
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2007年01月25日

捨て子の少女の死と・・・・

スポーツに全く関係の無いお話で恐縮なのですが、
当blogを一部指導者仲間にも見に来ていただいており、
現代の教育に必要なヒントをいくつか感じましたので、
あるニュースの掲載させていただきます。
スポーツと関係ない記事であることをご了承ください。



この記事は、農村に捨てられた女の子の成長と、それを育てた貧乏な農夫、
そして、女の子に生じた病にも負けず、深い絆で結ばれている二人の話です。

以下に記事の本文の一部を掲載いたします。




 1996年11月の四川省の寒村。若い未婚の男性農夫が草むらに捨てられた女の子の赤ちゃんに気づきました。赤ちゃんを育てるのは、貧乏な彼にとって重い負担。そう考える彼は何回も赤ちゃんを抱き上げては下ろし、立ち去ってはまた戻りました。最後、彼は命が尽きそうな赤ちゃんに呟きました。 

 「私と同じ、貧しい食事を食べてもいいかい」と。 

 独身のまま1児の父親になった農夫は、粉ミルクを買うお金もないため、赤ちゃんはお粥で大きく育てられました。病気がちな体は心配の種でしたが、聡明で近所からとてもかわいがられたのは、お父さんの救いでした。 

 女の子は5歳になると、自ら進んで家事を手伝うようになりました。洗濯、炊飯、草刈りと、小さな体を一生懸命に動かして、お父さんを手伝いました。ほかの子と違ってお母さんがいない少女は、お父さんと2人で家をきり盛りしました。

突然押し寄せた不幸-----
 小学校に入ってからも、少女はお父さんをがっかりさせたことはありませんでした。習った歌をお披露目したり、学校での出来事を話したりと、お父さんを楽しませました。そんな平和な家庭に突然の暗雲がたれ込みました。 

 2005年5月。ある日、少女は鼻血がなかなか止まらない状態になりました。足にも赤い斑点が出たため、お父さんと病院に行くと、医者に告げられた病名は「急性白血病」でした。 

 目の前が真っ暗になりながら、お父さんは親戚と友人の元に出向き、借りられるだけのお金を借りました。しかし、必要な治療費は30万元。日本円にして400万円です。中国よりずっと裕福な日本でも、庶民にとっては大金になるような治療費を、中国の農民がどうにかできるはずもありません。集めたお金は焼け石に水でした。 

 かわいい我が子の治療費を集められない心労からか、日々痩せていくお父さんを目にして、少女は懇願しました。「お父さん、私、死にたい。もともと捨てられた時に、そのまま死んでいたのかもしれない。もういいから、退院させてください」と。 

自ら治療を放棄すると退院-----
 お父さんは少女に背を向けて、溢れ出た涙を隠しました。長い沈黙の後、「父さんは家を売るから、大丈夫だよ」と言いました。それを聞いて、女の子も泣き出しました。「もう人に聞いたの。お家を売っても1万元しかならないのでしょ。治療費は30万元ですよね」と。 


 6月18日、少女が読み書きできないお父さんに代わって病院に「私は娘への治療を放棄する」との書類を提出しました。彼女はまだ8歳でした。幼い子につらい思いをさせてしまったことを知ったお父さんは、病院の隅で泣き崩れました。そして娘を救うことのできない自分を恨み、運命の理不尽に怒りを覚えました。 

 娘は生まれてまもなく実の父母に捨てられたうえに、貧乏な自分と1日も豊かな生活を経験したことがありません。8歳になっても靴下さえ履いたことがありません。それでなくてもつらい人生を歩まなくてはいけなかったのに、さらに追い打ちをかけて病に苦しめられるとは。 

 退院して家に戻った少女は、入院する前と同じように家事をし、自分で体を洗います。お父さんに、自分は勤勉で、かわいく、そして綺麗好きな娘として記憶に残してほしい。そう願いながら、1つだけお父さんに甘えました。 

