2006年08月30日

ファン・サポーターの声の受け止め方~東京ヴェルディ1969に思う

私はヴィッセル神戸のファンである。
東京ヴェルディ1969(以下ヴェルディ)は、同じJ1からの降格組、そしてJ1復帰を大命題に掲げるライバルチームだ。

そのヴェルディの公式サイトの中に「ヴェルディ食堂」というタイトルのブログコンテンツがある。
ここでは選手やスタッフがそれぞれブログを展開しており、それぞれ面白い内容になっている。
その中で私が最も気に入っているのが、ヴェルディの取締役である田中尚雅氏の「栄光への道」というブログだ。

このブログは田中氏が、日々起きたことを氏の感想や思いを交えながら書き綴っている。
昨年のJ2への降格から、新チームの結成、ラモス新監督の就任、選手との契約難航など、決して愉快な内容ばかりではなく、サッカーというビジネスにおいて起きることが解り、非常に面白い内容となっている。

最近はチームの状態が決して良いわけではなく、大命題であったJ1復帰が非常に厳しい状態に追い込まれている。
田中氏の苦悩もよく記されている。

そんな中、数日前の記事で気になる表現を発見した。
---以下引用---
>多くのブロガーから多くの意見が寄せられ、できうる限り目を通しているつもりですが、今の時点でクラブ内やチームに楔を打ちかねない意見はあまり歓迎できません。
---以上引用---

断っておくが、田中氏は決して大上段からものをいうタイプではないと思われる。
日々のブログでは、選手やサポーターに対して常に感謝の気持ちを感じさせる表現が多々登場する。
この表現も、先日の神戸戦での敗戦によってJ1復帰の条件である3位以内が非常に厳しくなった中、サポーター・チーム・クラブみんなで結束し、最後まで戦い抜こうという意味の中で出てきた発言だ。

しかし、「それは言ったらあかんやろ~」と私は思う。

推測するに、田中氏には様々な意見が届いているのだろう。
中には誹謗・中傷としか思えないような発言もあるだろう。
しかし、クラブ経営陣には「そうした意見すらもありがたい」と思って欲しいのだ。

私達ファンは基本的に選手への思いを伝える術は無い。
練習場などで帰り際の選手に「頑張ってくれ!」というのが精々のところだ。
本当は誰もが言いたいことは山のようにあるだろう。
しかし、皆その気持ちを飲み込みながら、時には交通費をかけてまでもチームを応援している。
いわば無償の愛だ。

それによってチームが勝てば、選手は活躍に応じて金銭や名誉を受け取ることができる。
チームが強くなり、観客動員が伸び、スポンサー契約が増えれば、その収益に応じてフロントスタッフは給与が増えることもあるだろう。
しかし、チームがどうなろうともサポーターはひたすらお金を払い、時間を使い応援するだけだ。
(もちろん選手やチームは悪くなったときのリスクも負っているが)

しかし、ほぼ全てのファン・サポーターは金銭や名誉が欲しいわけではない。
自分の応援するチームが強くなる。
素晴らしいチームになる。
その成長を見守る。
それが嬉しいのだ。
だからこそ、苛立ち紛れに様々なことを言いたくなる。

だからこそ、せめて「無償の愛」を注ぎ続けるサポーターの意見を「あり難い」、「あまりあり難くない」という区分をしないであげて欲しいのだ。
どんな意見もヴェルディに関心を持ってくれていればこそ、と受け止めてあげて欲しい。
「愛」の対義語は「憎悪」ではなく「無関心」なのだから。

ヴィッセル神戸も昨年、負けが込み「降格」という言葉が現実味を帯びて来る中、サポーターは色々な意見を言っていた。
しかし、最後には「それでも俺達は神戸を応援する」というところに帰結していった。
その理由は、現在ヴィッセル神戸のGMを務める安達貞至氏の存在が大きかった。
ヴィッセル誕生時のGMでもあった安達氏は昨年5月、低迷するチームを救うべくGMとして神戸に復帰した。
結果として、J1残留は果たせなかったが、それまでJ1残留という近視眼的な球団運営をしていたヴィッセルに長期的視野を持ち込み、現在、そしてこれからも続いていくであろう未来を感じさせてくれた。
そして何より、練習場やサポーターズミーティングなどの場で寄せられる厳しい意見、時にはただの愚痴すらも「ファンの思い」として受け止めてくれた。
実際に球団運営に活かされずとも良い。
そうした意見を受け止めてくれている。
それだけでファンは大いに救われるのだ。

田中氏が情熱を持ってヴェルディを運営していることは、ブログから十分に感じ取れる。
だからこそ、ファンの思いを全て受け止めてあげて欲しい。
もしかしたら茨の道が続くのかもしれない。
しかし、その先には必ず昔とは違った栄光が待っている。
ファンはそう信じてついていっているはずだから。

posted by lovesportslove |15:53 | JリーグDivision2 |
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2006年08月29日

野球を語る資格とは~コメンテーターN氏について

プロ野球も終盤。
セ・リーグはほぼドラゴンズの優勝で間違いなさそうだ。
ジャイアンツも若手の起用で、ファンに期待を持たせてくれたが、まだドラゴンズやタイガースと一年間互角に渡り合うだけの体力は無いようだ。
面白いのはパ・リーグ。
プレーオフ進出はホークス、ライオンズ、ファイターズでほぼこちらも堅そうだ。
面白くしているのはファイターズ。
終盤に来ての好調ぶりは、意外とプレーオフもこのまま突っ走るのではないかという期待を抱かせてくれる。

この時期になると、評論家も語る内容も変わり出す。
これまでは目の前の1試合について語っていたものが、シーズン全般を通じての総括であったり、来シーズン以降への期待といったことを語りだす。

そんな中、私が非常に気になるのが評論家の長嶋一茂氏(以下一茂氏)だ。

日本のプロ野球界には「神聖にして侵すべからず」の「法外の家」がある。
それが一茂氏の家というわけだ。
彼の父親は、学生野球中心だったこの国でプロ野球を「国民的娯楽」にまで発展させた最大の功労者の一人だ。
攻走守全てにおいて高い技術を持ち、それに加えて天真爛漫な性格で誰からも愛された。

