2008年09月16日

リーマン・ブラザーズ破綻がスポーツに及ぼす影響

marketing-47365.jpgリーマン・ブラザーズ破綻は、スポーツビジネスに影響を及ぼしそうだ。
ここ数年、世界的に富の集中が促進されて、日本でも富裕層と低所得者層がはっきりとしてきた。アメリカでは同様の構造はずいぶん前から存在し、ここ数年で富裕層により富が集中する傾向が強くなった。同様の傾向はアジアでも見られる。発展めざましい中国の富裕層は、数こそ少ないが巨額の富を持っている。ドバイに代表される、石油産出国の政府系ファンドは数多く報道されている通りだ。

これらの富裕層が、持っているお金をより効果的に運用するために、リーマン・ブラザーズの様な投資銀行経由で様々な金融商品に資金を投資している。

スポーツビジネスには、この投資マネーが流入してきていのだ。
メジャーリーグ30チームのうち、チケット売り上げや放映権収入で黒字になっているチームは10以下だと言われている。残りの20チームは、赤字なのだ。確かにここ数年、観客動員数も増えたし、TV放映権を国際的に販売して業績を伸ばしている。ここでも富は人気チームに集中し、不人気チームのスタジアムは相変わらず、空席が目立つ。
じゃあ、赤字チームはどうやって経営しているのか。という疑問が沸きあがってくる。日本のプロ野球の様に、「広告宣伝費」で簡単に処理出来る法律が無いアメリカでは、親会社の株主から、厳しい追及を受けることになりかねない。
ところが、MLBのオーナーは少しくらい赤字でも、儲かるのだ。

例えば、2002年ワールドシリーズを制したアナハイム・エンジェルズ。
前のオーナーから1996年に1億4000万ドルで買って、2003年に1億8400万ドルでアリゾナの実業家に売り飛ばしている。
その差益は4000万ドル、およそ50億円。
7年間チームを持って、強くして一番高いところで売り飛ばすことで最終的に利益を出すのだ。

バスケットのNBAの例では、シアトル・スーパーソニックの例がわかりやすい。
スーパーソニックのオーナーは、2006年シーズンまで、スターバックスのCEOハワード・シュルツだった。彼は2001年にスーパーソニックを買収し5年間保持したが、その間のチームの赤字合計額は6000万ドル(約71億円)にものぼった。
そして2006年オクラホマビジネスマン、クレイトン・ベネットにチームを売却。
2001年に2億ドル(約238億円)で買ったチームを2006年に3億5000万ドル(約416億5000万円)で売りさばいた。
売却益で1億5000万ドル(約178億5000万円)のプラスになり、赤字分を引いたトータルでも9000万ドル(約107億円)も儲けた計算になる。同時にシュルツはNBAのオーナーであるという名誉も5年間手に入れたのだ。
スターバックスの様な新鋭の企業は、地域のビジネス有力者や、全米の社交界から見るとただの「成金坊や」でしかない。しかし3大スポーツのオーナーになると、そういった階層の人々の態度が変わると言われている。同時に本業であるコーヒーショップの出店などで、多くの人から協力を得やすくなるのも事実だ。

シカゴ・カブスは、26年で50倍に値上がりする可能性がある。
現在のカブスのオーナー、トリビューン社は1981年に2000万ドル(約24億円)でチームを購入、今回10億ドル(約1190億円)で売れば、購入価格の50倍という驚くべき運用をしたことになる。

こういったチームを売買することで収益を上げ、毎年の運営赤字をカバーする。オーナーはチームの資産価値を高めるためにスタジアムを新設し、優秀な選手を獲得するのだ。
ベッカムを獲得した、MSL(メジャーリーグサッカー)も、収益面では苦戦しているものの、リーグの価値を高めれば、チームを高額で売りさばくことが可能になる。だから投資家は赤字が続くチームでも見捨てないのだ。

