2008年02月09日

坪井、代表引退を表明

★ 坪井慶介の決意

 08シーズンのJリーグ開幕までおよそ1ヵ月と迫ってきたが、皆さん如何お過ごしだろうか。
 さて、すでにご存知の方も多いと思うが、レッズは8日、公式ホームページ上で、同クラブに所属するDF坪井慶介の「日本代表についてのメッセージ」を発表した。以下は、その冒頭の一文である。

 「代表チームに対して、辞退、あるいは引退、どちらが適切かはわかりませんが、そういう決断をしました。」

 “坪井が代表引退”のニュースが日本中を駆け巡った。まさに青天の霹靂だった方も多いのではないだろうか。その理由について、彼はこのように述べている。

 「代表に呼ばれていながら長い間出られなかったということがこの決断に大きなウェイトを占めていることは間違いないですが、自分自身の力がないだけの話で、誰の責任でもないです。ただ、代表チームというのは試合に出ることがすべてではないということはわかってやっていたつもりでした。それでも、一方で選手としてはピッチに立ちたいという気持ちはあるし、そこでの精神的な葛藤がつづくにつれて、相当なストレスを感じるようになっていました。
 ああいう形で監督が代わって、気持ちを新たに臨んだつもりだったんですけど、なかなか気持ちの部分と体の部分がうまくいってないなと感じて、このままこういう状態が続くのであれば、代表チームにも迷惑をかけることになるかもしれないし、それでレッズに帰ってきてパフォーマンスが落ちるようでは、やっぱり駄目だって思いました」

 坪井の日本代表出場記録は40試合。代表デビューは2003年6月11日に埼玉スタジアムで行なわれたキリンカップ2003のパラグアイ戦だった。ジーコジャパン発足以来、スピードが持ち味の堅実な守備が評価され、彼はそのディフェンスラインの一角を任されてきた。
 しかし、ケガに悩まされたこともあり、オシムジャパンでの出場記録は5試合にとどまっていた。招集はされるものの、試合出場の機会は次第に減少していった。代表引退を発表した今、彼の代表引退試合となったのは、昨年の6月に行なわれたキリンカップサッカー2007のモンテネグロ戦であり、それから半年以上の間、彼は出場機会を得られずにいた。その結果、彼はピッチに立てないことを思い悩み、精神的に追い込まれていったようだ。


★ 原点はレッズ

 私は、彼が日本代表選手のひとりとして、2010年のワールドカップ南アフリカ大会に出場することを期待していた。彼だけでなく、ひとりでも多くのレッズの選手が、W杯のような大きな舞台を経験して成長してもらいたいと思っている。浦和という街から、世界に向けて日本のサッカーを発信してもらいたい。そのように考えていた分だけ、今回の件については、正直、残念な気持ちで一杯だ。しかし、彼のメッセージにはまだ続きがあった。

 「プロとしての原点はやっぱり浦和レッズにあるし、レッズでやってきたからこそ代表チームの一員になれたと思っています。そのベースが崩れてしまってはやっぱり駄目だなと思って、こういう決断になりました。自分としては、投げ出したくてとか嫌だとか、そういうのではないんです。しっかり自分の中で気持ちの整理をつけて、前に進むための選択だと思っています。非常に前向きなものです。これからも浦和レッズでもっとしっかり自分を鍛える、自分を向上させていきたいと思ったからこその決断です」

 残念な気持ちに支配されていた私だが、「原点はレッズ」と語る彼の心意気を感じ、その失望感は次第に薄くなっていった。あくまでも坪井自身のサッカーの基盤となっているものはレッズであり、代表とはそのベースの上に建てられたもの。土台が崩れれば、その上に建つ建物も崩れる。彼の堅実なプレーに象徴されるような、坪井らしい真摯なコメントだったように思う。彼のような選手が決断したことならば、応援する側としてもその意見を尊重したい。

 レッズは、今シーズンも昨年と同様に厳しいスケジュールをこなさなければならない。そんな過密日程を乗り越えるため、クラブは高原の獲得など積極的に補強を行なってきた。しかし、ディフェンスの補強に関して言えば、今のところネネがチームを去った穴を埋めきれていないのではないかという不安を感じている。
 現時点で、スタメンとしてレッズのディフェンスラインを担える選手は、闘莉王、阿部、堀之内、内舘、そして坪井の5人だろう。闘莉王と阿部は、Jリーグとアジアチャンピオンズリーグ、そして代表のかけもちとなり、昨年同様にリーグ終盤でコンデション的に厳しい状態に追い込まれると考えられる。そうなった時、チームはどのように対処するのだろうか。細貝をDFとして起用することも考えられなくはないが、彼も今年は北京五輪代表として戦わなければならないし、なにより彼の力は中盤でこそ発揮されると私は思う。レッズでの実戦経験に乏しい若手に任せることも考えづらい。そんな時、坪井がレッズだけに専念してくれることは、チームにとってとても心強いことに違いない。しかし、長いシーズンを勝ち抜くためには、それでもまだ守備に関して駒不足であることは否めない。

 最後に坪井は、今後の意気込みについてこのように語っている。

 「今は浦和レッズのために、自分がもっともっと精神的に強くなることが必要だし、もっともっとサッカー選手として成長したいと思っています」

 今まで代表で経験してきたことをレッズで生かし、そしてレッズの勝利のためにその経験を役立てて欲しいと願っている。しかし、あまり無理せず、ケガだけには気をつけて下さいよ。

 「ふぅ…」。長い間ほったらかしになっていたブログを書き終え、少し肩の荷が下りてほっとしていたところ、レッズの公式HPを見たら以下の発表が追加されていた。

 「2月17日(日)から中国・重慶で開幕する『東アジアサッカー選手権2008 決勝大会』の日本代表メンバーに選出されていた阿部勇樹が、本日検査を行なった結果、左内転筋負傷のため不参加となりました」

 目が点になった。書き終えたそばからこれだもんな…。まさに前途多難なレッズの船出を案じているようだ。

 坪井、レッズの守備は君の双肩にかかっているぞ!

