2007年10月26日
「愚者は自己の経験からしか学ばない。賢者は歴史に学ぶ。」
とはドイツの宰相ビスマルクの言葉です。
しかし、歴史がない場合には、経験から学ぶ必要があるのではないでしょうか。
人間は愚かな人であっても、賢しい人であっても多かれ少なかれ、経験からものごとを学んでいるように思います。
われ等が浦和レッズ、そして日本サッカー界は、今まさにその学びの時を迎えています。
11/7・14に何が起こるかわかりません。
浦和レッズの勝利を信じていますが、サッカーは何が起こるかわかりません。
ピッチ上の試合をただ信じ応援したいと思います。
ただ、何が起こったとしても、今年のACLは日本プロサッカー界にとって、新たなマイルストーンになるはずです。
今まで無かった歴史を作るのです。
そしてその歴史に学び、歴史に挑戦する人たちやチームが、これからもでてくでしょう。
日本・アジアサッカー界は、欧州・南米サッカー界に比べると、歴史がまだまだ少ないです。
日本にプロリーグが発足するもっと前から、世界のトップで戦っていた国や人との歴史の差は、如何ともしがたい差があります。
しかしドーハやジョホールバル、サンドニやカイザースラウテルンなど色々なハイライトが日本にもできてきました。少しずつ少しずつながら、日本やアジアも歴史を刻んでいます。
この歴史の積み重ねが、サッカー後進国日本を少しでも上の舞台へ押し上げていくはずです。
今回のACL決勝は、ドーハになるかジョボールバルになるかは分かりません。
しかし、間違いなく一つの歴史になります。
その瞬間がものすごく楽しみです。
posted by long |13:52 |
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2007年10月24日
TBS“亀田路線”の中継見直し
TBSが23日、大みそか恒例の「Dynamite!!」放送決定の発表会見で、社会問題にまで発展したボクシングWBC世界フライ級タイトルマッチ・内藤大助-亀田大毅戦(11日)を比較対象とした上で「K-1はちゃんとした大会」とコメント。裏返せば“亀田びいき放送”で批判が殺到したボクシング中継が“ちゃんとしていなかった”ことを認めた。
会見にはTBSテレビ取締役の信国一朗・事業本部長が出席。「大みそかにまで格闘技番組を放送するのはいかがなものか-という声がTBS社内になかったのか?」と質問された信国氏は「K-1格闘技は(亀田絡みの)ボクシングと違って、5年間やってきた、ちゃんとした大会。視聴者やメディアにも認められている。ボクシングとは切り離して、立派な大会にしたい」と明言。“亀田路線”のボクシング中継見直しを示唆した。
(デイリースポーツ)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071024-00000000-dal-fight
TBSの亀田戦にしても、テレビ朝日の日本代表戦にしてもそうなんですが、スポーツのテレビ放送って何十年前からスタンスって、変わってないんだなぁとこの記事を読んで思いました。
テレビ局は常にスターを求めているように思います。
この前の「U-22日本代表 × U-22カタール」でも、某局同じみKアナが
「柏木陽介19歳」
「ここで柏木」
「柏木!」
と連呼していましたが、あの時間にあの試合をわざわざ起きて視聴している人にとって、柏木一人だけが活躍することなんの意味がありましょうか?
当然柏木が活躍してもらうことは大事ですが、それ以上にあの試合では「日本代表が勝つ」というその一点のみが重要だった訳です。そういう場で柏木一人にフォーカスを当ててみても、それは全く的外れなものになります。
結婚式の祝辞で、全然関係ないことを言いまくってる、あの痛い感じに似ています。
昔であれば長嶋茂雄や力道山がテレビに出ていれば、それだけで視聴者は満足していたかもしれません。
今よりも情報が少なく、人気者になれそうな人を人気者にしたてて、ただ居てくれれば、それで盛り上がっていたのかもしれません。
しかし、もはや人気者が居たところで、そのコンテンツが貧弱なものであれば、もはや我々は満足できないのです。
私はF.C.バルセロナが好きですが、シーズンオフの全然体ができていない時期に日本で行われる試合なんてどうでもいい訳です。動けないロナウジーニョなんて見たい訳じゃないんです。誰にもできないようなすごいプレーを楽しそうにするから、彼は人気者なのです。
遊びまくって動けないロナウジーニョなら、その人気は下がっていくでしょう。
石川遼君が注目され人気がでたのも、プロのトーナメントで優勝したという実績があってのことです。
そういう状況にも関わらず、テレビは無理やり相変わらず人気者を作り出そうとします。
実績もなにもないのに無理やり作り出そうとするから、受け入れらなかったり批判が増ているような気もします。
なぜそういうことがわからないんでしょうか?
