2007年08月30日

主将、山田暢久という男 ~神戸×浦和~

 Jリーグ第23節の神戸戦は、1-2というスコアでアウェイの浦和が勝利した。

 「前半の途中で寝ていたヤマが、後半は起きてくれたから何とかなった」
と、ポンテ選手は、試合後にキャプテンである山田暢久選手のこの日の出来について語った。

 さらに、山田選手より5歳年下の闘莉王選手はこのようにコメントした。

 「サイド攻撃の部分で、もっとヤマが起点にならないと中央の崩しはない。ヤマが触った時は絶対にチャンスになるんだ。もう少し理解して欲しい。もう300試合以上も出ているんだから」。

 思わず吹き出してしまいそうなほどに、チームメイトから浦和レッズ主将としての面子丸つぶれのコメントを受けた山田選手。2人のコメントを受けて、当の本人はこのように弁解している。

 「今日は苦しかった。蒸し暑かった。疲れもたまり、暑さもあって、それで動けなかったのかも。ミスが多かった。後半は(暑さに)慣れたのかも知れない。本当に息苦しかった」。 

 キャプテンらしい発言を期待していたのだが、何だかちょっと頼りないコメントだ。この日は26.9℃と気温は低めながらも湿度は80%。ピッチ上の不快指数はかなり高かったに違いないが、それは敵も味方も条件は同じである。


 一般的にキャプテンに必要な要素と言えば、統率力や威厳などの言葉が思い浮かぶ。しかし、2人のコメントを聞いていると、どうも山田選手にそれらの要素が備わっているようには伺えない。私の目には、彼がキャプテンとしてどこか物足りなく映ってしまうのだ。
 そのように感じるのは、主将でありミスターレッズとして浦和を牽引した福田正博のイメージが今でも強く残っているからかもしれない。

 そもそも、最初に山田選手をキャプテンに任命したのは、04年から浦和の指揮を任されたギド・ブッフバルト前監督である。
 「山田にキャプテンマークを巻いてもらい、彼自身とチームのレベルを上げてくれることに期待したのです」と当時の彼は語っていた。それについてチームメイトである平川選手は、「ヤマさん? 正直ちょっと頼りないなあ」と感じたという。

 ブッフバルトの思惑通り、彼がキャプテンマークを巻いた3年後にチームは日本の頂点に立った。オフト時代の遺産も少なからずあると思うが、それはチームが成長した証であった。
 しかし、ブッフバルトのもう一つの思惑である山田選手本人の成長はどうなのであろうか。

 主将任命から4年目の今シーズン、「未完の大器」と呼ばれた彼も今年で32歳。正直なところ、私個人的にはあまり変化を感じられないのだ。
 キャプテンとしての威厳と風格は4年前と同じままであり、それは冒頭の2人のコメントにも表れているだろう。また、多くのポジションをこなすあたりはプレーの幅が広がったと感じるが、プレーの質といえば4年前とあまり変化はないように感じられる。

 つまり、この点に関してはブッフバルトの思惑が外れたのだろうか。
 しかし、私は彼を見ていてこのように感じた。時が過ぎても不変であり続けることが、彼の長所であり最も大きな武器ではないだろうか。
 選手にとって年齢を重ねることによる肉体的衰えは避けられないが、何故か彼からはその衰えが感じられないのである。さらには今まで大きな怪我や病気もなく、常に安定したコンディションを保ちチームに貢献している(精神的なムラッ気はあるが…)。
 監督にしたらこれほど計算できる選手はいないし、それがJリーグ史上初となる最年少記録での通算350試合出場達成という記録にも表れているのだろう。

 彼は福田とはまた違ったタイプの主将かもしれない。キャプテンとしての威厳や風格よりも「常に不変であり続ける」、そんな彼の偉大さをチームメイトが理解しているからこそ、山田暢久は今現在もキャプテンとして走り続けているのかもしれない。

posted by 浦和.com |12:41 | Jリーグ | コメント(6) | トラックバック(0)
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2007年08月27日

振り返ればヤツがいる

 「他会場の途中経過をお知らせします」。

 Jリーグ第22節のFC東京戦が行われた埼玉スタジアムでは、いつものように前半45分を終えたところで、同時進行で行われている他試合の途中経過を知らせる場内アナウンスが流れた。
 サポーターたちは興味津々にオーロラビジョンを見上げている。彼らの興味は、勝ち点差1で浦和を追走するG大阪の途中経過にあった。
 浦和を追いかける彼らの足音が背後から聞こえてくる。そのプレッシャーを一刻も早く振り払いたいという思いは、首位に立ったままゴールまで逃げきろうとする人間の心理ではないだろうか。


