2006年09月16日

#95/ 帰国しました…振り返って

 先日の9日に無事シーズンを終え日本に帰国しました。最後の3試合は自分にとって、波乱に満ちたもので、とても苦しく、自分の欠点を知る、しかしこれからのためになるとてもすばらしい経験の出来たものでした。

 最後の3試合の初戦、私は球審でした。その試合私はストライクゾーンが定まらず苦戦していました。低目が特に広くなっていしまい、多くの見逃しの三振をコールしました。そして7回の表ビジティングチームの捕手が打席で、三振を告げると3塁側ベンチに戻りかけながら、「You're horseshit(このへたくそ野郎)!」と言ったので退場を宣告。その後すぐに3塁コーチスボックスから監督が駆けつけ「お前の今日のストライクゾーンはめちゃくちゃだ!」とストライク・ボールの抗議が始まり、数回の警告の後退場を宣告…今シーズン5人目。と、ここまでは今まで経験してきたことです。

 7回の裏2-0でビジティングチームが勝っていましたが、その回ホームチームが0アウトのまま一挙7点を入れました。そして次の打者への1球目が背中へあたりました。自分はその投球が故意である可能性が高いと判断しその投手と両監督に対し警告を出しました。[野球規則8.02(d)] そうするとホームチームの監督が出てきて「何で俺が警告されるんだ!!」「あのくそたれ(投手)が悪いのに何で俺が抗議されるんだ!!」と猛抗議が始まりました。それが規則で自分がこの試合をコントロールするために必要だと告げました。何とか収まり試合は警告の元再開されました。

 そして8回には何事も無く安心していたところ、9回表ビジティングチームの先頭打者に対して初球背中へのデッドボール……自分は故意と疑いながらもそうではないと判断し何もしませんでした。そうするとまず打者が両手を挙げ「何で退場じゃないんだー!!」そしてベンチからの野次の嵐。自分はその試合のコントロールを失いました。試合はホームチームの勝利で何とか終了しましたが、試合後はそのダッグアウトの中を通ってから審判ロッカールームに向かわなければならずまた野次の嵐。審判のロッカーはビジティングチームのロッカーの横にありドアを蹴る選手もしました。

 私はこの試合からアメリカの野球を学びました。もちろん審判学校では教わりますが実際の体験としてです。まず最初のデッドボールのとき私はその投手を退場にし両監督に警告すべきでした。マイナーリーグではその投球が故意に打者を狙ったと判断すれば、その投球が打者にあったったかどうかかに関わらず即投手に退場を宣告することが許されています。この場面7点を失っていらだった投手が明らかに打者を狙ったものでした。その前に2人退場にしていてそのことで躊躇したところが正直ありました。そしてそれが次の報復へとつながりました。9回のデッドボールは明らかにホームチームの報復措置でした。監督の指示でしょう。あの場面ではその投手を退場にし、ホームチームの監督も退場にすべきでした。その後その監督には抗議されるでしょう、しかしそれを恐れていてはアメリカでは審判する資格がないと思います。8回に何もなかったので安心しすぎていました。まさかその回故意に来るとは思っていませんでした。

 最終戦私が再び同一チームの試合で球審です。ビジティングチームは試合前から私を野次っていました。その試合の捕手は前回の試合と同じ。一言も挨拶もしてきません。ちょっときわどい投球をすればベンチから「わー」だの「うー」だの聞こえてきます。かなりのプレッシャーでした。審判を始めてこれだけ緊張し興奮しそれに押しつぶされそうにやった試合はありませんでした。しかし何事もなく力強くその試合を終えました。

 また反省そして勉強です。いい経験です。

posted by minor05 |11:52 | Umpiring and Rules | コメント(0) | トラックバック(0)
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