監督としても、勝率をベースにした結果とは違う場所で愛されており、FAで4番打者(盛りの過ぎた『元』が多かったが)ばかり集めてバランスを失ったチーム構成ですら、彼の明るさの下では「破壊力抜群の打線」ということで、エンターテイメント性の高い打線と愛されていた。

一茂氏はその長男。
期待されてドラフト1位でスワローズに入団、その後父親が監督を務める球団へ移籍~引退。
現役時代は初安打がホームランといった派手なデビューを飾ったが、その後はID野球を看板とする監督との軋轢も噂され、最後までさしたる成績は残せなかった。

私は評論家に必要な能力は、プレーを言葉に置き換える能力だと思っている。
テレビやラジオで聞いている人間の多くは、プロ野球を目指しているわけではない。
しかし、中継を視聴する中で「判った気にさせて欲しい」というのが大半の希望では無いだろうか。
なので、その能力さえあれば、現役時代の成績はさほど気にしなくてもいいと思う。

しかし、一茂氏にはその能力は残念ながら感じられない。
どころか、野球とはこういうものである、この球団(自信が代表補佐を務め、父親がかつて監督だった球団)のユニホームを着るということはこういうことである、と大上段から話す傾向があるのだ。

もちろん彼を球団の代表補佐にするのは、その球団の前オーナーが言うように「グループの人事異動」だ。
好きにすれば良い。
しかし、テレビというメディアから話すときには、自分に求められている役割を認識してからしゃべって欲しい。

記録だけは超一流の選手が「俺は凄かった。とにかく走れ!今のやつらは根性が無い」とわめき散らすのも不愉快だが、特に野球を評論するほど勉強していない(と感じられる)人間が偉そうに話すのも同じくらい不愉快になるものだ。
もし熟知していたとしても、それを言葉にする能力がなければ、我々視聴者にそれは伝わって来ない。

一茂氏はかつて、バント練習を命じたコーチを、報道陣の面前で口汚く罵り、ペナルティー処分を受けた(このときの監督は父親だった)。
もちろんコーチが絶対とは言わない。
自分をアピールすることに一生懸命なコーチが多い中で、真剣に野球に取り組んでいる選手が腹を立てる場面があることは容易に想像がつく。
しかし、一茂氏の場合は、プロとして何の実績も残しておらず、レギュラーに定着もしていない中での行動。
これは同情されないだろう。

彼が父親の跡を継ぎ、野球界を盛り上げるために一役買ってくれることは大歓迎だ。
彼がスター性を持っていることは誰しも認めるところだ。
しかし、あまり大上段に構えず、父親とは違う(スーパースターではなく、最多層であるプロには入ったが、埋もれて辞めていく人間)立場からの発言などで、ファームに注目を集めるようなコメントをして欲しい。
父親の「元」ファンとしては、心からそう願う。

posted by lovesportslove |18:02 | プロ野球 |
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2006年08月28日

名将は言葉で演出する~ヴィッセル神戸対東京ヴェルディ1969

26日の土曜日にはJ2リーグ第36節が行われた。
ヴィッセル神戸は東京ヴェルディ1969との対戦。

この日は試合前から、スタジアム全体が独特のテンションで包まれていたように思う。
今年1月より、ヴィッセル神戸を監督として指揮してきたスチュアート・バクスター監督が、家庭の事情で退任することとなり、この日がホームでの最後の指揮となるためだ。
前回、このブログでも書いたが、ファン間におけるバクスター監督の支持は非常に高い。
チームがピンチのときに救ってくれた救世主というイメージ故だろう。

昨年までの神戸には、システムが悪い意味でなかった。
能力の無い選手達に、消化不可能なシステムを押し付けた結果失われたというのならまだしも、チーム作りそのものにコンセプトが無かったために、戦術の存在する空隙すら奪われていたのだ。

バクスターは就任後すぐに、4-3-3のシステムを提唱。
これは決してそのシステムに固執するという意味ではなく、チーム作りの基本を記号化したに過ぎなかった。
しかし、その記号こそがチーム作りの礎石であり、その言葉からイメージされるサッカーに向かって、選手はプレーを適合させていく。

シーズン開幕当初は、選手間の連携が明らかに悪く、やりたいことは判るが、プレーが追いつかない、選手間でのイメージ共有が図れていないなどの理由で中々結果が出なかった。
しかし、シーズンが進むに連れ、結果として表れ始めた。
第2クール以降21試合を14勝5分2敗というペースで勝ち進むことができ、現在は2位、首位柏との勝ち点差も2まで詰め寄ってきた。

この日の対戦相手東京ヴェルディ1969は、同じJ1からの降格組。
潜在的な力のある選手が多いものの、読売グループのチームらしく(?)、方向性の見えない選手補強を続け、チームとしての戦術は熟成されること無く現在5位と波に乗り切れていない。
しかし、前節では首位の柏を4-1で一蹴するなど、はまったときの破壊力はJ2では屈指のものを持っている。

この日のゲームでは立ち上がりこそ神戸が高いポゼッションをキープしつつ攻め上がるが、フィニッシュが決まらない。
そのうちに流れはヴェルディへ。
中盤が高い位置でプレスをかけ、右サイドの藤田に上がらせることで、神戸のDFラインを低い位置に縛り付けることに成功。
そんな中、神戸DF河本のクリアミスをシウバがさらい、ループ気味のシュートで先制する。
前半終了間際には神戸のボランチ丹羽が2枚目のイエローカードで退場処分となってしまう。

後半バクスター監督はシステムを4-3-2に変更。
ボランチの位置に三浦を下げる。
これが見事にはまった。

三浦というキープ力もあり、正確なパスを送ることができる選手が中央でボールを落ち着かせることで、MF田中やFW朴といった選手の動き出しが生きてくる。
ヴェルディのシウバが「足のハリを訴え」途中交代したことも大きかった。
もし、彼が後半も残っていたなら、彼の縦への突破に備えるために、中盤の底には三浦よりも足の速い選手が必要となったかもしれない。

