2007年07月29日
2005年8月に行われた東アジア選手権以来、およそ2年ぶりとなる日韓戦の火蓋が切って落とされた。
その舞台となったのは、アジアカップの3位決定戦。両者の対決が決勝という大舞台でないのは寂しい限りだが、この試合に次回大会のシード権獲得が懸かっていることを考えれば、両者にとっては落とせない試合となる。
しかし、そんなシード権争いを抜きにして、長年火花を散らしてきた両者のライバル関係が、選手たちの闘争心に自然と火をつけているようにも感じられた。
それにしても、今大会の韓国の戦いは苦戦の連続を強いられていた。
彼らのグループリーグの戦績は、1勝1分1敗。7月18日に行われたグループリーグ最終節において、その時点で最下位に甘んじていた韓国は、格下のインドネシアを1-0のスコアで下した。しかし、もう一方で行われていたサウジアラビアとバーレーンの試合結果しだいでは、グループリーグで姿を消す可能性も有り得る崖っぷちの状況であった。
「アジアの虎もここまでか…」と少し寂しい気持ちにもなったが、土壇場で2位まで浮上し、苦難を乗り越えて予選通過を決めるあたりは、韓国の底力を感じさせる結果となった。
だが、韓国の苦難はここで終わらなかった。準々決勝に駒を進めた韓国は、強豪イランと対戦するが、120分戦って両者決着つかず、勝敗の行方はPK戦に持ち越された。そして、ここでもその粘り強さを発揮した韓国は、何とかイランを退けることに成功した。
そして、準決勝まで駒を進めた韓国はイラクと対戦。その試合は再びPK戦までもつれた。「またかよ…」と内心ぼやいた選手もいたのではないだろうか。PK戦は、120分間戦った後の肉体的疲労の上に、さらに精神的疲労がプラスされてくる。それでも勝てばすべて癒されるだろうが、負けた時のことを考えると、そのまま家に帰りたくなる衝動に駆られるに違いない。
韓国は激戦の疲労がジワジワとボディーブローのようにきいたのか、残念ながらここで力尽きた。
その後、韓国は3位決定戦で日本と対戦し、後半11分に退場者を出しながらも120分を戦い抜いた。そして、彼らは3試合連続のPK戦へと突入していく。
3試合連続のPK戦とは、一体どのような心境なのだろうか。私ならば、精神的に鬱になりかねない。
両者とも先発の5人が成功させ、PK戦はさらにサドンデスへと突入。韓国6人目のキッカー「キム・チウ」が右隅に落ち着いて決める。対する日本の6人目は、後半から途中出場の「羽生直剛」。しかし、彼の蹴ったボールは、ゴールキーパー「イ・ウンジェ」の手によって弾かれ、それと同時に韓国の3位が決定した。
これで両者の通算成績は、日本の11勝18分け(うち2PK勝ち)37敗。日本は、今まで韓国と数々の名勝負を繰り広げてきたが、最後の最後で詰めが甘く、内容に結果が伴わない印象を拭いきれない。
この大会を4位で終えた日本に足りなかったものとは何だったのか。その余韻を残しつつ、日本は次の戦いに向けて始動する。
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2007年07月22日
オシム監督は、120分間戦い抜いた選手たちに全てを託した。そして、その巨体を揺らしながらゆっくりとピッチを後にした。
「私が(PK戦を)見ていると勝てないというジンクスがある」と試合後の記者会見で彼は語った。
彼のジンクスの発端は、90年イタリアワールドカップの準々決勝から始まった。当時ユーゴスラビア代表を指揮していたオシム監督は、マラドーナ率いるアルゼンチンと戦い、PK戦の末に敗れた。
時は流れて、2005年11月5日の国立競技場。彼が当時指揮していたジェフ千葉は、ナビスコカップ決勝戦でガンバ大阪をPK戦の末下し、見事優勝に輝いた。その時も彼は、ワールドカップの苦い経験を繰り返すまいと思ったのだろうか、「ジンクスが…」と発してロッカールームへと消えていった。
私は、彼の口から「ジンクス」という言葉が発せられることを、その時からずっと滑稽に思っていた。
オシム監督といえば、「論理的」というイメージが私の中にはある。それは、今までの記者会見での彼の独特の言い回しが、私にそう感じさせているのかもしれない。曖昧な質問をした記者が、逆に彼から理詰めの質問をされ、答えに窮する場面も何度かテレビで見たことがある。
また、彼は大学時代に数学を専攻しており、自らを描いた著書の中でこのように語っている。「(数学を専攻したことは)サッカーの役に立っていると思う。ロジカルに考える習慣がついた」。
彼の発言の意味を、私なりに時間をかけてゆっくりと紐解いてゆくと、「なるほど」と納得させられることがある。それはまさしく難解な数式を解いているかのような気分にさせられる。
しかし、論理的なオシム監督も崖っぷちに立たされた時は、神に祈りを捧げ、ジンクスに従うことをいとわないようだ。
彼の論理的な発言の中には、ユーモアがちらりと顔を覗かせる瞬間がある。例えば今回の試合後の記者会見での1場面。
「PK戦を見ていなかったのか?」という記者の質問に対して、「私はここでは死にたくない。故郷のサラエボで死にたいので、発作を起こしたくない。だから見なかった」と語った。