(本文中敬称略)

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2007年10月19日

オシムのオプション ~日本×エジプト~

★ 9年ぶりの対戦

 アジアカップ中国2004優勝チームの日本、そしてアフリカネーションズカップ2006の覇者エジプト。
 この大陸王者同士の対決が、アジアサッカー連盟(AFC)が主催となり「AFCアジア/アフリカチャレンジカップ2007」として大阪長居スタジアムで開催された。
 オシム監督率いる日本代表が、FIFAランク40位(2007年7月発表現在)のエジプト代表をホームで迎え撃ち、試合は4-1というスコアで日本がエジプトに圧勝する結果で幕を閉じた。

 エジプトとの対戦は、1998年10月28日に行なわれた「キリンチャレンジ1998」以来、およそ9年ぶりの顔合わせとなった。
 その時の試合会場も長居スタジアムであり、この時は中山選手(磐田所属)がゴールを決めて日本が1-0でエジプトに競り勝っている。
 当時の代表メンバーには、井原正巳選手、相馬直樹選手、呂比須ワグナー選手など、98年フランスW杯に出場した代表選手たちがズラリと名を連ねていた。
 そのメンバーの中には、当時まだ23歳の川口能活選手もいた。
 時は過ぎ去り、その試合からおよそ9年後の2007年10月17日、開催地は同じ長居スタジアム。この試合で代表キャップ110試合を迎えた32歳の守護神は、今現在も日本のゴールマウスを守り続け、再びエジプトの前に立ちはだかることとなった。


★ オシムジャパンの中心選手

 「代表を作る中心的なグループに加わっている選手の数を広げたい。つまり11人だけがレギュラーでない、もっとたくさんのレギュラーがいる状況を作りたい。」

 と、試合前日の会見でオシム監督はこの試合に臨む上での目標を語った。
 4-1という日本圧勝の結果で試合を終えた今、監督の言う“中心的なグループ”に一体何人の選手が加わることができたのか? また、晴れてそのグループに加わった選手とは、誰なのか? 今回はそのあたりに迫ってみたい。

 まず最初に、オシム監督の語る“中心的なグループ”とは誰のことを指すのか?
 それは、オシム監督が就任してから全20試合の中で、どの選手が何試合先発出場したかを調べることにより、ある程度は判断できるであろう。
 以下は、オシム監督就任から今回のエジプト戦までの全20試合のうち、半数以上(10試合以上)の試合に先発した選手を出場試合数の多い順番に並べたランキング結果である。(07/10/17現在)

【順位】  【選手名】   【先発出場数】 【先発出場率】
 1位   MF鈴木啓太     20/20試合       100%
 2位   GK川口能活   19/20試合       95%
      DF駒野友一
 3位   MF阿部勇樹   17/20試合       85%
      MF遠藤保仁
 4位   DF加地亮        15/20試合       75%
 5位   DF中澤祐二    13/20試合       65%
 6位   FW巻誠一郎    12/20試合       60%
 7位   MF中村憲剛    11/20試合       55%
 8位   MF中村俊輔    10/20試合       50%

 上記のように、半数以上の試合に先発した実績をもつ選手たちは、“中心的なグループ”に属するといってもよいのではないだろうか。
 ただし、8位の中村俊輔選手を初めとした欧州のクラブに所属する選手たちは、Jリーグに所属する選手に比べて、代表チームに合流することが困難なことを理由に召集を見送られるパターンが多かったので、そのへんも考慮にいれるべきであろう。
 欧州のクラブに所属する日本人選手の中でも、フランクフルト所属の高原選手は、欧州組ながら全20試合のうち9試合に先発出場、6得点を記録し、現在のところ代表メンバーのトップスコアラーである。
 よって、上のランキングには名前が出てこないが、彼も“中心的なグループ”の一人と言えるだろう。


★ 結果を残したレギュラー候補

 今回のエジプト戦でオシム監督が選択した日本のスタメンは、以下の通りである。

 GK 1川口
 DF 22中澤、6阿部、21加地、3駒野
 MF 13鈴木、14中村憲、7遠藤、9山岸
 FW 16大久保、17前田

 つまり上のランキングでいくと、巻選手と中村俊選手以外の選手が、今回の先発メンバーにその名を連ねたことになる。いわゆる“中心的なグループ”の選手たちだ。

 さて、ここで先に挙げた疑問点、「“中心的なグループ”に一体何人の選手が加わることができたのか? また、晴れてそのグループに加わった選手とは誰なのか?」を考えていこう。
 このスタメンの中から中心グループ以外の選手を探すと、3選手の名前が浮かび上がる。それは、山岸選手、大久保選手、そして前田選手だ。
 冒頭のオシム監督のコメントにもあるように、この試合に臨んだ目的の1つは、彼らのようなレギュラー候補が、候補からレギュラーへとなれるかどうかを試すことであった。