 「等々力競技場で行われている川崎フロンターレ対ガンバ大阪の試合は…、前半終わって1対1のドロー」。

 そのアナウンスが流れた瞬間、淡い期待を抱いていた浦和サポーターがどよめいた。この時ばかりは私も「がんばれ川崎!」と、彼らにエールを送った。
 G大阪の調子が悪かったのか、川崎の調子がよかったのかは不明だが、後半戦の波乱を連想させるかのごとく、G大阪の失点は前半開始早々の2分と表示されていた。キックオフと同時にコケたG大阪を見れば、自然と川崎に期待するのも無理はなかった。



 第20節に行われたG大阪と浦和の1位と2位の直接対決は、0対1というスコアで浦和に軍配が挙がった。一時は最大で7ポイントあった両者の勝ち点差だったが、この試合後にはわずか1ポイントまで縮まっていた。
 G大阪は第21節に最下位の横浜FCと対戦するが、試合はまさかのドローに終わり、この結果第7節から守り続けてきた首位の座を浦和に明け渡すこととなった。
 そして迎えた第22節、もうこれ以上勝ち点を落とせないG大阪は、等々力競技場にて8位の川崎F戦に挑むが……。


 埼玉スタジアムでは、浦和が追いすがるFC東京を振り払い3対2で勝利した。サポーターは選手たちの健闘を称えながら拍手で見送った後、試合後もしばらく勝利の余韻に浸っていた。ここで再び場内アナウンスがスタジアムに響き渡った。

「他会場の試合についてお知らせします」。
「等々力競技場で行われている川崎フロンターレ対ガンバ大阪の試合は…」、一瞬スタジアムが静まり返る。
「4対1で川崎フロンターレが勝利しました」。

 まるでゴールが決まったかのような歓声がスタジアムから沸きあがった。ハーフタイムに抱いていた淡い期待が現実のものとなった瞬間だった。この結果、首位の浦和と2位のG大阪の勝ち点差は4となった。
 しかし、首位とは言ってもまだリーグの折り返し地点を過ぎたばかりであり、この時点での勝ち点4差という結果に一喜一憂するのは時期尚早であろう。
 「そんなこと言われるまでもない!」という方が大半であろうが、浮かれて足元をすくわれるようなことは避けたいものだ。


 浦和との直接対決を境にして下降線を辿るG大阪であるが、次節の対戦相手は、彼らとは対照的に上昇気流にのって3位まで浮上した鹿島。
 次節も難敵との対戦を控えるG大阪だが、浦和の背後に迫るその足音はこのまま遠のいてゆくのか…? それとも…?

posted by 浦和.com |22:24 | Jリーグ | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年08月23日

カメルーン=遅刻? ~日本×カメルーン~

 昨日、大分九州石油ドームにて「キリンチャレンジカップ2007 日本×カメルーン」の試合が行われ、2-0というスコアで日本がカメルーンに勝利した。


 旧ドイツ植民地からイギリスとフランスの植民地に分かれた歴史をもつカメルーン共和国であるが、特に経済、文化、軍事面でフランスとの関係が深いとされている。
 今回日本に訪れたカメルーン代表選手18人中7人が、フランスリーグのクラブに所属する選手たちである。マルセイユ、リール、ナンシーなど、そのほとんどはリーグアン(1部リーグ)に所属し、国内チャンピオンあるいはヨーロッパチャンピオンを目指して戦っている。


 そんなカメルーン代表選手の中でも一際注目を集める選手といえば、バルセロナ所属のサミュエル・エトー選手であろう。
 03年から05年の3年連続アフリカ年間最優秀選手に輝き、05/06シーズンにおいては、所属するバルセロナで国内リーグ得点王、そしてUEFAチャンピオンズリーグ優勝という栄誉を勝ち取ったスター選手である。
 今回はカメルーン代表として来日した彼だが、およそ2週間前の8月7日に行われた「横浜F・マリノス×バルセロナ」の親善試合においては、バルセロナの一員として日本を訪れたばかりであった。
 彼ほどのスター選手となると、普通の選手たちと比べてゆっくり休む暇も少なく、極東の島国に月2回訪れることも避けられないようだ…。
 しかし、そんな多忙を極めるエトー選手であるが、試合前の会見では、「疲れているとか、長旅とかいろいろあるが、皆さんの期待に応えたい。親善試合だが、きちんとした結果を求めたいと思う」と語った。