また分かっても、それにすがりつく意外コンテンツ作りができないのでしょうか?
真摯なコンテンツ作りがあれば、そこから予想外の人気者って出てくるような気がします。
信国氏は「K-1格闘技はちゃんとした大会。」と発言していますが、何をちゃんとしているのでしょうか?
「ちゃんと」の内容を正しく捉えていないと、K-1もPRIDEのようになりかねません。
本当に「ちゃんと」やってもらいたいもんです。
posted by long |13:22 |
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2007年10月22日
F1ドライバー、キミ・ライコネン。
この人を私はずっと応援していました。
衝撃のF1デビュー。
そしてマクラーレンへの移籍。
表彰台にあがれば必ずシャンパンを飲む彼。
飲んだくれては、ゴシップ紙にネタをばらまく彼。
それでも、アイスマンといわれるその普段のクールさとは裏腹に、レースになればものすごいアグレッシブなドライビングを見せる彼。
そんな彼をずっと応援していました。
しかしタイトル争いには絡めども、ずっと不運ばかりで優勝したことはありませんでした。
誰よりも早い男と言われ続けながらも、いつもいつも大事なところでアクシデントに見舞われてばかりでした。
エンジントラブルは当然、ギアボックストラブル、フォーメーションラップで電気系のトラブル、周回遅れのマシンのオイルでスリップ、ことごとく大切な一戦でマシントラブルで優勝を逃していました。
極めつけは、トップで走行していてラスト1周最終コーナー手前で、痛んだタイヤが引き起こす振動の影響でサスペンションがぶっ壊れたりしたこともありました。あのシーンは今でも覚えていて、ライコネンは何かにとり付かれてるんじゃないか?と私は思いましたよ。
ちなみにそのレースで私はアロンソの事がどうしても許せず、大嫌いになりました(笑
そんなライコネンが!
そんな勝負弱かったライコネンが!
接戦にはめっぽう弱かったライコネンが!
ハミルトンを1ポイント交わして年間チャンピオンですよ!^^
U-22(カタール戦)の時は夜中に崩れ落ちましたが、昨日は一人家で絶叫してしましました。
今までの不運は昨日運を使うためにためていたのか?と思うくらい、ドラマティックな展開でした。まさかまさかあんな展開になるなんて。
それにしてもマッサがピットインしてからの2周の走りには、何かライコネンの魂を感じました。
心がたぎりましたよ!
正直一時26ポイント差をハミルトンにつけられたときは、もう無理かなと思ってしまいました。しかし彼はあきらめませんでしたね。
イタリアGPで大クラッシュをしても、執念で走りましたね。
もう何を書いてるのかグダグダな感じですが(笑
それだけ昨日のレースには高ぶるものを感じました。
赤い皇帝の名は彼が引き継ぐのでしょうか?
アロンソはルノーに戻るのでしょうか?
そして今年最後は狂ってしまったハミルトンですが、来年は今年を教訓もっと早くなってくるのでしょうか?
来シーズンが今から楽しみです。
でもひとまず。
今は。
おめでとう!ありがとう!ライコネン!
