2008年11月08日
かねてより問題視されていたJリーグの「ベストメンバー」なる規定が、ここに来て再び注目を浴びることとなった。
事の発端は、11/5に行われた天皇杯4回戦で、ジェフ千葉と大分トリニータが主力を温存して臨み、敗退したことだ。
これに対し、日本サッカー協会の犬飼基昭会長が激怒したというニュースが様々なメディアで報じられた。
ここで考えなければならないのは、「ベストメンバー」という言葉の定義だ。
ここでいう「ベスト」とは一体何を指しているのだろうか。
まず、誰でも思いつくのが、チーム名鑑か何かを見ながら、思いつくベストメンバー。
これは過去の成績や名声に囚われてしまいがちで、得てしてテレビゲーム的なメンバー構成になってしまう。
そして、よく監督が口にする「今のベストメンバー」というものもある。
これは身近に練習などを見ている監督が、その試合時点でのベストな組み合わせを作ったものだ。
このどちらがベストメンバーという言葉に相応しいかは、考えるまでもないことだ。
指揮官が、その時点でのベストな組み合わせを、作る以上の「ベストメンバ-」というのは、責任なき傍観者の発言の上でしかありえない。
しかし、Jリーグにおいては「ベストメンバー規定」と呼ばれる、摩訶不思議なシステムがある。
これはJリーグ規約に記されているのだが、詳細は以下のようなものだ。
第42条〔最強のチームによる試合参加〕
①Jクラブは,その時点における最強のチーム(ベストメンバー)をもって前条の試合に臨まなければならない.
② 第40条第1項第1号から第3号までの試合における先発メンバー11人は,当該試合直前のリーグ戦5試合の内,1試合以上先発メンバーとして出場した選手を6人以上含まなければならず,詳細に関しては「Jリーグ規約第42条の補足基準」によるものとする.
<Jリーグ規約第42条の補足基準>
1.次の試合における先発メンバー11人は,当該試合直前のリーグ戦5試合(以下「直前5試合」という)の内,1試合以上先発メンバーとして出場した選手(以下「直前5試合先発選手」という)を6人以上含まなければならない.
(1)リーグ戦(J1,J2)
(2)リーグカップ戦
2.「直前5試合」には前シーズンの試合を含まない.
3.次の事項については例外として取り扱う.
①次の選手は試合出場実績にかかわらず「直前5試合先発選手」とみなす.
(1) 前年または当年に国際Aマッチ,オリンピック本大会およびアジア予選,アジア大会ならびにFIFAワールドユース本大会の日本代表チーム(以下「日本代表チーム」という)に選出された選手(候補は除く)
(2)プロC契約以外の外国籍選手
(3)シーズン途中に同リーグまたは上位リーグの他クラブから移籍してきた選手(但し,移籍直後に開催される3試合のみ対象)
②次の理由により選手が上記の試合に出場できない場合,その試合は「直前5試合」から除く.
(1) ケガ,疾病または傷害等(医師の診断書を必要とする)
(2)警告の累積,退場等による出場停止
(3)「日本代表チーム」メンバー選考のための合宿・遠征等
4.上記基準を満たさない場合は,当該試合後のリーグ戦5試合により評価し,チェアマンが最終判断する.