 結果から先に言ってしまえば、大久保選手はこの試合で2得点、前田選手は1得点、山岸選手は1アシストを記録している。
 いずれも得点に絡む活躍をしているし、特に大久保選手のアグレッシブなプレーは、オシム監督の評価も高かったのではないだろうか。

 試合後にオシム監督は、多くの主力を欠いた今回のエジプト代表について、「もし、彼らがベストメンバーだった場合、同じことができたかどうか」とコメントしたが、それを差し引いても、彼らは今後の日本代表の“中心的なグループ”に加わることに何ら違和感を感じさせない活躍を見せたと思う。


★ 07年最後の試合を終えて…

 オシム監督は、次のようにこの試合を評価した。

 「監督就任から1年以上経ったが、ずっとご覧になっている方なら、中心メンバーがほとんど変わらないことに気付くだろう。そこが、われわれの主なオプションである。つまり、高原や中村俊がいなくても、国内の選手だけで代表チームを作ることができる」

 オシム監督が目指す“誰が出ても遜色ないチーム作り”は、着々と進行していると考えても良さそうである。
 そして、「(今年の全13戦を終えて)狙いはどこまで達成できたか?」という質問に対して監督は、

 「いくらかは進歩しているとは言えるだろう。(中略)失敗も成功もあるが、良いことがゲームの中で起こるようになった。」

 と、チームの成長の手応えを感じさせるコメントを語った。そして最後に監督はこう付け加えることを忘れなかった。

 「しかし、そこで喜んではいけない!」

 これは選手をはじめメディアやサポーター、そして何よりも自分自身を戒めるための言葉だったように思う。

 少し話しは脱線するが、今までやりたい放題の行いをした挙句、丸坊主になって謝罪会見をする羽目になった人を最近よくテレビで見かけるが、やはりどんな時も浮かれることなく自らを戒める気持ちを持つ人は、いざという時も足元をすくわれることはないのではないだろうか…。
 まぁ、そういった意味ではオシム監督なら安心だろう。逆に戒め過ぎて選手たちが疲れてしまわないか…、そっちの方が心配だ。

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posted by 浦和.com |19:53 | 日本代表 | コメント(3) | トラックバック(0)
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2007年08月23日

カメルーン=遅刻? ~日本×カメルーン~

 昨日、大分九州石油ドームにて「キリンチャレンジカップ2007 日本×カメルーン」の試合が行われ、2-0というスコアで日本がカメルーンに勝利した。


 旧ドイツ植民地からイギリスとフランスの植民地に分かれた歴史をもつカメルーン共和国であるが、特に経済、文化、軍事面でフランスとの関係が深いとされている。
 今回日本に訪れたカメルーン代表選手18人中7人が、フランスリーグのクラブに所属する選手たちである。マルセイユ、リール、ナンシーなど、そのほとんどはリーグアン(1部リーグ)に所属し、国内チャンピオンあるいはヨーロッパチャンピオンを目指して戦っている。


 そんなカメルーン代表選手の中でも一際注目を集める選手といえば、バルセロナ所属のサミュエル・エトー選手であろう。
 03年から05年の3年連続アフリカ年間最優秀選手に輝き、05/06シーズンにおいては、所属するバルセロナで国内リーグ得点王、そしてUEFAチャンピオンズリーグ優勝という栄誉を勝ち取ったスター選手である。
 今回はカメルーン代表として来日した彼だが、およそ2週間前の8月7日に行われた「横浜F・マリノス×バルセロナ」の親善試合においては、バルセロナの一員として日本を訪れたばかりであった。
 彼ほどのスター選手となると、普通の選手たちと比べてゆっくり休む暇も少なく、極東の島国に月2回訪れることも避けられないようだ…。
 しかし、そんな多忙を極めるエトー選手であるが、試合前の会見では、「疲れているとか、長旅とかいろいろあるが、皆さんの期待に応えたい。親善試合だが、きちんとした結果を求めたいと思う」と語った。


 また、「大きな感謝の気持ちを中津江村のサポーターに伝えたい」と、02年日韓W杯当時のカメルーン代表のキャンプ地であった大分県中津江村(現在は大分県日田市中津江村)の人々に対して感謝の気持ちも語った。
 当時は、「いちばん小さな自治体のキャンプ地」として注目されたが、同国の選手団の到着が遅れたことなどが話題となり、当時の村長の坂本休氏とともに国内で有名になった。
 その時の縁もあり、彼らは今回の宿泊地も中津江村に滞在した。「こちらに到着して、非常に温かく出迎えていただいた。(中略)中津江村の村長さんにも、いろいろと世話をしてくれたので、再会できてうれしい。日本に来て、まるで自分のホームにいるような気さえする」とカメルーン代表のニョンガ監督も喜んでいたようだ。


 前回のドタバタ劇の発端となったカメルーン代表の遅刻であるが、今回は試合会場への到着が遅れるという失態を演じてしまった。
 試合後の会見でニョンガ監督は、記者から「満足いく出来ではなかったのでは」と質問され、「一番の問題は、(到着の遅れが原因で)試合会場でウォーミングアップができず、芝の状態を確認できなかったため、最初は戸惑ったことだ」と語った。
 何が原因なのかは不明であるが、少なくとも「カメルーン=遅刻」というイメージが私の中で確立されてしまった。


