2006年11月06日
決定力不足の意味
突然ではあるが、今日は「日本代表の決定力不足」について書いてみた。 今や永遠のテーマのようにメディアに取り上げられる問題である。 解説者や評論家の方々が、「結論と対策」らしきものを導きだしても、肝心の結果を出すまでには、まだ時間がかかる問題のようだ。 原因として、指摘されているものを以下に記載してみた。 その1.「日本人の民族性」 つまり、日本人のように先祖が農耕民族の場合、狩猟民族と違って、食糧(ゴール)を「奪い取る」という習慣がなかったため、というものである。 ???(-.-;) そんな大昔の習慣が、現在の近代化した日本人にあてはまるのか疑問である。 話しは少し違うが、日本人には謙遜することを美学とする風習がある。 「つまらない物ですが」とか「うちの愚妻が」などという言い回しは、日本独特の表現だろう。 相手を起て、自分は一歩引いた所に立つ。 逆に言えば、日本人は我の強いエゴイストを嫌うのである。 何を言いたいかというと、世界のトップストライカーと呼ばれる選手達は、以外とエゴイストが多いのである。 ロナウド、ズラタン、カッサーノ、ルーニーなど。 と、いうことは・・日本代表に欠けている要素とは「エゴ」なのだろうか? 確かに、今の日本にそれほど強烈な個性をもった選手はいない。 ドイツW杯時に、中田英寿が日本に警鐘し続けた「闘争心の欠如」とは、このことを言っていたのだろうか? 世界トップレベルの環境に身を置き、自分も日本人であるが故に、敏感に日本人に足りない要素を感じ取っていたのだろう。 彼らは闘争心がなかった訳ではない。W杯という重圧の中で必死に闘ったことだろう。 ただ、「日本の美学」を蹴散らす方法を身につけていなかったのだ。 しかし、カターニャの森本のように、若い内から厳しい環境で挑戦する選手が増えれば、いつか日本のルーニーが誕生する日がくるかもしれない。 まぁ、問題児と呼ばれるところまで、真似する必要はないが・・。 話しが長くなったので、原因「その2」は、また次回に更新したいと思う。
posted by milanista |22:05 |
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