2010年05月08日

久しぶりにPLを語ります

非常に久しぶりにブログアップさせて頂いております。

最後の記事がえーっと2008年11月3日。
約1年半ぶりでございます。
まあ、その間いろいろとありまして、中々ブログをアップする事も出来ませんでした。
やっとこさ身辺も落ち着きましたので、またぼちぼちと大好きな高校野球ネタを書いていこうと思います。

まずはこの1年半のPL学園を振り返ってみましょうか。

この1年半は僕みたいなPLファンにとっては、中々楽しくももどかしくもあった時間でした。

昨年は春夏と連続して甲子園に出場したし、それ自体は非常に嬉しい事でした。
でも両大会ともに初戦は突破したものの、2戦目であえなく敗退。
やっぱりPLは出るだけではダメだし、出る限りは優勝して欲しい。
だからなんですけどね。

夏はエースの中野を欠く布陣でしたから、まあ仕方がなかったものの、春は南陽工相手に、中野が9回までノーヒットに抑えながら敗退するという、信じ難いやらなんやらで、もどかしさもピークな試合でした。

そして秋ももどかしかったですね。
夏の県岐阜商戦で衝撃のメジャーデビューを果たした多司の他、吉川や勧野のドラフト候補を擁して、余裕で3季連続かと思わせておきながら、大阪大会の決勝で大阪桐蔭に負けた事でケチがつき、近畿大会の初戦で福知山成美にあえなく敗退してセンバツ絶望。
今年の春は出ていれば優勝を狙えただろうだけに、残念でした。


そして、現在。
今日、大阪大会は春季大会の5回戦が終了。
PLは近大附に9−1でコールド勝利。
終盤まで苦戦したようですが、8回に一気に7点取って地力の差を見せつけた格好です。

多司が春先に故障してやっと投球練習を再開したというニュースも聞いていますが、吉川と勧野は順調のようですね。

明日の準々決勝は関大北陽。
おそらく準決勝で金光大阪、決勝で大阪桐蔭か履正社と激突でしょう。

さっきも書きましたけど、願うのは88年以来の甲子園制覇。
春の間に今年はPLには敵わないなと、思わせて欲しいもんです。

まずは、春を無敗で駆け抜けましょう。

頑張ってや、PL学園。
応援してるで。



posted by maniac |18:53 | PL学園 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年10月29日

PL学園の甲子園成績を振り返る(最終回 平成の伝説と苦闘)

'~PL学園が好きです 
 近畿大会負けちゃいましたが、強いPLの復活を願ってます~'

【第1回 雌伏の時代はこちら】
【第2回 最強PL時代はこちら】

前回は「最強PLの時代」をご覧頂きましたが、今回は平成のPL学園の軌跡を辿ってみたいと思います。
昭和62年に春夏連覇を飾ったPL学園は、この大会を最後に4年間もの期間甲子園から遠ざかったのでした。そしてようやく甲子園に姿を現したのは年号が変わった平成4年のセンバツでした。そしてここから平成のPL学園の新時代が始まります。
さて、どんな闘いがまっているのでしょうか。

(最終回 平成の伝説と苦闘)
平成4年選抜大会(第64回)13回目出場 平成初出場
▽1回戦 
PL学園 004 001 504=14 
四日市工 000 000 010= 1 
(P)児島ー鷲北 
(四)大森、太刀川ー森

▽2回戦 
仙台育英 000 010 000=1 
PL学園 100 020 00X=3 
(仙)小野ー手嶋 
(P)児島ー鷲北 

▽準々決勝 
PL学園  000 000 000=0 
東海大相模 011 000 00X=2 
(P)松井、児島ー鷲北 
(東)吉田ー荒井 
⇒コメント
まだ2年生だった松井の好投むなしく東海大相模に惜敗するこの試合は、当時住んでいた東京でテレビ観戦していました。この2年生投手こそ今年のロッキーズのワールドシリーズの立役者のあの松井です。


平成6年選抜大会(第66回)14回目出場
▽1回戦 
拓大一  000 000 000= 0 
PL学園 016 200 01X=10 
(拓)早田ー関田、兼増 
(P)宇高ー小林 

▽2回戦 
金 沢  000 000 000=0 
PL学園 120 000 10X=4 
(金)中野ー峰岡 
(P)光武ー小林 

▽準々決勝 
神戸弘陵 100 000 000=1 
PL学園 025 012 00X=10 
(神)長井、林ー江殿 
(P)宇高、前田ー小林

▽準決勝 
智弁和歌山 102 200 000=5 
PL学園  000 100 021=4 
(智)笠木、松野ー井口 
(P)宇高、光武、宇高ー小林

平成7年選抜大会(第67回)15回目出場
▽1回戦 
銚子商  100 202 200 03=10 
PL学園 004 003 000 00=7 
(延長11回)
(銚)嶋田、平津ー越川 
(P)前田、前川、福留ー早川 
【本】沢井、山本(銚) 福留(P) 

平成7年選手権大会(第77回)10回目出場
▽1回戦 
北海道工 000 000 300=3 
PL学園 028 020 00X=12 
(北)藤本、小渕ー北川 
(P)前田、嘉戸ー早川 
【本】福留2(P)

▽2回戦 
PL学園 000 010 110=3 
城 北  000 000 001=1 
(P)前田ー早川 
(城)楢木ー小野 

▽3回戦 
PL学園 010 300 501=10 
日大藤沢 100 040 000=5 
(P)前川、嘉戸、前田ー早川 
(日)神崎、黄金井ー小野、武笠 

▽準々決勝 
PL学園 105 000 000=6 
智弁学園 330 200 00X=8 
(P)前川、前田ー早川 
(智)池田、木挽ー松本 

平成8年選手権大会(第78回)11回目出場
▽1回戦 
旭川工  000 000 000=0 
PL学園 000 003 10X=4 
(旭)鈴木ー小室謙 
(P)前川ー馬場 

▽2回戦 
PL学園 700 000 301=11 
県岐阜商 000 003 001= 4 
(P)前川ー馬場 
(岐)関谷、森、秋田ー渡辺剛 

▽3回戦 
高陽東  200 301 010=7 
PL学園 002 001 201=6 
(高)宗政ー小川 
(P)前川ー馬場、高墳 
【本】清原(高) 荒金、前田(P) 


平成10年選抜大会(第70回)16回目出場
▽1回戦 
樟 南  000 100 000=1 
PL学園 100 102 10X=5 
(樟)永田、上野ー鶴岡 
(P)上重ー石橋 

▽2回戦 
PL学園 121 200 111=9 
創 価  000 000 000=0 
(P)上重ー石橋 
(創)魚谷ー絵鳩 

▽3回戦 
敦賀気比 000 000 001=1 
PL学園 100 000 02X=3 
(気)東出ー倉野 
(P)稲田、上重ー石橋 

▽準々決勝 
明徳義塾 010 000 001 0 =2 
PL学園 000 001 001 1X=3 
(明)寺本ー津呂橋 
(P)上重、稲田ー石橋 
【本】寺本(明) 

▽準決勝 
横 浜  000 000 021=3 
PL学園 000 002 000=2 
(横)松坂-小山 
(P)稲田、上重ー石橋 
⇒コメント
この後3季連続で続く事になる、横浜ーPLの死闘3連戦の第1章でした。終盤までPLペースで進んだ試合は、かつての箕島戦を思い起こさせるような守備の挟殺ミスで一気に横浜ペースとなり逆転を許してしまいました。この後、横浜と松坂は一気に頂点への駆け上がり夏をも制覇してしまうのでした。もしこの試合に勝っていたら、この年の春夏連覇はPLが達成していたかもしれません。
この試合は中村監督の最後の試合でもありました。

