2007年08月27日
反町監督への個人的考察と、年代の枠組みを考える
U17、惜しくも予選リーグで敗退してしまいましたね。 城福監督は、筆者がU20吉田監督の年の離れた後輩と言うことも有って、 時々学生時代のリーグ戦などで拝見していたりし、懐かしい心情が沸き起こってなんとも言えない「時世」を感じながらその采配を見守っていました。 日本は、サッカーをするには最適環境とは言えない誘惑の多い先進国だから、今回のU17代表の選手が一人も離脱することなく、順調に成長していって欲しいなと考えています。 今回の結果は、戦前からの実力通りでほぼ終局を迎えたと思います。 本当は、隣国での開催など一定の地の利を生かした上乗せも有ったら良かったのですが、そうならなかった。 名の通ったフランスが相手だからか、「善戦」と言われている節もあるようですが、実際は98年のアルゼンチン戦を思い起こさせるような内容だったと思います。アコーディオンのように開いてしまっていました。 ところで反町監督について。 これはあくまで筆者の個人的主観に基づく心象を綴るだけです。 清水東の頃から名を馳せていた氏ですが、その後は多くの関係者の期待を裏切って弱小の慶応に一浪して入学しました。 学生の頃は、所属するチームの境遇も相まって、時折早慶定期戦の記事が専門誌に出て、懐かしい名前として反町康二(旧名)の名があるだけでした。 同じような時期に、東高出身には望月達也氏がおり、こちらはヤマハの伝と高校選抜時にオフトなどと関係を持った縁などからオランダに渡ってプロへのチャレンジを開始しました。 サッカーダイジェスト誌(当時は月間)には、当時の望月氏のチャレンジの様子が連載され、世界へチャレンジしようと言う意欲旺盛な望月氏の手記的な文章を筆者も毎月楽しみにしていたものです。 当時世界屈指のブンデスリーガ、ブレーメンで活躍していた奥寺氏などと比べれば地味なものですが、ダイハツ製の自動車に乗るハーレムのチームメイトから「ダイハツ」など(単純!)と呼ばれながら可愛がられていた様子がその連載には記されていました。望月氏のチャレンジを心の糧にプレーしていた選手も当時は多く居たのだと思います。 肝心の反町氏ですが、その後の消息はと言うと、全日空横浜トライスターなどで、ANAの会社員をしながらサッカーをしていたようです。 横浜トライスターは、監督兼任で破格の給与を貰いながらプロとして李国秀氏がプレーしていたり、古河電工からベテランの木口氏などが移籍してそれなりに興味深い都会的なサッカーをしていた印象があります。浦和南高から筑波を経て加入した田口禎則氏や、それなりのメンバーを徐々に揃えたりボイコット事件で対外試合禁止になりながらJリーグ元年を迎えました。 この頃の反町氏が選手として活躍していたのかと言うと、「サラリーマンプレーヤー」としての話題にはなったと思いますが、柿谷や高校時代の大久保のように将来を嘱望されていたティーンの頃の面影は無かったですね。 ANAと言う安定した企業に属しながらプレーする姿を、当時の浮かれたJリーグ世相からすると、好感をもって迎えた人もその頃は多く存在していました。その後は横浜フリエの消滅と言う悲しき出来事からベルマーレ平塚に移籍と同時にプロサッカー選手への道を歩み始めたのです。 生き方として非常にクレバーであるなと感じる反面、疑いの余地の無かった才能あるサッカー選手としての選択の局面では、慶応やANAと言うローリスクの王道を行く生き方。 反町氏の、リスクを排して極力消耗しない選手時代の生き方を、 生き方の感じ方として、オリンピック代表世代と言う既にプロとしてのキャリアを過酷な競争の基、積み重ねてきている選手達はどう感じるのだろうか。 筆者は、既にこの年代の選手を、アマチュアとして選手時代の多くを過ごした人間に任せることの可能性を否定し始めている。 適当な人材が見当たらないのならば、外国人監督のほうが分かりやすいとも思う。 また、『日本のサッカー界』はとても狭いから、注目を受けやすい年代の代表監督を日本人がすることにも限界があるように感じている。なぜかと言えば、その指導者のキャリアは代表監督で終わりを迎える訳ではないし、失敗や成功を殊更に執拗に紙面に書きなぐるマスコミなどのイメージ刷り込みなども相まって、その後の注目を集めやすい代表関係指導者達が決して幸せそうではないからだ。逆のアプローチもありだと思う。U20世代で予選を戦う案。 23歳と言えば、押しも押されもしない国家A代表として活躍していてもおかしくは無い年齢にある。 先回のエントリーを振り返って考えるに、あの年代の選手たちのモチベーションのありように限界が到来しているように感じてならなかった。 オンリーの五輪代表など、世界規格で言えばはっきり言って二流であろう。 その二流の立場に押し込めているのは、余りにも大きな潮流だ。 文部科学省所管の財団法人日本サッカー協会、マスコミ。 サッカーに興味の無い者たちを含めて商売として魅力があるのは、日本国内なら「五輪」のほうがいまだ知名度が高いことも起因している。 年代別と言う本来なら不要な枠組み代表のあり方が、国際経験への弊害になってはいないだろうか。 マスコミが勝手に作って流布している「飛び級」と言う言葉を我々の側が使うことも考えなくてはいけない。 元来希薄だった、年代別代表と言う枠組みが商業ベースで語られるようになって、ユースからそのままトップチームへ合流と言うクラブが作った良き流れを協会が良くない方向へ導くのなら、それは勘弁して欲しい。
