2007年08月29日
文武両道ー高校野球の「公立」と「私立」の論争へ一言
今年の高校野球優勝高、佐賀北が「公立」であるためにいろいろと話題になっています。アメリカでは「公立だから」は話題にすらならないのですがなぜ何でしょうか? ブログを読んでいて多いのが、あたかも佐賀北、「公立」高校が学問を優先させスポーツを優先させてはいけないようなコメント、または学問とスポーツが両方長けていてはいけないようなコメントをがいくつかありました。そこで質問、文武両道で何がいけないのでしょうか? アメリカの高校スポーツ(部活動)では高校と所属するリーグによって指定するGPA(Grade Point Average、成績評価平均値)を部活に所属する生徒がクリアをしなければ、その生徒は部活動が出来きない規定になっています。特にスポーツが大学進学への大きなチャンスとなるアメリカでは、大学へ入るのにNCAA(National Collegiate Athletic Association)が定める平均値と大学入学への平均値の条件などがあり、文武両道が高校のスポーツの世界において常識とされています。 この「常識」の基盤になっているのにはいくつかの理由があります。一つ目は生徒の成績を維持しているのはリーグでも、NCAAでもなく、一つ一つの高校なのだということです。大学に入ってもスポーツに順次する生徒は一定の平均値を満たしていなければいけません。満たさなければその生徒自身が奨学金を失うだけでなく、大学も奨学金を与えられる数(特待生の数)をNCAAの規定により減らされてしまいます。特待生の数が減れば強いチーム作りが難しくなり、それによる収入の減少は簡単に予想が出来ます。 大学は生徒に対し家庭教師、放課後補修、勉強部屋などの提供によって何とか平均値のアップを図ります。学校だけに限らず生徒の平均値の維持はコーチや監督の仕事の一つであり、学校とコーチが一体となって生徒の学力向上に努めています。 二つ目の理由にNCAAや高校が所属するリーグや協会の影響力の強さがあります。大学スポーツにおいてNCAAが定めるルールは絶対です。これに反すればいかに有名校であろうとも処断されます。その罰則は厳しいものでルールに反した大学の将来のスポーツの存続すら危うくなることもあります。しかしこの厳しい罰則とルールによって、アメリカ大学のスポーツは(ある程度)ルールに対する従順を保つことが出来ます。スポーツに長けているだけではなく学問も重視するという基本とも言える信念を執行できる機関があるからこそ、文武両道が成り立つのではないでしょうか。
posted by maxsgoodies |10:17 |
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