2007年08月31日

松井、満を持し選出・ナチュラルキャプテン宮本が心配

 09.07、09.11オーストリア・クラーゲンフルトで開催される3大陸トーナメントへ、2006年ドイツにおいては国際デビューでのお預けを食らっていた松井がようやく選出の運びとなった。

 ドイツW杯での豪州戦、柳沢→小野のチェンジも、本来松井が選出されていれば間違いなく柳沢→松井のラインであったと、ネットでもガンガン議論になっていたのがつい昨日のようです。
(玉田はボールに足がついて落ち着くまで時間がかかるので、スターター向きだと思います。あの場面で玉田も、すこし?な選択とは思います。)

 どこまで今のチームが松井向きの戦術を取るかによって、彼の活躍度合いや日本のファンに与える印象も異なってくるのではと予想します。
 ゆえ、今回の選出で印象が悪くても、オシムには定期的にフィット感を試す機会を与えることをして欲しい。
 W杯で彼が活躍できることによって得られる+@が望外に大きくなる可能性があるのならば、思い切って彼を生かす編成に着手して欲しいなと。

 今のところはそれぐらいです。
 ただ今回は、バーゼル中田浩二はどうなんでしょうか。
 調整中で、追加召集ありと考えているのですが。
 現況のセンターバック陣で、一番の能力があると筆者は思うので…


 宮本のことをテレビで見たのですが、失点シーンに絡むところに宮本アリってな感じで、単純に「大丈夫か?」と思えてしまいました。

 一点目は、中央部分でグチャグチャっとなった時、明らかに振り切られて(寄せ切れない)スライディングするも遅し。Jでもよく見られたシーンで、いったん味方がボールを奪ったかに見えた後のルーズボールを奪われた後の一瞬「見てしまう」悪い癖が出たように感じました。
 宮本ファンには申し訳ないのですが「軽い」、センターバックの選手じゃないんですよね。古典リベロの選手。
 決勝点は中盤味方のミスを基点に、見事なアーリークロスから明らかにヘディングで競り負けて失点。
 ただ、相手方のレベルからすると、10回あったら2回決まればいいくらいの確率だったと思う。
 その確率、あの場面で得点を決めてしまうのが欧州スタンダードなのだと考えたほうが素直かなとも。
 ちょっと不運なテレビ画面への登場パターンであったとも思われるのですが、決勝点の場面も「軽い」。体力面の差が明らかに出てしまって、タイミングも下がりながらだったし、ヘディングさせないつもりなら反則覚悟で行くしかないような場面になってしまった。
 
 とまぁ厳しく書いたのですが、ザルツブルグの守備は宮本一人の戦術眼でもっていたような気もしないでもない。
 
 宮本とゴリゴリタイプの能力の高い屈強センターバックとで組んだほうが、旧ソ連邦の国との対戦には効果的だったと考えるので、今回は甘めの採点です。 
 
 

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posted by 佐東 武彦 |17:27 | スポーツ | コメント(5) | トラックバック(3)
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2007年08月28日

高木前監督の解任劇と、スポンサーのご愛顧

 悲観的で勘の良いファンなら、

Jリーグ後期日程の開幕戦で、
横浜ダービー、
観客はFマリノスの「最後のダービー」キャンペーンなどから53,000人以上の大入り、
このような大舞台で1-8の大敗を喫した時点で、高木前監督の解任が頭をよぎったのかもしれない。

 サッカービジネスに詳しくも無い筆者にも、ユニフォームにロゴを貼る、メインスポンサー企業等の広報担当の憤怒もいかばかりかと容易に想像がついた。

 最下位に沈んでいるチーム。看板選手の不在。
 そして満員のスタジアムでの恥辱。

 いろいろ、ドーハやアジアカップでの高木琢也氏の活躍を心の奥底に留めるもの、筆者も含め、センチメンタルな気分にもさせられた今回の解任。

 そんな傑出した代表CF経歴を持つ高木琢也氏だからこそ、
猶予二試合を与えられた、そんな気がしなくもない。

 あえて名は伏せるが、件のスポンサー企業は、たいそうスピード感を持つ業界に籍を置く企業である。
 企業による偽装請負の発覚や、違法や脱法的な派遣による告発、果ては最大手企業による介護福祉事業での問題などによって、世間からの目もなかなか厳しい業界のひとつである。