 また、「大きな感謝の気持ちを中津江村のサポーターに伝えたい」と、02年日韓W杯当時のカメルーン代表のキャンプ地であった大分県中津江村(現在は大分県日田市中津江村)の人々に対して感謝の気持ちも語った。
 当時は、「いちばん小さな自治体のキャンプ地」として注目されたが、同国の選手団の到着が遅れたことなどが話題となり、当時の村長の坂本休氏とともに国内で有名になった。
 その時の縁もあり、彼らは今回の宿泊地も中津江村に滞在した。「こちらに到着して、非常に温かく出迎えていただいた。(中略)中津江村の村長さんにも、いろいろと世話をしてくれたので、再会できてうれしい。日本に来て、まるで自分のホームにいるような気さえする」とカメルーン代表のニョンガ監督も喜んでいたようだ。


 前回のドタバタ劇の発端となったカメルーン代表の遅刻であるが、今回は試合会場への到着が遅れるという失態を演じてしまった。
 試合後の会見でニョンガ監督は、記者から「満足いく出来ではなかったのでは」と質問され、「一番の問題は、(到着の遅れが原因で)試合会場でウォーミングアップができず、芝の状態を確認できなかったため、最初は戸惑ったことだ」と語った。
 何が原因なのかは不明であるが、少なくとも「カメルーン=遅刻」というイメージが私の中で確立されてしまった。


 私はふとこんなことを思った。「この時間に対する感覚は、サッカーだけではなくカメルーンという国の国民性なのではないか…?」さらには「カメルーンだけでなくアフリカ大陸ではあたり前の感覚なのでは…?」と。
 もちろん公の機関においてそんなことはないと思うのだが、先祖から受け継ぐ民族性という意味では、日本人とアフリカ人の時間が流れる感覚は異なっているのかもしれない。


 来年に中国で開催される北京五輪について、人々のモラルなどの文化の面で不安視される報道が流れているが、2010年の南アフリカW杯も似たような事象が起こるのかもしれない。
 我々日本人にとってはまさにカルチャーショックであり、そのギャップに四苦八苦するかもしれないが、これはサッカーが世界中の国々で愛されるスポーツゆえの贅沢な悩みなのかもしれないですね。

posted by 浦和.com |11:21 | 日本代表 | コメント(1) | トラックバック(1)
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2007年08月19日

石の上にも三年 ~甲府vs浦和~

 連日の猛暑が嘘のように過ごしやすい日となった8月18日のJリーグ第21節は、首位を独走するG大阪との勝ち点差を1ポイントまで縮めた2位の浦和が、14位の甲府と対戦した。


 甲府のホームで行われたこの試合は、彼らのホームスタジアムである小瀬スポーツ公園陸上競技場ではなく、東京のど真ん中にある国立競技場で行われた。
 というのも、この試合は、「ヴァンフォーレ甲府法人化10周年記念試合 東京エレクトロンサンクスデー」と称したイベントとして開催された。
 試合前には大黒摩季さんによる甲府の応援ライブが行われ、これで1500円(自由席)はお得であった。東京エレクトロンさまさまである。国立で試合を行ったのもそのイベントの一環であったようだ。


 しかし、国立といえば浦和サポーターにとっては第2のホームである。当然のごとく、36,000人以上を飲み込んだスタジアムの半数は赤く染まった。
 その光景からは、ホームである甲府の優位性というものがまったく感じられなかった。甲府にとって、地元で行うよりもメリットがあるからこそ国立で開催したのだろうが、少なくとも、実際にピッチに立つ甲府の選手たちは、アウェイの気分で戦っていたのではないだろうか。
 試合開催地までの移動距離が、アウェイチームよりも遠いホームチームとは一体何なのだろうか…?


 試合は日本代表のオシム監督が見守る中、浦和が前半に3点を奪う活躍を見せ、結局1-4というスコアでホームの甲府に完勝した。
 前半は、浦和のリアクションサッカーが見事にはまった。狭いスペースで細かいパスワークを駆使しながら戦う甲府に対して、浦和は前線への素早い縦パスをいれたカウンター攻撃が効いていた。特に田中選手、鈴木選手、平川選手の得点に絡む活躍が目立った。
 しかし、後半は状況が一転する。後半開始早々に甲府の石原選手が見事なボレーシュートを叩き込んだ。この得点を境に甲府が試合の主導権を握るが、63分には田中選手がこの日2得点目となるゴールを挙げてそのまま試合終了。