そしてヴェルディは徐々にバランスを崩し、神戸の左サイドには常に大きなスペースが生まれた。

それを生み出したのはMFガブリエルの投入。
ボールを経由させるプレーの多い神戸中盤には珍しく、縦への意識が強く、ブラジル人らしい独特のリズムのドリブルからミドルを撃つ姿勢も見せるなど、相手にしたら対応し灘いタイプだったのだろう。

そうしたスペースを活かし、左サイドの突破から得たCKを、河本が頭で合わせ同点。

この河本という選手は優男であるため、頼りなさ気に見られがちだが、実は神戸で最もヘディング技術に長けている。
他の選手が「当てるヘディング」が多い中、河本は「叩きつけるヘディング」が身についている。

こうなると完全な神戸ペース。
最後まで左サイドのスペースを使い、そこから中央へ、そしてそのこぼれ球、という攻め方を変えることなく貫いた結果、ロスタイムに田中の逆転ゴールが生まれた。

10人での逆転勝ち。
これは神戸の選手には、大きな自信となるだろう。
逆にヴェルディの選手には計り知れないダメージを残したことだろう。
まだシーズンは1/3を残しているが、シーズンの流れの中での大きな試合となるような気がする。

神戸の勝因は、ずばりバクスター采配にある。
選手が一人少なくなるとまずは守ることから、となりがちなJリーグの中で、負けているチームは攻めに出る、といういたってシンプルな戦略。
サッカーとは一点でも多く取るスポーツ、という大前提に忠実な戦術だった。
そこで、移籍してきたばかりのガブリエル投入を、試合後本人は「監督としては賭けだった」と語っているが、実は自信があったのではないだろうか。
ヴェルディが人数の優位を活かすために前がかりに出てくることは予想できた。
となるとバイタルエリアには、ガブリエルのようなタイプが動くスペースが生まれると見たのではないだろうか。

試合後、バクスター監督は「ミナサン『サヨナラ』トハ、イイマセン。『マタ、アトデ』ト、イワセテクダサイ」と日本語で挨拶。
記者会見でも「サポーターは血です」、「とにかく私は神戸が好きなんです」、「今日マジックを起こしたのは選手達です」と発言し、自らのホーム最終試合を完璧な形で締めた。

最後に余談だが、一方の対戦相手の監督が「選手がサボった。神様が怒ってバチを当てた」といったそうだ。
選手へのリスペクトがない指導者は、退任時にリスペクトなく送り出されることだろう。

posted by lovesportslove |16:13 | JリーグDivision2 |
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2006年08月25日

良き仕事人~スチュアート・バクスター

昨日、ヴィッセル神戸のファンにとっては衝撃のニュースが飛び込んできた。
「バクスター監督一時帰国」

昨年、4勝9分21敗という惨憺たる成績でクラブ史上初のJ2降格となったヴィッセル神戸。
このチームは、毎年のように降格争いを繰り広げていたのだが、何となく土壇場ではJ1残留を果たしてきたために、私たちファンの中にも「多分大丈夫じゃないか」という妙な安堵感があったことは事実だ。
そのため、いざ降格となったときには、その対処法を持っておらず、妙に暗い雰囲気になってしまった。

そんな中、もう一度このクラブを応援しようという気になった二つの出来事のうち一つが「スチュアート・バクスター監督就任」のニュースだった。
(もう一つはキャプテンの三浦淳宏がチームに残留したことだった)

ヴィッセル神戸発足時の監督でもあり、Jリーグでの優勝経験もあり(サンフレッチェ広島時代)、イングランドU-19代表監督、南アフリカA代表監督などを歴任した名将でありながら、他チームオファーを断ってまでヴィッセルJ1復帰のために就任を快諾してくれた監督ということもあり、サポーター間の支持率も非常に高い監督である。

その彼が帰国する理由は、家族の病気。
スウェーデンに入院しているご息女の病状が決して軽くなく、家族のフォローが必要と医師に言われたための帰国であるようだ。

スポーツの世界において、家族と仕事ということはよく言われてきた。
記憶に新しいところでは、阪神タイガースに在籍していたランディー・バース氏が、息子の治療のためシーズン中にアメリカに帰国すると、在阪のマスコミを中心に大バッシングがおきた。
「仕事を放り出して、子供の病気に付き添うとは仕事をなめてる」というわけだ。

日本では「プライベートは仕事に持ち込まず、寂しさを隠しながらプレーするのが美しい」とされてきた。
これはスポーツに限らず、一般のサラリーマンの世界ですら適用されてきた理屈だ。

日本では「仕事」という社会性のあるものは「家庭」というパーソナルなものよりも優先される。
これは一見すると非人間的とも思われがちだが、こうした「モーレツ」振りが日本の経済発展の一助となっていたことは、疑いの無い事実だ。
決して悪いことばかりとは思えないのだ。
ただ、適用するタイミングや場所の問題だけなのではないだろうか。
そしてその時代、スポーツ(特にプロ野球)はサラリーマンが自らの自己投影であったり、鬱憤晴らしであったりといった役割を負わされてきた。

しかし、90年代頃から、公よりも私を優先する方が素晴らしい、といった妙な反動がおき、仕事ですらも責任感の欠如した社員が増え始めた。
しかし、同時にスポーツが、サラリーマンの仕事から切り離された。

鬱憤晴らしのスポーツ観戦でなく、レクリエーションとしてのスポーツ観戦が根付き始めているように思う。

インターネット掲示板などで今回のバクスター監督の一時帰国に対する意見を見ていると、概ね好意的な反応だ。
「今までありがとう。娘さんの全快を祈ります。また一緒にサッカーがしたいです」というのが最大意見のようだ。
昨夜の発表と同時に、メールマガジンで告知、社長が事の経緯を説明した、クラブの対応も良かったのだろう。