 経済活動を行っている方々なら理解は容易いとは思いますが、そんな逆風の中にあって、あの大敗は、いかにも致命傷だったのではないかと思うが、これは推測の域を出ない。

 ユニフォームスポンサー企業の格などを、ここで論じるつもりは無いが、クラブの成績の善し悪しによって、その企業の雰囲気の善し悪しを、流れを変えてしまうことだってある。
 サッカーを愛するものとして、少し違った側面からサッカーの持つ影響力を信じたい。

 著名で健全な企業を母体に持つクラブとの差は、いろいろなところで顕在化してくるのが日本におけるサッカービジネスの常でもある。
 
 最初から分かっている話。

 善悪や遅早を、冠企業が母体にあるクラブ(旧JSLチーム等)と同じような定義で、新興の、市民クラブに近い存在のクラブでの解任人事を語るのは、少し筋が違うのではないか と提起したい。
 

 

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posted by lullaby |19:06 | スポーツ | コメント(10) | トラックバック(0)
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2007年08月28日

森本君、伊に留まってね

【トリエステ(イタリア)27日=猪野真美子通信員】カターニャFW森本貴幸(19)が、地元テレビ局から「開幕戦ゴールはまるでナカタのようだ」と「中田2世」の襲名を受けた。26日のパルマ戦(アウエー)で1得点1アシストの大活躍。98年ペルージャ中田英寿以来、9年ぶりの日本人セリエA開幕戦ゴールに地元メディアが沸いた。ガゼッタ・デロ・スポルトは「和製デルピエロ」として特集記事を組むなど、U-22代表入りへ、まずは世論が動きだした。

 中略

 そのプレーはU-22代表入りを仮想したものにも通じる。パルマ戦での森本は、突破力、視野の広さを生かして左ウイングとしてプレー。中央でドンと待ち構えるFW平山を生かす上では、これ以上の人材はいない。地元メディアは「クラブのレギュラーも近い」と報じるなど、欧州最高峰での経験は、U-22代表入りの際にはチームの大きな武器となる。イタリアメディアの後押しを受け、森本の「逆輸入」が現実に近づいていく。 
日刊スポーツから引用


 どうなんでしょう。

 こういう風に恣意的に流れを作っていこうとする、日本のマスコミって。

 罪だな、と思うのですが。

 カターニャでまずはレギュラーの位置を獲得して、
 (開幕戦スタメンなのだから、すでに高い信任を得ているとも思えるが…)
合流するならフル代表でして欲しいな と言うのが個人的な希望だ。

 U22代表入りよりも、森本自身が、セリエAでプレーするほうに意義があると、そう思っていて欲しいとも思う。

 また違った側面から見ると、いきなり召集で森本を使わなければならない状態の五輪予選代表ならば、その時は神にも悪魔にもすがる末期状態であると言うことなのではないか。 
 (すでにその状態にあるとは、幾らなんでも言いすぎだと思う)

 そんな状態にならずに、勝ち抜いていって欲しい。

 森本が所属クラブでのプレーを強く望み、意義があるのだと考えているのならば、なにか、そうした森本の意向をよく確認もせず囲い込み的に世論を築いていく、いつものマスコミのやり方を許すことは出来ない。

 召集を断った(断るかもしれない)クラブ(森本)を、あらかじめ先回りして世論形成し、悪人仕立てにして行こうという絵図をマスコミが描くなら、日本のサッカーの流れをいつもダメにしているのはマスコミなんだと、新たな罪を繰り返しているだけじゃないか。
 

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posted by lullaby |12:36 | スポーツ | コメント(14) | トラックバック(0)
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2007年08月27日

高木監督、一先ず お疲れ様でした

 横浜FCは、本日8月27日(月)をもって高木琢也監督(39)を解任し、
後任としてジュリオセザールレアルジュニオール氏(56)の
就任が決定いたしましたのでお知らせいたします。