と、まあ尤もらしく書いてあるが、乱暴にまとめてしまえば「どんな試合でも、控え選手ばっかりで出ちゃダメよ」ということだ。
これは比較的面白いこと考えたという評価は出来るのだが、やはり「大きなお世話」なのだ。
一年間で行なわれる様々な大会に、どうプライオリティをつけるのか、それはチームが決めることであるべきだし、それが年間を通じてのチームマネジメントともいえる。
もちろん、プロである以上どの大会も手を抜いていいということはない。
しかし、そこに未来への投資であったり、調整であったりといった意味を持たせることは、必ずしも背反しない筈だ。
現在のJリーグでJ1に所属している場合、リーグ戦、カップ戦を合わせると最低でも41試合(リーグ戦34試合+ヤマザキナビスコカップ予選6試合+天皇杯1試合)は公式戦を戦わなくてはならない。
さらに、ヤマザキナビスコカップや天皇杯を勝ち進むと、それだけ試合数は増えていく。
前述の通り、もちろん、理想論で語るならば、この全てをレギュラーメンバーで戦うのが本筋だ。
しかし、リーグ戦の順位は、J2への降格、というリスクがある以上、下位のチームがカップ戦を捨てることになるのは、ある意味止むを得ないのだ。
もし、ここにメスを入れたければ、各チームの支配下選手枠など、Jリーグの抜本的な問題に手をつけなければならない。
今回、報知新聞によると、犬飼会長はジェフ千葉と大分トリニータは天皇杯出場資格剥奪もあり得ると口にしたということだが、この点は報知新聞の記者だけに聞こえる特殊な音声だった可能性もある。
報知新聞に限らず、スポーツ新聞の記者には、時々自分たちだけに聞こえる不思議な声があることは、有名な話だ。
その他の新聞などの報道から察するに、「天皇杯を蔑ろにしたようなジェフ千葉と大分トリニータの選手起用は、(開催主管である)サッカー協会会長として残念だ」ということをいっただけのようだ。
と言ったものの、この犬飼会長は頻繁に立場を忘れたような発言をすることで有名な方なので、ちょっとだけ報知新聞が本当のことを書いているような気もしてくる。
閑話休題
どのようなスポーツでも、現場のことは、現場に任せておく方が巧くいくことは大きい。
現場を離れている人たちが口を出せば出すほど、運営はおかしな方向に向いてしまう。
適当なメンバーで試合に臨めば、恥をかくのはクラブであり、そんな選手起用をした監督なのだ。
せめて、その位は現場を信じてあげて欲しいものだ。
追記:犬飼会長は「無駄なバックパスは禁止したい」ということをお考えのようだが、現在もっとも無駄なバックパスを繰り返しているのがご自分の大好きな「真っ赤な」クラブであることはご存知なのだろうか?
posted by lovesportslove |17:20 |
Jリーグ全般 |
2008年10月29日
2008シーズンも終盤に来て、またぞろ2009年のチーム強化を占う、といったニュアンスの記事が目に付きだした。
このポストシーズン突入寸前の時期は、Jリーグファンにとっては(プロ野球もそうだが)、3面記事に一喜一憂するという、可笑しくもあり悲しくもある季節の序章となっている。
ファンにとっては、テレビゲームの如く「このポジションにはこの選手を補強yして」という想像を逞しくして、一時の夢想に耽る時期だ。
常に降格争いをしているチームであっても、来年には優勝争いに加われる、そんな夢を見ることが許されるこの季節だけは、全てのチームにあらゆる可能性を見出す時期とも言い換えることができる。
そんな時期ではあるのだが、今年はその報道の中心にいるのが浦和レッズだ。
昨年アジア王者に輝いた強豪チームだが、今季は今ひとつ波に乗り切れずに苦しんでいる。
ACLでは、ガンバ大阪に、ームで1-3の逆転負けを喫しで準決勝で敗退。
その直前には、やはりホームで開催されたリーグ戦において、私の応援するヴィッセル神戸に完封負けを喫し、優勝戦線から半歩後退した。
さらにナビスコカップでは予選リーグ敗退とあって、今季は無冠に終る可能性も高くなってきた。
こうした結果を持って「苦しむ王者」、「どうした浦和」といった論調になるのだろうが、そうした記事の大半が、私には到底理解のできるものではなかった。
細かな点では各誌異なるが、基本は「監督選びの失敗」というスタンスに立っている。
昨年指揮を取ったオジェック氏を、今年早々に解任し、コーチだったエンゲルス氏を監督に昇格させて現在戦っているが、結果がついてきていない。
これはエンゲルス氏のような、チームとしての確固たる方針を打ち出せない人物を監督にした不明に因がある、というものだ。
果たして、本当にそうだろうか?
では、結果を出したオジェック氏の前任者であるギド・ブッフバルト氏は優秀な監督だったのであろうか?
結果を出したという点においては優秀という見方も出来るが、そのサッカーは個人の力の頼りすぎていたのではないだろうか?
これは私見であり、正当性を殊更主張するものではないが、浦和には戦術がない。
優れた個人が集まりサッカーをそれぞれの思いでしているだけにしか見えないときが多々ある。
そして、それでも結果が出てしまっていたことで、選手の中で監督の存在意義が、矮小化されていったのではないだろうか?