大好きな監督だからこそ、好意的に送り出したい。
そんな思いが叶えられて、少し幸せな気持ちになれた。

posted by lovesportslove |15:30 | JリーグDivision2 |
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2006年08月24日

権威の守り方~Jリーグの審判報道を考える

以前もこのブログで審判については書いたことがあるが、今回はJリーグの「審判問題の報道」について考えてみたい。

昨日私の応援するヴィッセル神戸はサガン鳥栖と対戦した。
試合はどちらも決め手を欠いた試合だったようだ。
結果的にはヴィッセル神戸は1-0で勝利したのだが、この試合でも妙な判定があったようだ。

case1:FWの近藤祐介選手が(治療だと思うが)一旦ピッチ外に出ており、再びピッチ内に入るときのこと。第4の審判員が入るように指示を出し、第2審判も入るようジェスチャーで促していた。それに従い入った近藤選手に、主審は自分がまだ認めていなかった、という理由でイエローカードが提示された。

case2:MFのホルヴィ選手がリスタート時、どちらに蹴ろうかという迷いを見せた段階で遅延行為としてこの日2枚目のイエローカード。

一応説明しておくと、case1の場合だが、ピッチ外に出た選手は、再度ピッチに入る際には審判員の承認を得て、試合の流れに関係ない(と主審が認めた)タイミングで入らなければいけない。
しかし、試合の中で第4の審判員が「よし入って!」と指示したら、たいていの選手はそのまま入っていくだろう。
審判同士のコミュニケーションが取れていないと考えるほど慎重な選手は、そうはいないだろう。

まあ、このように明らかに疑問を覚える判定が見られたわけだが、これ自体は今日のテーマではない。
むしろ、今日のテーマはその後にある。

神戸のスチュアート・バクスター監督は「今は何も話したくない気分だ」と試合後の記者会見で、レフェリングに対する疑問を呈した。
しかし、Jリーグの公式サイトとも言うべきJ'sゴールの中ではこの審判批判の部分が、まるまる削除されていた。
そのためバクスター監督は「相手の陣地内で60分はいいサッカーが出来ていた。今は話したくない。試合後にこのような気持ちになったのは初めてだ」と支離滅裂なコメントをしたかのような報道になってしまった。

なぜ審判に対する批判を削除したのだろうか?
その部分も含めて、監督は自らの存在を賭して発言しているのだ。
その言葉の通り書きおこすのも、一つの報道の形ではないだろうか?
もし、そこで敗戦という結果の責任を転嫁するために、審判への批判をしていたとしたら、それを読んだファンがその監督を信じなくなるはずだ。
それを変に誤魔化そうとするがために、余計な詮索を生む。

また、スポーツ新聞も試合結果は報じても、審判のレフェリングに対しては殆どノータッチでいくことが多い。
リーグから、レフェリングに対しては批判を差し控えるように、「お達し」が出ているのかと勘繰ってしまう。

審判は試合を作ることができる役職。
審判の技術向上は、日本サッカーの進歩に直結するはずだ。
もし、批判ができないのなら、公式メディア、スポーツ新聞、専門誌全てがレフェリングに対しても、正当な評価を下すべきではないだろうか。

そこで評価の目にさらされてこそ、選手たちが納得するジャッジが下され、審判の権威が高まっていくのだと思う。

posted by lovesportslove |15:58 | Jリーグ全般 |
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2006年08月22日

高校野球は誰のものか

今年も「甲子園」が終わった。
今年は例年に無く逆転、延長といった試合が多く、そのことで結構な盛り上がりになったようだ。

決勝戦の早稲田実業対駒大苫小牧は、延長15回再試合となり、結果早稲田実業が夏の甲子園初優勝を遂げた。
確かに両チームともよく鍛えられたチームで、しかも好投手の投げあいになったため、非常に緊張感のある、素晴らしい試合になったと思う。

しかし、ここで考えなければいけないのは、選手の体調管理。
普通の高校生よりは鍛えられているとはいえ、やはり高校生だ。
あれだけの投球を2試合連続で行った反動はどこかに出る可能性が高い。

あの決勝戦をせめて間に2日間の休みを入れることはできなかったのだろうか?
「汗と涙」に「感動」なんていうのは、周囲が勝手に言うことだ。
やっている選手は、プロの目を意識している選手、大学進学を意識している選手、これで野球に打ち込む生活は終わりにしようと思っている選手など人それぞれだとは思う。

ものすごく乱暴に言ってしまえば、たかが高校野球で一生を潰してしまう必要などどこにも無い。
また、周囲の大人には、その才能を枯渇させる権利など到底ありえない。
一昔前ならばいざ知らず、今ではこうした意見は決して少数派ではないはずだ。

しかし、あの決勝戦をテレビで見ていると「感動しました」と「頑張れ」のオンパレードで、「先のことを考えてもう降板させてあげて欲しいですね」という意見は出てこなかった。
あの甲子園の独特の熱気がそうさせるのかもしれないが、スポーツとしてみることが不可能になっているようにさえ思われた。

早稲田実業の斉藤投手は、非常に素晴らしい素材の投手だと思う。
プロ野球でも成功する可能性を十分に持った選手だと思う。
球速や球の力が傑出しているわけではないが(高校生レベルでは傑出していたが)、投球術に長けた選手に思えた。
タイプで言うならば、桑田真澄選手(巨人)のようなタイプだろう。

それだけに、今回の反動が無ければ、と願うばかりだ。

高校野球連盟は、飽くまで部活動である、というならば高校生の肉体を損傷することの無いようにスケジューリングしなければいけない。
朝日新聞は「若者のひたむきさ云々」というのならば「野球留学」に対する見解を発表せよ。
あれほど問題の多い大会や組織が、高校生の犠牲で糊塗されるようなことがあってはならない。

posted by lovesportslove |17:10 | 高校野球 |
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2006年08月21日