 「僕のゴールは全てチームメイトがお膳立てしてくれたもの。チームメイトに感謝したい」と田中選手は語った。また、「守備はやられる気がしない。そこからカウンター気味の早い攻撃を意識している」と守備陣への厚い信頼を寄せるコメントも残した。
 そして、彼にとって喜ばしい一報が飛び込んできた。8月22日、カメルーン代表戦に挑む日本代表追加メンバーの中に田中達也の名前があったのだ。
 長く苦しいリハビリ生活を乗り越えて、浦和のワンダーボーイが再び青いユニフォームに袖を通す時がきた。ひたむきに努力する彼の姿を、日本の指揮官はしっかりと見つめていたようだ。

posted by 浦和.com |10:24 | Jリーグ | コメント(4) | トラックバック(0)
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2007年08月17日

アジアカップって一体…?

 キリンチャレンジカップ2007日本代表vsカメルーン代表の開催(8/22)に伴い、日本代表のメンバー発表を含む監督会見が8月14日に行われた。


 会見に臨んだのは、日本代表のオシム監督と日本サッカー協会専務理事の田嶋幸三氏。オシム監督は、最終的なメンバーはフィールドプレイヤー16人とGK2人と語る中で、今回発表されたメンバーはFW以外の以下の12人。

 <カメルーン戦 日本代表メンバー(※14日発表分)>
GK:川口能活(磐田)、楢崎正剛(名古屋)
DF:中澤佑二(横浜FM)、田中マルクス闘莉王(浦和)、
加地亮(G大阪)、駒野友一(広島)
MF:橋本英郎(G大阪)、遠藤保仁(G大阪)、中村憲剛(川崎)、
鈴木啓太(浦和)、阿部勇樹(浦和)、今野泰幸(FC東京)

 「守備的なポジションについては、彼らがベストだ」と守備陣への信頼の厚さを伺わせるコメントをしたオシム監督であるが、「攻撃的な選手については、そらで言えるくらい候補はかなり多い。名前を挙げろというなら、20人ほど挙げることができる」と攻撃陣の選出には頭を悩ませているようだ。


 このカメルーン戦は、日本がアジアカップを4位という不本意な成績で終えた後の最初の公式戦となる。
 大会前こそ結果重視で試合に臨むと語っていたオシム監督であったが、蓋を開けてみれば、日本の3連覇を逃したと同時に、2010年W杯の前哨戦となるコンフェデカップの出場権も消滅。せめて次回大会のシード権だけはと3位決定戦に挑んだが、PK戦の末宿敵韓国に敗戦。
 記者たちの質問もその点に関することが多く、今回の会見の注目点は、そんな向かい風吹き荒れる中で、次の戦いに向けたオシム監督の人選に集中していた。


 ここで、「それを語る前に、何かを忘れてやしないか?」と感じた方々も多いのではないだろうか。
 確かに人選や戦い方など、次に向けた準備も大切である。しかし、未来の日本代表を語る前に、過去を振り返るということも必要なのではないだろうか。
 つまり、アジアカップの総括という意味で、いまだに監督会見が行われていないのである。
 オシム監督は、カメルーン戦の人選について説明をする中で、「少し話は変わる」と切り出してこのように語った。
 「アジアカップでどういうことがあったのか話をする会見を(記者側から)開こうという提案がなかったことが私は非常に残念だ。私は、何か説明しなければならない責任を感じている」。


 このくさいものには蓋をする日本の風潮は、ドイツW杯を戦い終えた時と何ら変っていない。
 プロとして結果がでなければ、周囲から批判が挙がるのは避けられない。アジアカップを戦うオシムジャパンに期待していた方々は、その分だけ落胆し憤りを覚えたのではないだろうか。
 ここでその批判の矢面に立たず、その説明すらないまま次へと歩みだす日本サッカーの実態に私は危機感を感じずにはいられないのである。
 2010年W杯に向けて、オシム監督は諸外国だけでなく、そんな日本サッカーの内部に巣食う魔物とも戦わなければならないのだろうか……。

posted by 浦和.com |10:30 | 日本代表 | コメント(0) | トラックバック(1)
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2007年08月16日