Julio Cesar leal Junior(ジュリオ セザール レアル ジュニオール)プロフィール
■生年月日:1951年4月13日(56)
■国籍:ブラジル
■指導歴:1983 Vasco Da Gama(バスコ・ダ・ガマ/ブラジル)
   1984 Emirates Sport Club(エミラテスSC/アラブ首長国連邦)
   1995 America Futebol Clube (アメリカFCジョセドリオプレットサンパウロ/ブラジル)
   Esporte Clube Bahia(ECバイーヤ/ブラジル)
   AssociaCao Atletica Bragantino(ブラガンチーノ/ブラジル)
   1996 Guarani Futebol Clube(グァラニーFC/ブラジル)
   America Futebol Clube(アメリカFCナタールリオグランジドノルテ/ブラジル)
   1997 Fluminense Futebol Clube (フルミネンセFC/ブラジル)
   America Futebol Clube(アメリカFCナタールリオグランジドノルテ/ブラジル)
   1998 Coritiba Football Clube(コリチーバFC/ブラジル)
   America Futebol Clube(アメリカFCナタールリオグランジドノルテ/ブラジル)
   2000 America Futebol Clube(アメリカFCジョセドリオプレットサンパウロ/ブラジル)
   2003 Clube Do Remo(クルービドヘモ/ブラジル)
   Kazma Sport Club(カズマSC/クウェート)
   2003/2004 Kazma Sport Club(カズマSC/クウェート)
   2005 Clube De Regatas Do Flamengo(フラメンゴ/ブラジル)
   2007 Amazulu Football Club(アマズールFC/南アフリカ)
■その他経歴:2006 FIFAワールドカップドイツ大会ブラジル代表テクニカルオブザーバー

 上記、横浜FCのホームページから引用



 後任のジュリオ セザール レアル ジュニオール氏の経歴のところで、めまぐるしく指導歴が入れ替わるところがなんともブラジルらしいな と。

 東京から横浜へ都落ち(失礼)の形で居を構えた筆者なのですが、
最近4,5年は空けることが多く、カズの音信も含め、気になって仕方の無かった横浜FCのこと。

 いまHPを覗いてきたら、既に高木琢也氏のプロフィールは空欄になっていました。

 カズはまだコーチングライセンスを持っていないので、遡上にあることになりませんが、いつか横浜FCで指揮をとることになるのかな と。

 ひょっとして特例中の特例で、来期にはライセンスが発給されたり…とか

 ビッグクラブではない横浜のようなチームで、地味に監督業をスタートするのもカズらしくて良いなと、思ったり思わなかったり。

 でも、もう少しFWとしての苦悩を多くのサッカーファンの目に焼き付けて引退して欲しいな とも思います。

 
 

 

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posted by lullaby |22:46 | スポーツ | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年08月27日

プレーヤータイプ

 プレーヤーを大別すると理性的テクニシャンと本能的テクニシャンが存在する。(メキシコ五輪 森-杉山、アトランタ五輪 中田-前園など)
 

 日本人には理性的テクニシャンが多く、ゲームメーカータイプが多いのはその為。では何故そのような現象が発生するかと言うと、多くの日本人の代表監督は歴代理性的テクニシャンタイプが担ってきたから。監督は自分の好きなタイプをキャスティングするのは自明の理。
 

 それを下位レベルの指導者も真似ていこうとする。だから本能的テクニシャンタイプはなんとなく敬遠される。ゆえ育ちにくい。小野伸の客観的な実績はともかく、なんとなく日本ではフィットしない限界もそこにある。野洲の監督などは珍しいタイプ。
 

 U20の吉田靖監督は、爆発的なスピードを生かして突破するタイプの右ウイングや、ゴール前でトリッキーなプレーから得点する選手であったから、選手のキャスティングも近年稀に見るほど楽しいサッカーをするタイプの選手に偏向していた様に感じた。(トレセンコーチ自体にFW出身が少ない)
 

 日本は極めて文化的な国で、指導者にもある程度の教養が要求されるから、サッカーの世界で永く生きていくことを考えると、本能的から理性的へ転向を余儀なくされる場合もある。

 即興で対応できるプレーヤータイプと、理性的に対応するプレーヤーのキャスティングバランスが崩れてしまっているのが、現在の大きな問題。選手配置のバランスがいま必要。
 
 また教育メソッドを見改めない限り、突然変異的(今なら柿谷)な場合を除き、本能的で即興的なイマジネーションを持った選手が現れることも無いように思う。もう30年以上前からの課題で、今更どうこうと言う程でもないのですが。

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posted by lullaby |14:04 | スポーツ | コメント(5) | トラックバック(0)
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2007年08月27日