原因と結果のねじれ関係~ヴィッセル神戸対愛媛FC

19日の土曜日にはJ2リーグ戦第34節が行われた。
私の応援するヴィッセル神戸は愛媛FCとの対戦。
愛媛FCは今年からJリーグに昇格したばかりの新興チーム。
ここまで2戦2勝と相性も決して悪くない。
この試合もしっかりと勝利しておきたいゲーム。

結果は1-0の辛勝。
特に前半などは、神戸得意のワイドストライカーからの攻撃も影を潜め、中盤では逆にボールを奪われる始末。
愛媛も直近の4試合負けなしと、好調であったためだろうか、序盤から積極的にSBが高い位置で神戸の中盤・田中にチェックに行くため、ボールが全くといっていいほど落ち着かなかった。

しかし、愛媛も最後のところでパスミスが多く、シュートまではいけない。
そこに救われた感があった。

後半バクスター監督は、三浦淳宏を中盤に下げホルヴィと並べ内側に入れ、中盤の底に丹羽を配置、中盤を逆三角形にしてボールを落ち着かせようとした。
この布陣は結果的にズバリと的中した。
全体的なポゼッションが高まり、結果として後半は殆ど相手陣内で試合を運ぶことができた。

ここで考えてみると、この試合で後半の布陣、中盤前目に三浦とホルヴィが並ぶのは開幕戦以来。
ホルヴィは決して守備がうまいタイプではなく、三浦も脚に不安を抱え、運動量は決して多くは無い。
そのため、チェックはどうしても甘めになるため、バクスターの目指す「高い位置でのプレス」は中盤が省略された形になってしまい、カウンターサッカーの餌食になりやすくなってしまう。

図らずもそのことを証明したのが開幕の草津戦だったが(結果は0-3で完敗)、この試合では前線とDFラインを非常にコンパクトにまとめることで解決を図っていた。三浦、ホルヴィの関係性も破綻することなく無難に収まっていた。
加えて中盤の底に入った丹羽の動きが素晴らしく、攻撃時にはDFラインに吸収され3バックのような形を作り出し、SBの動き出しをフォロー、守備時には前に上がりつつ、三浦とホルヴィのフォローに回るなど、この戦術に対する理解度の高さをうかがわせる動きを披露した。

決して内容も良くなく、選手のコンディションも悪そうだったこの日、勝ち点3を取れるようになったというのはチームとしての基礎が完成されつつあることの証左といえそうだ。

これまでの神戸は、内容は悪くなかったが結果は惜敗、ということが多かった。
これは基礎が構築されていないために、どうしても最後の部分で詰めが甘くなり、決定的な失点を喫してしまうということだった。

また、選手個々の能力を踏まえた上での戦術が提供されているのだろう。
選手たちが無理なくそれを理解、実践しているように感じる。

試合後のコメントを読むと各選手とも、その試合の問題点の認識を一にしており、そこに戦術を同じレベルで理解していることをうかがわせる。
そのため、反省点なども具体性が出てきている。
昨年までは「試合内容は決して悪くなかった」「下を向くわけにはいかない」といった、分析ができていないが故の抽象的発言ばかりであった。
中には「審判のレベルが低すぎる」というものまで聞かれた。

昨年までの神戸も、今の神戸も個々の選手を見たときに、スーパープレーヤーは三浦しかいない。
しかし、昨年までの神戸は個々の力量で何とか、局面を打開しようと試みて、失敗に終わるというのが殆どだった。

しかし今年はここにバクスター監督が、個々の力量にあわせた戦術を提供し、その中で個々の力量を発揮するというシステムとスキルの紐帯関係が存在しており、そのため悪くても何とか格好は付けられるようになってきた。

第1クールの負け越しは、この状況になるために必要な犠牲であったのかもしれない。
残り17試合。
J1復帰に向けて落とせる試合は一つも無い。
柏レイソル、横浜FCとのガマン比べはまだまだ続く。

posted by lovesportslove |15:46 | JリーグDivision2 |
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2006年08月17日

知性と知識~日本代表イエメン戦

お盆だから、というわけではないがまただいぶ間を空けてしまった。
その間に、サッカー日本代表チームは、オシム監督就任後初の公式戦を迎えた。
アジアカップ予選のイエメン戦だ。

試合の感想からいえば「オシム監督、これから苦労しそうだな」となる。
選手たちにオシム監督の意図が正しく伝わっているとはとても思えない。
選手たちが「オシムサッカー」という、実体無き言葉に踊らされているように感じた。

そもそも「オシムサッカー」とは何だろうか?
ジェフのサッカーが「走るサッカー」というならば、それはあまりに表層的な捉え方になる。
そもそもサッカーとはボールを相手のゴールに向けて、蹴りながら運んでいくものなのだから、どんなに弱いチームでも走っている。
ただ、走るサッカーとだけ言ってしまうと、闇雲に走っているかのような印象を受けてしまう。

これに対しては「有機的にプレーヤーがつながり、目的を持って走るサッカー」という意見もある。
「有機的にプレーヤーがつながる」。
フィールド上に一つしかないボールを「パス」という行為でつないでいく以上、有機的なつながりになるのは当然だ。
「目的を持って走る」
オシム監督風にいえば「目的無く走っているチームを教えてくれ」といったところか。

サッカーに限ったことではないが、スポーツにおいて最も怖いのは「キーワードだけ並べた評論」で語られてしまうことだ。
オシム監督就任後、崩れかけた日本サッカーの救世主、という趣の報道が目に付く。
オシム語録なるものに人気が集まり、オシム監督が比喩を多用するため、その意図を読み解くできない人までもが、そうした比喩で語りたがり、却ってそうした風潮に拍車がかかってしまっているのは皮肉なことだ。