先日のヴィッセル神戸との試合でも、敗れた浦和の選手の大半は、試合後の握手をせずにロッカーへ引き上げていった。
こうした態度は、何もヴィッセル戦に限った話ではなく、彼らが負けた試合では、そう珍しい光景ではない。
こうした態度を注意できる人物はいないのだろうか?
こうした流れの中で、選手が殿様になり、どんな監督の言うことも聞こうとはせず、気に入らなければマスコミを使って文句を言うということを繰り返していては、浦和の成長が停滞する日もそう遠くはない。
この浦和の選手の態度は、私に言わせれば「たかだか数年強かっただけで、何を勘違いしているんだか」となる。
まだ歴史の浅いJリーグにおいて、強豪チームなどはまだ生まれるべくもない。
あと20~30も年した段階で、初めて強豪と呼ばれるチームが出てくるのだろう。
それは、今J2にいるチームかもしれないし、ひょっとしたら地域リーグにいるチームかもしれない。
当然、浦和レッズかもしれないし、私の好きなヴィッセル神戸かもしれない。
いずれにしても、まだJリーグというのは、そうした過程にあるリーグだ。
専門誌は選手の批判を書いてしまうと、その後の取材に影響するのかもしれないと邪推してしまうが、監督云々と同時に、選手の中に潜む問題点もしっかりと書いて欲しいと切に願う。
posted by lovesportslove |15:54 |
Jリーグ全般 |
2008年08月23日
北京五輪を最後に正式種目から外れる野球。
その最後の大会で、日本はメダルを逃し、4位に終わった。
おそらく、日本中の野球ファンは「失望感」に包まれていることだろう。
既に、様々な場所で星野監督への批判が出始めている。
確かに投手交代のタイミングも悪かったと思う。
攻撃時の采配も、思い切りが悪かったように見えた。
もちろん、指揮官は結果についての責めを負うべきであろうし、こうした結果に終わった以上、野球ファンから謗りを受けることは星野監督自身が十分に覚悟を決めていたことと思う。
しかし、今さらだが、星野監督が五輪監督に適任とした人たちの責任はどこにいくのだろう?
ご存知の通り、星野監督は日本シリーズに一度も勝利していない。
いわば短期決戦では勝利したことがないのだ。
今回の監督には、明らかに不向きであることは、最初からわかっていたことだった。
ドラゴンズ、タイガースのどちらでも、星野監督の野球は、実に手堅い野球だった。
あの闘志を前面に出したスタイル(=パフォーマンス)に釣られて、見落としがちだが、実は昭和40年代の川上監督に通じるオーソドックスな野球を見せていた。
そして、第一期中日時代の郭源治に代表されるように、一人の軸となる投手を決め、そこに如何につなぐかという守備の野球を身上としていたのだ。
確かに星野監督の存在は、チームに喝を入れる。
そして、セルフプロデュースに長けているため、周囲の人を熱気に巻き込んでいく。
しかし、それはモティベーター的要素であり、戦術家的要素ではないではない。
「闘将」という言葉を加えられることが多いが、実は慎重居士の確率論者である。
そんな星野監督が、短期決戦の監督として相応しいかといえば、答えは否である。
もし、今回のチームが6試合総当りのように、ある程度の試合数があるリーグ戦であれば、期待通りの結果を出しただろう。
しかし、こうした短期決戦では、軸を決めてしまう星野監督の野球は、非常に不向きということになる。
では今回どういった監督が良かったのか、と問われれば、私が名前を挙げたいのは権藤博氏と森祇晶氏だ。
この両者は野球感こそ対極にあるが、共通しているのは投手の見極めが実に正確であるということだ。
権藤氏は、横浜時代は抑えこそ々木という「型」を持っていたが、先発は手薄な投手陣を見事に遣り繰りしていた。
そして近鉄のコーチ時代も、その投手交代が的確であるが故に、ベンチの故・仰木監督と衝突していたのは有名な話だ。
森氏も西武黄金期の監督としてもそうだったが、その前のヤクルトのコーチ時代に、やはり弱体投手陣を見事に遣り繰りして、広岡監督を助けチームの日本一に一役買っていた。
この両名以外にも、今回監督に適任といわれる人は大勢いたことだろう。
まず何よりも必要なのは、前述した通りに選手~特に投手の調子を見極める能力だ。
しかし、今回の選考過程で重視されたのは「闘う姿勢」という曖昧模糊としたことだった。
そして一番問題なのは、幾多の経験も能力もある野球人がいる中、最初から星野監督ありきで話が進んでいた点だ。
しかし、今回の総括として話が及ぶことはなく、星野監督の敗戦という形で、今回の五輪はカタがつきそうな気配だ。
どこかの国の官僚が得意な「責任のなすりあい」を見せられるような嫌な予感がする。
今回の敗戦により、負けるわけにいかなくなった次回のWBC、監督は誰になるのだろう?
