2006年09月20日
昨日も少し触れたが、パ・リーグが面白いことになっている。
優勝争いの本命と見られていたホークス、ライオンズ、マリーンズの内、昨年の覇者マリーンズが波に乗り切れないまま優勝戦線から脱落、その代りに浮上してきたのがファイターズ。
昨日(9/19)時点で首位に立った。
しかもわずか1.5ゲーム差の中に3チームがひしめく大混戦となっている。
これだけ終盤まで熾烈な争いを繰り広げていたというと、1989年のパ・リーグを思い出す。
この年は当時最強軍団と謳われたライオンズがスタートで失速、変わりに飛び出したのがブルーウェーブ(一応現バファローズ)とバファローズ(一応現イーグルス実際は消滅)。
ライオンズが王者の意地で追い上げ、10/11の時点で、3試合を残して首位。
1ゲーム差でバファーローズ、さらに1ゲーム差でブルーウェーブという展開になっていた。
最終的にはバファローズがライオンズにダブルヘッダー2連勝で、一気に首位に浮上、そのまま優勝となるのだが、この頃は本当に野球の結果が盛り上がっていた。
その理由は、125試合以上戦ってきて、殆ど差のない結果。
しかし、優勝できるのは1チームだけ。
負けたチームには何も残らない。
だからこそ選手達は必死になり、ブライアント選手の3打席連続HRという記録に「奇跡のドラマ」と名付けても決して陳腐化することなく、素直にそれを称賛できた。
しかし、今はプレーオフがある。
どれだけ良い戦いを続けても、どこかで「どうせ後でもう一度対戦するんだろ」という気になってしまうのだ。
よくプロとアマチュアの違いは「今日負けても明日があるのがプロ」と言われる。
しかし、シーズンが終盤に差し掛かり、優勝争いが佳境に入ってくると、それを争っているチームは、さながらアマチュアのトーナメントのような戦いになってくる。
エースが中一日で出てくるなど、シーズン中であれば考えられないことが目の前で展開されるのだ。
ファンにとって、これほど面白いものはない。
今、そういう気持ちになれるのはプレーオフに入ってからだろう。
いくら1位通過には1勝分のアドバンテージが与えられるといっても、短期決戦で1勝ごときが影響しない「時の勢い」を味方に付けて勝利したチームの例には事欠かない。
なぜプレーオフを行うのか?
間違いなくメジャーリーグの影響だ。
しかし、メジャーリーグでは、リーグ所属チームを東、中部、西の3地区に分け、日常はそこの中での対戦がメインになっているので、プレーオフは各地区の1位同士の対戦なのだ。
しかし、現在のパ・リーグのプレーオフは普段の対戦相手との戦いのために、そこに特別な感じを見出すのはなかなか難しい。
この制度を導入する前に、プロ野球機構は、球団数を増やしアメリカのような形態にする、韓国や中国、台湾を巻き込みアジアリーグを結成するなど、難しいだろうが様々な方法は考えることができたはず。
しかし、メジャーリーグで盛り上がっているから、というあまりに皮相的な見方しかできていないため結局は批判を浴び、毎回やり方を変えていく愚挙を犯している。
結局はそれにより毎年変わるやり方に翻弄されるのは選手であり、ファンだ。
そろそろ野球機構のあり方を変えてみたらどうだろう。
各球団代表に親会社からの天下りを当てるのでなく、野球を俯瞰的に観ル目を持った人にGMを頼み、機構の代表たるコミッショナーも「お偉いさん」の天下りでなく、経営手腕があり、野球に造詣の深い人物を当ててみてはどうだろう。
まずはここを変えることができなければ、日本野球には衰退、という未来しか残されていないように感じる。
posted by lovesportslove |18:38 |
プロ野球 |
2006年08月29日
プロ野球も終盤。
セ・リーグはほぼドラゴンズの優勝で間違いなさそうだ。
ジャイアンツも若手の起用で、ファンに期待を持たせてくれたが、まだドラゴンズやタイガースと一年間互角に渡り合うだけの体力は無いようだ。
面白いのはパ・リーグ。
プレーオフ進出はホークス、ライオンズ、ファイターズでほぼこちらも堅そうだ。
面白くしているのはファイターズ。
終盤に来ての好調ぶりは、意外とプレーオフもこのまま突っ走るのではないかという期待を抱かせてくれる。
この時期になると、評論家も語る内容も変わり出す。
これまでは目の前の1試合について語っていたものが、シーズン全般を通じての総括であったり、来シーズン以降への期待といったことを語りだす。