posted by long |23:42 |
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2007年10月19日
ひとつ前のエントリーでは、反町監督のマネジメントが選手から成功体験を奪い、そのことが選手の自信につながっていないのではないか?ということを書きました。
このことを仮に自分たちの社会に置き換えて考えてみると、反町監督が選手に対し過剰な要求をしているのではないかと考えられます。
また私たちファン自身も、選手に対して過剰な期待をしているのかもしれません。
※以下すべて仮説です。
半分妄想にも近いので、ゴシップ記事と思ってお読みください(笑
チームを会社(メーカー)と仮にしてみます。
そして監督・選手・ポジションなどを以下のように考えます。
監督=社長
選手=従業員
ポジション=部課
テクニック=ビジネスマンとしてのスキル
ポジションはこんな感じでしょうか?(なんとなくイメージです)
FW=営業部
MF=開発部
DF=経理部
GK=法務部
私たちが会社に入ったとき、未経験の業界であればその会社独自の手法や特徴以前に、業界のこともわかりません。そんな状態でいい仕事はできません。
サッカー選手はずっと小さいころからサッカーをやっているはずなので、未経験であるはずはありません。しかしその会社(チーム)独自のやり方や特徴というものは、すぐに分かるものではありません。
いい仕事をするにはまず環境に慣れることが大切です。
それはそれぞれのグループの中に入っても同じことです。
部の中に入っても、役割は様々で一つの役割を極めるのも大変なことです。
それぞれの課に配属されても同じことです。
今日は開発部の設計課、明日は経理部の経理課ところころ配属を変えられて、いい仕事ができようはずがありません。
またそれは部課間の異動だけではなく、課の中での役割が変わることも同じです。左のMFだからといっても役割が変われば、違う仕事をしているようなものです。
しかしサッカー選手は往々にしてそれを求められることがあります。
そしてそれに対して100%の出来をもとめられます。
これは自分たちに置き換えてみると、ものすごく大変なことです。
会社で考えてみると、コロコロ配置換えをされてもやっていくには、相当な知識と経験が必要になってきます。仮に知識と経験があったとしても、営業から法務みたいな配置換えはすぐに成り立つものではありません。
さらにこの状況で、毎回一緒に仕事をするメンバーが変わっていけば、自分のパフォーマンスを最大限に出し切ることなど不可能です。練習で一緒にプレーしているというのは、勉強会に一緒に参加している程度のものにしかならないと思います。
一緒のプロジェクトで失敗や成功を繰り返してこそ、相互理解が深まりいい仕事ができると私は思います。
しかし反町監督は、何度もチーム編成を変えています。
そんな会社で自分が働くことを想像したらどうでしょうか?
やる気満々のあなたは、いいパフォーマンスで働くことができますか?
サッカーはスポーツですので会社組織とは少し違います。
サッカー選手はどんな状況でも結果を求められます。
環境に対応する能力もサッカー選手には求められています。
しかしサッカー選手といえど人間です。
慣れない仕事より慣れた環境で慣れた仕事をする方が、効率もクオリティも高くなっていくのは当然です。
オシム監督率いる日本代表が現在高い連動性を持っているのも、ある程度メンバーを固定しながら戦ってきたことと無関係ではないと思います。
このように考えると、反町監督は選手に対して一度に多くを求めすぎているのではないか?と私は思います。
多くのことを求めるのはオシム監督も同じです。
しかし、オシム監督は少しずつ求めることを増やしているように思います。
試合や練習内容を伝える記事を見てそう感じるのです。
一度に多くのことを選手に求め、選手はどこから解決していけばいいかわからない。
だから結局全部100%にこなすことが出来なくなっている。
そういう人材育成面での機能不全が起こっているのではないか?
そのように私は現在のU-22日本代表を見て思いました。
オシム監督と反町監督、同じ時に就任しほぼ同じ時間を経た結果が、現在顕著になってきているように思います。
その理由は両氏の人材育成能力の差にあるのではないか?と私は推測しています。
あぁ、実際に練習風景なんかを見て、何に原因があるのか調査したいです。
posted by long |13:36 |
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2007年10月18日
昨晩テレビを見ながら、最後のロスタイムに崩れ落ちてしまいました。
10年以上前のドーハのそれや、カイザースラウテルンで味わったそれよりはましですが、それでも大きな失望感がズンと圧し掛かってきました。
これで昨日以上に厳しい戦いが、これから待っています。
戦評や試合分析などは他のところで十分に議論されているでしょうから、あえてやる必要もないでしょう。
私はメンタル面からU-22日本代表について書いてみたいと思います。
これから2試合、また胃の痛い思いで応援しないといけないんですね・・・・(涙
試合をテレビで見ながら思ったことは、チームとして「精神的なより所にする物」を持ち合わせていないように思いました。「精神的なより所」がなければ、選手それぞれが自信を持てず思い切ったプレーができません。
選手はそれぞれ必死にプレーし、限界まで頑張っていたと思います。
特に柏木は良く動いて目立っていました。
しかし皆、どこか探り探りプレーしているように思えました。