こういった投資マネーが、リーマン・ブラザーズの破綻で冷え込む可能性は否定出来ない。アメリカで起こった投資銀行の経営破綻が、日本にも欧州にも伝播するだろう。
9月16日アジアは全面株安だったし、日経平均株価も605円4銭安の1万1609円72銭と大きなダメージを受けた。こういう金融危機は、庶民よりも富裕層へのダメージが大きくなる。チームを売買して得られる収益、キャピタルゲインを計算に入れているオーナーたちがスポーツへの投資から一斉に手を引くことだってありうる。
なにより、リーマン・ブラザーズの破綻は、米国と日本の景気後退を長引かせる威力は十分にある。
投資バブルがはじけてしまったのかも知れない。


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2008年09月04日

プレミアリーグ過去最高補強額<ロビーニョ>

marketing-45565.jpgマンチェスター・シティが、ロビーニョを3250万ポンド(約64億6000万円)を投入して獲得した。
この金額はプレミアリーグ史上最高額で、欧米のスポーツ関係ニュースで話題になっている。

ここで話題になるのは、マンチェスター・シティはつい最近、アラブ首長国連邦(UAE)の投資開発会社による買収が決まったばかりで、オイルダラーによる金満新オーナーが、有り余るキャッシュを使ってチーム補強と、オーナーが変わった事を英国内と世界へアピールする目的もあったんじゃないかと思わせるタイミングだ。
しかも、ロビーニョは、チェルシーへの移籍希望を名言していただけに、この電撃的な移籍には、ウラに大人の事情がありそうな匂いがプンプンする。

マンチェスター・シティの前オーナーは、タイの億万長者と前首相(Thaksin Shinawatra氏)だった。2006年9月の軍事クーデターで政権の座を追われたタクシン元首相は、この後、ロンドンに住み復帰に向けた布石を着々と打っていた。
タイ国民の最も好むテレビ番組は、英サッカー・プレミアリーグの中継であり、その中堅クラブのオーナーになることで、タイ国民へ存在感を示そうという政治的目的があったと推測出来る。

ところが2008年8月23日に、タクシン氏マンチェスター・シティの会長職を辞任。
タクシン氏は首相在任時代の不動産取引で職権乱用の罪に問われ、最高裁審理への出廷を命じられていたが無視して帰国せず、英国に事実上亡命している。最高裁はこれを受け逮捕状を出した。タイ政府は現在、英国に身柄送還を求める措置を検討中。

プレミアでは汚職などの違法行為で有罪になった人物は会長などになれない規定があり、タクシン氏による役員会からの退任の申し出は、逮捕状が出たことがこの規定に触れかねず、結果的にクラブやプレミアに迷惑を掛けることを懸念した上での行動ではないだろうか。
逮捕状が出たことを受けて、慌ててクラブ売却に奔走した可能性も充分考えられる。
 
今回の買収は、そもそも英国内資本では無かったので、英国内での拒絶反応は希薄なものの、チェルシーのオーナー、ロマン・アブラモヴィッチ氏に次ぐ、石油資金の流入にロンドンの金融関係者の興味を引いた。今回の、ロビーニョ争奪戦が、チェルシーVSマンチェスター・シティ間で行われていたのなら、石油資金同士の闘いだったわけだ。

マンチェスター・シティの新オーナーはアラブ首長国連邦(UAE)の投資開発会社でドバイに本拠地があり、欧州で最も多くの利益を生んでいるどの会社よりも、多くの利益(およそ3億ドル)を生んでいる優良企業だ。この投資会社は、アブダビユナイテッドグループとして知られて、代表者はスライマーン・アル・ファヒーム氏31才の資産王だ。そして、彼がお金をマンチェスター・シティーに注ぎ込んで、それをトップ-4チームに変える計画だと、買収時点で公言している。買収額は公表されていないが、タクシン氏が購入した8160万ポンド(約200億円)を上回っている可能性が高いだろう。