 私はふとこんなことを思った。「この時間に対する感覚は、サッカーだけではなくカメルーンという国の国民性なのではないか…?」さらには「カメルーンだけでなくアフリカ大陸ではあたり前の感覚なのでは…?」と。
 もちろん公の機関においてそんなことはないと思うのだが、先祖から受け継ぐ民族性という意味では、日本人とアフリカ人の時間が流れる感覚は異なっているのかもしれない。


 来年に中国で開催される北京五輪について、人々のモラルなどの文化の面で不安視される報道が流れているが、2010年の南アフリカW杯も似たような事象が起こるのかもしれない。
 我々日本人にとってはまさにカルチャーショックであり、そのギャップに四苦八苦するかもしれないが、これはサッカーが世界中の国々で愛されるスポーツゆえの贅沢な悩みなのかもしれないですね。

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2007年08月17日

アジアカップって一体…?

 キリンチャレンジカップ2007日本代表vsカメルーン代表の開催(8/22)に伴い、日本代表のメンバー発表を含む監督会見が8月14日に行われた。


 会見に臨んだのは、日本代表のオシム監督と日本サッカー協会専務理事の田嶋幸三氏。オシム監督は、最終的なメンバーはフィールドプレイヤー16人とGK2人と語る中で、今回発表されたメンバーはFW以外の以下の12人。

 <カメルーン戦 日本代表メンバー(※14日発表分)>
GK:川口能活(磐田)、楢崎正剛(名古屋)
DF:中澤佑二(横浜FM)、田中マルクス闘莉王(浦和)、
加地亮(G大阪)、駒野友一(広島)
MF:橋本英郎(G大阪)、遠藤保仁(G大阪)、中村憲剛(川崎)、
鈴木啓太(浦和)、阿部勇樹(浦和)、今野泰幸(FC東京)

 「守備的なポジションについては、彼らがベストだ」と守備陣への信頼の厚さを伺わせるコメントをしたオシム監督であるが、「攻撃的な選手については、そらで言えるくらい候補はかなり多い。名前を挙げろというなら、20人ほど挙げることができる」と攻撃陣の選出には頭を悩ませているようだ。


 このカメルーン戦は、日本がアジアカップを4位という不本意な成績で終えた後の最初の公式戦となる。
 大会前こそ結果重視で試合に臨むと語っていたオシム監督であったが、蓋を開けてみれば、日本の3連覇を逃したと同時に、2010年W杯の前哨戦となるコンフェデカップの出場権も消滅。せめて次回大会のシード権だけはと3位決定戦に挑んだが、PK戦の末宿敵韓国に敗戦。
 記者たちの質問もその点に関することが多く、今回の会見の注目点は、そんな向かい風吹き荒れる中で、次の戦いに向けたオシム監督の人選に集中していた。


 ここで、「それを語る前に、何かを忘れてやしないか?」と感じた方々も多いのではないだろうか。
 確かに人選や戦い方など、次に向けた準備も大切である。しかし、未来の日本代表を語る前に、過去を振り返るということも必要なのではないだろうか。
 つまり、アジアカップの総括という意味で、いまだに監督会見が行われていないのである。
 オシム監督は、カメルーン戦の人選について説明をする中で、「少し話は変わる」と切り出してこのように語った。
 「アジアカップでどういうことがあったのか話をする会見を(記者側から)開こうという提案がなかったことが私は非常に残念だ。私は、何か説明しなければならない責任を感じている」。


 このくさいものには蓋をする日本の風潮は、ドイツW杯を戦い終えた時と何ら変っていない。
 プロとして結果がでなければ、周囲から批判が挙がるのは避けられない。アジアカップを戦うオシムジャパンに期待していた方々は、その分だけ落胆し憤りを覚えたのではないだろうか。
 ここでその批判の矢面に立たず、その説明すらないまま次へと歩みだす日本サッカーの実態に私は危機感を感じずにはいられないのである。
 2010年W杯に向けて、オシム監督は諸外国だけでなく、そんな日本サッカーの内部に巣食う魔物とも戦わなければならないのだろうか……。

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2007年07月29日

アジアカップの余韻

 2005年8月に行われた東アジア選手権以来、およそ2年ぶりとなる日韓戦の火蓋が切って落とされた。
 その舞台となったのは、アジアカップの3位決定戦。両者の対決が決勝という大舞台でないのは寂しい限りだが、この試合に次回大会のシード権獲得が懸かっていることを考えれば、両者にとっては落とせない試合となる。
 しかし、そんなシード権争いを抜きにして、長年火花を散らしてきた両者のライバル関係が、選手たちの闘争心に自然と火をつけているようにも感じられた。