それは昨日だけでなく、最終予選ずっとです。
これは反町監督のチームマネジメントによる影響だと思います。
反町監督は相手を良く分析し、毎回選手や戦術を変えてきます。
それ故に必ず決まった形というものが、U-22日本代表チームからは見当たりません。
昨日で言うと、いつもならゾーンで守っている中盤がマンマークになっていたとか、李の初(?)ワントップとかこのチームにいつも通りというものはありません。
こういうマネジメントは選手間の競争が激しくなるなどメリットもありますが、チームとしてのベースが出来上がらないという弊害を生み出します。
前のオリンピック代表がそうだったように。
いかに練習でシミュレーションを行っても、ものを言うのは実際の試合での経験値のような気がします。
どれだけゴルフの打ちっぱなしで練習しても、それだけでうまくコースを回れるわけではありません。
どれだけ数学の公式を覚えても、問題を何度も解かないと実際のテストでは答えられません。(少なくとも私は・・・・)
「これだけは何があってもできる」「これだけは絶対に通用する」という部分が持てるようになれば、プレーに思い切りがでてきます。そういう部分を持つには、成功体験を多くする必要があります。「アルゼンチン相手でも○○ができた」「スペイン相手に○○が通用した」こういう経験を選手に経験させることが大切です。
しかしコロコロコロコロ選手や戦術を変えられては、一回うまくいっても次はどうなるかわからない訳で、せっかくのチームとしての成功体験も意味をなさなくなります。
反町監督には、人は駒ではないと申し上げたいです。
あれだけの人材がそろっていながら、実力を発揮させられいないのは見ていて歯がゆいです。
もはや手遅れな感もありますが、反町監督には残り2試合で選手が自信をもって思いっきりプレーできるような、メンタルマネジメントを期待したいと思います。
posted by long |17:11 |
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2007年10月17日
今日はどんな結果でも彼のことについて書こうと思ってたのですが、今日は大勢の人が彼について言及しそうですね。
そう大久保嘉人について。
思い返せば彼は色々マスコミに叩かれてましたね。
16試合無得点という記録を出したあたりから、プレーだけでなく素行についてもさんざん叩かれていたことを記憶しています。
それがアテネ五輪を経て彼は、今は高い評価を得まし、今日の試合でさらにマスコミでの評価は高まるでしょうね。
さて、彼について前から書こうと思っていたのは、彼の異端児っぷりに注目していたからです。基本的に彼は半分くらいしか監督の言うことを聞きていないように思います。
マジョルカの時に至っては、「下がって受けろ」の支持を完全に無視して、ひたすら裏を狙い続けていたこともありました。実際インタビューでも「だってわからねぇんだもん」と言っていて、かなり笑いました。
そんな彼はオシム率いる日本代表に入っても「クラブと同じことしたらいいんでしょ?」と言っていました。これは戦術理解力が低いことを表していますが、そのことが彼を日本代表において異端児たらしめているように思います。
日本代表の選手は皆戦術理解力が高いのです。
でも高いが故に戦術に縛られて、勢いのあるプレーができていないような気がします。
特に大久保の1点目、他の日本代表のFWなら後ろでポジショニングしていた中村にはたいていたと思います。しかし彼は強引に振り向いてシュートを打ちました。
あのコースのシュートはもう一回やれと言えば、なかなか難しいと思いますが強引に振り向いたことでシュートコースが出来たのは確かです。
こういう姿勢が日本のFWには必要な気がしています。
やはり打つ気満々、抜く気満々のプレーヤーはDFからすると嫌なものです。
大久保にはこれからも結果を残して、他の選手にいい影響を与えてもらいたいと思います。
そして異端児と呼ばなくて良い状態になればいいなと思います。
posted by long |21:35 |
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2007年10月15日
いよいよカタール戦が目前ですか。
まず岡崎慎司が足を痛めて帰国してしまったことが残念です。
色々なプレーに雑な面はありますが、ピンポイントでヘディングにあわせてくる鋭さはなかなか魅力だったのに。
・・・・なんて書いてますが、実は森島と岡崎は同じ高校出身なのでものすごく贔屓目に応援しています(笑
私はサッカー部ではなかったですけどね。
非公開の韓国との練習試合では3-0で快勝したようですが、まったくどんな試合だったのかわからないので気になりますねぇ。
特に今まで中盤でタメを作っていた梶山陽平が怪我で離脱、荒っぽすぎる(笑)守備で中盤の底を走り回っていた本田拓也が、レッドカード退場の影響で今回出場停止と、中盤の構成がここ3試合と全く変わってくるのでほんとどうなるやら・・・。
まぁ、青山敏弘・枝村匠馬はこれまでもメンバーとして名を連ねているので、コンビネーションの面では問題ないでしょうが二人とも最終予選に一度も先発していないので大丈夫かなぁ・・・と
どうも反町監督率いる五輪代表は、蓋を開けてみないと本当にどんなプレーをするか分からないのでドキドキします。
でも試合の内容はとりあえずm結果だけは残しているチームなので、ぜひとも勝って出場に王手をかけて欲しいですね。
それでは勝手にスタメン予想でも。
平山
家長 柏木 水野
青山敏 枝村
本田圭 伊野波
青山直 水本
西川
柏木・枝村のところがどうなるやらって感じでしょうか?