対話する人物との心理的な“かけひき”とでもいうのだろうか、とても巧みに相手の心中を察して、まるで手品師のように気がつけば彼の話術にはまってしまう。
彼は「ジンクス」という言葉を使って、論理的な思考回路をもつ人間の中にも、実は人間くさい一面があることを、意図的に我々に表現して見せているのかもしれない。
そんなことを考える私も、どうやら彼の術中にはまってしまったようだ。
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2007年07月18日
今年の「さいたまシティーカップ2007」のMVPは、C.ロナウドに決まってしまった……。
小雨が降り続く埼玉スタジアムで、浦和vsマンチェスターUの試合が行われた。結果は2対2のドロー。いかにも「これは親善試合です」という結果に終わったが、その結果とは対象的に、内容は親善試合らしからぬ雰囲気だった。
暢久がC.ロナウドにスライディングを見舞えば、そのお返しとばかりに、ルーニーが後ろから細貝をざっくりと削った。私は、そこに国内リーグ王者同士の意地とプライドを垣間見た気がした。
どちらの赤がより赤いか? 赤vsレッドの仁義なき戦いである。
去る7月14日、浦和は、激しい雨の中行われたG大阪とのナビスコカップ第2戦を2対5というスコアで大敗した。その悪い流れを断ち切りたいという思いもあったのかもしれない。
やはり、観客の注目度No1はC.ロナウドだった。
彼がボールを持てばスタンドがどよめく。ドリブルすれば歓声が挙がる。ボールを2回、3回とまたごうものなら大歓声だ。「なんであいつだけ…」と嫉妬する同じマンU選手たちのぼやきが聞こえてきそうで滑稽だった。
後半には、自ら逆転ゴールを決めて見せた。その端正なマスクから笑みがこぼれた瞬間、黄色い声援が日本全国から聞こえてきそうなほどかっこよかった。
彼は、先代の背番号7(ベッカム)にひけをとらないほど、人を魅了するプレースタイルと、整ったルックスを合わせ持つ“スター選手”なのだとこの時実感した。
悔しいが、今の浦和に…いや、今の日本には、彼に対抗できるスター選手は存在しない。MVPが彼に決まったのも自然な流れなのだろうか…。
ここで私は、「ちょっと待った!」と言いたい。このMVPの選出には異義ありだ。誰かを忘れてやしないか。
彼らしからぬ(?)目の覚めるようなミドルシュートから生まれた先制点の場面を思い出してもらいたい。得点後の勝ち誇ったかのような彼の表情を思い出してほしい。
そうである、浦和一筋11年。内舘秀樹33歳の活躍を忘れてはならない。年齢を重ねた分だけ肉体的な衰えは否めない。ベンチを温めることも多々ある。試合に出ても派手なプレーは皆無。ルーニーに軽くドリブルでかわされ、必死にその背中を追いかける場面もあった。しかし、そんな彼が長い間、地味に(?)コツコツと浦和を支えてきた姿勢を、私はとても評価している。
そんな中、ついに彼がスポットライトを一人占めする瞬間を迎えたのだ。世界の強豪マンUを相手に、珍しくも(?)豪快な一発を見舞ってやったのだ。
私は、「MVPは内館だ!」と声を大にして言いたい。ロナウドが凄いのはよくわかった。彼は世界のスーパースターに間違いないだろう。彼と比較したら内館は月とスッポン(悪気はないよ)かもしれない。
だが、この試合で、私の目に最も輝いて映った選手は、ロナウドではなくウッチーだった。私は、彼の謙虚で献身的な姿勢が大好きだ。だからこそ、派手なことをやってのけた時は、人一倍応援したくなる思いで一杯になる。
MVPの発表後、浦和の応援席からは内館コールが巻き起こった。もちろん私も賛同した。
しかし、その声援は、冷たい夜空に虚しく吸い込まれていった。細かく降り注ぐ雨粒は、そんな浦和サポーターの想いを物語るかのように、静かに緑の芝を濡らすばかりだった。
posted by 浦和.com |19:31 |
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2007年07月09日
ヤングジャパンが、カナダの地で決勝T行きの切符を奪取することに成功した。
グループリーグで対戦した相手は、スコットランド、コスタリカ、そして日本と同様に、同大会で準優勝経験をもつナイジェリア。
私は、日本が彼等に比べて実力で劣っているとは思わなかったが、楽に勝てるとも思えなかった。
その理由として、サッカーファンの間でよく指摘されることは、「フィジカルの差」だ。
世界の中でも、身体能力に秀でていると言われるアフリカの選手たち。昨日行われたナイジェリアと日本の試合は、その差がよく現れていたと私は思う。
まず、根本的に身長が違った。ナイジェリアには、190cm超の選手が少なくなかった。中には200cmの選手もいた。160cm台の小柄な日本人選手との差は30cm以上。
物理的に見下ろされるのはしょうがないが、精神的に上から見下されているようで腹が立つのは私だけだろうか。日本人選手のつむじあたりを眺めながら、「ふふん」と鼻で笑われている気がしてならない。
一体何を食べて育ったのだろうか。彼等の親たちに突撃インタビューしてみたい衝動に駆られる。安易な発想だが、やはり、牛乳か?にぼしか?それとも、日本人には未知の食材なのか?