 新しい服を買ってもらい、お父さんと一緒に写真を撮ってもらったのです。それもお父さんを思ってのこと。「これで、いつでも私のことを思い出してもらえる」と。 

70万元の寄付が集まり、治療を再開-----
 ささいな幸せの日々も、終わりが見え始めてきました。病気は心臓に及び始め、ついに彼女は学校に行くのもままならなくなりました。苦痛から、学校に向かう小道を、1人カバンを背負って立ち尽くすこともありました。そんな時には、目は涙で溢れていました。 

 少女の死が近づいたころ、ある新聞記者が病院側からこの話を聞き、記事にしました。少女の話はたちまち中国全土に伝わり、人々は彼女のことで悲しみ、わずか10日間に70万元の寄付が集まりました。女の子の命はもう一度希望の火が灯され、彼女は成都の児童病院に入院し、治療を受け始めました。 

 化学治療の苦痛に、少女は一言も弱気を吐いたことがありません。骨髄に針を刺した時さえ、体一つ動かしません。ほかの子供と違って、少女は自分から甘えることをしないのです。 

訪れた運命の日-----
 2カ月の化学治療の間に、何度も生死をさまよいましたが、腕のよい医師の力もあって、一時は完全回復の期待も生まれました。しかし、…。やはり化学治療は、病が進行し衰弱していた少女の体には、無理を強いていたのです。

化学治療の合併症が起き、8月20日、女の子は昏睡状態に陥りました。朦朧とした意識の中で彼女は自分の余命を感じます。翌日、看病に来た新聞記者に女の子が遺書を渡しました。3枚もの遺書は彼女の死後の願いと人々への感謝の言葉で埋め尽くされています。8月22日、病魔に苦しめられた女の子は静かに逝きました。 

 少女のお父さんは冷たい娘をいつまでも抱きしめ涙を流しました。インターネット上も涙に溢れかえり、彼女の死のニュースには無数の人々がコメントを寄せました。8月26日、葬式は小雨の中で執り行われました。少女を見送りに来た人にあふれ、斎場の外まで人で埋まりました。 

 女の子の墓標の正面には彼女の微笑んでいる写真があります。写真の下部に「私は生きていました。お父さんのいい子でした」とあります。墓標の後ろには女の子の生涯が綴られてありますが、その文面の最後は「お嬢さん、安らかに眠りなさい。あなたがいれば天国はさらに美しくなる」と結ばれています。


本文はこちらより引用させていただきました。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20070122/117394/


 これを書いた方も、本文中に書いてらっしゃいますが、お金が無くても人の心は育てられます。この少女はお金が無くても、人の心はしっかりと育てられていました。この少女は、多くの人々の心を動かしました。
 今の日本は、ある時より心よりも点数が優先されたため、その弊害が出てきているのかもしれません。
 また、人間関係が希薄になり、互いに支えあって生きている自覚も無いのかもしれません。感謝する心が育っていないのかも知れません。
 我々が今、子どもたちに残さなければならない、教えなければならないことは、何なのでしょうか。

 この少女が我々には何か大きなものを、残していってくれたような気がします。

 少女のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

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posted by miyagi-jr |14:54 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年01月22日

「楽しい」を教えるために

以前から何度か書かせていただいておりますが、
初めて読んでいただく方のためにご説明させていただくと、
私の教えている中学生のバスケットボールチームは、
スポーツ少年団で学校には属していないため、多くの
中学校から、様々な技術レベルの子どもが集まってきます。

(高校はある学校の部活を指導しています)

そのチームは、とても上手な子から、最近初めてみんなに
追いつきたい!という子まで、レベルは異なるのですが、
みんな、もっとバスケをしたい!という気持ちは同じです。

また、最近は知り合いのミニバスのチームの2、3年生にも
教える機会があるのですが、やはり「飽き」てしまう子など
が多く、最近の子どもの傾向があるのかなぁ、と思ったりします。


どうすれば、バスケットを楽しいと思ってくれるのか。


例えば自分の場合は、小学校4年生の時にミニバスのチームが
できて、練習をすればするほど回りのメンバーより上手くなるのが
目に見えて分かったため、バスケットを楽しく感じました。