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posted by lullaby |01:34 |
スポーツ |
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嘆きしは永遠のジレンマか〜日本代表、メンバー選考と日程についての軽い雑感 【フィールド上の些事争論】
8月22日は代表の試合が3つも重なってしまい、全てを観戦したい方にとっては大変な1日になりそうです。 かく言う私もこの日は仕事のため、3試合とも夜通しぶっ続けで録画観戦の予定です。 さて、その22日の試合に臨むにあたっての記者会見で、オシム監督がメンバー選考と日程に関して不満ともとれる発言をされたことをご記憶の方もいらっしゃることだと思います。以下は引用。 --カメルーン戦以降、年内のA代表の試合はUー22代表の試合と重なるため、彼らを呼べない。U-22以上の選手の見極めの第一歩となるのか オシム 質問が
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Re:反町監督への個人的考察と、年代の枠組みを考える
コメント投稿者ID :
海外では上のカテゴリーに呼ばれた選手は、年齢がユースやオリンピックの世代であっても、少なくとも予選などには招集されないのが普通だと思います。
ましてや日程が重なった場合など、間違いなく一番上のカテゴリーに招集されます。
また最近では実況でも解説者が「この選手はまだ◯◯歳です」「◯◯歳とは思えません」(人間力)などと何度も繰り返したりするのも気になります。
それにしても「飛び級」などという言葉は何時頃から使うようになったのでしょうか。
少なくとも、中田や小野の頃には言わなかったと思うのですが。
posted by mmm | 2007-08-27 14:34
Re:反町監督への個人的考察と、年代の枠組みを考える
コメント投稿者ID :
帝京の高橋(フジタ)、釜本二世秋田西目農業の小松(ヤンマー)など、高校生から日本代表へ選出されることが筆者の現役時代にはありました。
それは五輪もW杯も、出場と言う現実から遠かったことと、同じメンバーでの戦いが可能だったことにも起因するからかも知れません。少し牧歌的なイメージのする時代のことです。
その後も戸塚、風間、越田、平川などの四氏は今で言う「飛び級」で活躍していました。都並氏なども21歳の頃には森代表監督のチームで確固たるレギュラーの位置をを得ていたと思います。
あったレベルについては語るべきもなく、今よりも選手選考はあらゆる意味で自由度が高い反面、その環境は劣悪で暗黒時代と言って差し支えない印象があります。
「飛び級」と言うのは、中田の過去を称して金子某が紙面で言い始めたのが最初だと記憶しています。
小野の頃は普通に使っていましたが、今のようにテレビ解説で頻繁に出てくるような言葉でも無かったと思います。
その後も、名波や山田隆など、10代でトップ代表に選出して磨きをかければ…と言う選手がおりました。23歳と言う枠組みに固執してしまうと、選手の旬が過ぎた後の祭りになってしまいそうで問題です。
posted by 筆者 | 2007-08-27 15:52
Re:反町監督への個人的考察と、年代の枠組みを考える
コメント投稿者ID :
小野は18歳でフランスワールドカップに出場していますが、その当時「飛び級」なんていう言われ方を聞いた覚えはないですね。
posted by 通行人 | 2007-08-27 16:38
Re:反町監督への個人的考察と、年代の枠組みを考える
コメント投稿者ID :
聞いた覚えはないのかも知れませんが、
マガジンやダイジェスト、Number誌などで普通に使われ始めていたと思いますよ。
posted by 筆者 | 2007-08-27 16:59
Re:反町監督への個人的考察と、年代の枠組みを考える
コメント投稿者ID :
反町さんに関しては、見方によっては筆者さんのように常にノーリスクな生き方を選んできた、と見る方もいるかも知れません。
