2007年04月15日

黒人初のメジャーリーガー

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ジャッキー・ロビンソン


 ちょうど60年前の今日(4月15日)黒人初のメジャーリーが誕生しました。彼の名はジャッキー・ロビンソン。その当時の黒人差別は本当にひどかったようです。

 1946年ドジャースの会長に誘われ、ジャッキーは3Aの選手となりますが、スプリングトレーニングのゲームが3シーリーズ予定されていましたが、そのうちの2つの都市で彼が来るなら試合は中止だと決めたそうです。ただデイトナでは試合を予定通り行なうと決め、彼がマイナーリーガーとして最初にプレイしたのが、今私達が使っているこのデイトナのスタジアムで、その名は「ジャッキー・ロビンソン・ボールパーク」

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 彼はその翌年1947年にメジャーデビューしました。今彼の背番号「42」はすべてのメジャー球団の永久欠番ですが、今日の試合では選手全員の帽子に「42」をつけてプレイするそうです。メジャーリーグの試合でも様々なセレモニーが企画されているようです。

 昨日の試合で球審の私はホームチームの監督を退場にしました。球場を去るときには観客の中から「ベトナムに帰れ!」と聞こえました。今でも平気でそういう差別があります。ジャッキーがプレイしていたときには、脅迫状が家に送られたりしたそうです。観客は試合中グラウンドに物を投げ入れたり、ひどい野次が飛び交い、チームメイトさえ一緒にプレイするのを嫌がった白人もいたそうです。私も観客や監督、コーチにそういう人種差別的なことを言われるときがたまにあり本当に頭にきますが、ジャッキーは自分なんかとは比べもにならない差別に耐えた人なのでしょう。今日そんな球場に立つ事ができることは私自身誇りに思います。


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posted by Masaki |23:55 | Umpiring and Rules | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年04月15日

なつかしな~!

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ベロビーチにて、球審は私


 シーズンはいたって順調です。FSLのデビルレイズの1塁コーチは1987、88に近鉄でプレーした「オグリビー元選手」でした。

 私が自己紹介しに行くと、私「I'm Masaki Nonaka」。オグリビー:「ベンさん」です。私:「え?」。オグリビー:「ベン・オグリビーです」、「近鉄でプレイしました」。私:「あー覚えてます!オグリビー!!」

 もう58歳になったオグリビーさん。会ったときに全然気がつきませんでしたが、懐かしい名前でした。

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 昨日からデイトナ・ビーチに来ています。ここはハリー・ウエンデルステッド審判学校が開かれるところで、私も何度か来ているのでとても懐かしいです。ホテルからはビーチも見えます。早速海入ってきましたよ。ちょっと寒かったけど「気持ちよかった~」


posted by Masaki |05:51 | コメント(0) | トラックバック(0)
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