 それにしても、今大会の韓国の戦いは苦戦の連続を強いられていた。
 彼らのグループリーグの戦績は、1勝1分1敗。7月18日に行われたグループリーグ最終節において、その時点で最下位に甘んじていた韓国は、格下のインドネシアを1-0のスコアで下した。しかし、もう一方で行われていたサウジアラビアとバーレーンの試合結果しだいでは、グループリーグで姿を消す可能性も有り得る崖っぷちの状況であった。
 「アジアの虎もここまでか…」と少し寂しい気持ちにもなったが、土壇場で2位まで浮上し、苦難を乗り越えて予選通過を決めるあたりは、韓国の底力を感じさせる結果となった。
 だが、韓国の苦難はここで終わらなかった。準々決勝に駒を進めた韓国は、強豪イランと対戦するが、120分戦って両者決着つかず、勝敗の行方はPK戦に持ち越された。そして、ここでもその粘り強さを発揮した韓国は、何とかイランを退けることに成功した。
 そして、準決勝まで駒を進めた韓国はイラクと対戦。その試合は再びPK戦までもつれた。「またかよ…」と内心ぼやいた選手もいたのではないだろうか。PK戦は、120分間戦った後の肉体的疲労の上に、さらに精神的疲労がプラスされてくる。それでも勝てばすべて癒されるだろうが、負けた時のことを考えると、そのまま家に帰りたくなる衝動に駆られるに違いない。
 韓国は激戦の疲労がジワジワとボディーブローのようにきいたのか、残念ながらここで力尽きた。

 その後、韓国は3位決定戦で日本と対戦し、後半11分に退場者を出しながらも120分を戦い抜いた。そして、彼らは3試合連続のPK戦へと突入していく。
 3試合連続のPK戦とは、一体どのような心境なのだろうか。私ならば、精神的に鬱になりかねない。
 両者とも先発の5人が成功させ、PK戦はさらにサドンデスへと突入。韓国6人目のキッカー「キム・チウ」が右隅に落ち着いて決める。対する日本の6人目は、後半から途中出場の「羽生直剛」。しかし、彼の蹴ったボールは、ゴールキーパー「イ・ウンジェ」の手によって弾かれ、それと同時に韓国の3位が決定した。

 これで両者の通算成績は、日本の11勝18分け(うち2PK勝ち)37敗。日本は、今まで韓国と数々の名勝負を繰り広げてきたが、最後の最後で詰めが甘く、内容に結果が伴わない印象を拭いきれない。
 この大会を4位で終えた日本に足りなかったものとは何だったのか。その余韻を残しつつ、日本は次の戦いに向けて始動する。

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2007年07月22日

オシムのジンクス~日本vsオーストラリア~

 オシム監督は、120分間戦い抜いた選手たちに全てを託した。そして、その巨体を揺らしながらゆっくりとピッチを後にした。
 「私が(PK戦を)見ていると勝てないというジンクスがある」と試合後の記者会見で彼は語った。

 彼のジンクスの発端は、90年イタリアワールドカップの準々決勝から始まった。当時ユーゴスラビア代表を指揮していたオシム監督は、マラドーナ率いるアルゼンチンと戦い、PK戦の末に敗れた。

 時は流れて、2005年11月5日の国立競技場。彼が当時指揮していたジェフ千葉は、ナビスコカップ決勝戦でガンバ大阪をPK戦の末下し、見事優勝に輝いた。その時も彼は、ワールドカップの苦い経験を繰り返すまいと思ったのだろうか、「ジンクスが…」と発してロッカールームへと消えていった。

 私は、彼の口から「ジンクス」という言葉が発せられることを、その時からずっと滑稽に思っていた。
 オシム監督といえば、「論理的」というイメージが私の中にはある。それは、今までの記者会見での彼の独特の言い回しが、私にそう感じさせているのかもしれない。曖昧な質問をした記者が、逆に彼から理詰めの質問をされ、答えに窮する場面も何度かテレビで見たことがある。
 また、彼は大学時代に数学を専攻しており、自らを描いた著書の中でこのように語っている。「(数学を専攻したことは)サッカーの役に立っていると思う。ロジカルに考える習慣がついた」。
 彼の発言の意味を、私なりに時間をかけてゆっくりと紐解いてゆくと、「なるほど」と納得させられることがある。それはまさしく難解な数式を解いているかのような気分にさせられる。
 しかし、論理的なオシム監督も崖っぷちに立たされた時は、神に祈りを捧げ、ジンクスに従うことをいとわないようだ。

 彼の論理的な発言の中には、ユーモアがちらりと顔を覗かせる瞬間がある。例えば今回の試合後の記者会見での1場面。
 「PK戦を見ていなかったのか?」という記者の質問に対して、「私はここでは死にたくない。故郷のサラエボで死にたいので、発作を起こしたくない。だから見なかった」と語った。

 対話する人物との心理的な“かけひき”とでもいうのだろうか、とても巧みに相手の心中を察して、まるで手品師のように気がつけば彼の話術にはまってしまう。
 彼は「ジンクス」という言葉を使って、論理的な思考回路をもつ人間の中にも、実は人間くさい一面があることを、意図的に我々に表現して見せているのかもしれない。
 そんなことを考える私も、どうやら彼の術中にはまってしまったようだ。

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2007年07月09日

コンプレックス ~U-20 ワールドカップ 2007~

 ヤングジャパンが、カナダの地で決勝T行きの切符を奪取することに成功した。
 グループリーグで対戦した相手は、スコットランド、コスタリカ、そして日本と同様に、同大会で準優勝経験をもつナイジェリア。
 私は、日本が彼等に比べて実力で劣っているとは思わなかったが、楽に勝てるとも思えなかった。

 その理由として、サッカーファンの間でよく指摘されることは、「フィジカルの差」だ。
 世界の中でも、身体能力に秀でていると言われるアフリカの選手たち。昨日行われたナイジェリアと日本の試合は、その差がよく現れていたと私は思う。