そんな中、私が非常に気になるのが評論家の長嶋一茂氏(以下一茂氏)だ。
日本のプロ野球界には「神聖にして侵すべからず」の「法外の家」がある。
それが一茂氏の家というわけだ。
彼の父親は、学生野球中心だったこの国でプロ野球を「国民的娯楽」にまで発展させた最大の功労者の一人だ。
攻走守全てにおいて高い技術を持ち、それに加えて天真爛漫な性格で誰からも愛された。
監督としても、勝率をベースにした結果とは違う場所で愛されており、FAで4番打者(盛りの過ぎた『元』が多かったが)ばかり集めてバランスを失ったチーム構成ですら、彼の明るさの下では「破壊力抜群の打線」ということで、エンターテイメント性の高い打線と愛されていた。
一茂氏はその長男。
期待されてドラフト1位でスワローズに入団、その後父親が監督を務める球団へ移籍~引退。
現役時代は初安打がホームランといった派手なデビューを飾ったが、その後はID野球を看板とする監督との軋轢も噂され、最後までさしたる成績は残せなかった。
私は評論家に必要な能力は、プレーを言葉に置き換える能力だと思っている。
テレビやラジオで聞いている人間の多くは、プロ野球を目指しているわけではない。
しかし、中継を視聴する中で「判った気にさせて欲しい」というのが大半の希望では無いだろうか。
なので、その能力さえあれば、現役時代の成績はさほど気にしなくてもいいと思う。
しかし、一茂氏にはその能力は残念ながら感じられない。
どころか、野球とはこういうものである、この球団(自信が代表補佐を務め、父親がかつて監督だった球団)のユニホームを着るということはこういうことである、と大上段から話す傾向があるのだ。
もちろん彼を球団の代表補佐にするのは、その球団の前オーナーが言うように「グループの人事異動」だ。
好きにすれば良い。
しかし、テレビというメディアから話すときには、自分に求められている役割を認識してからしゃべって欲しい。
記録だけは超一流の選手が「俺は凄かった。とにかく走れ!今のやつらは根性が無い」とわめき散らすのも不愉快だが、特に野球を評論するほど勉強していない(と感じられる)人間が偉そうに話すのも同じくらい不愉快になるものだ。
もし熟知していたとしても、それを言葉にする能力がなければ、我々視聴者にそれは伝わって来ない。
一茂氏はかつて、バント練習を命じたコーチを、報道陣の面前で口汚く罵り、ペナルティー処分を受けた(このときの監督は父親だった)。
もちろんコーチが絶対とは言わない。
自分をアピールすることに一生懸命なコーチが多い中で、真剣に野球に取り組んでいる選手が腹を立てる場面があることは容易に想像がつく。
しかし、一茂氏の場合は、プロとして何の実績も残しておらず、レギュラーに定着もしていない中での行動。
これは同情されないだろう。
彼が父親の跡を継ぎ、野球界を盛り上げるために一役買ってくれることは大歓迎だ。
彼がスター性を持っていることは誰しも認めるところだ。
しかし、あまり大上段に構えず、父親とは違う(スーパースターではなく、最多層であるプロには入ったが、埋もれて辞めていく人間)立場からの発言などで、ファームに注目を集めるようなコメントをして欲しい。
父親の「元」ファンとしては、心からそう願う。
posted by lovesportslove |18:02 |
プロ野球 |
2006年08月08日
プロ野球の巨人軍が未曾有の危機に陥っている。
シーズン当初はスタートダッシュに成功、一時は独走態勢に入っていた巨人が、何と最下位争いにどっぷり浸かってしまっている。
当然、自力優勝などというものはとっくの昔に消滅している。
巨人軍を率いる原辰徳監督も、心なしかやつれたように見える。
原監督は現役時代、最も不遇をかこった4番打者だった。
現役15年で、生涯打率.279、通算安打1675安打、通算本塁打382本は堂々たる成績だ。
しかし、巨人軍の4番、という無形のプレッシャーは、「周囲の声」若しくは「ファンの声」という姿なき怪物に姿を変え、現役時代の原監督を苦しめた。
曰く「チャンスに弱い」
曰く「効果的な本塁打が少ない」
挙句の果てには「顔が優しすぎる」なんていう批判もあった。
こうした発言の裏側には長嶋茂雄、王貞治という人間との比較があった。
しかし、このONは日本プロ野球60年の歴史の中で最大のスターであったのだ。