おそらく、同じように今の子どもたちも、自分自身で認識が
できるような成果があれば、練習も楽しいと感じてくれるのでは?
と、ここ最近考えています。

そこで私は、小学生にも中学生にも経験が浅いものには、最初の
1時間は必ず「シュート」の練習をさせるようにしています。
やはり、1番面白い練習ですし、私個人的には、1番すぐに
成果が現れる練習だと思うからです。

特にゴール下やフリースローなどは、未経験者には少し教える
だけで、見違えるように入るようになったりします。
このような体験を最初に植えつけることで、まずはやる気と、
充実感を与えることができることを知りました。

その後、シュートだけでは試合は出来ないので、難しいけど、
ドリブルとパスの練習をしよう。と練習させると、結構みんな
真面目に取り組んでくれているようです。

また、小学生などはそのような体験を家でお話しているようで、
成功事例を与えることで、ご父兄の方からの信頼も高まります。

当然、最終的には厳しい練習に耐え、勝利することや、
自分の力を伸ばすことが、「楽しいこと」と教えるのですが・・
まずは身近な「楽しい」体験を与えることが、厳しい練習にも耐える
モチベーションを与えているのかもしれません。

なんとなーく、最近このパターンでやると子どもたちがバスケを
やめずに続けてくれているので、ご紹介まででした。
指導者の方々、他に子どもたちのモチベーションをうまく上げる
練習などありましたら、是非教えてくださいね!

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posted by miyagi-jr |14:05 | 中学生 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年01月19日

オリックス 前川投手を解雇 ~無免許ひき逃げ・・・

オリックスとしては、当然の決断だと思います。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/npb/headlines/20070119-00000009-spnavi_ot-base.html


無免許運転でひき逃げ事故を起こしたなどとして、業務上過失傷害などの
罪で起訴されたオリックス投手・前川勝彦被告(28)=本名克彦=が18日、
拘置中の大阪府警南署から保釈された。保釈保証金は500万円。
頭を丸刈りにした前川被告は同署前で会見し「本当に申し訳ありませんでした」
と涙ながらに謝罪した。球団は契約を解除し、自由契約とする正式処分を発表した。
 真っ赤に目を充血させながら、何度も頭を下げた。衝撃の逮捕から12日。
署内で丸刈りにしてヒゲもそった前川被告は午後4時すぎ、南署前で会見。
「このたび、このような不祥事を起こしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
被害者の方にもご迷惑をおかけして、心からおわびします」と深々と頭を垂れた。
 言葉を詰まらせ、涙を浮かべて「球団、プロ野球関係者、プロ野球ファンの
皆さまにもご迷惑をおかけして、深くおわびします。今後、このようなことが
2度とないようにしたいと思っております」と続けた。現役続行には「今は
なにも考えていないので…すんません。すんませんでした」と話し、
約1分の謝罪会見を終えた。
 同被告の保釈を受け、大阪市内の球団事務所では雑賀球団社長と機谷球団代表が
会見を行い、統一契約書に基づいて同被告との契約を解除して自由契約とする
正式処分を発表。同代表が電話で同被告に通達、19日に手続きを行う。
また、雑賀社長と小泉球団会長、機谷代表を厳重注意および月額役員報酬の
10%を1カ月分自主返納(同会長は2カ月分)とする処分も併せて発表した。
 今後の裁判で確定する刑事処分を全うし、同被告は更生して社会復帰を目指す
ことになる。無免許運転でのひき逃げという重大性から解雇となる処分が下されたが、
同社長は「改心して本人が望み、社会的に許されれば」と将来的に再契約する可能性も残した。


まぁ、去年も日ハムにプレーオフ前に騒動を起こした投手がおりましたが、
彼の場合は刑事処分になるというよりも、社会人として、プロとしての、、、
というところに問題があったということでしたね。


今回の前川投手の場合は、無免許で、その上ひき逃げ。
「たら、れば」の話は意味はないですけど、もし死亡事故などになっていたら、
被害者にとって、「申し訳ない」では済まされないことですし、
(もしかしたら現時点でも済まされてないかもしれませんが)、
猛省の上、社会的制裁を受けて叱るべきだと思います。
そんなことをする選手に、野球選手と名乗って欲しくありません。