posted by long |23:54 |
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2007年10月12日
先日のエントリーでは皆様コメントありがとうございました。
さまざまな意見を頂いて、色々考えさせられました。
多かった意見としては以下のふたつでしょうか。
・カメラ判定でのファウルの確認など、試合の流れを妨げるものは難しい
・カメラを使った判定でも、人の判断が入り揉め事はなくならない
FIFAがゴール判定員を追加するというニュースを読んで、エントリーを書いたので「カメラ判定を導入すればいいんじゃないか」と私は書きました。
確かにゴール判定以外でカメラ判定を利用したら、角度によっては分からないでしょう。
また試合の流れを妨げることは十分に考えられます。
すべてのプレーにカメラ判定の導入は現実的ではありません。
しかし微妙なゴール判定には有用なものだと思います。
人の目よりはカメラの方が、細かく物事を記録できます。
ゴールポストの内側にいくつかカメラをつけることで、ほとんど死角もなくなるでしょう。
ゴール判定に関してカメラを導入することに、あまり問題があるように思いません。
(それでもカメラ判定という方法論では、微妙な判定はあると思いますが、それについては対応策を十分に練ればいいと思います。)
技術的に問題なければ、機械の導入は問題ないんじゃないか?と私は思います。
要は方法論だけの話なんではないでしょうか?
たとえばカメラじゃなくて、仮にテレビゲームのようにファウルを判定できれば問題ない訳ですし、場合によっては審判がピッチに立っている必要もありません。
他にもユニフォームにセンサーが付いていて、相手選手に引っ張られたら審判のインカムでブザーがなるようなシステムが実現できれば、ユニフォームを引っ張るファウルは格段に減るでしょう。
またスパイクにセンサーがついていて、力のかかり具合でシミュレーションが判定できるようになったら、それもシミュレーションの防止に繋がります。
機械が壊れたり、誤動作したらどうするんだ?という問題には、人の判断が入ればいいと思います。
今現在ではこれらのことは技術的に難しいですが、実現すればつかってもいいんじゃないかと私は思います。
公平かつ客観的ジャッジって、事実に基づいていることが大事なんじゃないかと思います。
今のスポーツでは、審判が見えたものが全てです。
審判から見えてなければ事実ではありません。
だから選手は見えないところで、相手を蹴る殴る、シャツを引っ張るなど汚いプレーを行います。
>たとえばコーナーキックからゴールを決められた後にカメラ判定を要求すれば、ファールなどいくらでも見つかるのではないでしょうか。
というご意見がありましたが、後からでも事実確認が取れればファウルを取るという方針を打ち出せば、ファウルは減るのではないかと思うのです。
ピッチ上でクリーンな試合が行われることを望むなら、使えるものはどんどん使えばいいと思います(当然慎重な議論は必要です)。
しかし、審判から見えていないところの駆け引きを、サッカーのプレーの一部とするならば、それはもはやそういうルールです。
「見えないところでは何やってもいい」というルールです。
そのいう方針をFIFAが取るならば、ジャッジは曖昧かつ完璧であってはいけません。
その場合審判の目が何より重要で、ボールがゴールラインを越えたとか、ダイブしたとかしてないとか、事象としての事実はどうでもいいわけです。
機械の導入など全く持って無意味です。
でも私はその方針には生理的に反対します。
posted by long |21:24 |
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2007年10月11日
どうやらFIFAがゴール判定をする審判を配置するとかしないとか。
ゴール判定審判を試験導入へ=FIFA
そんな審判増やす前に、カメラ判定導入すればいいんじゃないでしょうか?
なぜFIFAは判定に対して、機械を用いることに消極的なのでしょう?