今度はプロ野球機構の問題だが、また不透明な選考が続きそうな予感がしている。
posted by lovesportslove |15:08 |
スポーツ全般 |
2008年08月19日
何とほぼ1年ぶりの更新となる。
まあ、大した理由もなく何となく書かなかったというだけなのだが、私自身がこうしたものは書きたくなったら書けばいい、という植木等のごときC調な考え方なので、さほど気にせずに書いていこう。
今回のオリンピック日本代表の中で、最も商業的に注目を集めていた野球日本代表が、準決勝で敗退した。
「星野ジャパン」という異名で語られたこのチームの敗戦は、日本のプロ野球そのものの敗戦、という内容の報道がこれから噴出してくるのだろうが、私はそうは思わない。
むしろ、今回の敗戦は、日本プロ野球が長年にわたって背負ってきた「読売支配」の終焉を告げるものであり、これは日本プロ野球の健全化にとっては福音ともいうべきことかもしれない。
そもそもオリンピックへのプロ参加については、日本は極めて不可解な過程を辿ってきた。
シドニー五輪の時はパリーグのみが、各チーム1名を参加させ、一方でセリーグは全くの非協力となっていた。
この時に、読売新聞社の主筆氏は「金権体質のオリンピックになど協力できるか!」と啖呵を切った。
本来この台詞自体は、一定以上の評価をされて然るべき言葉なのだが、これが全く響かないのは、この主筆氏は驚くほど単純な個人感情で言葉を発するためと思われる。
実際に、シドニー五輪の時には、パリーグがこの件に関しては主導権をとりながら話が進んでしまったことに対しての怒りだったようだ。
それから4年間の間にIOCの体質が急速に変化したという事実はなかったが、アテネ五輪のときこの主筆氏は、自社の最高の宣伝素材である「長嶋」が監督となったため、異常なまでにはしゃいでしまった。
まるで巨人軍全員を連れて行ってもOK、と言い出さんばかりだった。
結果として、このチームは各チーム2名以内のオールプロでの構成となった。
しかし結果は銅メダルとなった。
そして、プロ野球とWBC及び五輪の関係は整理されることもなく、早々と北京には「星野ジャパン」で、球団ごとの人数制限も外して、プロ最高の選手を集めて望むということが、殆ど何の抵抗もなく決定された。
そして、当然のようにその過程で、五輪の金権体質が議論されることはなかった。
このように、日本のプロ野球はFA制度導入、ドラフト制度改悪、球団統廃合という全ての場面で、読売新聞の意向に振り回されてきた。
それも件の主筆氏が、読売グループのトップに立ってから後の流れは、目を覆いたくなるものばかりであった。
そうした態度が、巨人軍からファンを遠ざけたということが、この主筆氏はまるで理解できていないようで、巨人軍が強くなればファンは帰ってくrという壮大な勘違いの下、巨人軍のファンを減らすことに邁進してきた。
これまでプロ野球界最大の利権であった、巨人軍の放映権料が消えつつある今、今回の「星野ジャパン」の敗戦は、この一新聞社の意向が最大限反映される運営から脱却する好機となった。
読売新聞の主筆氏の考えどおりにやってきたことは、ここまで全てが裏目に出ている。
今こそ、各球団のオーナーが力を合わせて、健全なファンの方を向いた運営を取り戻してこそ、日本のプロ野球は発展に向かうことが出来る。
詳細には色々と書きたいこともあるが、それは次回以降ということで。
追記:最後まで「星野ジャパン」って言われたな~。本当なら「宮本ジャパン」だろうに。
プレーするのは選手!