最強の盾と矛はどっちが強い? ~G大阪vs浦和~

 「リーグ最強の攻撃力を持つG大阪は、最高の守備力を誇る浦和にはね返された」。
 これは、昨日行われたJリーグ第20節G大阪vs浦和の試合について記載されたスポーツ紙の一文である。
 確かに数字で比較すると、G大阪の得点数と浦和の失点数は共にリーグNO.1である。つまり、この試合は最強の矛と盾の対決となった訳である。
 しかし、「どんな盾も突き抜く矛」と「どんな矛も防ぐ盾」の両方が同時に存在することはないのである。どちらも最強ならば、それは正しく「矛盾」以外の何物でもないのだから。


 ナショナルダービーとまで呼ばれるまでになった両者の試合は(お荷物と呼ばれていた頃が懐かしい…)、0-1というスコアでアウェーの万博に乗り込んだ浦和が、G大阪に対して雪辱を果たす結果となった。
 というのも、今シーズン始まっての両者の対戦成績は、浦和の4戦2分2敗。浦和にとって昨年負けなしだったG大阪に対して、今シーズンは勝ち星なしというなんとも悲しい状況であった。
 この最も大きな要因は、G大阪が昨年の悔しさをバネにして着実にステップアップしてきた成果ではないかと思う。特に、浦和と優勝争いを演じた昨シーズン最終節の敗戦が、彼らを精神的に強くしたのではないだろうか。
 浦和は、昨年王者の意地でリーグ2位という順位をキープしてはいるものの、首位を独走するG大阪とのリーグ主導権争いにおいてその後塵を拝している。それはG大阪から勝ち点3を奪った今現在も変らない事実として存在している。


 「どっちに転んでもおかしくはなかった」と鈴木選手が語ったように、試合展開は両者肉薄していた。シュート数はG大阪が13本に対して、浦和が14本。共に決定機を演出しながらも、キーパーの好セーブなどでなかなか得点を挙げることができなかった。
 「やはりレッズの堅い守備は、点を失ってから意外に堅かったと思う」と西野監督が語ったように、試合終盤の浦和の堅守が特に光っていた。イタリアでよく使われる言葉にカテナチオというものがあるが、「ディフェンスに鍵をかける」とはこういうことなのだろうか。


 浦和が昨年G大阪の前に大きく立ちはだかったのと同様に、今度は彼らが浦和にとって乗り越えるべき壁となっているようだ。
 そんなG大阪に勝利した浦和は、勝ち点3以上のプラスαを得たのではないだろうか。「今日は勝ち点3取れたことよりも、G大阪に勝てたことが、そして勢いに乗っていけることのほうが嬉しかった。大事な試合で勝てた。逆風の中に光が射した」と試合後に闘莉王選手はコメントした。彼らの意地とプライド、そして勝利への執念を見せつけられた気がした。


 結局、最強の矛は最強の盾を突き抜くことはできなかったようである。しかし、その盾の手入れを怠り錆びつかせてしまえば、今度は研ぎ澄まされた矛に突き抜かれるのは容易に想像できる。
 理想は盾だけでなく、全身の装備を充実させることだろうか。そうすると、今度は重くて動けなくなるかもね……。

posted by 浦和.com |10:56 | Jリーグ | コメント(1) | トラックバック(0)
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2007年08月12日

ホームで赤いブーイング ~浦和vs柏~

 約1ヶ月の長い中断期間を挟み、8/11(土)にようやくJリーグが再開された。しかし、浦和は8/1に広島との延期試合をこなしているため、10日のインターバルを挟んで、ホーム埼玉スタジアムに柏レイソルを迎え撃つ形となった。
 昨シーズンJ2からわずか1年でJ1復帰を決めた柏レイソル。今シーズンの両者のリーグ前半戦の対戦は、0-2で浦和に軍配が挙がる結果となったが、その時の柏は、U―22日本代表の五輪予選の影響で、李と菅沼という2人の主力を欠いての戦いを強いられた。リーグ序盤戦を波にのる柏にとって、この第6節の浦和戦が今シーズン初黒星となった。
 「彼らがいたらどんなサッカーになったのか?」という思いは、あれから約4ヶ月が経過した今でも、心のどこかに引っ掛かっている方々も多いだろう。
この試合は、そんなわだかまりを抱えたサポーターたちの思いを晴らす場となったのだろうか。

