2008年05月10日

テニス 中村藍子選手 戦歴

何かと話題の伊達公子選手と、比較されて何かと大変な「若手」といわれる選手。
その中で、今回伊達公子選手に打ち勝った中村藍子選手の戦歴を記します。

1983年12月28日生まれ 165cm/55kg 大阪府天王寺区出身
大阪市立高津中学校―樟蔭東高校
フォア、バック共に両手打ち

シニア戦への初参加は、1998年14歳の時、で行われた1万ドルのITFサーキット
予選一回戦は勝ったものの二回戦敗退。
翌週の伊王島町での1万ドルで本戦デビュー。一回戦突破を果たす。

ただ、2001年夏までは主にジュニアのカテゴリーを中心に転戦。
この頃、テレビ東京の番組「ASAYAN」に取り上げられ注目を浴びる。

ジュニア時代の実績としては、1998年14歳の時に、全日本ジュニア(16歳以下)でベスト4、同じ年の全日本中学でベスト4
翌99年には全日本ジュニアで優勝を果たす。
ジュニアの国際大会では、2000年16歳の時にジャパンオープンジュニアでベスト4に、アジアオープンジュニアでもベスト4に残る。
ただし、国際ジュニア大会でタイトルを取ることは無かった。

2000年 全日本選手権に初出場で三回戦へ進出。

2001年17歳にして本格的にシニア参戦。
最初は、日本を含めた中国、台湾等東アジア地域のITFサーキットを転戦。
2001年9月17日付けで初めてランキングに1206位で登場する。
2001年は798位までランキングを上げて終わる。

2002年は活動を世界へ広げ、米国、メキシコ、インド、タイと各地を転戦。
4月、草津の1万ドルで予選から出場しての決勝進出。
このときの決勝の相手は、まだ無名のマリアシャラポワであり、結果的にシャラポワに初優勝を献上する形になった。
7月、米国ボルチモワの1万ドルで準優勝、10月、榛原の2万5千ドル、東京での1万ドルと続けて決勝に残るが、どちらも敗れた。
また、この年、トヨタプリンセスカップ、AIGジャパンオープンといったWTAのツアー大会にも初めて予選に挑戦する。
2002年末、世界ランキングは310位まで上昇する。

ランキングが上がってきた2003年、前年までは1万ドルの大会を中心にしたいたのを、この年は2万5千ドルから5万ドルというややグレードの高い大会を中心に転戦。
前半は苦戦し、予選を勝ち上がることもままならないが、10月、榛原の2万5千ドルでベスト8に残ったのを皮切りに、北京の2万5千ドルでベスト4 オーストラリアの2万5千ドルで準優勝、長沙の5万ドルでベスト8と結果を残す。
2003年末ランキングは267位

地道にサーキットを転戦し、二十歳になった2004年
8月、ルイビルの5万ドルで決勝進出。
6度目の挑戦となったITFサーキットの決勝をストレートで勝利し、初優勝を飾った。
また、9月にはITFサーキットよりも上の格の大会であるWTAツアーの大会に初出場を果たす。
その、バリでのTier3の大会、予選を勝ちあがった彼女は一回戦で当時ランキング13位と絶頂期に近い杉山愛選手と対戦。
これを6-4 7-6のストレートで下す。
この年は、10月に榛原の2万5千ドルの大会でITFサーキット二勝目も上げる。
さらに、全日本選手権では初めて決勝にまで進出した。
順調に123位までランキングを上げる。


2005年に入ると当たり前のようにWTAのツアーへ出場するようになる。
初の四大トーナメントへの出場を全豪オープンで予選を勝ち上がって果たす。
さらに本戦一回戦も突破し二回戦へ進出した。
翌週の東京で行われたTier1の大会でも初戦を突破。
この勝利でWTAランキングが100位を切って99位へと入ってくる。
この年はフェドカップの日本代表にもはじめて選ばれた。
また、四大大会はすべて出場し、全英、全米と二回戦へ進出。
バリのTier3ではベスト8進出を果たす。
年末ランキングは71位へ上昇。


2006年は年初から好調で、全豪オープンでは三回戦へ進出。
3月のTier1 パシフィックライフオープンでも三回戦進出と、WTAのツアーでも普通に勝ち上がっていくようになる。
10月、東京で行われたAIGオープンではWTAツアーでは初となる決勝進出。
決勝では第一シードのマリオンバルトリと対戦。
6-2で第一セットを取ったが、後が続かず、フルセットの末敗れた。
年末に行われたアジア大会にも出場し、ベスト4に残り銅メダルを獲得している。
年末ランキングは59位


2007年も世界を転戦。
全豪オープンは三回戦へ進出し、復帰したマルチナヒンギスに敗れた。
8月に自己最高ランキング47位に上昇。
この47位が現在までの最高ランキングである。
WTAツアー二大会でベスト8まで残るが、それ以上の目立つ戦績は残せず、この年、プロデビュー以来始めて、年度末ランキングが前年より下がった66位で一年を終える。
ただ、国内では、全日本選手権のタイトルを初めて獲得した。


2008年 やや苦戦気味のツアー転戦。
WTAツアー八大会にエントリーし、予選敗退が一試合、一回戦負けが五試合とあまりぱっとしない成績。
ランキングが下降してきたところで、一度国内のITFサーキットに戻ってきたら、伊達公子とぶつかってなんだか話題になってしまった、というのが今現在である。


年度末シングルスランキングの推移
2001年791位 2002年310位 2003年267位 2004年123位 2005年71位 2006年59位 2007年66位

年度末ダブルスランキングの推移
2002年577位 2003年371位 2004年291位 2005年199位 2006年214位 2007年78位

毎年毎年着実に実績を積み上げてきている選手です。
ただ、どうも、優勝できない。
ITFのサーキットレベルでも決勝まで残っても勝てないとか、第一シードをもらうのだけど準決勝あたりで負ける、ということがかなり多い選手です。
そのせいで、ランキングが上がってきているのだけど、タイトルは取れず目立たない、という形になっています。

そろそろ、WTAツアーでのタイトルやグランドスラムで二週目(ベスト16以上)に残るような成績を上げて欲しいところです。


中村藍子公式ページ





posted by minor |23:50 | テニス | トラックバック(0)
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