これ、基本ね!
あとコーチ陣が仲良しすぎだったね!
短期決戦だからこそ、各部門のプロがビジネスライクな関係を築くべきだったね。
posted by lovesportslove |18:17 |
スポーツ全般 |
2007年06月30日
私の応援するヴィッセル神戸に激震が走った。
主将としてここまでチームを牽引してきた三浦淳宏選手の退団が決定的になった。(6/28時点では正式な退団はしていない)
チームメイト、スタッフ、サポーターからは絶対的な信頼を得ていた主将の退団の意思表明に到る経緯は、Yahoo!のトップ記事としても報じられ、ヴィッセルファン以外の耳目も集める中で紛糾の一途を辿っていった。
詳しい経緯(報道された範囲)はweb上で検索すればすぐに判ることなので、敢えてここでは触れないが、私の私見でいうならば、スポーツ新聞という第三者が引き起こした事故に他ならない。
三浦選手には焦りはあったと思う。
昨年とは大きく変わった戦力と戦術。
チームが熟成されていく大事な過程での怪我による戦線離脱。
そして自分不在の中で結果を出していくチーム。
まして32歳という年齢を考えたら、サッカー選手としての残された時間は決して長くはない。
これだけの条件が揃えば、どれ程の選手でも、そこに焦りが生じることは仕方のないことだろう。
チームが求めるボランチへのコンバートを拒否したり、受け入れてみたりとその考え方が二転三転したことも、その焦りが生み出した事態とすれば一応の説明になる。
そうした前提に立てば、焦り故につい自身の境遇について、チームとの認識のズレを不満気に口にしてしまうことは許容範囲の内だ。
しかしここで三浦選手とヴィッセル神戸にとっては思わぬ外的要因が存在した。
それはスポーツ新聞だ。
たまたまその不満を聞く機会に接してしまったスポーツ新聞は殊更に書き立てる。
彼らにすれば「J1に昇格して順調に成長している(ように見える)チームに内紛の兆し」という「お得意」の醜聞の種を手に入れたようなものだ。
実際にその後、この件を大袈裟なものにすべく、2名のスポーツ新聞記者が取材に訪れた練習場で「打ち合わせ」をしている場面をサポーターに目撃されている。
三浦選手にすれば、何気ない発言が殊更に大きくなってしまった、ということだろう。
一方のヴィッセル神戸とすれば、直接言ってくれれば大したことのない発言が報道されてしまい、何らかの「処分」をせねば収められなくなってしまっていたという所だろう。
ここで大きな問題となるのは、日本人の中にある「新聞神話」だ。
我々の一般的な会話の中でも「新聞に書いてあったけど・・・」という言葉は、頻繁に登場する。
ブログなどのパーソナルメディアが発展したとはいえ、未だどこかに「新聞は天下の公器」という妄信的ともいえる「信頼感」があり、そこに活字となった段階で一定レベルの信憑性をもって流布されていく。
ここが最も怖い所だ。
三浦選手とヴィッセル神戸は決裂に向かうこととなった。
そこに到る過程で、どのようなやり取りがなされ、どのような経緯でそこに到ったのかは知る由もないが、ヴィッセル神戸の歴史上、最もファンに支持された主将との蜜月はあっさりと終焉を迎えた。
あえて記す。
活字になったことは必ずしも真実ではない。
まして日本のスポーツ新聞は、ジャーナリスティックな視点など殆ど持ち合わせていない。
だからこそ、我々はスポーツを、チームやクラブを、そして選手を愛するためにも、自分なりの真実を見抜く目を持つ必要がある。
最後に蛇足だが、今回の騒動を最も「熱心に」、「取材」して「記事」にしたスポーツ新聞のデスク氏に言いたい。
貴方は「チームもクラブもマスコミを利用するな」という旨のことを勇敢にも署名で書いたが、「スポーツ新聞もチームや選手の気持ちの襞に付け入った捏造は止めなさい」。
posted by lovesportslove |19:12 |
Jリーグ全般 |