 この日は夏本番を思わせる厳しい暑さとなった。19時のキックオフの時点では若干過ごしやすくなったものの、タオルで顔を拭う動作はなくならなかった。
 前回対戦とは反対に、今度は浦和の攻撃の要であるワシントンが怪我のため欠場となった。試合開始前に公表された浦和の布陣は、田中とポンテの2トップであったが、いざ試合が始まってみれば、ほぼ田中の1トップに近い状態に移行していた。
 「達也をワントップにするのは良くない。システムがころころ変わるから、僕らは何をやったらいいか分からない」と語ったのは、この日最初の得点を挙げた闘莉王選手。
 また、キャプテンの山田選手は、「達也だけでは限界がある。なかなか難しい」と語った。浦和にとって元ブラジル代表FWのワシントンの穴を埋める作業は容易ではないようだ。
 しかし、これは浦和だけに限ったことではなく、多くのJクラブが外国人FWに依存する状況の中で、根本的に彼らが抜けた穴埋め問題を解決するには、日本人FWの台頭が必要条件となるだろう。
 いつの日かJリーグ得点ランキングの上位を日本人が独占する日がくれば、日本サッカーに新しい道が見えてきそうな予感がするのだが…、現実はなかなか難しいようだ。

 試合は結局1-1の引き分けで、両者痛み分けに終わった。浦和が試合開始60分に先制するが、その9分後セットプレーから古賀に決められて同点に追いつかれた。
 「(失点のセットプレーは)マークの付き方が間違っていたわけではない。ラインが下がりすぎた」と坪井選手はコメントした。
 つまり、浦和が勝ちきれなかった要因とは、ワシントンの不在と守備の戦術ミスと言えるのだろうか。
 試合後、オジェック監督は、「今日の結果に関しては、満足できるものではなかった。勝ち点2を失ったと思う」と語った。
 そのコメントは、浦和サポーターから少数の拍手を受けながらも、それをかき消すほどのブーイングを浴びてうなだれる選手たちの姿によく表れていた。

posted by 浦和.com |11:49 | Jリーグ | コメント(5) | トラックバック(0)
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2007年08月02日

20分間の爆発力~浦和vs広島~

 6/7~13にかけて行われたA3の影響で延期となっていた浦和と広島のJリーグ第14節が、昨日埼玉スタジアムにて行われた。


 対戦相手の広島は、各年代の日本代表が名前を連ね、さらに現在Jリーグ得点王のウェズレイを擁する陣容で浦和のホームに乗り込んだ。とても13位に甘んじているとは思えない選手たちの顔ぶれであるが、この試合は3バックの不動のレギュラーだった戸田と森崎和を累積警告の出場停止で欠いた状態で戦わねばならなかった。
 この事態に広島のペトロビッチ監督は、本来サイドを主戦場とする日本代表の駒野をリベロの位置において対応する構えを見せた。
 無難にその役割を果たそうとする駒野だったが、やはりサイドからの攻撃が彼の本来の姿ではないだろうか。守備の要を2人欠いた非常事態とはいえ、彼が主戦場を離れて戦うメリットはどれだけあったのか。少なくとも、浦和が警戒するような彼の怖さというものは、微塵も感じられなかった。


 そして、7/18から6日間のオフをとっていたホームの浦和。シーズンインして初めてのまとまった休みであり、それまでにたまった肉体的、精神的疲労を解消することができたとオジェック監督は語っている。
 連休明けのせいだろうか、前半の選手たちのプレーは、重たい体を頑張って動かしているという印象をうけた。しかし、アジアカップを常に主力として戦った鈴木啓太からは、激戦による疲労が見受けられた。
 「疲れはあるが、この試合に照準をあわせていた」と、この試合への意欲を語っていた彼だが、そんな彼の意欲を尊重しつつも、オジェック監督はネネや堀之内を鈴木の代わりにピッチへ送り出しても良かったのではないだろうか。 例え鈴木が代えのきかない選手であったとしても、疲労を抱える彼を試合に出さねばならないほど浦和の選手層は薄くないだろう。


 試合は結局4対1で浦和が完勝した。後半19分に闘莉王がヘッドで決めて1対1の同点に追いつくと、前半は死んでいた浦和が、息を吹き返したかのように攻撃に転じた。後半30分ポンテ、33分田中、38分ワシントンと立て続けにゴールを奪い、終わってみればわずか20分の間に4ゴール。打ったシュート数は28本。彼らが調子に乗った時の凄まじい爆発力を目のあたりにした試合だった。

 
 理想を言えば、この力を毎試合安定して出してくれたら何も怖いものはないのだが……。
 それとも、ハラハラドキドキさせるようなムラッ気のある試合をする浦和だからこそ、多くのサポーターがスリルを求めてスタジアムに足を運ぶのかもしれませんね。

posted by 浦和.com |11:35 | Jリーグ | コメント(1) | トラックバック(0)
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