ここで考えなければならないのは「崩れかけた日本サッカー」というもの。
サッカーにおいてはシステムと能力のバランスが必要とされる。
しかし、日本はとかくこの紐帯を切断したがる。
中盤からキラーパスなるものが飛び出し、大きく曲がるFKが繰り出されるチームは「美しいサッカー」。
全員がショートパスでつないでいき、ゴール前でも細かなパス交換で崩すと「システマチックなサッカー」となる。
こうしたサッカーをシンプルに断じつつも、キーワードを織り込んで話すのが「流行」したために、日本サッカーの本質的問題点を論じられることはなくなってしまった。

こうした風潮に最も頭を痛めているのがオシム監督ではないだろうか。
キャッチコピーを付けて、象徴的にあらわすことは、決して悪いことではない。
かつての池田高校の「やまびこ打線」などは、正に言い得て妙、という奴だ。
しかし、そのキャッチコピーが戦術全てをあらわすものではない、こんな当たり前のことを私たちは肝に銘じておかねばならない。

おそらくオシム監督は「渦巻き理論」などが、戦術の原点にあると思う。
そして、あの当時の東欧諸国では、国家のスポーツインフラを全て受け取れるだけの地位にサッカーが存在したことも自覚しているだろう。
しかし、現在の日本においてはJリーグとの関係すらままならないのが実情だ。
では日本代表とクラブの関係はどうするべきなのか?
そうした視点もなく、たった一つの試合だけで「オシムサッカーはどうがこうだ」言っているのは滑稽だ。

posted by lovesportslove |17:55 | サッカー日本代表 |
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2006年08月11日

新井戸は一日にして成らず~過剰なる期待感

オシム監督になって初の日本代表の試合、トリニダード・トバゴ戦が行われた。
既に様々なところでその結果については語られている。
私もその大半と同様、この試合の結果からは何も語ることはできないと思った。

オシム監督の言葉には確かに含蓄がある。
しかしそれは、とかく表象的な部分ばかりに目を向けようとする「スポーツマスコミ」に対する警告である場合が多い。
たった一つの試合だけを捉え、その試合、ひいてはそのチームのシーズンをまでも語ろうとする「スポーツマスコミ」に対して、「サッカーはそんなに簡単に語れるものではないよ」と諭している様に思えた。

オシム監督就任以降、その含蓄のある言葉を「オシム語録」という括りの中で語ろうとする「スポーツマスコミ」は多い。
日本代表に対しても、皮肉を言って欲しい、それは一見解り難い例えであって欲しいという質問の意図がありありと感じ取れた。

オシム監督は、そうした妙な期待感に辟易しているように感じられる。

今回の日本代表は、Jリーグのスケジュールから考えても真の日本代表を招集し、十分なトレーニングができるはずがないことは自明の理だ。
「スポーツマスコミ」がすぐに引き合いに出していた「オシムサッカー」はクラブチームならではのモノ。
固定された選手たちが、日々共に過ごす中で組み立てらる連携プレーは、即席チームである代表のサッカーとは趣を異にする。

私の応援するヴィッセル神戸とジェフ千葉が2005年に対戦したときには実に26本のシュートをヴィッセルゴールに向かって放ってきた。
結果こそ1-1のドローに終わったが、あるときにはヴィッセルのペナルティエリア内に8人の選手が入り、シュート、クリアしたボールをさらにシュートという文字通りの波状攻撃を仕掛けてきた。
その当時私は、その見事につながったサッカーに感動すら覚えた。
しかし、その有機的つながりは日々同じメンバーが共にプレーする中でこそ生まれ得るものだ。

今回、試合後の会見でオシム監督は「チームを作る時間がないので同じチームからグループで選出していった」という意味のことを言っている。
今回は「新しい井戸」を掘っている時間はなかった、ということだろう。

それにしてもこの国の「スポーツマスコミ」はスキャンダラスに物事を捉えるのが好きなようだ。
ジーコ時代の代表からは殆ど選ばれていない→古い井戸の水は澱んでいた、というシナリオを勝手に構築し、それに従った発言を何とか引き出そうとしているように思えてならない。

オシム監督には、この国の「スポーツマスコミ」を育てて欲しい。
私を含めた大半の人にとって、スポーツの情報はスポーツ新聞などのメディアを通じて入ってくることが多いからだ。
彼ら独自のバイアスのかけ方が、いかにスポーツそのものの本質とかけ離れているかを、その「語録」で語って欲しい。

そして「スポーツマスコミ」の人たちには、その発言の意図を考えてから記事にして欲しい。
彼らの特ダネ合戦が、スポーツ本来の楽しみ方とかけ離れた部分に立脚していることを十分に理解して欲しい。
切にそう願う。

posted by lovesportslove |03:59 | サッカー日本代表 |
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2006年08月08日

才能があるが故の悲劇~原辰徳

プロ野球の巨人軍が未曾有の危機に陥っている。
シーズン当初はスタートダッシュに成功、一時は独走態勢に入っていた巨人が、何と最下位争いにどっぷり浸かってしまっている。
当然、自力優勝などというものはとっくの昔に消滅している。

巨人軍を率いる原辰徳監督も、心なしかやつれたように見える。
原監督は現役時代、最も不遇をかこった4番打者だった。
現役15年で、生涯打率.279、通算安打1675安打、通算本塁打382本は堂々たる成績だ。
しかし、巨人軍の4番、という無形のプレッシャーは、「周囲の声」若しくは「ファンの声」という姿なき怪物に姿を変え、現役時代の原監督を苦しめた。
曰く「チャンスに弱い」
曰く「効果的な本塁打が少ない」
挙句の果てには「顔が優しすぎる」なんていう批判もあった。

こうした発言の裏側には長嶋茂雄、王貞治という人間との比較があった。
しかし、このONは日本プロ野球60年の歴史の中で最大のスターであったのだ。
しかも記憶は増幅されていくため、長嶋と王は常にチャンスに打っていたイメージだけが先行していく。
そして原監督の最大の悲劇は、並外れた才能を見せていたために、ONに追いつくことは無くとも、比較される対象としては十分と判断されてしまったことにある。
同時期に巨人軍の4番を打ったことのある中畑清氏は原監督と比較したときに、成績では明らかに劣るが、原監督のような批判には殆どさらされていない。
言葉は悪いが「中畑にしては良く頑張っている」という印象があったことは事実だ。