陸上競技しかり、モーターレースしかり、競馬しかり、目で見て曖昧な場合はカメラやVTRが利用されています。
しかしどうして、未だ多くのスポーツ界は人の判断という不確かで曖昧なもので、物事を判断しているのでしょうか?多くのスポーツで判定に関わることで問題が発生しています。
サッカーの場合、公平でないジャッジやミスジャッジのため、試合が荒れたり大きな問題が発生したりしています。試合が荒れれば危険なファウルも多くなり、怪我の可能性も高くなります。
客観的かつ公平なジャッジは、ピッチ上の暴力の軽減にもなるのではないでしょうか?
また審判はファウルやカードを選手に与える時、プレーヤーやファンからのプレッシャーに耐えなければなりません。自分の判断があやふやな場合、機械を利用すればそのプレッシャーの多くを取り除けることでしょう。
このような利点から、私はカメラ判定などの導入を行うべきだと思います。
「審判が全て」といわれるのは、今のように確認のしようが無かった時代の名残のようなきがします。今ではいたるところからカメラがピッチを捕らえ、ファンも大きなスクリーンでそれを確認することができます。
今後のサッカー界のためには、そのような古い名残にとらわれないことが、必要なだと私は思います。
しかしながら、審判が数々の伝説を生み出したことも確かであり、サッカーのエンターテイメント性(あるいはスキャンダラス性)を高めていたことも確かです。
マラドーナの神の手ゴールは、人が審判だったからこそ生まれたゴールです。審判がプレーヤーと共に、時代を作ってきたといっても過言でないでしょう。
現在フィギュアスケートの採点方式は、かなりシステマチックな判定になっています。
現在の採点方式に切り替わってから、「つまらなくなった」という意見も聞かれるようになったそうです。
そう考えると、情緒的に機械の判定を拒む気持ちは分からなくありません。
しかしサッカーのピッチ上で起こっていることは、一昔前から比べるとものすごく複雑でスピーディです。そんな中で発生する、さまざまな問題をホイッスルを持つ人間一人の判断に押し付けるということは、もはや不自然なことのように思います。
のらりくらり、審判を増やすといった対応をとるよりも、FIFAは思い切った英断をしてもらいたいと思います。
posted by long |22:40 |
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2007年10月10日
サッカー選手という職業は、世界中のサッカーを愛する者にとって憧れの職業です。
しかしこの職業は、有能になればなるほど過酷な職業です。
特に代表に入り、リーグ上位のチームに所属する選手などはずっと休みがありません。
国内リーグ
国内カップ(複数ある国も多い)
地域連盟のクラブ選手権(ex:チャンピオンズリーグ)
代表親善試合
地域連盟の選手権(ex:ユーロ)
ワールドカップ
オリンピック
etc.
次から次に試合が行われ、一週間にだいたい2試合が組まれています。
場合によっては2~3年休みがない場合もあります。
※大住良之さんの「悪化する日程問題とは何か」参照
http://footballtruth.at.webry.info/200705/article_2.html
http://footballtruth.at.webry.info/200706/article_1.html
有能な選手ほど監督は使いたいと思うし、ファンもその選手のプレーを見たいと思う。
そして選手もそれに応えようとする。
しかし、過密日程であればあるほど選手はコンディションの維持が難しくなり、怪我などのリスクも高まります。ビッグクラブにけが人が多いのも、日程の影響が無関係とは思えません。
そんな過酷な日程をこなしていてもそれに対して「NO」と断れば、代わりの選手が呼ばれ自分は職を失ってしまいます。サッカー選手という職業を希望する人が多い故に、使い捨てにされるサッカー選手もまた多い職業です。
しかし、選手を使い捨てにすることがサッカー界全体にとって、いいことだとは思えません。
大住さんがコラムでも書かれていますが、財政面で後戻りしたとしてももっと選手を大切に扱っていく必要があると思います。
それぞれのリーグ、カップはスポンサーも収益団体もばらばらです。
だからどれかの試合を1年おきに開催したりすることは、現実的に難しいことです。
日本で言うと天皇杯、ナビスコカップを隔年で開催するといったことです。
しかしそれでもクラブ・代表関係なくサッカー界全体が、抜本的な見直しをする必要に迫られているのではないかと思います。
クラブ・代表、両方に選手が全力を出せるような状況が実現すれば、クラブも代表に選手を送り出しやすくなるでしょう。
またそれはファンにとってもうれしいことだと思います。
ただ、この問題は地球温暖化問題のように、利権のひっぱりあいになるでしょうが・・・・。
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「波紋を呼ぶバルセロナのラポルタ会長の代表軽視発言」
posted by long |18:39 |
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