2005年05月21日
#1/ マイナーリーグ審判員・・・野中雅貴
これから自分のマイナーリーグでの審判としての生活を日記として書きたいと思います。まずは自己紹介から。
22歳で軟式野球の審判を始めて、プロの審判になりたくて1997年1月に初めてアメリカの審判学校に行きましたが、英語も審判もいまいちわからず不合格........落ち込んで日本に帰ってきました。 日本でプロになるにはかなりの狭き門なので、だからといってアメリカで簡単にプロになれるわけではありません。ただアメリカには定期的な採用があって誰にでも挑戦する権利が与えられるのです。だからまたアメリカに挑戦するべく日本では、高野連、社会人の審判もやらせていただいて試合をできるだけこなし、アメリカ・バージニア州に語学留学もしました。留学中には地元のEastern Virginia 審判協会で子供から大人までさまざまな試合で審判をしました。 2002年には 米国ミネソタ州のNorthwoods League(College summer League)と1シーズン契約しました。このリーグではアメリカ全土の大学から選ばれた選手が集まりそれぞれのチームに別れリーグ戦が行われるもので、審判は二人制なので、かなりの経験ができました。 そして3度の挑戦を経て、2004年1月 Jim Evans 審判学校へ4度目の挑戦をし合格できました。その後PBUC(マイナーリーグの審判組織)のキャンプに参加し、翌年2005年にルーキーリーグGulf Coast Leagueと契約しました。
この場借りて今まで支えてくれた方々、応援してくれた方々、色々ご指導いただいた審判の方々、私のアメリカでのチャンスを広げてくれた先輩方に感謝申し上げたいです。その気持ちを忘れずに、これから上を目指してがんばります。これからもよろしくお願い致します。
posted by minor05 |10:11 |
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