プレミアリーグは、バブルだ。
2007/08シーズンの放映権は、販売先の増加やインタネットでの権利化が進んだこともあり、それまでの2倍の収入を得られるようになった。その結果、優勝チームへの分配金は、年間120億円。最下位のチームでも62億円が支給されることになった。
もちろん、これ以外に、チケット収入や、スポンサー収入、グッズ売上などが存在する。
平均的なJ1チームの収入は、おおよそ35億円だが、プレミアは最低でも100億円はあると予想されている。まあそれにしてもこのままバブルが続くとは思えない。どこかでパンと破裂るすんじゃないかと不安でならない。
プレミアバブルが弾けてしまうと、世界のサッカービジネスに与える影響は計り知れないので、パンと弾けないで、ジリジリとクールダウンしてくれるといいんだけどな。
MLBもチーム売却バブルだし、金融マネーが流れ込み過ぎるのも問題だ。


posted by marketing |10:00 | サッカー | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月26日

北京五輪 メダル獲得視聴率

北京オリンピックが終了した。
大きなトラブルも無く、警備予算がかさんだとは言え、収支も黒字になりそうで、まずまずの大会だったのではないだろうか。
成績はさておき、日本国内の注目を多いに集め、この2週間の話題はほとんど、オリンピック中心だった。

スポーツビジネスを研究対象としている者として、気になるところは数多くあるが、今回はテレビ視聴率に注目してみようと思う。
NHKと民放を合わせて213の番組が放送され、放送総時間は389時間に及んだ。全番組の平均視聴率は10.04%。民放の合格基準をクリアしたことになる。213番組中で最も視聴率が高かったのは、開会式で37.3%。前回のアテネ大会は深夜放送だったために12.7%。2000年のシドニー大会30.9%と比べても、視聴率は大きく伸びている。

今回は、メダル獲得競技に焦点を当ててみた。女子ソフトボール30.6%、レスリング女子63kg級/伊調馨26.0%、柔道男子100kg超級/石井慧25.4%がメダル獲得競技視聴率ベスト3に輝いた。
視聴率20%を超えた種目は9あったが、いずれも18時以降のいわゆるゴールデンタイム。注目が集まった北島康介の決勝は午前中だったためか、19.4%に終わっている。

フェンシングとケイリンは、競技の生中継予定が無かった為か、視聴率データで拾い上げる事が出来なかった。
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posted by marketing |13:05 | オリンピック | コメント(0) | トラックバック(1)
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2008年08月14日

参加する事に意義がある

marketing-42787.jpg連日、北京オリンピック競技の結果がメディアを賑わせている。
競泳の決勝が午前中に行われているのを不思議に思う方もいると思う。これはアメリカのTV局の要請で、IOCが競技実施時間を変えた結果だ。
2006年10月にIOCは、アメリカ3大ネットワークのNBCの要請に応えて、競泳、陸上などの決勝実施時間変更を発表欧州放送連合は、選手のコンディションに悪影響があるとして従来通り、午前中予選、午後決勝。というスケジュールに戻すように、受け入れられなかった。

競技時間をTV中継の都合に合わせる。という事実はオリンピックだけじゃない。2006年ワールドカップドイツ大会でも、日本戦はドイツの午後に開催され、選手は猛暑の中で試合をすることになった。最近の、2010年大会予選でも同様だ。テレビ中継の為に、選手に負担を掛けるのは賛成できない。
視聴者だって、選手がいい成績を残すのなら、TV中継が深夜になるくらい問題にしないハズだ。

さて、前置きが長くなってスイマセン。
本題は「参加する事に意義がある」という言葉。
オリンピックの思想を代表する言葉のように言われていて、時として「勝てなくても、弱くても参加するだけでオアリンピックは素晴らしい」という意味に取られたり、敗者に対しての励ましに使われることがある。
それは必ずしも正しい理解とは言えないようだ。