僕はこうした評価には賛同できません。
反町さんは全日空社員時代までは、サッカーで将来を切り開いていこうという人生を思い描いていなかったんじゃないか、とは思います。それはリスクを避けた生き方ではなくて、全日空での仕事にやりがいを感じていたんだと思いますよ、
ただ反町さんはフリューゲルスが消滅したから、ベルマーレに移籍したのではなくて、プロ選手として生きていこうと決意されて、全日空という企業を退社し、サラリーマンとしての人生を捨て、ベルマーレでプロ契約をしたんです。この決断以降はプロ選手として当然リスクを背負った生き方をし続けてきている訳ですよね。
反町さんの中でサッカーに対する将来の明確なビジョンが思い描けたからの決断だと思います。
それが指導者としての道で、あまり日の当たる現役時代を歩んでこなかった反町さんですから、コネクションが特別あった訳でもなく、個人の努力で切り開いてきたのが今の地位につながっていると思います。
反町さんと言えば、クールなイメージが定着してしまっていますが、彼が指導者をめざしてパルセロナに押しかけ、毎日熱心にアプローチをし続け、結果指導者としての勉強をすることができた話はそんなに有名じゃないのかも知れませんが、本当はとてもサッカーに対する熱い気持ちをもった指導者なのだと思っています。
posted by おおちゃん おおちゃん | 2007-08-27 18:02
Re:反町監督への個人的考察と、年代の枠組みを考える
コメント投稿者ID :
おおちゃん様
>反町さんは全日空社員時代までは、サッカーで将来を切り開いていこうという人生を思い描いていなかったんじゃないか、とは思います。それはリスクを避けた生き方ではなくて、全日空での仕事にやりがいを感じていたんだと思いますよ
上の文、引用します。
ここの部分が今の多くの五輪世代(プロ)にシンパシーを覚えることが出来るか、と言うことなんですよね。実際、その為もあって、あの年代で割合長くJでプレーできたことは筆者も買っているんです。しかし、高卒でかつサッカー以外の後ろ盾無くプレーを選択している多くの代表世代にとって、その生き様はどう写るのか、と。望月達也氏を比較として出しているのはそのような背景からです。強豪高校から関東1部の大学、そして日本リーグに所属するどこかの企業に就職。総務部など割合負担が軽めの内勤で勤務しながらの福利厚生サッカープレーヤー人生。そこまでがあの年代で一般的で、だがしかしJが開幕して少し経ってからもプロを選択しなかった理由ってどうなんだろうと。
わたしは反町氏に批判的という訳ではなく、内情を踏まえず選択の経緯を見て行くと、サッカーエリートでありながらしかし他には社会的保証の無い今の五輪世代の信任を得ることはなかなか困難なような気がします。
熱い気持ちをもった指導者であることは充分承知しております。
企業人経験があるからこそ、新潟での営業も躊躇無く行えたり出来たところは素晴らしいと思います。
posted by 筆者 | 2007-08-27 18:29
Re:反町監督への個人的考察と、年代の枠組みを考える
コメント投稿者ID :
望月達也さんは、僕らの世代には伝説的な話を聞くことしかないのですが、その時日本には当然プロはなかった訳ですよね。
今の年代別代表選手たち、確かに高卒でプロ以外の後ろ盾はないでしょうが、彼らがプロになる道はスムーズな流れの中にあり、決して望月さんの頃のようなリスクを背負って「なった」訳ではない。そこら辺にかなり違いがあると思います。
むしろ逆に生まれながらにプロがなかった時代の現在の指導者層が、現状の選手たちに、もっと自覚と危機感をもって欲しいと感じることの方が多いんじゃないですか。
プロになるということは、全てを「自己管理」することなんじゃないでしょうか。アマチュア実業団選手は、仕事を午前にして、午後練習をして、週末試合をする、といった生活だった訳で、トレーニングの密度や試合のハードさを今のJリーグと比較はできないですが、一日の中での自由時間を考えたら、むしろ増えているはずです。
将来に危機感や自覚をもっている選手がいるならば、その時間に大学に行くことも可能ですし、実際に宮本選手や松井大輔選手とか、大学に通ってましたよね。それをプロとしての退路をたっていない中途半端な姿勢と見るか、将来をきちんと考えた行動とみるのか。
筆者さんの記事に感じ入る部分も勿論多くあります。だからこそ問いかけてみたくなってしまうのですが、反町さんが歩んできた経歴について、代表選手たちがどうこう感じる、ということはないんじゃないか、と個人的には思います。
問題は経歴じゃなくて、目の前にいる人間を彼らがどう信頼し、評価するかだと思いますので。
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