原監督は最初の監督時、完全に輝きを失っていた桑田真澄投手や河原純一投手(現ライオンズ)を復活させるなどの手腕を見せ、就任初年度に優勝、2年目3位という素晴らしい成績を残した。
しかし読売新聞から天下ってきた球団社長と対立、最後はオーナーである渡邊恒雄読売新聞主筆の「読売グループの人事異動」という奇妙な理屈でわずか2年で解任の憂き目にあっている。

そして今年、2度目の監督になったわけだが、この人の野球人生は「長嶋茂雄の後始末」のように思われる。
現役時代は長嶋氏のイメージとの勝負を強いられ、監督となってからは長嶋氏が滅茶苦茶にしたチームの再建、しかも誤魔化しながら結果を求められるという、まさに艱難辛苦を与えられているのだ

そもそも多くの人が指摘するように、長嶋氏は戦略家としての監督適正は恐ろしくゼロに近い方だった。
彼の理想とするチーム構想は、子供がテレビゲームで選抜チームを作るがごとく、有名で、長打力があり、華のある選手を多く登用したものだった。
人間性はとかく言われるが、野村克也監督などは、まさに適材適所(息子の起用だけはいただけないが)の配置をしてくる。

長嶋氏は、その天真爛漫ともいうべき性格の故に、多くの人に愛され、ともするとそれが監督不適格であることすらも糊塗してしまった。

しかし、そんなことが許されているのは、プロ野球界では長嶋氏のみ。
それの是非は別のところで書いてみたいが、原監督が選手起用に苦しんでいるのは、長嶋監督時代に、チームバランスを無視して、育成を無視して、FAで賞味期限切れ寸前の「元」大物をかき集めて・・・という負の遺産の整理時期だからに過ぎない。

後数年間、原監督がその座にとどまっており、長嶋時代の負の遺産が整理できたときに、初めて原野球が姿を現すだろう。

posted by lovesportslove |17:25 | プロ野球 |
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2006年08月07日

勝利者の条件

またまた長いこと更新をサボってしまった。
昨日はヴィッセル神戸はベガルタ仙台との一戦。
現在3位にいる神戸だが、4位仙台との勝ち点差は僅かに1。
しかも、次節神戸は試合がない。
ここで勝利し、勝ち点差を4に広げておくことで次節終了時も3位が確定する。
そのためには是が非でも勝ちたい試合だった。

結果から言うと主将・三浦淳宏のゴールで上げた1点を守りきった神戸が勝利したのだが、ここで勝者に相応しいのは三浦淳宏だ。
試合後の会見でバクスター監督は、名将ボビー・ロブソンの言葉を引いて「こうした重要な試合では重要な選手がビッグパフォーマンスを見せる」といって三浦を称えたそうだ。

三浦はまだ移籍2年目にもかかわらず、神戸ファンの間で絶大な支持を得ている。
その理由は、彼が「仁義」を大事にする選手だからだ。
東京ヴェルディ1969で監督と衝突、ポジションを失った三浦が神戸に移籍してきたのが昨年。
しかし、昨年の神戸はシーズン中に2度の監督交代を迎えるなど混迷を極めた。
当然成績は断トツの最下位。
さらにシーズン途中で、それまで神戸の顔とも言われていた「キングカズ」こと三浦知良(現横浜FC)の放出もあった。
そのカズから主将を受け継いだのが三浦淳宏だった。

自身はドイツワールドカップ予選を代表として戦うため、度々チームを離れることとなった。
しかも終盤には無理がたたり、足の状態が悪く代表合宿は辞退、チームでも出場できないという悪循環に陥ってしまっていた。
そしてシーズン終了、J2降格。

私たちファンの誰もが、三浦は移籍すると思っていた。
当時代表監督のジーコは「J2からは招集しない」と発言しており(後に一応撤回はしている。が視察には一度も訪れていない)、三浦のワールドカップ出場にかける思いからしてもJ1チームに移籍止む無しと思っていた。
しかも敗れたとはいえ残留争いのために、足を犠牲にしてまでも戦ってくれた三浦を誰が責めることができるだろうか。
私自身も拍手で送り出してあげたい、と本気で思っていた。

しかし、まさかの残留宣言。
その後の活躍は言うまでもない。

以前の神戸に在籍した選手の中で、在籍中は「このチームが好きだ、全てを賭けている」といった発言をしていた選手はいた。
私なぞはこうした発現を聞くと、どうにも嘘臭さを感じてしまう人間なのだが、パフォーマンスとしては至極当たり前の標準的なものだと思う。

しかし、こうしたことを現実行動に移せるということは素晴らしい。

三浦はワールドカップの舞台に立つことはできなかった。
年齢的にもその夢は夢のままで終わる公算が高い。

しかし、彼はこれまで神戸に在籍していた選手が一人も得ることができなかった「ファンの絶対的な信頼」を手に入れた。
これがワールドカップの対価として相応しいかは判らない。
しかし、その思いの強さゆえに、私たちファンは彼のゴールに、その人格を重ね合わせ一層の拍手を送るのだ。

ボクシングのとあるチャンピオンが「批判されてもいい。それを押さえ込むためにも勝ち続ける」という意味の発言をしているようだが、彼(とそれを指示する人たち)は決定的なことが解ってない。
それは
「良きスポーツ選手である前に、よき社会人であれ」
ということ。

自分さえ良ければ、結果さえ良ければ、こうした風潮の中、自らの発言に責任を持ち、自らのプライドをかける三浦の姿は本当に素晴らしい。

昨日の得点も、中央からの横へのパスをPA左角で受け、そのまま右足でゴールに一直線に突き刺した素晴らしいもの。
相手監督も「あれはどのGKでも取ることができない」
といい、神戸のバクスター監督は「FCバルセロナのユニホームを着ていても違和感がないほどのシュート」と大絶賛。