1908年第4回のロンドン大会で、イギリスアメリカ間には対立が絶え間なく起こり、スポーツにあるべき、公平性やフェアプレー精神が失われかける場面もあった。
両国とも陸上競技に力を注いでおり、開催国のイギリスは、活躍めざましいアメリカの上を行くことを期待されていた。

綱引きでの「靴」がきっかけだった。当時陸上競技として行われていた綱引き。イギリスはスパイクのついた靴で参加、それに対してアメリカは普通の靴で参加した。
アメリカは同じレギュレーションでないので、不公平だと猛抗議をしたが、イギリス人だけで編成されていた審判団は、この抗議を棄却。イギリスの綱引き選手は全員警官であり、職務で使っているスパイ付のブーツを履き替える必要は無い。というのが審判団の棄却理由だった。結果は予想どおりイギリスが勝利した。

陸上400m決勝ではアメリカ選手のフライングの判定に対し、それを不服としたアメリカが他の決勝進出選手も出場をボイコット、イギリスのウィンダム・ハルスウェル一人で走るという前代未聞のレースとなった。

こういった両国のフィールド以外での対立は、大きな問題だった。
近代オリンピックはまだ誕生したばかりだったし、世界情勢は、第一次世界大戦前でイギリスは大英帝国で、世界中に植民地を持っていた時代だった。

日曜日に行われたミサでペンシルバニア大司教エチュルバート・タルボットは、各国選手団を前に
「オリンピックで重要なことは、勝つことよりも参加したことだろう」
と説教をした。
数日後イギリス政府主催のレセプションに参加した、クーベルダンIOC会長は
「先日の主教の説教は的を得ている。人生で重要なことは勝つことではなく、勝つために努力をすることである」
と演説の中で話している。

1932年第10回ロサンジェルス大会の選手村に、この言葉が掲げられた。それをきっかけに広く一般に知られるようになっていった。

「参加することに意義がある」という言葉には、自国の代表になるまで努力をしてきたことの素晴らしさと、その力を充分に発揮することが最も重要であり、その結果メダルを獲得できるものである。という想いが込められている。
平たく言うと、
「勝つことよりも参加することに意義がある」は、
「メダルよりも、頑張ることに意義がある」となるんじゃないかな。
僕たち国民が、選手のメダルの数に一喜一憂素のは仕方がない。
だけど、メダルが取れなかった選手は「敗者」じゃないんだ。


posted by marketing |12:20 | オリンピック | コメント(0) | トラックバック(1)
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2008年08月07日

聖火と政治とオリンピック

marketing-41688.jpg北京オリンピックが開幕する。
オリンピックを嫌いな人はあまりいないと思う。じゃあどこが好きか。と尋ねられるとあんまり具体的に答えられないものだ。
僕は開会式がとっても好きだ。夏季オリンピックだと開会式は4時間近くに及ぶ。その半分以上が選手の入場行進だ。ただただ世界中の選手がメインスタジアムを歩くだけだ。自分でも何が面白いんだろう。と疑問に思う事もある。それでも楽しいのだ。IOCの偉い人のスピーチや、選手宣誓のあと、開会式のメインイベント聖火点灯向けてどんどん盛り上がって行く。

 聖火リレーは1936年のベルリンオリンピックで初めて行われた。ナチスがその国力を世界に示すために利用されたオリンピックだ。この大会でアテネで聖火の点灯式が行われ、その炎をランナーが手に持って開催地まで運ぶと言う企画が発案された。現代風に言うと、プレイベントであり、オリンピックが行われる事を、メディアに露出するためのパブリシティー狙いのイベントだった。
聖火ランナーが到着した国ではニュースになる、しかも大きなニュースだ。このニュースを見た大衆は、いつどこでオリンピックがあるのかという情報を自然とインプットするのだ。ナチスが世界中の注目を集め、過去最大のオリンピックを開催し、自国を宣伝するための手段のひとつに過ぎなかった。
こういった政治的な背景の上で誕生した聖火ランナーは、その後も様々な政治的なメッセージを世界中に届ける役割を担わされるハメになる。
開会式で聖火の点火は、もっともオリンピックを象徴し最も注目があつまる瞬間だ。世界中の目が見守る中、メインスタジアムに聖火を掲げて入場してくるランナーたち。そこには天文学的数字のメデイア価値が存在するのだ。