反町監督への個人的考察と、年代の枠組みを考える

 U17、惜しくも予選リーグで敗退してしまいましたね。

 城福監督は、筆者がU20吉田監督の年の離れた後輩と言うことも有って、
時々学生時代のリーグ戦などで拝見していたりし、懐かしい心情が沸き起こってなんとも言えない「時世」を感じながらその采配を見守っていました。

 日本は、サッカーをするには最適環境とは言えない誘惑の多い先進国だから、今回のU17代表の選手が一人も離脱することなく、順調に成長していって欲しいなと考えています。

 今回の結果は、戦前からの実力通りでほぼ終局を迎えたと思います。
 本当は、隣国での開催など一定の地の利を生かした上乗せも有ったら良かったのですが、そうならなかった。

 名の通ったフランスが相手だからか、「善戦」と言われている節もあるようですが、実際は98年のアルゼンチン戦を思い起こさせるような内容だったと思います。アコーディオンのように開いてしまっていました。


 ところで反町監督について。
 これはあくまで筆者の個人的主観に基づく心象を綴るだけです。
 

 清水東の頃から名を馳せていた氏ですが、その後は多くの関係者の期待を裏切って弱小の慶応に一浪して入学しました。
 学生の頃は、所属するチームの境遇も相まって、時折早慶定期戦の記事が専門誌に出て、懐かしい名前として反町康二(旧名)の名があるだけでした。

 同じような時期に、東高出身には望月達也氏がおり、こちらはヤマハの伝と高校選抜時にオフトなどと関係を持った縁などからオランダに渡ってプロへのチャレンジを開始しました。

 サッカーダイジェスト誌(当時は月間)には、当時の望月氏のチャレンジの様子が連載され、世界へチャレンジしようと言う意欲旺盛な望月氏の手記的な文章を筆者も毎月楽しみにしていたものです。
 

 当時世界屈指のブンデスリーガ、ブレーメンで活躍していた奥寺氏などと比べれば地味なものですが、ダイハツ製の自動車に乗るハーレムのチームメイトから「ダイハツ」など(単純!)と呼ばれながら可愛がられていた様子がその連載には記されていました。望月氏のチャレンジを心の糧にプレーしていた選手も当時は多く居たのだと思います。

 肝心の反町氏ですが、その後の消息はと言うと、全日空横浜トライスターなどで、ANAの会社員をしながらサッカーをしていたようです。
 横浜トライスターは、監督兼任で破格の給与を貰いながらプロとして李国秀氏がプレーしていたり、古河電工からベテランの木口氏などが移籍してそれなりに興味深い都会的なサッカーをしていた印象があります。浦和南高から筑波を経て加入した田口禎則氏や、それなりのメンバーを徐々に揃えたりボイコット事件で対外試合禁止になりながらJリーグ元年を迎えました。
 この頃の反町氏が選手として活躍していたのかと言うと、「サラリーマンプレーヤー」としての話題にはなったと思いますが、柿谷や高校時代の大久保のように将来を嘱望されていたティーンの頃の面影は無かったですね。

 ANAと言う安定した企業に属しながらプレーする姿を、当時の浮かれたJリーグ世相からすると、好感をもって迎えた人もその頃は多く存在していました。その後は横浜フリエの消滅と言う悲しき出来事からベルマーレ平塚に移籍と同時にプロサッカー選手への道を歩み始めたのです。

 生き方として非常にクレバーであるなと感じる反面、疑いの余地の無かった才能あるサッカー選手としての選択の局面では、慶応やANAと言うローリスクの王道を行く生き方。
 
反町氏の、リスクを排して極力消耗しない選手時代の生き方を、
生き方の感じ方として、オリンピック代表世代と言う既にプロとしてのキャリアを過酷な競争の基、積み重ねてきている選手達はどう感じるのだろうか。

 筆者は、既にこの年代の選手を、アマチュアとして選手時代の多くを過ごした人間に任せることの可能性を否定し始めている。
 適当な人材が見当たらないのならば、外国人監督のほうが分かりやすいとも思う。

 また、『日本のサッカー界』はとても狭いから、注目を受けやすい年代の代表監督を日本人がすることにも限界があるように感じている。
 なぜかと言えば、その指導者のキャリアは代表監督で終わりを迎える訳ではないし、失敗や成功を殊更に執拗に紙面に書きなぐるマスコミなどのイメージ刷り込みなども相まって、その後の注目を集めやすい代表関係指導者達が決して幸せそうではないからだ。 