無免許運転をしていなければ、何の問題も無く、キャンプに参加し、
来期は野球選手として仕事をしていのでしょう。。。。


プロの選手が、その実力以外のことで騒動となることが最近多いです。
(昔からそうだったのでしょうか?)
子どもたちと接している指導者の立場としては、少しばかり、
残念な気持ちになってしまう事件が、多いような気がします・・・


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posted by miyagi-jr |12:43 | コメント(3) | トラックバック(0)
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2007年01月17日

時には、負けることも必要である

負けることも必要だと感じた一週間でした。 

1月8日に開催されたある小さな大会で、負けることが 
許されない相手に、初めて負けました。 
その試合自体は大きな大会ではないのですが、13日から 
別の大会があり、順当に行けば上記の相手と当たる 
ことになっていて、どうしても13日の大会で上位に入り、 
シードを取りたいうちとしては、13日からの試合では絶対 
に負けられないのです。 
その前哨戦となる8日の大会で負けたことは、選手たちも 
ショックを受けているようでした。 


しかし私は東京勤務(ちなみに9日は大阪出張)だったため、 
選手たちに色々伝えたいことがありましたが、仕方ないのですが、 
メールにて一つ一つのことを思い出しながら伝えました。 


・まずはこの敗戦を無駄にしてはいけないということ。 
・敗因をしっかり分析し、対応策を意識的に短期間で練習すること。 
・敗因は自分たちの意識の問題に多く存在していたため、 
 本人たちの切り替えで、短期間でも修正は可能であること。 
(具体的にはスクリーンアウトや繋ぎのタイミング、スクリーンの 
 ポイントなど、既に練習で習得したことを、どのタイミングで使うか) 
・1週間の中で修正するには、多くに取り組むのではなく少ないことを 
 徹底することの方が有効であること。 
・試合前のウォーミングアップから、しっかり声を出して望むこと。 
・スクリーンやカバー・ローテーションは必ず声を出すこと。 


ながーいメールになってしまいましたが、上記のことをキャプテンに 
メールしました。どうやらキャプテンは、それをみんなに伝えて 
くれていたようです。 
監督からも報告がありましたが、どうやらしっかりと意識して、 
実践してくれているようでした。 


そして、順当に勝ち上がった日曜日に、先週負けてしまった相手との 
再戦がありました。 


試合の前に私の所に子どもたちが集合しました。 
そのときに伝えたことは、 
「まずは自分たちのやることをしっかりやろう。今週意識して 
 やったことは、試合でもしっかりやろう。チームで走ろう。 
 リバウンドを取ろう。自分たちの課題をクリアしよう。 
 そうすれば、負けることは絶対に無いから。 
 先週負けた相手だけど、私は30点差で勝つと思います。」 


試合が始まりました。 

先週の試合と同じカードとは思えないような試合展開でした。 
終始うちのチームがリードし、終始こちらのペースで流れました。 
何度か凡ミスをおかしたものの、他の選手がしっかり戻り、カバーし、 
連続での得点を許すことが少なかったため、悪くても得点差は 
詰まりませんでした。 


課題としていた走ることも徹底されており、速攻が何本か決まり、 
それによってこちらに流れを寄せることにも成功しました。 
練習で倒れこむほど走っている選手たちは、試合の方が楽なようで、 
ペースが落ちることは全くありませんでした。 


前半終了。気づけば、20点のリード。 


ハーフタイム。 
相手の選手たちとは対照的に、子どもたちの顔が自信に満ち溢れていました。 
自分たちの行った練習が結果として出ていることで、一皮むけたチームに 
生まれ変わりました。先週までビビって突っ込まなかった選手が、 
一発目から、外れても自分でシュートを打ってきました。 
何もかもが、先週とは全く違う試合となりました。 


後半も、点差こそ思ったほど開かなかったものの、全員が満遍なく得点を 
取る理想的な展開で、安心してみていられる試合でした。 
終わってみれば、28点差。 
(最後のシュート決めれば30点差で予想通りだったのに!!馬鹿!!) 
選手たちは喜んでいるというよりも、ほっとしているようでした。 
実力では上回っている相手だけに、多少のプレッシャーがあったようです。 
ただ、それ以上に手に入れたものは大きかったのだと思います。 