平成10年選手権大会(第80回)12回目出場
▽1回戦 
PL学園  002 003 001=6 
八千代松陰 110 000 000=2 
(P)上重、稲田ー石橋 
(八)多田野ー大木 

▽2回戦 
PL学園 000 100 001=2 
岡山城東 000 000 100=1 
(P)稲田ー石橋 
(岡)中野、細川、小林ー藤田 
【本】三垣(P) 

▽3回戦 
佐賀学園 000 100 000=1 
PL学園 112 001 00X=5 
(佐)江口、山田ー実松 
(P)上重ー石橋 
【本】古畑(P) 

▽準々決勝
横  浜 000 220 010 010 000 12=9 
PL学園 030 100 100 010 000 10=7 
(横)松坂-小山 
(P)稲田、上重ー石橋、田中 
【本】小山、常盤(横) 
⇒コメント
新たな高校野球伝説が生まれた日でした。春に続いての対決は、全国を熱狂の渦に巻き込みました。共に高校生レベルを超越した強豪校同士が繰り広げた延長17回の死闘は、学校のネームバリューから松坂という絶対的な主役の存在、そしてドラマ性とこれ以上ない演出が揃った最高の試合でした。この試合は残念ながら当時海外に住んでいたので、生で観戦出来ていません。

平成11年選抜大会(第71回)17回目出場
▽1回戦 
横  浜 102 002 000=5 
PL学園 211 100 01X=6 
(横)斉藤、袴塚、小沢ー土屋 
(P)植山ー田中雅 
⇒コメント
前年のセンバツから3季連続となった横浜との対戦は、期待通りの好ゲームとなりました。横浜が初回に先制するとすかさずPLが逆転しますが横浜が3回に追いつきます。再びPLが勝ち越すと6回にまたしても横浜が追いつき終盤に突入。そして迎えた8回裏にPLが勝ち越して試合終了。3度目の対戦にして初めて横浜を破ったのでした。

▽2回戦
玉野光南 000 120 000= 3 
PL学園 331 000 44X=15 
(玉)福明、小川ー橋本 
(P)植山、西野ー田中雅 

▽準々決勝
PL学園 020 200 200=6 
平 安  000 000 000=0 
(P)植山ー田中雅 
(平)香川ー岡崎

▽準決勝
沖縄尚学 200 100 200 012=8 
PL学園 010 100 300 010=6 
(延長12回)
(沖)比嘉公ー有銘 
(P)西野、植山ー田中雅 
⇒コメント
平成では最も決勝に近づいた試合ではないでしょうか。序盤から沖縄尚学に常に先攻される苦しい展開も7回に一気の集中打で同点として、このまま一気に押し切るかと思われましたが延長にもつれこみます。11回に1点を勝ち越されるも一度は同点としますが、12回に2点取られて万事休す。

平成12年選手権大会(第82回)13回目出場
▽1回戦 
札幌南  000 000 000=0 
PL学園 141 010 00X=7 
(札)皆方ー青山 
(P)朝井、宮内ー加藤 

▽2回戦 
明徳義塾 000 010 300=4 
PL学園 016 002 00X=9 
(明)三木田、増田ー木下、河口 
(P)朝井ー加藤 
【本】朝井(P) 

▽3回戦 
智辮和歌山 104 220 002=11 
PL学園  001 022 200=7 
(智)中家、山野ー後藤 
(P)朝井、宮内ー加藤 
【本】池辺、山野2、後藤(智) 
⇒コメント
ある意味、昭和の盟主だったPLと平成の盟主を狙う智辮和歌山の、新旧王者の覇権をかけた試合でした。象徴的だったのはこの試合の勝敗がそのまま、この両校のその後の明暗と合致することです。序盤から智辮の重量打線が爆発し一時は1-9とリードされますが、PLも猛反撃して7-9まで追い上げた時には鳥肌が立ちました。しかしあと一歩届かず無念の敗退。この年のPLは朝井や今江などの主力が2年生だったこともあって、翌年は久しぶりの全国制覇も夢ではないと言われていましたが、悪夢の不祥事発生で1年間の出場停止という厳罰が下りました。これを境にPLは野球部の体制を一新、野球部寮も廃止されて弱体化を余儀なくされていくのでした。

平成15年選手権大会(第83回)14回目出場 不祥事からの復活
▽1回戦 
PL学園 300 200 026=13 
雪 谷  000 001 000= 1 
(P)木村、田村、藤井ー二葉 
(雪)太田、内田、金子、太田ー福田 
⇒コメント
不祥事発覚→1年間の出場停止後の初めての甲子園は、かつてのPLを彷彿させるような力強い試合運びでした。序盤から長短打を絡ませての大量得点で復活への第一歩を刻んだのでした。

▽2回戦 
福井商  000 000 202=4 
PL学園 000 100 100=2 
(福)稗田ー吉長 
(P)木村、田村ー二葉 
福井商の稗田の荒れ球に翻弄され、最後まで狙い球を絞りきれずに敗退。勝てた試合だけにもったいなかった。

平成15年選手権大会(第83回)15回目出場
▽2回戦 
日大三  000 300 212=8 
PL学園 010 001 021=5 
(日)浅香ー秦 
(P)前田、中村圭ー後路 
【本】佐々木(日) 神戸、藤井(P) 
優勝候補にもあげられていた日大三との対戦は、「桑田二世」と騒がれた1年生エースの前田が先発。序盤は日大三打線を何とか抑えるものの、4回につかまり途中降板。リリーフした中村圭も打ち込まれ大量失点。打線も奮起して終盤に追い上げ「もしかしたら?」と思わせるが、結局届かず無念の初戦敗退。

平成18年選抜大会(第78回)18回目出場
▽1回戦 
真岡工  000 000 001=1
PL学園 300 040 20X=9
(真)西山、平野ー小貫 
(P)前田ー仲谷 

▽2回戦
PL学園 000 000 001=1
愛知啓成 000 000 000=0
(P)前田ー仲谷 
(愛)水野ー永田 

▽準々決勝
PL学園 011 100 100=4
秋田商  000 000 001=1
(P)前田ー仲谷 
(秋)佐藤洋ー鳥井 

▽準決勝
清 峰  010 030 200=6 
PL学園 000 000 000=0
(清)有迫ー田辺 
(P)前田、三宅、冨田ー仲谷 
【本】木原(清) 
⇒コメント
この試合が現在のPL学園の甲子園の最終成績となっています。この試合は甲子園で観戦していましたが、前田が疲れからか普段のキレがなく清峰打線に打ち込まれ、元々そんなに強力ではない打線も沈黙して完敗でした。

ご覧頂いたように、平成になってからもセンバツ4強が4回と決して悪くない成績を残しているものの、昭和の黄金期に余りにも強烈な戦績と印象を残したからか、どうしても苦戦という感じがしてしまいます。
そして延長17回をピークに不祥事発覚後の弱体は明らかで、大阪桐蔭や履正社に好選手が進学するようになる傾向が拍車をかけ、ここ数年はかつての面影がありません。
今年の近畿大会も得点差はあまりつきませんでしたが、天理に完全な力負けでした。
以前だったら考えられない状況に陥っているのが現実です。
ここから立ち直るのは並大抵の努力では無理でしょうが、冬場の厳しい練習を経て来春以降にたくましくなった新生PL学園を見れるのを楽しみに待ちたいと思います。