 逆のアプローチもありだと思う。U20世代で予選を戦う案。

 23歳と言えば、押しも押されもしない国家A代表として活躍していてもおかしくは無い年齢にある。
 先回のエントリーを振り返って考えるに、あの年代の選手たちのモチベーションのありように限界が到来しているように感じてならなかった。
 オンリーの五輪代表など、世界規格で言えばはっきり言って二流であろう。
 その二流の立場に押し込めているのは、余りにも大きな潮流だ。
 文部科学省所管の財団法人日本サッカー協会、マスコミ。
 

 サッカーに興味の無い者たちを含めて商売として魅力があるのは、日本国内なら「五輪」のほうがいまだ知名度が高いことも起因している。

 年代別と言う本来なら不要な枠組み代表のあり方が、国際経験への弊害になってはいないだろうか。
 

 マスコミが勝手に作って流布している「飛び級」と言う言葉を我々の側が使うことも考えなくてはいけない。
 
 元来希薄だった、年代別代表と言う枠組みが商業ベースで語られるようになって、ユースからそのままトップチームへ合流と言うクラブが作った良き流れを協会が良くない方向へ導くのなら、それは勘弁して欲しい。

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posted by lullaby |01:34 | スポーツ | コメント(7) | トラックバック(1)
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2007年08月24日

ガラガラの五輪予選 燃えない北京五輪予選代表チーム 

 少し前で恐縮ですが、8月22日の五輪予選について。
 
 国立霞ヶ丘競技場は、そのチームの不振と不信任を示すかのようにお寒い入り。情けないし、こんなものかとも思う。

 本田も水野も、しきりにクロスボールを蹴り込むが、
いったい、FWに得点を期待しているのか疑問に思うほどの精度の低さ。

 'ここのブログでも時々水野等をあたかも国際級にあるかのように、
持ち上げる御仁がいて困るのだが、たかだかアジアの五輪予選であの体たらくなんだから、A代表での高いレベルにあるチームとの対戦でどれほどの個人能力が発揮できると言うのだろうか。'
 交代で出てきた家長しかり。
 まだまだA代表でスタメンを張れるようなレベルにはない。
 (事実関係としては五輪予選代表でもスタメン落ちしたが…)

 そうした選手へ、相手チームが二、三流の年齢限定チーム特定域での
活躍を、盲目的に持ち上げてしまう浅はかさ。

 以前のエントリーにも関係するが、相手チームのレベルに関わらずドリブル突破で毎回毎回「宝のプレー」を連発するような選手なら、
セリエでもリーガでもプレミアでも、放っておく手は無いはずなのだから。

 つまりはその程度の選手以下なのに、何を期待してA代表で起用し、彼らが国際級の救世主であるかのような戯言を多くのブロガーは言うのだろうか。
 (家長は時折メッシのパフォーマンスを凌ぐ、と西野は言っていたが…)
 全体的に持ち上げ過ぎだろう、公平ではないなと感じてしまう。

 今回のベトナム戦でも、ドリブルを用いての有効なプレーが有っただろうか。一回も無かったとして過言ではない。
 
 後半、ベトナムの選手が疲弊してきて、そのような状況でのドリブルを用いた有効な攻撃を筆者も期待して見ていました。
 'しかし、ベトナムの選手を走らせることに失敗したゲームプランで、
最後までそのような胸のすくようなシーンは無かった。'
 また、この年代をしばらく見てきたファンなら分かるはずですが、

 *A代表とのチームレベルでの実力に、近年稀なほど乖離が著しい 
 
 *個人レベルさておき、チームとして機能していない

 *'誰がチームの顔なのか、見えない。
 (応援していてつまらないチームと言えよう)'
 
 *'好き勝手にプレーし、失敗すると一人で不貞腐れているような
 人間としてのレベルに疑問が残る勘違いプレーヤーが多いんじゃないか' 