 まず、根本的に身長が違った。ナイジェリアには、190cm超の選手が少なくなかった。中には200cmの選手もいた。160cm台の小柄な日本人選手との差は30cm以上。
 物理的に見下ろされるのはしょうがないが、精神的に上から見下されているようで腹が立つのは私だけだろうか。日本人選手のつむじあたりを眺めながら、「ふふん」と鼻で笑われている気がしてならない。

 一体何を食べて育ったのだろうか。彼等の親たちに突撃インタビューしてみたい衝動に駆られる。安易な発想だが、やはり、牛乳か?にぼしか?それとも、日本人には未知の食材なのか?
 何かカラクリがあるはずだ。アフリカサッカー協会は、スモールライトならぬ“ビッグライト”を隠しもっているのではないか。
選手に向けてスイッチオン。ビビビッと七色の光が照射され、選手はニョキニョキと背が伸びる。もしかしたら、彼等はドラえもんを味方につけたのかもしれない。
 そんなお馬鹿な発想が、私の頭を駆け巡っている。

 「そんなの遺伝だろ?」。とおっしゃるそこのあなた!それを言っちゃ~おしまいよ。身も蓋も無い。それは、日本選手に対しての死刑宣告だ。トドメの一撃だ。真実かもしれないが、そんな残酷な答えなど聞きたくない。

 ということで、そろそろ結論を述べる。
 長所は短所であり、短所は長所でもあると思う。チビにもデカにも良いところと悪いところがある。重要なことは、自分達の持ち味を最大限に発揮することではなかろうか。
 うむ。我ながら上手くまとまったようだ。終わりよければ全てよし。若き日本代表の選手たちも、最後の最後まで諦めず、よい結果を残してもらいたい。

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2007年06月07日

日本のサッカーを日本化する~キリンカップ2007~

 日本の3連覇が懸かった「アジアカップ2007」。その“最終テスト”の意味合いも含まれた「キリンカップ2007」が今年も開催され、日本は1勝1分という結果で見事に優勝を成し遂げた。
 タイトルの懸かった大会である以上、結果にこだわるのは当然とした上で、尚且つオシムジャパンがどれだけ成長したのか? というバロメーターを計る意味でも重要な2試合となったのではないだろうか。

 “優勝”という結果は、素直に喜ばしいことと感じるが、決して今後の日本の活躍を約束してくれるものではない。あくまでも「ALL FOR 2010!」である。
 オシムが日本の舵をとり始めて約10ヶ月。その間に彼は試行錯誤を重ねながら、代表チームを熟成させてきたはずだ。走るサッカー水を運ぶ選手連動性、そしてポリバレント。オシムの口から発せられたこれらのキーワードは、日本の選手や指導者だけでなく、メディアやサポーターを巻き込んで、日本に新しい道標を示してきたと思う。
 確かに彼の目指すサッカー、つまり「日本のサッカーを日本化する」という、最初は霧に包まれたかのような目標も、今ではその方向性が我々にも見えてきたのではないだろうか。

 ペルー戦に続いて、今回のキリンカップでも共通して言えることは、オシムは海外組を召集して、ベースとなる国内組との融合をテストし始めたことだ。
 海外から召集された高原中村俊稲本中田の4名が、どのような化学変化をチームにもたらすのか、オシム流に言えば、“エスプリ”のきいたサッカーをどのような形で我々に見せてくれるのか、この2試合である程度見極められたのではないだろうか。
 個人的には、ベースとなるチームに最も馴染んでいたのは、「高原」であったように思う。監督の意図を頭で理解し、それを実際にプレーで表現できていたと思う。前線での守備、攻守の切り替えの速さ、楔のプレー、尚且つ得点の嗅覚も併せ持つ彼は、オシムジャパンには欠かせない存在になりつつある。
 また国内組は、チームのベースとなるだけに、オシムの中ではほぼメンバーが決まってきたと考えてもよいだろう。特に「中村憲剛」に寄せる監督の期待は、他の選手に比べて大きいような気がした。彼には、まだ大きな伸び代が隠されていると予感させるプレーを披露していたと思う。私は、今後の活躍次第では、彼を“大化けしそうな選手”の最有力候補に挙げたいと思う。

 そして、私はもう一人の男にも注目したい。その名は「播戸竜二」27歳。5日のコロンビア戦で、後半残り僅かの時間帯に投入された播戸だったが、その剥き出しにした闘争心を私は高く評価したい。 
 その姿は、ドーハ世代の代表選手達が備えていた“不屈の闘志”を彷彿とさせるものだったと思う。ドーハ世代の日の丸戦士に比べれば、格段に技術が向上した現在の代表選手達だが、その反面、“戦うハート”をどこかに置き忘れてきてしまったと感じさせる場面が多々見受けられる。そんな今だからこそ、彼の力が代表には必要なのではないだろうか。

アジアカップ開幕を約1ヶ月後に控えて、現在のオシム監督の胸中は如何なものなのだろうか。
 3連覇が懸かっていることもそうだが、2010年W杯前の前哨戦として、「コンフェデカップ」への出場権を獲得することも、日本にとって大事なことである。だからといって、必要以上に“結果”に縛られる必要はないと思う。冒頭にも書いたが、今一度繰り返そう。あくまでも「ALL FOR 2010!」である。
 まだ発展途上かもしれないが、オシム監督が標榜する「日本化された日本のサッカー」を、まずはアジアの舞台で見せてもらいたい。そして、来るべき2010年には、世界中の目の肥えたサッカーファンを唸らせてほしいものだ。