PL学園甲子園通算成績
▼通算成績           ▽選抜大会           ▽選手権大会
94勝28敗(2位)      47勝16敗(3位)      47勝12敗(4位)
優勝7回準優勝4回      優勝3回準優勝1回      優勝4回準優勝3回


以上、長い長い成績集にお付き合いいただいてありがとうございました。
OBでも卒業生でもない僕が出来る事は少ないですが、少しでも大好きなPL学園がかつての輝きを発揮してくれればと願い、そして現在の選手たちの励みになればとこの企画を思いつきました。

勝手な思いつきで始めた企画でしたが、こうやって改めて振り返るとPL学園の凄さを実感します。
そして楽しかったのは、単に試合の結果を思い出したのではなく、ああ、この時ってこんな事してたなとか好きだった子のことを思い出したりで、思い出も一緒に蘇ってきました。まるでタイムトリップしたようなそんな感覚でした。それもやはりPLが創り上げてきたひとつひとつの時代を一緒に共有できたからこそなのでしょう。
キラ星のようなスターを輩出し、まるでディープインパクトのような圧勝劇を演じたかと思うと、「逆転のPL」や「奇跡のPL」など、まるでミスターシービーのような試合をしてみたり、まさに昭和から平成にかけての高校野球の代名詞だったPL学園。ここ最近は苦戦を強いられていますが、以前のような輝きをきっと取り戻してくれると期待しています。
【了】

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posted by waruchan2002 |22:36 | PL学園 | コメント(2) | トラックバック(1)
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2007年10月29日

PL学園の甲子園成績を振り返る(第2回 最強PL時代)

'~PL学園が好きです 
 近畿大会負けちゃいましたが、強いPLの復活を願ってます~'

【第1回 雌伏の時代はこちら】

まさに最強と言って過言ではない時代でした。なんと言っても昭和56年(1981年)から昭和62年(1987年)の7年間にセンバツ優勝3回・準優勝1回、選手権優勝3回・準優勝1回を記録したのですから。年表にして見てみるとその凄さが改めて実感できるので辿ってみましょう。
      選抜成績   優勝校   準優勝校    選手権成績  優勝校   準優勝校
昭和56年  優 勝   PL学園  印 旛     予選敗退   報徳学園  京都商
昭和57年  優 勝   PL学園  二松学舎大付  予選敗退   池 田   広島商
昭和58年  未出場   池 田   横浜商      優 勝   PL学園  横浜商
昭和59年  準優勝   岩 倉   PL学園     準優勝   取手二   PL学園
昭和60年  4 強   伊野商   帝 京      優 勝   PL学園  宇部商
昭和61年  1回戦   池 田   宇都宮南    予選敗退   天 理   松山商
昭和62年  優 勝   PL学園  関東一      優 勝   PL学園  常総学院

という訳で、ご覧頂いた通り昭和61年を除いて全ての年度で決勝に進出していました。まさに最強の名を欲しいままにしていた時代でした。
昭和56年、57年とセンバツ連覇した後、KKが1年生で出場する昭和58年夏まで2季連続で甲子園を逃した時期がありました。これだけでもPL学園はどうした?という声が当時上がっていた記憶があります。たらればの話ですが、昭和56年も57年も夏の大会に出場出来ていれば、当然甲子園の主役となっていたでしょうから、56年は金村の報徳学園や工藤の名古屋電気(現愛工大名電)、57年は畠山、水野、江上の池田や野中の中京、荒木大輔の早実との対戦が観れたかもしれません。実現しなかっただけに想像しただけでワクワクします。
そんな訳で、話をしだすとキリがまりませんのでここら辺にして、前回に続いてPL学園の甲子園の成績を振り返ってみたいと思います。

(第2回 最強PL時代)
昭和56年選抜大会(第53回)8回目出場 逆転サヨナラで選抜初優勝
▽1回戦 
岡山理大付 000 000 000=0 
PL学園  000 000 23X=5 
(岡)安藤ー大曽根 
(P)西川ー田淵

▽2回戦 
PL学園 000 000 001=1 
東海大工 000 000 000=0 
(P)西川ー田淵 
(東)成田ー増田 
【本】吉村(P) 
⇒コメント
丁度、小学生から中学生になる間の春休みで毎日テレビにかじりついてました。この試合はとにかく9回の吉村の本塁打しか覚えてません。打った瞬間に飛び上がって喜んだ自分の記憶だけが今でも鮮烈に残っています。吉村は言うまでもなく、その後巨人の主力となったあの彼です。

▽準々決勝 
日立工  000 000 020=2 
PL学園 301 003 01X=8 
(日)永井ー神長 
(P)西川ー田淵 
【本】東(P) 

▽準決勝 
倉吉北  000 000 000=0 
PL学園 000 001 21X=4 
(倉)坂本ー谷口 
(P)西川ー田淵 
⇒コメント
倉吉北は当時では珍しい完全な野球留学校で脚光を浴びました。PL学園が夏の初優勝した昭和53年の夏に、初出場で川又がいた早実を破った辺りから頭角を現してきた学校でした。今では普通ですが、エースの坂本君の剃り込んだ眉毛が話題を呼んだ事を覚えてます。

▽決勝 
印 旛  000 001 000 =1 
PL学園 000 000 002X=2 
(印)佐藤ー月山 
(P)西川ー田淵、高橋 
⇒コメント
センバツの初優勝は、またしても劇的な逆転サヨナラ勝利でした。この試合もテレビで観ていましたが、9回裏にリードされてPLの攻撃になった時点で、球場も実況のアナもみんなが逆転を期待していた雰囲気がありました。誰もがまさか今回はと思った事が起きてしまうのが奇跡と呼ばれる由縁なのでしょう。0-1の一死1塁から代打の2年生の佐藤が3塁打で同点、最後は西川が右前にタイムリーでサヨナラで優勝を決めました。
この時期に「逆転のPL」というのが代名詞になったんじゃないでしょうか。
ちなみに。このような奇跡的な同点劇や逆転劇を繰り返しやった学校としては、箕島が星稜との延長18回の後にも、57年のセンバツで明徳戦に延長13回に2点を追いついき14回に1点を取られて2点を取り返して逆転サヨナラという試合や、58年の夏に吉田(山梨)戦でも9回二死から同点本塁打を放ち13回に同じく1点を取られて2点を取り返して逆転サヨナラという試合を覚えています。やはり圧倒的な強さだけで勝ち上がるのも良いですが、こういうドラマを繰り返しすることでより強烈なインパクトを我々に残してくれ、ファンが増えていくのでしょう。

昭和57年選抜大会(第54回)9回目出場 選抜連覇
▽1回戦 
東 北  000 001 000=1 
PL学園 102 000 01X=4 
(東)金子ー阿部 
(P)榎田ー森
PLは初回の一死から清水が中越え3塁打で出塁すると久保田が中前タイムリーで早くも先制。さらに3回裏には星田の2塁打を口火に佐藤の3塁打、岩井の中前タイムリーで2点を追加。東北も6回に1点を返すがPLが8回裏に星田のタイムリー内野安打でダメ押しでそのまま終了。