 *もう少し明るくプレー出来ないのものか
 

 色々有るが、このチームはカタール辺りにぼろ糞にされたほうがいいのではないかと思う。

 今まで意欲が感じられない、スカしたプレーでなんとなく予選を勝ち抜いてきてしまったのが運の尽き。
 大した「宝のプレー」も披露出来ん癖に、持ち上げるものだから、
勘違いして監督の指示にも忠実になれない者ども。
 なまじプロであるから、そこそこのサラリーを貰えているがゆえか、
まったくあいつらにはやる気が感じられない。
 あえて言えば、これほど人間力の感じられない代表チームは近年珍しい部類だと思うのだがいかがだろうか。

 筆者はカンカンに頭にきている。
 文部科学省から財団の代表宛に税金も使われているはずだ。
 こんな情けないチームなら、税金を返せと言いたい。

 今までスカしたプレーしておきながら、悲壮感を醸し出しても、
もう遅い。
 プレーヤーとして一体何のための五輪出場なのか理解できない馬鹿者どものチームなら、早々に負けてしまえ。

 早々に敗退決定し、不戦敗とし、余計な旅費を使うなと筆者は言いたい。

 それほど情けないベトナム戦での有様だった。

 先は無いから、今すぐに解散せよと言いたいほど、チームになろうとしない馬鹿者どもの寄り合いが、2008年北京出場を期待される代表チームなのだ。
 
 ほんとうに情けない。せめて明るくプレーしろと言いたい。
 あれほど憂鬱な気分にさせられる代表チームは珍しい。
 それだけだ。 
 
 

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posted by lullaby |23:48 | スポーツ | コメント(24) | トラックバック(0)
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2007年08月01日

オランダサッカーに出会った日(2)ドリブルや状況判断の考察

 クーバーさんは「パーソナリティー」という、当時のサッカー界では極めて斬新な表現を使ってテクニックを語ってたりしていた。

 配布された冊子の中にも「世界のパーソナリティー」と言う文言が有り、サッカーでいかにパーソナリティーが重要なことなのか解説していたのである。以下

 『個性的なテクニックをもち、創造性に富んだサッカーをする選手が姿を消した結果、「トップレベルのプロの試合を 見ても、ボールキープしていて、敵に囲まれると、どうしようもなくなる選手がほとんどである。それでも攻撃的なテクニックを身につけないでいるから、相手をかわして、プレーのできるスペースを作り出すすべが、ないからである。」ことを嘆くクーバー氏は、現在のコーチが体力トレーニングと体力にまかせての守備的戦術をとっていることを批判している。』

 『そして、「いまのサッカー選手たちの技術(スキル)は限られている。その一方で、体力と体格はどんどん良くなっている。 大部分の選手たちは、90分間動き続けて、直接マークしている相手に仕事をさせない、というだけの能力で 評価されている。 こういう選手たちにとって、本当に必要なのは、技術トレーニングである。つまり、 自分がボールを得たとき、相手にきびしくマークされても、お手上げにならないように、そして仕方なく 近くにいる味方にパスしてしまうことのないように(パスをもらった選手も同じように、どうしようもないのだ) 、自分自身で何かができる能力を身につけさせることである。」と述べている。』 

 -引用終わり
 


 どうにもドイツサッカー流が蔓延して垂れ流されていた状況の日本で、「パーソナリティー」と言う響きは多感な筆者の胸にも響いたものだった。

 当時何かと言えばやれ「組織プレー」だの「フォーメーションプレー」だなどと称して酷く緩慢な練習が流行っており、何の疑いも無くどの選手も取り組んでいた。
 

 何かと言えば「ゲルマン魂」という曖昧な表現を使っていたけれど、当時のドイツチーム(西)の主流はいかに屈強なメンバーを揃えて押し込みサッカーをするかに尽きており、シュワイゼンベックだとかブリーゲルなど訳の分からない選手がそこいらじゅう闊歩していた。シュスターと言う素晴らしい才能は花開かず、その悪循環は今も続いていると言って過言ではない。

 二宮寛や岡野俊一郎などという人々は、純血日本人が50年経っても手に入れることが出来ないフィジカルを無視して奥寺をドイツへ送り込んだ。

 たまたま日本人離れした屈強さを奥寺が保持していて、まずまずの成功を収めたのを良いことに増々ドイツ流を推し進めるのだった。

 なんと言うか、松浦や前田秀樹などと言うボール扱いも不自由な選手が主力を張っていて、読売の中では肉体派の松木のとっつぁんが代表に入るとテクニシャンに見えたから不思議だった。