しかも記憶は増幅されていくため、長嶋と王は常にチャンスに打っていたイメージだけが先行していく。
そして原監督の最大の悲劇は、並外れた才能を見せていたために、ONに追いつくことは無くとも、比較される対象としては十分と判断されてしまったことにある。
同時期に巨人軍の4番を打ったことのある中畑清氏は原監督と比較したときに、成績では明らかに劣るが、原監督のような批判には殆どさらされていない。
言葉は悪いが「中畑にしては良く頑張っている」という印象があったことは事実だ。
原監督は最初の監督時、完全に輝きを失っていた桑田真澄投手や河原純一投手(現ライオンズ)を復活させるなどの手腕を見せ、就任初年度に優勝、2年目3位という素晴らしい成績を残した。
しかし読売新聞から天下ってきた球団社長と対立、最後はオーナーである渡邊恒雄読売新聞主筆の「読売グループの人事異動」という奇妙な理屈でわずか2年で解任の憂き目にあっている。
そして今年、2度目の監督になったわけだが、この人の野球人生は「長嶋茂雄の後始末」のように思われる。
現役時代は長嶋氏のイメージとの勝負を強いられ、監督となってからは長嶋氏が滅茶苦茶にしたチームの再建、しかも誤魔化しながら結果を求められるという、まさに艱難辛苦を与えられているのだ
そもそも多くの人が指摘するように、長嶋氏は戦略家としての監督適正は恐ろしくゼロに近い方だった。
彼の理想とするチーム構想は、子供がテレビゲームで選抜チームを作るがごとく、有名で、長打力があり、華のある選手を多く登用したものだった。
人間性はとかく言われるが、野村克也監督などは、まさに適材適所(息子の起用だけはいただけないが)の配置をしてくる。
長嶋氏は、その天真爛漫ともいうべき性格の故に、多くの人に愛され、ともするとそれが監督不適格であることすらも糊塗してしまった。
しかし、そんなことが許されているのは、プロ野球界では長嶋氏のみ。
それの是非は別のところで書いてみたいが、原監督が選手起用に苦しんでいるのは、長嶋監督時代に、チームバランスを無視して、育成を無視して、FAで賞味期限切れ寸前の「元」大物をかき集めて・・・という負の遺産の整理時期だからに過ぎない。
後数年間、原監督がその座にとどまっており、長嶋時代の負の遺産が整理できたときに、初めて原野球が姿を現すだろう。
posted by lovesportslove |17:25 |
プロ野球 |
2006年07月24日
プロ野球オールスターも終了した。
WBCで優勝という快挙を成し遂げた後のオールスター、新庄剛選手(ファイターズ)のラストオールスターという話題が豊富だった訳だが、終わってみると、いわゆる「祭りの後」とは違う意味での虚脱感が残った。
その虚脱感の原因は清原和博選手(バファローズ)にある。
今回のオールスター2試合目では、藤川球児選手(タイガース)との対決が大きな話題となった。
これをスポーツ新聞は「名勝負」と位置づけたいようだが、ちょっと待って欲しい。
ここまで41試合出場(チームは90試合消化)、打率2割4分8厘、本塁打5本の打者が、チーム最多の45試合に登板、防御率0.32、勝率10割、奪三振率16.9という投手に三振に取られただけの話ではないだろうか。
今回は藤川投手が、清原選手に憧れていたから「ストレート一本で勝負したい」と公言し、これに清原選手が答え、「当て」にいかず「打ち」にいった。
このこと自体は素晴らしいプレーだが、オールスターの性質を考えれば、むしろ当然であり、藤川選手の個人的な思いは別として、取り立てて騒ぐほどのことではないと思う。
むしろ藤川投手との対決ということでいうならば、第一戦のカブレラ選手(ライオンズ)や小笠原道大選手(ファイターズ)といった「旬」の選手との対決の方が、どれだけ面白かったことか。
スポーツ新聞を中心に清原選手を語るとき、必ずと言っていいほど「圧倒的な存在感」、「数字には表れない存在」という形容詞をつける。
確かに高校1年生のときから全国の野球ファンの注目を浴び続けてきた、清原選手には、他人には真似の出来ない存在感はあるだろう。
しかし、そのことは、彼の野球選手の現時点の実力とは何の関係性も持つものではない。
もし、存在感というならば落合博満監督(ドラゴンズ)にでも現役復帰してもらい、オールスター限定1打席でも打席に入ってもらったらどうだろう。