▽2回戦 
PL学園 000 101 000=2 
浜 田  000 100 000=1 
(P)飯田、榎田ー森 
(浜)川神ー佃
サイドスローの川神を打ちあぐみ大苦戦。それでも4回には二死2塁から松田が右前にしぶとく運び先制。同点で迎えた6回には先頭の佐藤がセーフティーバントで出塁。二死後に再び松田がタイムリーを放ち決勝点となった。途中からリリーフした榎田が4回を無安打で完璧なリリーフ。

▽準々決勝 
箕 島  000 000 000=0 
PL学園 001 000 00×=1 
(箕)上野山、吉井ー住吉、金山 
(P)榎田ー森 
甲子園3回目の対決で初めて箕島を撃破した戦い。共に5安打ずつと引き締まった好試合となった。試合が動いたのは3回裏の二死からの攻撃。安打で出た佐藤が盗塁、清水が四球で得たチャンスに久保田が右前タイムリーで先制。この後共に無得点で迎えた9回表に奇跡の箕島の反撃が始まる。一死から杉山が出塁、岩田の送りバントを榎田が悪送球し一死2、3塁となった。またしても箕島にやられるのかと思われたが榎田が踏ん張る。相手のスリーバントスクイズを内角攻めで防ぎ、最後は投ゴロで試合終了。当時の最高峰のチーム同士の戦いは、1時間47分という短い時間ながら見応えが多い試合となった。そしてこの試合は今のところPL学園と箕島の甲子園での最後の戦いとなっている。
⇒コメント
箕島とPLという高校野球でも屈指のブランド校の対決は、その当時の甲子園の早慶戦とでも言えるくらいの盛り上がりをみせていました。3戦して箕島の2勝、PLの1勝という記録が残っていますが、どの試合も接戦でレベルの高い試合を展開しました。いずれもセンバツでの対戦で、その当時の出場回数をみてみると夏の選手権での対戦がなかったのは意外なくらいです。
今でもこの両校はファンが多い学校です。今年の夏の和歌山大会で箕島が智辮和歌山と対戦した試合(結果は9回裏にサヨナラ満塁本塁打で智辮和歌山が勝利)でも、箕島ファンが球場を埋めていました。そしてPLも秋でも夏でも未だに多くのファンが見守っています。以前とは両校を取り巻く環境や状況は違いますが、またかつてのように箕島とPLの対戦を甲子園で見れるのをたくさんの人が期待しています。
20071101-01.JPG
報知高校野球の記事

▽準決勝 
横浜商  002 000 000 =2 
PL学園 010 010 001X=3 
(横)三浦-塚元 
(P)榎田-森
前日に優勝候補の筆頭と言われた荒木大輔を擁する早実を破ったY校こと横浜商との対戦、横浜商は2年生エースの三浦がこの日もPL打線を苦しめる。安打数ではPLの5に対して横浜商が9安打と優勢で特に押し気味に進める。そして同点で迎えた9回裏にドラマが。PLは一死から加納が四球で出塁すると盗塁(打者は三振)し二死2塁となり打席には榎田。その初球を見事に中前にサヨナラ安打を運び2連覇へと前進した。
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報知高校野球の記事


▽決勝 
PL学園   200 010 525=15 
二松学舎大付 010 000 001= 2 
(P)榎田ー森 
(二)市原、萬羽、河野、市原ー尾鼻 
【本】佐藤、松田(P) 上地(二) 
準決勝で中京を破り勢いに乗る二松学舎大付との対戦となった決勝。6回まで3-1と緊迫した試合展開となるが、7回以降の3イニングで12点を重ねPLが大勝して戦後初のセンバツ連覇を達成した。
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報知高校野球の記事
⇒コメント
榎田、佐藤のタレントを中心にこれぞ高校野球という試合を勝ち抜いた強さは本物でした。
それだけにこの夏の予選の敗退が残念でなりません。ただ当時は違うチームを応援していたんですけどね。この年の夏の大阪大会、中学2年生だった僕は向かいの家に住んでいたタケシくんがレギュラーだった北陽高校を応援に、連日当時の大阪のメイン球場だった日生球場に通っていました。当時の北陽はPLと双璧の強豪校で2年続けて大阪の夏を制して、初の大阪の夏3連覇を目指していました。そして北陽には森田という後に中日の守護神となる2年生エースがいて順調に勝ち上がってきていました。そして準々決勝を北陽が勝った後の抽選会で準決勝で対戦するのが近大付と決まり、別ゾーンは大本命のPLが。対戦相手は春日丘という公立高校。ここでPLが負けたら北陽の甲子園が近づくということで、春日丘を応援していました。そう、だから今でもPLが敗れた試合は覚えています。第4試合で雷雨が降ってナイターとなったこの試合。PLが先攻するも春日丘が脅威の粘りを見せて8、9回に逆転。そして迎えた9回裏にまたしてもドラマが来ました。そう逆のドラマが。さすがのPLはその裏に春日丘を攻め立ててたぶん二死満塁だかになって打者は佐藤。そうあの前年の選抜でも代打で同点3塁打を放って、この年も大活躍した佐藤です。そして佐藤は期待通りの大飛球を左中間に飛ばしてPLの逆転サヨナラと誰もが思った瞬間、春日丘のセンターが背走また背走でその打球を好捕して、PLの夏は終わったのでした。
そしてこれで北陽の3連覇も決まったと思った準決勝。しかし北陽は近大付に集中打を浴びて逆転負け。これで当時万年決勝で敗れていた近大付の初めての甲子園かと思ったら、なんと春日丘が大勝して甲子園出場を決めてしまったのです。今でもあの夏は北陽の3連覇がならなかった事と、PLのまさかの敗戦。そしてもっとまさかの春日丘の甲子園出場という大阪大会史上でも有数のドラマがあった大会として記憶しています。

昭和58年選手権大会(第65回)6回目 KK登場で新時代が幕開け
▽1回戦 
PL学園 000 000 411=6 
所沢商  000 000 110=2 
(P)桑田ー森上、小島 
(所)前田ー尾本 
【本】加藤(P) 前田(所) 
⇒コメント
記念すべきKKのデビュー戦。正直、この夏のPLは大阪予選も苦戦して勝ち上がってきて、エースも不在(この大会の前段階で桑田はまだエースと認知されていなかった)で優勝候補には上がっていませんでした。大阪大会では好投していたもの、まさか甲子園の初戦の先発に桑田を使ってくるとは思っていませんでした。それが開けてみると完封こそ逃すも見事な完投。この瞬間にPL学園に1年生エースの桑田が誕生したのでした。

▽2回戦 
中津工  000 000 000=0 
PL学園 000 001 24X=7 
(中)大成ー川畑 
(P)桑田ー小島 
【本】桑田(P) 
⇒コメント
前の試合で完投した桑田が、完封&本塁打の離れ業で甲子園2勝目です。それにしてもこの1年生投手・桑田の凄いところは1回戦に続いて6回まで互いに無得点の接戦を難なく凌いで味方の援護を率いだすところでしょう。後の大投手の桑田だからと言えばそれまでですが、この精神力の強さは驚きです。
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アサヒグラフの記事

▽3回戦 
PL学園 230 100 000=6 
東海大一 001 100 000=2 
(P)藤本、桑田ー小島 
(東)杉本康、杉本佳、杉本尚ー柴山 
【本】太田代(東)
⇒コメント
双子投手が注目されセンバツでも8強の実力校の東海大一との対戦は、ヒジ痛のエースの杉本尚を温存した東海大一をPLが序盤から攻め立てて完勝。しかし5回以降に登板した杉本尚がPL打線を1安打に抑え込んだだけに、もし先発していたらどうなっていたか分からない試合だったと思われます。

