2012年01月07日
美南市 - 005
初めから読む方はコチラ 目黒サーニャは、そんな美南市にある県立愉辺(ゆべ)大学に在籍している大学3年生で、アルゼンチンを自らのルーツに持つ影響からスペイン語を専攻しつつ、衰えた祖父の介護をしている中で介護の道に進もうかとも考えていた。 (あんまり筋肉がついちゃうとモテなくなっちゃうのが悩みどころよね) ハーフであるサーニャは、母や祖父母のいかにも南米的な楽天的な性格を愛しつつも、やはり日本で人気のあるファッションブランドやモデルたちの着こなしを真似たいと思っていた。 自身の評価は“それなりに可愛いはず”であって、実際高校から今まで、毎年誰かしらに告白されていたし、長くは続かなかったが彼氏もいた。 1度だけ、芸能界のスカウトらしき男性に声をかけられたこともある。その時にはキャバクラか何かのスカウトだと思って走って逃げたのだが、やっぱり話を聞いておくべきだったのかも、と後悔することが時々ある。 ただ若いころの写真とは比べ物にならないほどに太ってしまっている母や、時折無性にスナック菓子やチョコレートを食べたくなり、買ったと思ったら家まで我慢できずにすぐに全てを食べてしまい、その上晩御飯もいつもどおり食べてしまう自分を発見するたびに自己嫌悪に陥っていた。 今でも時々母は、バケツをひっくり返したような量のポテトフライを食卓に出して嬉しそうに食べることがある。 サーニャも小さい頃は喜んで食べていたのだが、思春期を過ぎて太ることを意識するようになってからは手をつけなくなった。 基本的には母のことが大好きだし、こんな母親になりたいと思うが、“女の子は太っている位の方が可愛い”という意見にだけは賛同できなかった。 中学時代に、仲の良かった友達に食べていたチョコレートをちょっとちょうだいと言われ、心の底からあげたくないと思ったことを覚えている。結局はあげたのだが、さんざん渋ったあげく“ホントにちょっとだけだよ!”と言ってチョコレートを差し出したその時の自分の態度は本当に嫌なヤツだったろうと思い出す。 その時の事だけが原因ではないだろうが、結局その友達とは中学を卒業してから一度も連絡を取っていない。 通訳や外交官になれるほどの学力はない彼女にとって、スペイン語を極めてどうしようか、商社や航空会社になんてなかなか入れないし、それよりも介護の仕事について安定的な収入を得、30前で結婚するという方がよっぽど具体的なことのように思えたのだが、肉体労働である介護の仕事と、その肉体労働の後に食欲を抑えられるのだろうか、というのが今の彼女の一番大きな悩みであった。 (レスラーじゃあるまいし、デブマッチョになっちゃったら結婚なんて出来るはずないじゃない。) 「サーニャ、今日終わったらさ、駅前に新しく出来たカフェに行ってみない?超大きなパフェがオープン記念で半額なんだってさ。30cm位あるらしいよ!」声をかけてきたのは同級生の伊藤ゆずきだった。 「えぇ!?だってゆずき、30cmもあるパフェなんてすごいカロリーじゃない。嫌だよ~、ダイエット中なんだから!」 「ダイエット?ってサーニャ十分細いじゃん。大丈夫だよ、たまにだから」 「いやいや、今は頑張って維持してるけど、ゆずきと違って私は食べたら太るんだから!前にお母さんにあったでしょ!?」 「でもお母さん綺麗じゃん」 「綺麗だけど太ってる。」 「そりゃ確かに痩せてはいなかったけどさ。太ってても綺麗な人なんて日本人ではあんまりいないよ!?そういうのはハーフの特権なんだから活かさないと!」 「とにかく私は太りたくないの!」 「いいからパフェ食べに行こうよ~。オープン記念セールが明日までで、私明日はバイト入ってるから今日しかいけないんだもん。」 「えぇ~…」 「よし、決まり!じゃ4限終わったらテラスでね!」 勝手に“決まり”にして伊藤ゆずきは自分の教室へ駆けていった。 サーニャは強く断れなかった自分を責めつつも、30cmのパフェのことが既に頭から離れなくなっていた。 伊藤ゆずきは、大学に入学してから最初に仲良くなった友達で、それから今まで毎日の様に一緒に過ごしている。入学式の際に“え、ハーフ?いいな~、超可愛い~!”と声をかけられ、履修科目が重なっていたこともあって一緒に服を買いに言ったり食事に行ったり、時には合コンに一緒に行く仲になったのだ。 見た目はいわゆる“女の子女の子した女の子”という感じ。 同じブランドの服が好きだという事で、大学に入学してしばらくしてから一緒にそのショップに買い物に行ったのだが、ことごとく選ぶ服が違っていた。 どちらかと言うと黒やダークカラーを基調としたシックな服をチョイスするサーニャに対して、ゆずきはピンクやオレンジなどの服を選び、しかもふわっとしたシルエットのものを選ぶので、同じ服を選ぶということはまずなかった。 それは男性の好みについても同様で、入学からしばらくしてから紹介されたゆずきの彼氏は、サーニャからすればクマにしか見えなかった。同じ愉辺大学に籍をおいてサーニャたちの2学年上のその“クマ”は、アメリカンフットボール部に所属していて無精ひげを生やし、ユニフォームかジャージ以外の姿を見かけることは殆どなかった。 “あんなクマのどこがいいの!?”とサーニャは何度も口に出かかったが、結局言わずにいたところ、2ヶ月もしないうちに別れたという話を聞き、これでようやく気がねせずにどこが良かったのか聞ける、と思い何気なく聞いたところ、“体”だという答えが返って来た。 いわゆる性的な意味での“体”ではなく、ゆずきはいわゆるマッチョが好きで、80kgを下回る体重の人には魅力を感じないのだという。 もちろん体重計に乗らせてから付き合うかどうかを決めるわけではないだろうが、実際その“クマ”はどう贔屓目に見ても80kgを下回る体重には見えなかったし、何しろ“クマ”なのだ。 “そういう人からしたらきっとゆずきは天使に見えるよ!”とサーニャが言ったところ、“いやぁ、だってモテるから遊びだとしか思われていないよ”とゆずきが言ったのを聞いて、最初は冗談を言っているのかと思った。 “なんでゆずきみたいな可愛い女の子がクマに遊ばれるのよ!” そういう人を好きになる人が存在するということがサーニャには驚きだった。 高校生までのモテる男子というのは、決まってスラッと背が高くて、どこか中性的なイメージの男子で、サーニャもそうだったが、他の多くの女の子たちもそういう男子にキャーキャー言っていたイメージがあったのだ。 そういう男子か、もしくは面白くて話し上手で優しくて、という男子。 サーニャも含めて、高校まででサーニャの知りうる限り可愛い女の子の彼氏になっていた男子は必ずそのどちらかだった様に思う。 ゆずきがサーニャの家に泊まりにきた際、夜中にデブとマッチョは違う、ということで2時間も口論になったことがあったが、サーニャにしてみればどう言われても同じにしか見えなかった。 でも、そういう好みの違いのおかげで、サーニャとゆずきは仲良く出来ている、とも思っていた。何しろ服を選んでも男を選んでも“カブる”という事はまずない。 そのくせ音楽やスポーツの話になると、好きなミュージシャンやスポーツ選手が驚くほど似通っており、ゆずきと一緒にいて話が尽きるという事はまずなかった。 美南市 - 006 へ続く
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