 オフトが監督に就任するまで、ドイツサッカーの真似事にピリオドを打つまで日本サッカーに明るい未来は見えなかったのである。

 
 以前からあるクーバー氏の思想を、現代の日本代表に当てはめてみても非常に興味深い。
 前段のクーバー氏の珠玉の言霊は、20年前からの課題である。
 
 やらなければいけないことは誰しもが理解し努力しているが、そう簡単には行かないのがサッカーの醍醐味であり、難しさなのだと筆者は考える。

 でも今回日本が負けて、以前からの語り尽くされた世界のサッカーでの課題を取り上げるのも、それが世界との距離が縮まっている証左となるからそれはそれで良い傾向なのかも知れない。

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posted by lullaby |21:35 | スポーツ | コメント(5) | トラックバック(0)
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2007年08月01日

オランダサッカーに出会った日

タイトルからしてオールドな話題が始まりそうですがその通りで。

 デッドマール・クラマーが東京五輪の特別コーチとして招聘された後1968年のメキシコまで、そしてメキシコ以降さしたる実績も無いまま日本サッカーは妄信的にクラマーを神として崇め奉った。

 特に岡野俊一郎と長沼専務理事の入れ込みようは半端ではなく、教育読本には必ずクラマーの短パン姿が躍っていた。つまり協会サッカーは三菱ダイヤモンドサッカーからしてブンデスリーガを頻繁に流すように差し向け、80年代まで多くのコーチや選手を送ったことからも明白なように「ドイツサッカー」に毒されていたのだった。

 そんな状況に当時XEROXスーパーサッカーと共に貴重な国際経験の場を代表に提供していたKIRINが一石を投じた。

その開催には、一説には古河閥の川淵が絡んでいたとの情報もあった。今でこそあんなだが、当時信用薄かったテクニシャンタイプの選手を82年スペインの予選で香港ガバメントスタジアムに登場させたのは川淵だった。
 金田・横山・木村・戸塚・風間などなどの選手に脚光を浴びせた。

 その頃の日本では、実は新興派や実力派チームはドイツ妄信から解き放たれて、新たにオランダ流サッカーをいち早く取り入れようとしていた。

 ヤマハはヨハン・マリウス・オフトをコーチとして81年から招き低迷から脱出。自由奔放なサッカーのさきがけ、読売クラブはフラン・ファン・バルコムヘッドコーチを70年代から早くも起用していたのである。

 そのバルコム氏の協力の下、晴れてキリンサッカークリニックは84年の3月東京国立西が丘サッカー場で開催されたのだった。(春休み中だったと思う)

 講師は後に、日本のサッカー教育者に多くの影響をもたらすクーバーメソッドのウィル・クーバー。

 筆者は当時東京の高校生で春休み中だった。

 指導者対象のクリニックだったが、幸運にも何故かそこに筆者は居た。ずうずうしく潜り込んだのだが、今となっては貴重な体験だったと述懐する。
 

 当時の筆者はカテゴライズされたサッカーに興味は無かったが、クーバー氏がいかに凄い指導者であることは新聞の記事で後日知ったのだった。西が丘でのクリニック後、池袋の西武スポーツ館野外広場での帝京サッカー部向きの指導も見に行ったりした。今考えると、当時は本当に世界のサッカー情報が貧弱で、サッカーを愛するものの情報への執着は貪欲だった。

 83年にケビン・キーガンがニューキャッスル・Uに移籍し(当時チャンピオンシップ・二部リーグ)、KIRINがジャパンカップと称して開催していた大会に招いた関係で、クリニックの冊子表紙は黄色いユニフォームを着たキーガンだった。

 だから筆者はクーバー氏をイギリス人だと思い込んでいた。

 クリニックに現れたクーバー氏は、しかし、おじいちゃんであった。

 こんなおじいちゃんにボール蹴れるのか?と馬鹿にしていた。

 出たちは紺色か黒か記憶は定かでないが、オールド風のジャージ上下。
 足元はパトリックの非常に良質なカーフ皮革を用いたアップシューズ&素足。
 はっきり言ってお洒落だった。しかし見掛け倒しだろうと単純に思っていた・・・・

 最初適当に高校のサッカー部で監督をしているおっちゃんと組まされ、対面で蹴りあった。
 当時の筆者は現役だったから、知らない高校のサッカー部の先生の足前は物足りなく、先生がミスをしたりすると、わざとボールを後逸したりしてふて腐れていたりしていた。