▽準々決勝 
PL学園 133 012 000=10 
高知商  000 054 000=9 
(P)桑田、東森、藤本ー小島 
(高)津野、中山ー楠目、中村 
【本】小島(P) 
⇒コメント
相手は後にプロに進む津野と中山を擁する高知商でした。その津野を序盤から攻略して5回表を終了して8-0とリード。桑田の出来も完璧で圧勝と思った試合でしたが、ここから高知商の怒濤の反撃が。5回裏に一死後犠打を挟んで6連続長短打で5失点でKO。後続の東森と藤本も打ち込まれて6回終了時には、何と10-9の大接戦に。どうなることかと思った終盤戦でしたが、共にチャンスを作れずこのまま試合終了。まさに薄氷の勝利でした。

▽準決勝 
池 田  000 000 000=0 
PL学園 041 100 10X=7 
(池)水野ー井上 
(P)桑田ー小島 
【本】桑田、住田、小島(P) 
⇒コメント
夏、春、夏の3連覇を目指した「やまびこ打線」の池田を木っ端みじんに打ち砕いた試合でした。ここまで勝ち上がってきたPLも池田の前には敵う訳ないと思っていました。ましてや前日に高知商にめった打ちにあった投手陣。池田には何点取られるのかと。しかしまさかのPLの一方的な試合展開に呆然とした記憶があります。池田の野球をPLがやって勝った試合でした。政権交代まさにこの言葉がふさわしい試合でした。この試合を境に前年から続いた池田時代が終わり、PLが王者の時代が始まりました。
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アサヒグラフの記事

▽決勝戦
横浜商  000 000 000=0 
PL学園 010 000 11X=3 
(横)三浦ー森屋 
(P)桑田、藤本ー小島 
【本】清原、加藤(P) 
⇒コメント
この春のセンバツの準優勝校の横浜商との対戦となったこの試合。静かな滑り出しかと思えた2回裏に突然マグマが噴火します。ここまで活躍出来ずにいた1年生の4番バッター清原が好投手の三浦から右翼のラッキーゾーンへと運ぶ本塁打で先制。その後1-0のまま緊迫した展開で迎えた7、8回に貴重な追加点を加えたPLが3-0の完勝で2回目の大優勝旗を手にしました。ここまで桑田のみが脚光を浴びた大会でしたが、最後の最後の決勝の舞台で翌年以降の大活躍の序章とも言える活躍を見せたところに、清原のスター性を垣間みることができました。
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アサヒグラフの記事


昭和59年選抜大会(第56回)9回目出場 脅威の打線も選抜準優勝
▽1回戦 
砂川北  000 100 510= 7 
PL学園 204 534 00X=18
(砂)辰橋、秦ー長谷川、寺西 
(P)田口、高松ー清水孝 
【本】鈴木、清原、桑田2、黒木、旗手(P) 
⇒コメント
脅威の打線と言われた打線がその期待を大幅に上回る打撃を見せた試合でした。空前絶後の1試合6本塁打は、新たな時代の幕開けを予感したのでした。
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毎日グラフの記事

▽2回戦 
京都西  000 001 000= 1 
PL学園 610 001 02X=10 
(京)真鍋、堀井、関ー奥田 
(P)桑田ー清水孝 
【本】清原2(P)
⇒コメント
清原がPLの先輩の阿部に追いつく、大会タイの3本目の本塁打(この試合では2本)を放ち京都西を余裕の撃破で降しました。

▽準々決勝 
拓大紅陵 000 000 000=0 
PL学園 110 002 02X=6 
(拓)古橋ー鈴木隆 
(P)桑田ー清水孝 

▽準決勝 
都 城  000 000 000 00 =0 
PL学園 000 000 000 01X=1 
(延長11回)
(都)田口ー矢野 
(P)田口、高松、桑田ー清水孝
⇒コメント
相手右翼手のサヨナラ落球で辛くもサヨナラ勝ちしました。この試合から打線の勢いが急激に陰り始めてきました。
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毎日グラフの記事

▽決勝
PL学園 000 000 000=0 
岩 倉  000 000 01X=1 
(P)桑田ー清水孝 
(岩)山口ー浅見 
⇒コメント
この試合、打線は何と初回の鈴木の中前安打のみに抑え込まれての零敗。まさかPLが負けるとは思っていなかっただけに、大きな衝撃を受けました。岩倉の自由奔放なチームカラーは当時の高校野球の常識を覆したとも言われたものです。
PLは大会前から圧倒的な優勝候補と見られ、1回戦~準々決勝は前評判通りの圧勝でした。しかし徐々に失速し、準決勝と決勝はともに打線が湿り気味で、結局準優勝に甘んじた大会でした。
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毎日グラフの記事

昭和59年選手権大会(第66回)7回目 春に続いて準優勝
▽1回戦 
PL学園 124 021 022=14 
享 栄  000 000 010= 1 
(P)桑田ー清水孝 
(享)村田、稲葉ー森 
【本】清原3、鈴木(P) 
⇒コメント
初戦からの清原が大爆発。何と3本の本塁打を放ち、好カードと言われたこのカードを大勝しました。
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アサヒグラフの記事

▽2回戦 
明 石  000 000 100=1 
PL学園 031 031 10X=9 
(明)高橋ー前田 
(P)桑田、高松ー清水孝 
【本】松本(P) 

▽3回戦 
PL学園 200 111 040=9 
都 城  000 000 001=1 
(P)桑田ー清水孝 
(都)田口ー矢野 
【本】山元(都)

▽準々決勝 
松山商  100 000 000=1 
PL学園 000 010 10X=2 
(松)酒井ー白石 
(P)桑田ー清水孝 
桑田と同じく2年生エースの酒井との投げ合いとなったこの試合。中盤に追いついたPLは7回裏に岩田の2塁打で勝ち越して何とか辛勝。松山商は9回に一死3塁と迫ったものの、
後続が抑え込まれて惜敗。大健闘と言われた試合だった。
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アサヒグラフの記事

▽ 準決勝 
金足農  100 000 100=2 
PL学園 000 001 02X=3 
(金)水沢-長谷川 
(P)桑田-清水孝 
【本】桑田(P) 
⇒コメント
追い込まれた土壇場の8回裏に桑田の起死回生の逆転2ランで勝利しました。金足農の水沢投手の好投は候補PLをまさに土俵際まで追い込みました。
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アサヒグラフの記事

▽ 決勝戦 
取手二  200 000 200 4=8 
PL学園 000 001 021 0=4 
(延長10回)
(取)石田、柏葉、石田ー中島 
(P)桑田、清水哲ー清水孝 
【本】吉田、中島(取) 桑田(P) 
⇒コメント
8、9回で3点差を追いつくが、延長10回に中島に3ランを打たれ万事休す。春に続いてまたしても準優勝でした。今思うと、この年に優勝していると夏の3連覇が達成されていた訳で、本当に惜しいなと思います。
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アサヒグラフの記事

昭和60年選抜大会(第57回)10回目出場 怪腕渡辺の前に4強で敗退
▽1回戦 
浜松商  001 000 000= 1 
PL学園 021 010 52X=11 
(浜)浜崎、大庭ー加藤 
(P)桑田、小林、清原ー杉本 
【本】清原、松山(P) 