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posted by 浦和.COM |01:30 | 日本代表 | コメント(1) | トラックバック(0)
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2007年05月17日

「魔球」は存在した!!!~香港vs日本~

 昨日の16日、あいにくの雨に見舞われた香港にて、北京五輪2次予選の試合が行われた。試合は4-0というスコアで、内容と結果で日本が香港を上回り圧勝した。
 既に2次予選突破を決めていた反町ジャパンであるが、最終予選でシード権を獲得するためにも、勝ち点3を手にしたい1戦であった。

 今朝、何気なくテレビ画面に目をやると、「魔球」という見出しが飛び込んできた。それは、いつも見ている朝のスポーツニュースの一場面。
 その瞬間、私の頭の上には豆電球が“ピカッ”と力強く光った。もはや疑う余地はない。それは、昨日の香港戦の中で、日本の3点目となった、フリーキック(以下FK)のことであろうと直感した。
 「魔球」。ありきたりで面白みのない表現だ、とは思ったが、あのFKを最も的確に表現した言葉ではないだろうか。

 日本は前半を2-0というスコアで折り返し、よい流れで後半戦へと突入した。そして、迎えた後半7分。日本はいい位置で相手のファウルをうけ、FKのチャンスを得た。
 ゴール斜め右、距離は23m~25mくらいであろうか。左足でカーブをかけ、壁の頭上越しに狙うには絶好の位置だった。「直接のシュートはない」という判断なのか、相手の壁は一枚。
 キッカーは、左利きの本田圭祐。ボールをセットし、助走をとる。主審の合図の後、ボール目掛けてスタートをきる。軸足となる右足を勢いよく踏み込み、そのまま左足を振り抜いた。ボールは、ゴールに向かって“一直線”。
 「・・・? 一直線???」。壁の上を越えて、放物線の軌道を描くのではないのか? いや、違う。ボールは壁の右横を弾丸のように突き抜けていった。だが、球速はあるが、キーパーが防げない厳しいコースではない。
 ここで、また私の電球が輝いた。「なるほど!」、今日の天気は雨。つまり、“スリッピー”なのだ。速いボールの上にスリッピーとくれば、相手キーパーも処理が難しいというものだろう。つまり、最初からキーパーが弾いたこぼれ球を狙ったシュートだったのか!
「やるな、本田」。そこで私はサッカーの神に祈った。「よし! キーパーよ、弾け!!!お前は弾くだけで精一杯なのだ。日本選手の前に絶妙なこぼれ球をよこしてくれ!」と・・・。
 キーパーがボールに反応し、少し右にステップを踏んだ次の瞬間。私は唖然とした。ボールが曲がったのだ。それも左に・・・。気が付いた時には、ボールはサイドネットを揺らして、ゴール左隅に転がっていた。つまり、左足で蹴った速いボールは、ストレートの弾道から、突然シュートぎみに大きく変化して、ゴールに突き刺さったのだ。
 私は頭の中が混乱していた。キーパーが弾くのではなかったのか・・・? そこで私は、目の前の出来事をもう一度整理してみた。
 弾道が左に変化したということは、本田はインパクトの瞬間に左足アウトサイドでシュート回転をかけたのだろうか? 私はその答えを求めて、スロー映像からボールの回転を見極めようとした。しかし、ボールはほぼ無回転に近い状態のように見えた。これは、無回転シュート特有の“ブレ球”というやつであろうか。実況アナウンサーも、しきりにこの言葉を叫んでいた。
 だが、この弾道の変化は、“ブレる”どころの変化ではない。解説の金田さんではないが、それはまるで、ピッチャーが投げる変化球のようだった。手で握って投げたボールと、似たような軌道を描いたように感じた。野球ボールよりも何倍も大きいサッカーボールが、しかも、ボールを“握る”という動作は、サッカーには存在しないのに・・・。
 結局、いくら考えても答えはでなかったので、私は「サッカーは、非常識な世界なのである!」という結論で納得することにした。それにしても、不思議体験 アンビリバボーな瞬間であった。
 見送ることしかできなかった相手キーパーの心中をお察しします。これは、不可抗力である。これにめげずに、彼には前向きなサッカー人生を歩んでもらいたい。
 「魔球」ってアニメの中だけかと思ってたけど・・・本当にあるんですね~。

 ちなみに、試合後のインタビューで、彼はそのことについてこのように答えた。
「(ゴールを)狙いはしましたけど・・・出来過ぎですね。」
表情を変えず、クールに答えた彼だが、内心は“カーニバル状態”なのではないかと、私は想像する。
 これがもし私だったら、この試合の録画映像を、家宝として先祖代々受け継いでゆくことは言うまでもない。

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posted by 浦和.COM |20:26 | 日本代表 | コメント(2) | トラックバック(0)
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2007年03月25日

07年オシム号の船出~日本vsペルー~

3月も残すところあと1週間余りとなった。気温も暖かくなり、ようやく春の訪れを予感させる今日この頃だが、皆さんいかがお過ごしだろうか。
私は相変わらず“サッカー一色”に染まったライフワークを送っている。Jリーグ、ACL、UCL、EUROなどなど、魅力的なゲームが次から次へと後を絶たない。主に海外試合は深夜にテレビに噛り付き、近所迷惑を配慮しつつ一人で拳を振り上げて熱狂。国内試合は自慢の軽快なフットワークを駆使してスタジアムへと繰り出して熱狂。よく「馬鹿につける薬はない」と言うが、私の“サッカー依存症”を治す薬もなさそうだ。(治す気もないが・・・)