 少しの時間の後、クーバーさんの実演?実技が始まった。
 いわゆるクーバー流ボールコントロールと言う奴だ。

 始まってすぐに筆者は驚いた。

 年齢からしても信じられないほど俊敏に動いていたからだ。いやそれよりむしろ驚いたのは、その
緩急をつけたドリブルのステッピングワークが絶妙だった。

 いろいろクーバーメソッドについて後から他の人の解説を読むと、足技重視みたいな書き方をされているが、実は違う。クーバーさんの真髄は、緩急とボールコントール時における上半身の使い方だと思う。
 またヘディングの教え方も独特だった。いきなりDF役を付けて、競らせながらヘディングをさせる。
 
 クーバーさんも疲れたのか、当時早稲田の宮本征勝監督が派遣したコーチが実演をしてくれた。
 少し頭が禿げ上がって(失礼)年齢不詳だったが、クーバーさんの指示を忠実に再現する様は
アマチュアでトップレベルにあった選手のそれだった。

 帝京の古沼先生も自転車で来ていたが、遠くから見ていてOBのコーチにやらせていた。
 あと他の先生たちはお世辞にも満足なボールコントロールが出来ないようなレベルだった。
 それを考えれば当時の筆者の先生は国体プレーヤー上がりだったのでなんぼかマシだったのだろう。

 クーバーさんの主張は、

 オランダではプレッシングを早くに戦術エッセンスとして取り入れられたが、プレッシングを受けるのは、その選手にテクニックが不足しているからだ 

 ということだった。


 状況に応じたワンタッチプレーなどを指導者陣がミスすると、厳しく叱っていた。

 2につづく

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2007年08月01日

日本サッカーの醍醐味

 2007年AFCアジアカップでの日本の戦い方は、ドイツでのそれの焼き直しに近かった。その翌年の出来事だから、当たり前と言えば当たり前なのだが。

 世界中どこを探しても、あれだけゆっくりとボールを回し、攻撃をビルトアップし、相手の綻びを待って得点に繋げる、そんなスタイルのチームはどこにもいない。
 脚前とインテリジェンスの確かさで、エクセレントなチームを作り上げる。
 それがオシムの狙いなのだろう。
 
 素晴らしいのではないか。

 現状維持から、より攻撃的な布陣と数的優位を保持するため、一歩前に進んだサッカーをするために配列したディフェンスの陣形。

 現状維持から一歩前に進むと言うことは、リスクを冒すと言うことだ。

 その為にはリスクを進んでマネジメントしなければならない。
 オシムの言う「サッカー頭の良さ」はそのことを指している。
 センターバックが二名なら、そのリスクを冒した部分を皆がナチュラルケアしなければエクセレントなサッカーとは呼べない。

 どの大会でも、リスクを冒さずに勝てればそれに越したことは無いかも知れない。しかし、歴史上常勝と呼ばれたチームにもいつか終焉が来る。

 考えてみれば、前回の中国大会だって薄氷の勝利の連続だったではないか。
 
 むしろ今大会の日本のほうが自力を魅せつけていたとして過言ではない。
 
 負けたら短絡的かつ、ヒステリックに騒ぎ立てるのはどうか。

 なぜならW杯でエクセレントサッカーを世界に魅せつける事が、オシムの役割に他ならない。

 今回の大会はチャレンジの場で良い。
 
 いや、日本などは、世界を見据えたサッカーをアジアでするのなら、相手は練習相手であり、時々負けても良いくらいの心持で行って欲しい。

 その点からすると、選手の勇気が不足していた。
 
 過剰な期待は、時に失敗を許さない。
 ゆえ、リスクを冒すことに臆病になる。

 彼らはプロのフットボーラーなのだから、1試合での評価など気にせず、自信を持って前進して言って欲しいと思う。

 日本が前進することによって、アジアのレベルが向上することは間違いない。先回のドイツ大会のように、楽々アジアを勝ち抜いても一勝も出来ないのであれば意味がないではないか。
 
 サウジアラビアに負けたことによって、「日本も時々はアジアで負ける」ことを再確認。内容はさておき、それほどはっきりとした負けだった。

 あまり嫌な気はしない。
 
 

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