そしてバクスター監督は「J2なのであんなに素晴らしいシュートでも報道されない」と発言していた。

J2を見たことのない方、ぜひ三浦のFKを見てください。
あんなのJ1でもそうはいませんよ!

posted by lovesportslove |15:49 | JリーグDivision2 |
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2006年08月03日

スポーツにおけるメリハリ

亀田興毅選手がWBAライトフライ級王座決定戦に勝利し、見事チャンピオンとなった。
その判定結果を巡っては様々な批判があるようで、中継したテレビ局には4万件ほどの意見が寄せられたという。

ボクシングとは基本が採点競技であり、その採点基準が判定する人間の主観に委ねられている以上、見ている人間の印象とは異なる結果が出ることも少なくない。
実際に亀田選手のほうが獲得したラウンド数は多い、と見るむきもあるようだ。
しかし、最初と最後にもたついた感じがあった亀田選手は、その印象度において「負け」と思われてしまったのかもしれない。

今日私が書きたいのは、そんな採点の話ではない。
結局リングに上がったことのない素人が、知ったかぶって技術論を振りかざすつもりもない。

亀田選手に対しては、以前も書いたが礼節の大切さを知って欲しいと思う。
何も普段から、常に礼儀正しくしていよ、という訳ではない。
しかし、ニュース番組等のインタビューに対しての受け答えとしては、あまりにぞんさいではないだろうか。

真偽のほどは判らないが、ある場所では「英語には敬語なんてないんや。俺は日本的な小さな男にはならない」と嘯いたとも言われている。
もし、この発言が本当なら、亀田選手には申し訳ないがおよそ世界チャンピオンには相応しくない人間といわざるを得ない。
もちろん、強きものがチャンピオンになる。
それは優勝劣敗の世界では当然のことだ。
しかし、そこに人間としてのマナーがあるからこそ、チャンピオンは尊敬を集める。
ただ、勝利あるのみ、というのであれば、それはおよそ獣の行為だ。
ボクシングが「殴り合い」ではなく「スポーツ」であるためには、そこに尊敬されるべきチャンピオン必要となる。

かつてカシアス・クレイ氏は、その「ビッグ・マウス」故にマスコミの格好の標的とされた。
しかし、彼の発言にはユーモアがあり、ベトナム戦争への徴兵を拒否して、チャンピオンを剥奪されるなど、権力とも戦い続け(白人を敵視しすぎの嫌いはあるが)、全米の英雄になった。

亀田選手の今のパフォーマンスは、「ヤンキーがいきがっている」風にしか見えない。
それがパフォーマンスだというならば、あまりにレベルが低い。
相手の名前に引っ掛けたダジャレに至っては、笑いの本場大阪出身とは思えない。

亀田選手が素晴らしい才能の持ち主であるならば、もう少し回りは気を使ってあげて欲しい。
今のままでは「やんちゃ小僧が父親と二人で掴み取った栄光」というだけのアングルしか成立しない。
これでは飽きられるのも早いだろう。
人間は様々な面を見せた方が、深みが感じられ面白いのだから。

メリハリ、という言葉がある。
これは邦楽からきている言葉で、低い音を「減り(めり)」、高い音を「上り・甲(かり)」と呼んでいたことが語源と聞いたことがある。
音楽も高い音だけでは疲れてしまう。

若き「チャンピオン」が、新しい音を聞かせてくれるのを待ち望んでいる。

posted by lovesportslove |17:08 | スポーツ全般 |
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2006年08月01日

期待と不安の狭間~ヴィッセル神戸

また数日の間を空けてしまった。
まあ働いていると月末っていうのは何だかんだと忙しいもので、とかく時間が足りなくなってしまう。

そんな中でもJ2リーグはしっかりと予定を消化しつつある。
先日の7/29で早くも第31節。もうすぐ4分の3が過ぎようとしている。

私の応援するヴィッセル神戸は、現在3位。
2位の横浜FCとの勝ち点差は1。
しかし、4位のベガルタ仙台との勝ち点差も1。
1勝が勝ち点3だから、2位から4位まではものすごい混戦になっているのだ。

年間を通じてホーム&アウェイでそれぞれ2回づつ戦わなくてはならないため、J2では全体(48試合)を4つに分けて考。
その第1クール神戸は、5勝1分6敗と負け越した。
それが第2クールに8勝3分1敗として、一気に昇格争いに加わった。

こう見ると完全な上り調子なのだろうが、ファンとしては不安を抱いてしまう。
第1クールでは、主将の三浦淳宏(元日本代表)のFK、新人柳川雅樹の急成長,
そして新監督スチュアート・バクスター(元南アフリカ代表監督)の新戦術が見られたこともあり、負け越していたとはいえ、ここから確実に良くなっていくであろう兆しが見られていたのも事実だ。

逆に最近は、過酷な試合日程のためか、選手たちに疲れが目立つ。
抜群のテクニックを持つはずの三浦にしてから、何ということのないパスを受け損うこともある。
しかし、これが不思議と結果は出ているのだ。
相手のシュートミスなどにも救われているのだが、何にせよ負けることがなくなってきたのはファンとしては、大変に心強い。

今週の日曜日には4位仙台との直接対決が待っている。
その後は2位横浜FCとの対決もある。
2位以内を確保し、J1への自動昇格を手にするためにもこれからの対決は、文字通り「絶対に負けられない」となるのだ。

しかし、過酷な日程でプレーしているのは相手も同じ。
だからこそ、内容だけはしっかりとしたサッカーをして、体調の悪さをカバーして欲しいと思っているのだが。
現在の神戸が底上げができた故の勝利ならば良いが、勢いに乗っているだけであるとすれば・・・
考えただけでも恐ろしくなる。

ファンなればこそ期待をしてしまうのだが、期待の高まりは不安の大きさに比例しているから恐ろしい。

今日は単なる呟きになってしまいました。
明日はもう少し普通に書きます。

posted by lovesportslove |16:32 | JリーグDivision2 |
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