▽2回戦
PL学園 020 100 021=6 
宇部商  001 000 100=2 
(P)桑田ー杉本 
(宇)田上ー田処 
【本】田処(宇) 

▽準々決勝
PL学園 051 000 001=7 
天 理  000 000 000=0 
(P)桑田ー杉本 
(天)喜多ー川上 
【本】杉本(P) 

▽準決勝
伊野商  200 001 000=3 
PL学園 000 010 000=1 
(伊)渡辺ー柳野 
(P)桑田ー杉本 
【本】松山(P)
⇒コメント
今年こそはと思っていただけに、まったくノーマークだった伊野商に敗れた衝撃は前年の岩倉や取出二に敗れた以上のものでした。しかし伊野商の渡辺は単なるフロックではなく実力で清原以下のPL打線を完全に抑え込んでの完勝でした。


昭和60年選手権大会(第67回)8回目 KK最終章 劇的な優勝
▽2回戦 
東海大山形 001 000 015= 7 
PL学園  254 362 52X=29 
(東)藤原、安達ー武田 
(P)桑田、井元、小林、清原ー杉本 
【本】安本、内匠(P) 
⇒コメント
まさしく衝撃の一言でした。8回までの毎回の29得点は今後も破られる事のない大記録でしょう。逆に言うとこの上ない不名誉な記録を献上してしまった東海大山形は、この敗戦をバネにして翌々年に見事に3回戦まで勝ち上がっています。


▽3回戦 
津久見  000 000 000=0 
PL学園 000 201 00X=3 
(津)野村ー吉田 
(P)桑田ー杉本

▽準々決勝 
高知商  020 000 100=3 
PL学園 004 020 00X=6 
(高)中山裕ー岡村 
(P)桑田ー杉本 
【本】川村(高) 清原、桑田(P) 
⇒コメント
優勝候補と言われた高知商との2年ぶりの対戦。中山から放った清原の本塁打は甲子園の中段まで届くすごい打球でした。この試合も強烈な印象が残っています。

▽準決勝 
甲 西  000 002 000= 2 
PL学園 223 420 20X=15 
(甲)金岡ー奥村 
(P)桑田、田口ー杉本、今久留主 
【本】松山、内匠、清原2(P) 西岡(甲) 

▽決勝
宇部商  010 002 000 =3 
PL学園 000 111 001X=4 
(宇)古谷ー田処 
(P)桑田ー杉本 
【本】清原2(P) 
※KK時代もいよいよ最後の大会。清原の活躍は特筆ものでした。特に準々決勝以降の3試合で5ホームランと、勝負どころでの活躍は清原がPLの4番であることを証明しました。

昭和61年選抜大会(第58回)11回目出場 まさかの初戦敗退
▽1回戦 
浜松商  022 000 040=8 
PL学園 000 001 000=1 
(浜)大庭-小出 
(P)月城、深瀬ー吉田、藤原 

昭和62年選抜大会(第59回)12回目出場 春を制覇
▽1回戦 
PL学園   000 300 000=3 
西日本短大附 000 001 000=1 
(P)野村、橋本ー伊藤 
(西)石貫ー柴原 

▽2回戦 
PL学園 005 101 010=8 
広島商  000 000 000=0 
(P)野村、岩崎ー伊藤、松下 
(広)大田、山本、大田ー吉川克 

▽準々決勝 
帝 京  000 100 001 00 =2 
PL学園 100 010 000 01X=3 
(延長11回)
(帝)芝草、平山、芝草ー木村 
(P)野村、橋本、岩崎ー伊藤 
【本】尾崎(P) 
帝京との優勝候補対決は、9回に帝京が大井の中前タイムリーで追いつく。しかし11回裏にPLは一死後に立浪が右前安で出塁。二死後に岩崎の右前安で二死1、3塁とし長谷川が初球を右前にはじき返してサヨナラ勝利。

▽準決勝 
PL学園  000 104 000 000 03=8 
東海大甲府 203 000 000 000 00=5 
(延長14回)
(P)野村、橋本、岩崎ー伊藤、松下 
(東)山本ー薄 
3回までに5点のビハインドを負った試合。4回に1点を返すと6回に幸運な二本の2塁打などで一気に追いつく。そして迎えた延長14回二死1塁から連続四球で満塁として、ここで前日にサヨナラ打を放った長谷川が走者一掃の2塁打で決着。東海大甲府は6回の守備が悔やまれる。

▽決勝戦 
関東一  000 100 000=1 
PL学園 200 000 32X=7 
(関)平子、山岸ー三輪 
(P)野村、橋本ー松下 
⇒コメント
初回からPLが先制し中盤に追い上げられたものの、終盤に一気に突き放す王者の野球でセンバツ3回目の優勝を手にしました。この大会のPLは正直言って、強さと脆さが同居していたと思います。特に準決勝は完敗してもおかしくなかった試合でしたが、それを乗り切ったところにこのチームの強さがあるのかもしれません。そしてこの優勝によって、4ヶ月後に手にする春夏連覇の偉業の挑戦権を手にしたのでした。


昭和62年選手権大会(第69回)9回目 春夏連覇
▽1回戦 
中 央  000 020 000=2 
PL学園 100 001 05X=7 
(中)小島-ー中島 
(P)野村、橋本ー伊藤 

▽2回戦 
九州学院 000 002 000=2 
PL学園 222 000 10X=7 
(九)桑崎ー左座 
(P)野村、岩崎ー伊藤 
【本】立浪、尾崎、深瀬(P) 

▽3回戦 
高岡商  000 000 000=0 
PL学園 300 010 00X=4 
(高)尾山ー高畑 
(P)野村ー伊藤 
【本】深瀬(P) 

▽準々決勝 
習志野  000 100 000=1 
PL学園 200 011 00X=4 
(習)綿貫、川井ー鮎川 
(P)橋本ー伊藤 

▽準決勝 
PL学園 231 200 202=12 
帝 京  000 210 020= 5 
(P)野村、橋本ー伊藤 
(帝)芝草、平山、芝草ー木村 
【本】立浪、野村(P) 小沢、藤波(帝) 

▽決勝
PL学園 110200001=5 
常総学院 000000110=2 
(P)野村、岩崎ー伊藤 
(常)島田ー橘原
⇒コメント
この夏、僕は予備校生でした。大阪を離れて東京の某予備校の寮に入って真面目に勉強していました。なのでこの大会はあんまり覚えていないのです。と言いたいところでしたが、当時仲が良かった友人が帝京や横浜商の野球部出身だったり、寮の仲間も全国から集まってきた高校野球好きでこの大会もよく覚えてます。
この大会は序盤では伊良部の尽誠学園と鈴木健の浦和学院との対決があったり、帝京の芝草がノーヒットノーランを達成したりしました。そしてPLに29点取られた東海大山形が徳山高校との対戦で、9回二死3塁で投ゴロで万事休すと思ったところ、投手の1塁への大暴投で同点としてそのまま逆転勝利を収めた試合も懐かしいです。それと常総学院の1年生に仁志(現横浜ベイスターズ)がいたのも僕たち友人の仲間うちでは、出来ればPLと帝京の決勝戦となってすごい試合をと期待していましたが、残念ながら準決勝で対戦してしまし、一方的な試合となってしまいました。その試合を僕らは予備校の授業をさぼって高田馬場の定食屋で観戦してました。いやはや。
という訳で、PL学園は翌日に常総学院を撃破して見事に春夏連覇を達成しました。
しかしまさかこれがPL学園の最後の優勝(現時点)とは思いませんでした。