さあ、今回私が訪れたのは日産スタジアム。07年オシムジャパンの船出となる「キリンチャレンジカップ2007」が南米の強豪国ペルー代表を迎えて行われた。
あいにくの曇り空で、時折雨が落ちてくるすっきりしない天気となったが、スタンドに詰め掛けたサポーターは6万人を超えた。それだけ注目度が高い試合ということだが、その理由の1つはオシムジャパン初の欧州組召集であろう。
もはやセルティックでは欠かせない中心選手となりUCLでも活躍した「中村俊輔」。そして、ブンデスリーガでゴールを量産し好調を維持する「高原直泰」。この2人が国内組とどのようなハーモニーを奏でるのか?非常に興味深い試合となった。

招集メンバー25人の中から、オシム監督が07年最初に選択した11人は以下の通りである。
GK:川口
DF:中澤、闘莉王
MF:加地、鈴木、阿部、駒野、中村、遠藤
FW:巻、高原
召集メンバーの内訳としては、ドイツW杯組から8人、U-23から5人、そして浦和、千葉、G大阪を中心としたJリーグでの活躍が認められた選手達で構成されている。(浦和の坪井慶介は練習中に負傷したため、代わりに千葉の水本が選出された)
その内、今回日本代表(Aマッチ)デビューとなったのは9人。特に川崎の「川島永嗣」、大分の「松橋章太」、新潟の「矢野貴章」の3人は、オシムらしい面白い人選だ。つまり、日本サッカーの将来を考慮に入れた心憎い選出だったと思う。

試合開始早々は落ち着かない印象を受けたが、前半19分に日本が先制する。左サイドで得たフリーキックのチャンスから、中村が蹴ったボールに「巻」が頭で合わせた。巻は恩師であるオシム監督が就任してから初のゴールであっただけにその喜びも大きかったに違いない。 
前半終わって1対0。私は駒野中村のプレーに拍手を送りたい。中村の正確で大きなサイドチェンジで逆サイドにできたスペースを有効に使った場面があった。そこから駒野がドリブルで左サイドを駆け上がり日本は得点のチャンスを作り出した。また、その数分後には、駒野が左サイドを縦に突破すると見せかけて、中に切れ込み相手DFをかいくぐってシュートを放った場面もあった。つまり、前半において日本の左サイドが攻撃の起点となったのは、駒野が“縦への突破”と“中への切れ込み”を効果的に使い分け、周囲も彼の動きを意識したプレーができたことがポイントだと思う。
また、中澤闘莉王というディフェンスの2枚看板を含めた中盤のパスワークも安定していた。しかし、残念ながらシュートまでには至らない。今や日本の永遠のテーマのように謳われる“決定力不足”を解消するようなプレーはほとんど見られなかった。

そして後半開始早々の9分。この男が遂に魅せた。左サイドの中村のフリーキックから「高原」が左足でワントラップしてボールをコントロール。振り向きざまに右足を振り抜くとボールは相手ゴール目掛けて一直線に突き刺さった。
まさに「ストライカー」と呼ぶに相応しいゴールだった。一瞬の「判断力」と正確な「ボールタッチ」、そしてゴールマウスとGKを目で確認せずともイメージで“感じる”ことができる「嗅覚」。その全ての条件を満たしたゴールである。

そして、後半15分にオシム監督が動いた。阿部に代わって中村憲剛。23分には巻→矢野貴章、遠藤→羽生直剛が投入された。
浦和サポの私としては、阿部の勇姿を最後まで見られないのは残念なことなのだが、交代でピッチに入った中村憲剛と羽生がチームを活性化させたように見えた。そして39分には立て続けに鈴木啓太→家長昭博、中村俊輔→藤本淳吾、高原直泰→水野昇樹の3人を交代させた。試合も終盤に差し掛かった時間だったが、私は前半よりもチームとしてまとまっている印象を受けた。
後半に6人の選手を交代させたオシム監督だが、2010年を見据えたチームの基盤は、実はこの後半残り僅かの時間でプレーした彼ら11人なのではないか?とさえ思えてくる。
(矢野は試験的な意味合いの投入だと思うが・・・)

07年オシムジャパンの船出は、2対0と幸先のよい結果となった。また、結果だけではなく内容も“新しい可能性”を感じさせるものであったと思う。私は日本代表の選手達が振るいにかけられ着実に洗練された「組織」へと変りつつあると感じた。今まで霧の中を手探りで航海してきたオシム号であるが、ようやく日本が目指す“目標地点”がぼんやりと見えてきたのではないだろうか。
南米でも欧州でもない「これが日本のサッカー」という形を私達に見せてもらいたい。

しかし、もちろんこれで安心な訳ではない。対戦相手のペルーの力はこんなものではないことは十分承知しているつもりだ。欧州で活躍する「ピサロ」や「ファルファン」が出場していれば、また違う結果になっていただろうし、これが親善試合ではなくワールドカップの舞台ならば尚更である。
日本の最終目標は2010年ワ-ルドカップ。その舞台で出会う対戦相手に勝利するために、オシム号はまだまだ長い航海を続けていかなければならない。

ALL FOR 2010!

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posted by 浦和.COM |21:02 | 日本代表 | コメント(0) | トラックバック(0)
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