【1964年10月10日東京オリンピック】
東京オリンピックの開会式は、国立競技場で行われた。
選手の入場行進に続いて、昭和天皇の開会宣言。そして聖火ランナーが登場した。
1945年8月6日に広島市近郊で生まれた青年が、聖火トーチを持っていた。広島に原爆が落ちた日に、広島市近郊で生まれた青年だ。
世界でたった1国、原子爆弾の被害を受けた国日本。東京オリンピックの聖火ランナーに込められた思いは、戦争の無意味さと、大戦敗戦から復興した日本の姿を世界に示す事、そして二度と原爆を使って欲しくない。というメッセージを、1962年秋にキューバ危機が起こり、アメリカとソ連は核戦争一歩手前にまでエスカレートするほど激しく対立した、東西冷戦まっただ中の諸国へ向けたものだった。

【1988年ソウル大会】
では、ソン・キジュンさんが最終ランナーだった。
ソンさんは1936年ベルリンオリンピックに、マラソン選手として出場し、金メダルを取っている。しかし韓国選手としての出場ではなかった。
当時韓国は日本の占領下にあったため、日本人としてオリンピックに参加していたのだ。日の丸を胸につけての金メダルだった。
ソウル大会では、誰よりも最初にメインスタジアムに走って入ってくる、最終聖火ランナーになった。祖国の国旗を胸につけて、1番最初にスタジアムをかけ抜けた。そして満場の喝采を浴びたのだ。52年前の屈辱を晴らした瞬間だったに違いない。

【1992年バルセロナ大会】
1992年バルセロナ大会の最終ランナーは、ロサンジェルス大会バスケット銀のエピ。そして、右足が不自由なパラリンピックのアーチェリー選手アントニオ・レボリョが火のついた矢を放ち、70m離れた聖火台に点火した。オリンピックは健常者だけのものではないことを、このセレモニーで世界に伝えた。

【1996年アトランタ大会】
1996年アトランタ大会で、聖火点火を担当したのはモハメッド・アリだった。1960年ローマ大会でボクシングライトヘビー級で金メダルを獲得。プロボクシングでも、世界ヘビー級チャンピオンだった。
ローマ大会で、黒人であることを理由にレストランへの入店を拒否され、それに抗議して川へメダルを捨ててしまったり。アメリカのベトナム戦争への徴兵が黒人中心であると非難。アリ自身に送られてきた徴兵礼状を拒否し、ヘビー級チャンピオンをはく奪されたり、人種差別問題に対して少々過激な活動を行ってきた。
そのモハメッド・アリが、世界が見守るオリンピックの桧舞台に帰ってきた。それはアメリカ政府とアリとの関係回復を意味した。しかし病に侵された手は震えていた。経緯を知る者には、言葉では表現しきれない様々なメッセージを投げ掛けたシーンだった。

【2000年シドニー大会】
2000年シドニー大会の聖火最終ランナーはキャシー・フリーマン。オーストラリア先住民の血を引くアボリジニの女性だった。民族や人種による長年の冷遇から開放されたことを伝え、オリンピックの理念である、全ての人類が集う平和の祭典であることを強調した。キャシー・フリーマンは女子400mに出場し優勝し、その雄姿を世界中に強く印象づけた。


北京では、誰が聖火の最終ランナーを担当し、どんなメッセージがそこに込められるのだろう。
どんな競技よりも僕がわくわくしてオリンピックを観る瞬間だ。


posted by marketing |23:10 | オリンピック | コメント(0) | トラックバック(0)
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