何かカラクリがあるはずだ。アフリカサッカー協会は、スモールライトならぬ“ビッグライト”を隠しもっているのではないか。
選手に向けてスイッチオン。ビビビッと七色の光が照射され、選手はニョキニョキと背が伸びる。もしかしたら、彼等はドラえもんを味方につけたのかもしれない。
そんなお馬鹿な発想が、私の頭を駆け巡っている。
「そんなの遺伝だろ?」。とおっしゃるそこのあなた!それを言っちゃ~おしまいよ。身も蓋も無い。それは、日本選手に対しての死刑宣告だ。トドメの一撃だ。真実かもしれないが、そんな残酷な答えなど聞きたくない。
ということで、そろそろ結論を述べる。
長所は短所であり、短所は長所でもあると思う。チビにもデカにも良いところと悪いところがある。重要なことは、自分達の持ち味を最大限に発揮することではなかろうか。
うむ。我ながら上手くまとまったようだ。終わりよければ全てよし。若き日本代表の選手たちも、最後の最後まで諦めず、よい結果を残してもらいたい。
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2007年07月02日
ご無沙汰してました。皆さん如何お過ごしでしょうか。
ジメジメとした梅雨がやってきたね。憂鬱だね。何だか気分が滅入るよね…。
だけど、こんな時だからこそエネルギッシュに活動しようじゃありませんか。それは、夏に汗を流しながら食べる“激辛カレー”、または冬に鳥肌全開で食べる“アイスクリーム”と同様の精神ではなかろうか。
つまり、夏だからこそ熱いものを、梅雨だからこそ“陽気に明るくいこうよ”ということを言いたい訳である。
というわけで、梅雨にも負けず、テンション上げて「エコパスタジアム」へ行ってきました。
前節の清水戦に続き、静岡でのアウェー2連戦となったこの試合。いつものごとく、敵地ながら「赤人」の数多し。赤い大声援が、サックスブルーの声を掻き消す。
そんなサポーターの声に後押しされるように、“伸二”が早々と2点を奪う活躍を見せた。
1点目のフリーキックは、「こんなの朝飯前だよ」とでもいうかのように、あっさりと決めたように見えた。
そして、2点目のループシュート。お見事。もはや何も言うことはない。
前半戦と比較すると、後半は磐田が攻める時間が増えた。特に太田が前線で動き回り、浦和の守備を掻き回すが、結局彼一人ではどうすることもできず。
浦和は、いつもの“スロースターター”らしからぬプレーを見せ、先攻逃げ切りで磐田を無難に退けた。
ここで、「前半からこんなに調子上げて大丈夫か?」。「後半追いつかれるかも……」。とハラハラドキドキしたサポは僕だけではないはずだ。なぜなら、“順風満帆”という言葉が最も似合わないのが浦和というチームだからである。
「近道よりも遠回り」。「山あり谷あり」。「人生楽ありゃ苦もあるさ」。これらのフレーズこそが、僕の浦和に対するイメージなのだ。
勝ったことは素直に嬉しいが、この試合で、僕の中の“浦和魂”が完全燃焼することは最後までなかった。
しかし、こんな贅沢を言っていたら、いつか天罰が下りそうだ……。やはり勝利に勝る喜びはないような気もする。
これでリーグはしばらく中断となるが、7日と14日はナビスコでG大阪と対戦。また17日はマンUとの「さいたまシティーカップ」が控えている浦和。
また、代表組は日本の3連覇目指してアジアカップを戦う。初戦は9日のカタール。残念ながら、エメとの対戦は実現しそうにない。楽しみにしていただけに、僕の“がっかり度”は大きいのだった。
これで浦和は、2位という悪くない順位でリーグ後半戦を迎えることになる。とりあえずほっと一安心といったとこだろうか。
ちなみに、今回の遠征は時間に余裕があったので、のほほ~んと日本平近辺を観光して参りました。
右手に駿河湾、左手にイチゴの栽培ハウスを眺めながら、爽快な気分で助手席にふんぞり返る僕。
途中、「久能山東照宮」に立ち寄り、断崖絶壁の階段を上り下りして足腰が悲鳴を挙げる。また、「松の羽衣」の砂浜に立って、天女が舞い降りてくるのをひたすら健気に待っていた。
天気がよければ雄大な富士の山も拝めただろうが、あいにくの曇り空。まぁ、それは次回のお楽しみということにしておこう。
posted by 浦和.COM |19:46 |
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