2008年02月05日

熊本からJリーグを!その2 アルエット熊本編

今日も昨日に引き続き、ロアッソ以前に熊本からJリーグを目指したチームのお話です。
昨日はブレイズ熊本でしたが本日は・・・

アルエット熊本
元々は1969年に創部された日本電信電話公社熊本サッカー部が起源となるチームであり、歴史はヴェルディと同じくらいありますw
その後、85年に親会社の民営化に伴い、NTT九州サッカー部へ。

同時期には九州リーグへ昇格し、着実に強化を図りだします。優良企業のサッカー部ということで全国の大学から有力な選手が集まってきました。
時期が時期ならプロすら目指せるほどの選手達でした。

90年代に入るとその実力は九州で飛びぬけた存在となり、Jを目指していたブレイズとリーグで2強を形成していました。

また98年にはチーム初となる全国でのタイトル、全国社会人大会での優勝を果たし、名実共に九州の雄としてチームは成長していったのです。

この優勝が全国を目指す起爆剤になったNTT九州は2000年、JFL挑戦を宣言しました。その言葉通り、00年シーズンの九州リーグで優勝を飾ったチームは勢いそのままに全国地域リーグ決勝へ。
(ちなみに2000年、チームは名前をNTT西日本熊本FCと改名してます)

上位2チームが無条件でJFL昇格が決まる大会でしたが、NTT西日本熊本は惜しくも3位となり、自動昇格を逃していまうのでした。

熊本のコアなサッカーファンはブレイズの悪夢が再び脳裏をよぎったのですが、この年、JFLのチーム数拡大構想により、地域リーグ決勝大会出場チームで希望があればJFLに参入できるという棚ボタ的なウルトラCでなんとか目標のJFL昇格を決めるのでした。
(同年にJFL参入したチームに愛媛FCや佐川急便、YKK※現カターレ等があります)
JFL昇格後、チームは公募により愛称をアルエット熊本としました。
(実は某選手が命名したのですが、表向きは公募で決まったとなってます)
アルエットは公式に公表はしなかったものの、水面下でJ参入を目指し、動き出します。
しかし、これは表にでなかったことですが、JFL昇格後、正式名称はNTT西日本熊本FCであるにも関わらず、親会社からの資金提供はゼロになり、また会社のサッカー部という位置づけからも外されていました。

表向きはクラブチーム化を図るということでしたが、実際は急激に親会社の業績が落ち込み、チームを抱えれなくなったことが原因です。実際、九州でも強豪だった同会社の野球部などは廃部となったのです。アルエットもそのまま会社のサッカー部のままでは廃部に追い込まれる為、クラブチーム化を図り、スポンサーを募る必要性にせまられたのです。

しかしスポンサーもそう簡単に集まりませんでした。NTTの子会社などは小口ながらもスポンサーになってくれましたが、それ以外は厳しいものでした。

いくら親会社から離れても世間一般の目は「NTTのサッカー部」。
上記の理由でスポンサーになってくれるところはほとんどありませんでした。
結果的にこのことがロッソ(ロアッソ)誕生に繋がるのですが・・。

JFLで戦うにはリーグに年会費を払わなければいけません。その額は1000万円。
地方のアマチュアクラブにはかなり厳しい額です。

頑張って集めたスポンサー料だけでは到底足りません。

そこでアルエットはそのお金を捻出するためにチームフロントの人が働いていた会社を退職し、その退職金を年会費に当てたのです・・・。

長くなりそうなので続きはまた次回。

posted by loveroasso |10:53 | 熊本のサッカー | コメント(3) | トラックバック(1)
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