「負けることが必要な時もある」 


口で言うのは簡単ですが、負けた後に成長を見せるのは、簡単なようで 
難しく、選手たちの強い意志と、団結力が必要です。 
しかし結果が出なければただの負け。負け惜しみにしかならない言葉です。 

私は実際には練習を見ることは無かったのですが、おそらく選手たちは、 
自分たちを追い込み、悔しい気持ちをバネにして必死に練習したのでしょう。 
それがしっかりと伝わる、そして結果になる。とても意味のある試合でした。 



次の日は、朝から毎年優勝している強豪校との対戦でした。 
実力的に大きな差は無い。思い切ってプレーしてきなさい。 
とは言ったものの、個人の技術に差は無いにせよ、ビビってしまわないか、 
正直不安でした(←子どもたちを信じないなんて、指導者失格です・・) 


ですが、いざ試合が始まってみると、ビビるどころが、前日まで同様、 
出場選手全員がしっかり攻めていました。しっかり走っていました。 
全員が引かずに、強気でプレーしていました。 
前半こそ五分五分だったものの、後半にセンターがファウルトラブルに 
なってからは点差が開き、結局15点差で破れてしまいました。 



この大会では、間違いなく選手たちは進歩していました。 
精神的にも一回り、いや二回り以上成長しているように感じました。 



時には負けることが必要だと思います。 
一つ一つの負けを無駄にせず、一つ一つ課題を克服させることが、 
指導者に取って大きな役割だと、改めて認識させられました。 
そして、それを克服していく選手たちにとって、少しでも 
力になれる存在であればと、願ってやみません。 

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posted by miyagi-jr |11:05 | 高校生 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年01月04日

無念の繰り上げスタート 2007箱根駅伝

皆様、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

さてさて、昨日も一昨日も、箱根駅伝を
テレビで拝見させていただいておりました。

私の母は、マラソンなどの長~く時間のかかる
競技を見るのは大嫌いです。でも、なぜか箱根だけは
毎年食い入るように見ています。
なんでも、母の友人の息子がその昔、箱根駅伝を
走って以来、毎年応援してしてるとのこと。

確かに、どのチームを贔屓するでもなく、みんなに
がんばれだの、上り坂がつらそうだねー。とか、
苦しそうだねーとか嘆いております。

今年の箱根、途中で「プレイバック」のようなコーナーで
99年に法政大学で襷を繋ぎきれずに目前で無念の繰上げ
スタートとなった大村(?)さんがコメントされていました。
選手が見えているにも関わらず、目の前で次の選手が
スタートする姿を見たときのショックの表情・・・
数年前の、リプレイだと分かっていても、母は泣いていました。

これがもし、自分の息子や知り合いだとしたら、多分、
そこまでの差の蓄積が20分になった結果としての繰上げでも、
その個人にとっては一生残る悔しさだろうし、それを思うと、
それだけで自分も悔しくなると言っていました。。。。


今年も悪夢が再び・・・・


9区から10区への鶴見中継所。
総合17位の神奈川大学・森津選手。
トップが通過してから19分の時点で、残り500メートル。
必死にラストスパート。(この時点で母は涙しながら、頑張れ!)

日テレの映像は次のランナー側から鶴見中継所を映す。
もうそこに、徐々に大きく、森津選手の姿は見えてきた。
しかし、残り200メートルを切るか切らないかのところで、
無念の繰り上げスタート・・・・・

私は駅伝やリレーの経験が無いから分かりませんが、
自分が次の選手に襷をつなげなかったらと思うと、ちょっと、
想像もつかない感覚っす。

例えば、バスケなら、残り1秒で1点差の場面でフリースローを
外してしまったり、サッカーなら最後のPKを外すような
感じでしょうか?
多分、自分のことを責め続けてしまうかも。

それともまた違う感覚なのでしょうが、比較するのも馬鹿らしく
なってきました。

私も一視聴者として、お涙頂戴のドラマを期待してしまう
一面もあるのですが、選手たちには精一杯頑張って欲しいですし、
森津選手には、来年こそ、大きなエールを送りたいと思います。


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posted by miyagi-jr |12:34 | コメント(4) | トラックバック(0)
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