下手すれば今でもバットには当てるかもしれないし、今の清原選手の三振よりは、よほど話題性もあると思う。
冗談はさておき、清原選手に話を戻す。
私は彼のファンだった。
高校時代の彼は、まさにマンガに出てくるような存在で、「ここで一発」という場面では必ず打ってくれていたような気がする(もちろん現実にはそんなことはないのだが、印象度の問題として)。
プロ野球に入ってからも1年目にいきなり「3割30本」を実現し、一体どれだけの選手になるのだろうと期待に胸を躍らせたものだ。
確かに、多くの人が批判するようにタイトルには無縁だった(おそらく今年も)。
しかし、これについては、批判する方が間違っていると思う。
清原選手の全盛期であった20代の頃、彼が所属していたライオンズは常勝チームだった。
その中で秋山選手とデストラーデ選手に挟み込まれる形で4番を打っていた清原選手は、文字通り「4番の働き」をしていた。
自分のホームランを捨ててでも、for the teamを優先していた。
あの時代のライオンズの度重なる優勝の相当部分を清原選手が担っていることは間違いない。
そんな清原選手だから私はずっと応援してきた。
ジャイアンツに移籍してからも、それは変わることがなかった。
しかし、ここ数年は明らかに力が落ちている。
投手のまっすぐに明らかな振り遅れが目立つ。
だからこそ、彼には潔くバットを置いて欲しかった。
しかし、ここ数年間はマスコミの「別格の存在感」という言葉に乗せられるかのように、引き際を見失っているように見える。
確か村上春樹氏の一節だったと思うが、
「立派な王国が色あせていくのは、二流の共和国が崩壊する時よりずっと物哀しい」
清原選手を見るたびに、そんな言葉を思い出してしまい、寂しくなる。
posted by lovesportslove |16:44 |
プロ野球 |
2006年07月14日
巨人が不調に喘いでいるらしい。
今年の開幕は猛ダッシュをかけていたのに、気がついたら5位にまで転落している。
これではまるで弱かった頃のタイガースと一緒ではないか。
そんな最中に原辰徳監督が渡辺恒雄オーナーと会談、来年以降の監督も約束されたという。
巨人関連の話をするときに、大半のメディアは大きなトリックを駆使している。
「ワールドカップ人気などに押され、プロ野球の人気が低迷している」
「巨人戦の視聴率低下で懸念される野球人気」
といった言葉は、大半のスポーツ新聞が一度は使っているフレーズだ。
しかし、良く考えてみたら、落ち込んでいるのは巨人戦の視聴率だけなのだ。
そこに広島地区におけるカープ戦の視聴率や観客動員数、さらにはこれまでメディア露出の少なかったパリーグのデータは加味されていないのだ。
巨人戦だけを語り、プロ野球全体の論へとすりかえる。
これでは本当の人気スポーツは見えてこないだろう。
今年春のWBCにおいて、普段プロ野球を見ない人たちもが、プロ野球選手を目にした。
その中で西岡剛(マリーンズ)や川崎宗徳(ホークス)、青木宣親(スワローズ)といったスピード感十分な選手たちを初めて目にしたという人も多いと聞く。
マリーンズ戦などは、野球はよくわからないけれど西岡選手を見に来ました、という女性も少なくないようだ。
やはりプロ野球は、確実に一定以上のファンをつかんでおり、日常的に行われているプロスポーツとしては、まだ日本最大のエンターテイメントだろう。
これまでプロ野球界は巨人中心に全てが動いてきた。
その結果、FA制度の問題多き導入、ドラフト改悪が行われてきた。
それらはすべて巨人軍が、その時点で抱える悩みを解決させるために作り変えられたといっても過言ではない。
そして諸制度の改善を試みようとしても巨人軍の威光(意向)の前に潰されてきた。
巨人軍の無法を支えるもの、それは最大のファンと高視聴率に支えられた放映権料だった。
情けないことに、他球団のオーナーも、巨人が「脱退して新リーグ結成だ」と言うと、黙ってしまうどころか「ウチはついていきます」といった態度で、我先に、その利権にぶら下がろうとしていたことだ。
あのとき、他のオーナーが結束して「巨人は出て行っても結構。残った11球団でプロ野球機構を運営します」といえば、結局は相手なきリーグでは不成立となり、巨人が無法を取り下げることは目に見えていたのに残念でならない。
その意味では、現在の巨人の人気凋落は、日本プロ野球にとってはプラスに働く可能性がある。
放映権料がなくなれば、巨人に気を使う必要はない。