【最終回に続く】


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posted by waruchan2002 |21:40 | PL学園 | コメント(3) | トラックバック(1)
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2007年10月29日

PL学園の復活を願って PL学園の甲子園成績を振り返る(第1回 雌伏の時代)

'~PL学園が好きです 
 近畿大会負けちゃいましたが、強いPLの復活を願ってます~'

大阪で高校野球と言えば、僕より少し年齢が上の方は浪商なのかもしれませんし、最近の人は大阪桐蔭なのかもしれませんが、間違いなく僕たちの世代はPL学園でした。
その当時、大阪の高校野球をリードしていたのは「私学7強」と呼ばれた強豪校。
それぞれが強い学校で、たぶん昭和40年代までは横一線だったんでしょう。しかし僕が小学校に入学した昭和50年代に入ってからのPL学園は、それまでの今イチ勝ちきれなかった勝負弱さを完全に振り払い、一気に全国屈指の強豪校に駆け上がっていった時期でした。それも究極の感動ドラマ付きで。

西田、木戸で「逆転のPL」を決定づけた初優勝(昭和53年)は小学校4年生で。
西川、吉村で「2回目の逆転のPL」のセンバツ初優勝(昭和56年)は、中学校1年生。
榎田で「センバツ連覇」は中学2年生。
そして桑田、清原の「KKの最強PL」は中学3年生~高校2年生。
立浪、橋本、野村、片岡で「春夏連覇」は浪人中。
そして横浜との「延長17回」は海外で。

そのほとんどの過程を目の当たりに出来たのは本当に幸せなことで、一気にPL学園の虜になっていったのでした。そんなPLが最後に甲子園で優勝してから、20年が経過しました。平成になって一度も優勝してないんですよね。その間も「延長17回」など、いろんなドラマを見せてくれましたが、やはり「強いPL」が見たいのです。
そんな訳で「強いPL」の復活を願って、これまでにPL学園の甲子園の全成績を振り返ってみたいと思います。

※私学7強:PL、浪商、北陽、大鉄、近大付、興国、明星

(第1回 雌伏の時代)
昭和37年選抜大会(第34回)初出場
▽1回戦 
高 鍋  000 200 000=2 
PL学園 000 012 00X=3 
(高)清ー屋敷 
(P)堀川ー羽鳥  

▽2回戦 
高 知  000 000 000=0 
PL学園 101 000 01X=3 
(高)岡本ー山崎 
(P)堀川ー羽鳥 

▽準々決勝 
PL学園 000 000 000=0 
松山商  000 324 00X=9 
(P)堀川、今井、光本ー羽鳥、原田 
(松)山下ー梶野 

昭和37年選手権大会(第44回)初出場
▽1回戦 
金 沢  000 000 000=0 
PL学園 302 100 00X=6 
(金)水上ー樺木 
(P)堀川、今井ー羽鳥、原田 

▽2回戦 
PL学園 000 001 001=2 
日大三  010 001 30X=5 
(P)戸田、今井、堀川ー羽鳥 
(日)豊永ー鈴木 

昭和38年選抜大会(第35回)2回目出場
▽1回戦 
首 里  000 000 000=0 
PL学園 003 000 41X=8 
(首)玉那覇ー伊佐 
(P)戸田ー高松、中崎 

▽2回戦 
北 海  010 010 210=5 
PL学園 012 000 000=3 
(北)吉沢ー牛戸 
(P)戸田ー高松、中崎 

昭和40年選抜大会(第37回)3回目出場
▽2回戦 
PL学園 010 010 101=4 
荏 原  000 000 200=2 
(P)加藤英ー福島 
(荏)和田ー中村

▽準々決勝 
高松商  200 000 111=5 
PL学園 000 000 101=2 
(高)小坂ー松原 
(P)加藤英ー福島 

昭和41年選抜大会(第38回)4回目出場
▽1回戦 
PL学園 001 000 010=2 
中京商  040 010 00X=5 
(P)加藤英ー三島 
(中)加藤ー矢沢 
※中京商=中京大中京

昭和45年選手権大会(第52回)2回目出場 初の決勝進出(準優勝)
▽1回戦 
磐 城  000 000 010 00 =1 
PL学園 000 000 100 01X=2 
(延長11回)
(磐)木村ー田村 
(P)新美ー野村 

▽2回戦 
PL学園 200 000 000=2 
銚子商  000 000 000=0 
(P)新美ー野村 
(銚)窪田、野口ー飯島 

▽準々決勝 
大分商  000 000 000=0 
PL学園 200 004 10X=7 
(大)小川ー後藤 
(P)新美、田代ー野村 

▽準決勝 
高松商  000 010 004= 5 
PL学園 210 010 120X=16 
(高)大北、渡辺、大北ー細川 
(P)新美、田代ー野村 

▽決勝戦 
東海大相模 020 132 200=10 
PL学園  010 102 020= 6 
(東)上原ー若林 
(P)新美、田代ー野村 

昭和46年選手権大会(第53回)3回目出場
▽1回戦 
PL学園 000 200 001=3 
郡 山  200 014 10X=8 
(P)谷口、田代、谷口、佐野、辻林ー中村 
(郡)川畑-福田 

昭和47年選抜大会(第44回)5回目出場
▽1回戦 
苫小牧工 000 000 000=0 
PL学園 000 010 10X=2 
(苫)工藤ー影山 
(P)前田ー園田 

▽2回戦 
高知商  201 000 000=3 
PL学園 000 010 000=1 
(高)益永ー沖田 
(P)前田、辻林、平山ー園田 

昭和51年選手権大会(第58回)4回目出場 惜しくも2回目の準優勝
▽2回戦 
松商学園 000 000 000=0 
PL学園 000 100 00X=1 
(松)手塚ー坂神 
(P)中村ー黒石 

▽3回戦 
PL学園 001 000 000=1 
柳川商  000 000 000=0 
(P)中村ー黒石 
(柳)久保ー末次 
※柳川商=柳川
現在、阪神の投手コーチをしている久保投手の柳川商との対戦。PLは3回に一死から内野安打で出塁した。ここで久保が牽制悪送球を2度続けてやり、労せずして3塁まで進塁。ここでタイムリーが出て1点が入り決勝点。安打数ではPLの5に対して柳川商が7と上回っただけに貴重な得点となった。中村は二試合連続の1-0での完封。

▽準々決勝 
PL学園 002 002 005=9 
中 京  000 102 000=3 
(P)中村ー黒石 
(中)千賀ー坂本 
【本】中村(P) 
3回にPLは一死2、3塁でタームリーが出て2点先制。4回に中京がスクイズで1点を返すが、6回に中村ぼ2点本塁打で突き放した。中盤に追い上げられ1点差の9回にスクイズや押し出しなどで大量5点で勝利。
※中京=中京大中京

▽準決勝 
PL学園 000 200 000 01=3 
海 星  000 001 001 00=2 
(延長11回)
(P)中村、米村、中村ー黒石 
(海)酒井ー吉武 
サッシーと言われた豪速球投手の酒井がいた海星が相手。4回に相手のミスで先制するが、9回に失策で追いつかれる嫌な展開。しかし延長11回に一死から水谷が左中間3塁打で出塁し、犠牲フライで決勝点。海星相手に10回を除いて毎回ランナーを与えて苦しんだが、最後はなんとか振り切って決勝進出。

▽決勝戦 
PL学園 000 300 000 00 =3 
桜美林  100 000 200 01X=4 
(延長11回)
(P)中村ー黒石 
(桜)松本ー渋谷 
⇒コメント
父親に連れて行ってもらったプールのラジオで聞いていました。PLが圧倒的に有利の下馬評だったと記憶しています。延長になってもまさか負けるとは周囲の誰もが思っていなかったようです。手元にある週刊ベースボールの甲子園大会号の写真を見ていると、その当時のPLのユニフォームの胸のマークの「PL」の文字が不揃いなのを発見。太い文字や細い文字が入り乱れています。たぶん太文字→細文字への移行期だったのかもしれません。
ちなみに桜美林の松本投手は、現千葉経大附の監督です。
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※週刊ベースボールの記事

昭和53年選抜大会(第50回)6回目出場
▽1回戦 
印 旛  000 000 000=0 
PL学園 102 000 01X=4 
(印)菊池ー金井 
(P)西田ー木戸 

▽2回戦 
南宇和  010 000 000=1 
PL学園 040 001 00×=5 
(南)田中ー都築 
(P)西田ー木戸 
【本】西田(P) 

▽準々決勝 
箕 島  000 101 000=2 
PL学園 000 000 000=0 
(箕)石井毅ー嶋田 
(P)西田ー木戸 
⇒コメント
箕島との甲子園での初対決でした。鶴岡監督時代のPLは豪快さと脆さが同居しており、箕島の細かい野球を苦手にしていました。この試合も有利と言われながら、3本間に挟んだランナーを挟殺ミスで生還させてズルズルと負けてしまった試合でした。箕島のバッテリーの石井と嶋田は、翌年に春夏連覇を達成しました。でもPLも箕島もあわせて、この試合のバッテリーの4人が全員プロ入りしてるんですね。凄いなあ。

昭和53年選手権大会(第60回)5回目 逆転のPLで初優勝 !
▽2回戦 
日 川  000 000 002=2 
PL学園 100 001 03X=5 
(日)石川ー古屋久 
(P)西田ー木戸 

▽3回戦 
熊本工大高 000 000 000=0 
PL学園  002 000 00X=2 
(熊)猪口ー上田 
(P)西田ー木戸 
【本】西田(P) 
※熊本工大高=文徳

▽準々決勝 
県岐阜商 000 000 000=0 
PL学園 001 000 00X=1 
(岐)野村ー藤田 
(P)西田ー木戸 
PLは3回一死から安打で出た走者を送りに二死2塁。ここで谷末が左前に詰まりながらも持って行ったタイムリーで先制。結果的にこれが決勝点となった。PLの西田は5回以降は毎回走者を背負うが要所を抑えて乗り切った。県岐阜商の野村はPLを5安打に抑えたが不運な安打で惜しくも敗退。

▽準決勝 
中 京  000 101 011 000 =4 
PL学園 000 000 004 001X=5 
(延長12回)
(中)武藤、黒木、武藤ー阪本 
(P)西田ー木戸 
4点差で迎えた9回裏、先頭の西田が1塁線を破る3塁打で出塁し柳川の2塁打で1点を返す。なおも一死から連続安打で2点差になりなおも一死1、2塁。ここで中京は投手を武藤から黒木に交代。PLはここで送りバントで二死2、3塁とし、四球で二死満塁。黒木は緊張からストライクが入らず、0-3で再度武藤に交代して2-3となったあと、2塁ベース寄りの内野安打で2塁走者も生還して同点。延長12回二死満塁からサヨナラ押し出しでPLが奇跡の逆転勝利。
⇒コメント
「逆転のPL」、「奇跡のPL」と呼ばれた試合。この試合がその後のPLの全ての始まりだったかもしれません。中京は3回戦で箕島、準々決勝で天理と近畿勢を破っており、こども心に強い!というイメージが強烈に残っていました。それだけに、途中までの展開にやっぱりPLでもダメか、と諦めていました。ポイントは9回の投手交代だったかもしれません。中京の2番手の黒木が緊張からかストライクが入らず、守備についていた武藤が戻りましたが流れが完全に変わりました。
※中京=中京大中京

▽決勝戦 
高知商  002 000 000 =2 
PL学園 000 000 003X=3 
(高)森ー坂上 
(P)西田ー木戸 
準決勝に続いて相手のリードを許して迎えた9回裏にドラマが。この回先頭の中村が初球を中前安打で出塁すると、高知商の森が急に緊張の度合いを増してストレートの四球で無死1、2塁。バントで確実に送って一死2、3塁から木戸が中儀飛でまず1点。なお二死2塁から西田が右翼線に同点2塁打。さらに柳川が左翼越えのサヨナラ2塁打で連日の逆転サヨナラ劇。高知商は9回表無死1、2塁のチャンスを強攻策で潰したのが悔やまれる。
⇒コメント
まさか同じことが2日も続くなんて!誰もがまさかと思った事が起きた試合でした。大阪中、いや日本中がPLに熱狂しました。今でも左翼の頭を越えていくサヨナラ2塁打のシーンを鮮明に覚えています。そして高知商の2年生エースの森投手の試合後の号泣も忘れられません。これでPL学園という学校が最高のインパクトを残し、この後の黄金時代へと続いていくのでした。
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※週刊ベースボールの記事

昭和54年選抜大会(第51回)7回目出場
▽1回戦 
中京商  000 300 001=4 
PL学園 200 000 04X=6 
(中)檜垣ー和田 
(P)中西ー山中 
【本】山中(P) 檜垣(中) 

▽2回戦 
宇都宮商 100 000 500 0 =6 
PL学園 200 000 040 2X=8 
(延長10回)
(宇)笈川ー上田 
(P)中西、竹中ー山中
【本】小早川、阿部2(P)
⇒コメント
従兄に連れられ、甲子園で観戦していました。8回表が終わって6-2と劣勢の試合でしたが、前年を彷彿させるような同点劇、そしてサヨナラ劇を見せてくれた試合でした。前年と違ったのは、後に共に広島で活躍した小早川が1本、阿部が2本のホームラン攻勢を見せたこと。「強打のPL」の原点の試合でした。

▽準々決勝 
尼崎北  000 010 000=1 
PL学園 100 200 13X=7 
(尼)田中、楢原ー安永 
(P)中西ー山中 
【本】阿部(P)
⇒コメント
阿部が大会新記録の3本目のホームランを記録した試合でした。今大会初めて完勝した試合でもありました。ちなみにこの試合のあと雨が強くなり、第4試合の東洋大姫路ー池田の試合は、球史に残る泥んこ状態のグランドでの試合となりました。田んぼのようなグランドでボールが悉く止まってしまったのを覚えてます。9回にみせた池田の猛追も懐かしいです。

▽準決勝 
PL学園 100 020 000 0 =3 
箕 島  000 100 002 1X=4 
(延長10回)
(P)中西、阿部ー山中 
(箕)石井ー嶋田宗 
⇒コメント
またしても箕島にやられた試合でした。それも9回に追いつかれ結局サヨナラ暴投で負けるという、いつもの逆のパターンで。この大会、4強に残ったのがPL、箕島、浪商、東洋大姫路と全て近畿勢でした。浪商には牛島ー香川のバッテリーがおり、試合前から徹夜組が殺到し事故も起こるなど、空前の持ち上がりをみせました

【第2回 最強PL時代に続く】


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posted by waruchan2002 |21:22 | PL学園 | コメント(2) | トラックバック(0)
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