そのときに放映権料を機構が一括管理、ドラフトの完全ウェーバー制、FAにおける保証金の引き下げ、アマチュアとの交流(というより野球機構の一本化)など一挙に山積した問題を片付けることが出来るかもしれないのだ。
そのときには一時的に規模は縮小するかもしれない。
しかし、野球というスポーツの持つ魅力には変わりがないはずだ。
サッカーよりは世界基準の力を持っている。
そして何と言っても野球は「national pastime」なのだから。
野球本来の魅力には全く影響がないはずだ。
posted by lovesportslove |15:49 |
プロ野球 |
2006年06月27日
プロ野球のオールスターファン投票の中間発表が行われた。
今年の目玉は何と言っても新庄選手(ファイターズ)。
シーズン序盤に、今年いっぱいでの引退を宣言したこともあり、お祭り男でもある彼の最後の晴れ姿を見たいというファンは相当数に上るだろう。
実は、私はこのオールスターというものに、いつも妙な居心地の悪さを感じてしまう。
それは妙な平等主義が、オールスター全体を取り囲んでおり、さらにお祭りムードというものが、スポーツ本来の持つ楽しさをもスポイルしているような気がするからだ。
具体的に考えてみる。
まず、オールスターの出場選手は各リーグごとに、各ポジションごとのファン投票最多得票選手と、監督推薦の合計で28名がベンチ入りする。
ここでの曲者は監督推薦だ。
ファン投票は、どうしても人気チームから多く選出されることになる。
恐らく、セリーグはタイガース、パリーグはマリーンズから大半は選出されるだろう。
そして、本来はリーグを代表する力はあるのに、人気投票ではトップになれなかったが、ぜひ野球ファンに見せたいという選手を選ぶためにあるはずの監督推薦が、なぜかバランスを取るためのものになっている。
例えば昨年でも、ファンの方には申し訳ないがパリーグの内野手にブレーブスの平野恵一選手が、そして投手としてホークスの吉武真太郎選手がそれぞれ選ばれている。
もちろん二人とも素晴らしい選手だ。
しかし、昨年のオールスターに出るほどの活躍をしていたか、となると疑問を抱いてしまう。
このオールスター選出においては、ご当地出身、ということが大きく反映されてきた。開催地が毎年持ち回りのため、その開催地付近の出身である選手が、何となく出てきて、地元の大声援を受けるというものだ。
これではまるでのど自慢大会だ。
オールスターは最高の選手が集まって、その技術を存分に見せ付ける物であって欲しい。
であればこそ、もう一つの苦言になるのだが、真剣勝負をして欲しい。
オールスターで三振を喫したバッターに、TVのアナウンサーがいう言葉は「まぁお祭りですから」、考えられないエラーをしたときなども「オールスターならではの」等等。
これは観客に非常に失礼なことだと思う。
こんな試合は外連味たっぷりのプレーが見たい。
そしてそれが真剣にやった結果の、普段のシーズンでは考えられないものであればこそ、オールスターの価値も上がろうかというものだろう。
MLBが全てにおいて最高のものとは思わないが、オールスターに臨む姿勢は素晴らしいと思う。
1戦限り。
選手たちはそこに選ばれたことを誇りとし、自らの最高のプレーを心がけている。
この点においては日本のオールスターはだめだ。
清原選手などは芸能人と談笑している姿ばかりが目に付く。
それよりも、見ているものが唖然とするくらいの飛距離の打球を見せて欲しい。
新庄選手のホームスチールが、本当の意味で喝采を浴びたのは、彼が自らの持ち味であるスピードを最大限活かし、シーズン中ではリスクが大きく出来ないプレーにチャレンジし、成功させたからこそ素晴らしいのだ。
このオールスターを報道するTV局も、女子アナウンサーを浴衣姿でベンチ裏に派遣して、選手と談笑させ、選手と仲の良い芸能人を呼んで、公共の電波で友達関係をアピールさせるような、質の悪い放送からは抜け出してもらいたい。
それくらいであれば、これまでの出場歴のある有名OBをゲストに迎え、後輩たちへの叱咤・激励などを聞かせてくれるほうがどれだけ楽しいことか。
「視聴率が取れなくなった」と嘆く前に、自分たちが素晴らしい素材を、最低の料理法で調理・提供し続けていることにも思い当たって欲しい。
posted by lovesportslove |16:54 |
プロ野球 |