2007年12月06日

『早逝』と言うと・・・

前々作「ヴェルディーvs磐田、互いの全盛期はドッチが強い?」

・・・にて思い立ったのが今回のお話であります。
んで、冒頭から全くサッカー以外の事をちょっと・・・(苦笑)

出来上がって、読み返すと・・・非常に長くなってしまった&サッカーに関係無い
記述も多し・・・。 ヒマな方以外にはお勧めすません(苦笑)

「早逝」・・・って言うと、僕は真っ先に思いつくのが『サラブレッド』の事なのです。
←に「好きなプレーヤー」として「騎手・武豊」を挙げてる通り、僕は「競馬」が好き。 
最近でこそ競馬場にイカンが、有馬記念などは4~5年連続で観戦してたりします。 

ベタな話ですが、「血の宿命」を背負い、早く走る為だけにギリギリまで
研ぎ澄まされて、400kgを越える体をアノ細い4肢で支え、命を懸けて
競馬に望むサラブレッドの姿ってのは、本当に尊い。人間のエゴの為にだ。

そして限界付近で走る彼らには、常に「悲劇」が隣り合わせで存在する。・・・

レース中、放牧中、首尾よく生まれ故郷に帰り「第二の馬生」を送れる
事にはる優等生(名馬)にも、「サラブレットのつくり」ならではの
身体的なトラブルで、若くして亡くなってしまう馬が非常に多い・・・。

ある名馬はレース中に・・・

天才・武豊をして「サラブレッドの理想系」と言わせた『サイレンススズカ』
・・・大けや木の向こうで豊が下馬した時の事は忘れられん・・・

『砂の女王 ホクトベガ』は最後の晴れ姿となるはずのドバイで・・・

『レコードブレーカー ライスシャワー』・・・小さい体ながら、長距離で無類の
勝負強さを見せたライスは、得意の淀のターフで散った。

休息の無い現役時代を勝ち抜き、やっとの思いで勝ち得た「種牡馬生活」
に入ってからもアクシデントが名馬を襲う。

僕ら世代の最強馬『3冠馬 ナリタブライアン』

国内ではサイレンスズカに喫した1敗のみ。
世界最高峰のレース「凱旋門賞」で日本馬最高着順である2着になった
『エルコンドルパサー』も早々に天逝してしまった・・・。

「無事是名馬」
の言葉通り、息の長い活躍をした馬も好きだが(ステイゴールドとか)
やはり『早逝の名馬』には、「あのまま走ったらどんだけ凄かったんだろう?」
とか「あの馬の子供が居たらどんな名馬が生まれたんだろう?」などの
妄想も手伝い、僕は彼らを一層神聖化させている。
「凄い馬が現れた!」など聞くと、「フン!ブライアンのが凄かったっつーの!」
と、早々に天逝した名馬に思いを馳せる事がある・・・。

「ナリブー」も「エルコン」も、もう少し子孫を残せたら・・・。

・・・えぇっと・・・

「競馬のカテゴリーに書いてね♪」って、スポナビサマから突っ込まれる前に(苦笑)

『早逝』 『天才薄命by 桜木花道』の様に早々にピッチを去った事で
一層思い出深いサッカー選手の事を書こうと思ったんだった(笑)

「競馬」でスペース取っちゃったんで少なめに(笑・自分が悪いのに)

最初に『T・ブロリン』(スエーデン・パルマ)が思いだされます!

90年代初頭、セリエAで旋風を起こしたのが「パルマ」であって、
スポンサーの「パルマラット」も、確か「ボカジュニアーズ」のスポンサー
も買ってでるくらい「イケイケ」だったと記憶してる。

そんな若さ溢れたパルマでエースだったのがブロリン。

言わえる「シャドーストライカー」とか「アタッカー」とかって、「1,5列目」
の選手だった様に記憶してるけど、抜群の得点能力を誇ったのが若き日の
「T・ブロリン」でありました。

94年アメリカW杯でも「M・ダーリン」「K・アンデション」
そしてアノ「H・ラーション」らも大活躍したスエーデンの94。
(GKも凄く上手かった記憶がアルが・・・)

大躍進を遂げたパルマ&スエーデンのエースがブロリン!

「子豚ちゃん♪」の様な愛嬌のある顔で、ゴール後は「昇龍拳!」の
様な「突き上げアッパーカット」のガッツポーズが印象的でしたw

アメリカW杯で大活躍して、その後も活躍も期待してたブロリンの情報
が入って来なくなったのは、そのアメリカW杯の後から・・・。

その後のユーロ予選で負わされた怪我のおかげで、ベストフォームには
戻らなかったそうで・・・。 引退したのが29歳・・・。

調べると、90伊W杯(21歳時)92地元開催のユーロでも活躍したそうで、
クラブでは新進気鋭のパルマをUEFAカップ優勝に導き、
正に「スーパースター」への階段を順調に昇ってたハズのブロリン・・・。

同じくパルマで活躍して「94W杯のダークホース」と目された
コロンビアの「S・アスピリージャ」もW杯でイマイチ以降、
輝きを失った記憶もアル。 ・・・どうなんでしょうかね?

「それでもセリエaやW杯で活躍出来て幸せ」
  
なのか、

「あまりに早すぎで可哀相だなぁ・・・」なのか?・・・。

活躍を楽しみにしてた僕は前者でありますが・・・。


Jリーガーでは断トツで『石塚啓次』でしょう!!
今回の「ネタモト」でアル(笑)

皆がビックリしたのが「高校選手権」だw

「71回大会」かな?平成4年。

釜本氏の母校である「名門・山城高校」が久々に大舞台に帰ってきて、
三浦淳宏率いる「国見高校」とファイナルで激突したワケですが・・・

普段「三浦淳宏!!」って騒いでる僕ですが、全然アツは記憶に無かった(笑)
優勝した「国見・淳宏」の印象は、途中出場&敗退したチームのヤツの
おかげで全てをかき消されたワケです!

なんせ「石塚啓次」のインパクトが凄すぎて(笑)

「いつ石塚投入?」「まだエース石塚はベンチ!」

・・・と、散々煽られて期待が募ったゲーム途中! いよいよ石塚が!!

・・・『マッキンキン!?』(笑)

普通じゃねぇーだろ?(笑) 「甲子園」なら即退場だべ!?(爆)

・・・確か、大したプレータイムも無く、タッチ数もソウは多くなかった石塚。

それでも「オーラ」って言うか、かもし出す雰囲気が「コイツはナンかアルぞ!?」
みたく思わせた選手でありましたw 
少ないタッチにも「片鱗」を見せたような記憶アリ。

しかし、その時感じた「スケールの大きさ」の割には、
プロ入り後は思った程の活躍はデキンかった・・・。

「オレ使ってくれれば・・・」の伝説の一言(笑)くらいしかインパクトは残せず、
唯一(?)石塚の才能を認めてたネルシーニョが名古屋に入った時に
「石塚は何してんだ?」・・・の一言で復帰も、ネルシーニョ退陣と共に、
石塚のキャリアも終演・・・。 もっと見たかった選手だよなぁ・・・。

「ファンバステン」「小倉」「前園」 個人的には『清商』の「佐野ユウヤ」
「小松原」(元平塚) とかもそうかなぁ・・・?

『ノーマン・ホワイトサイド』何て選手もそうかな?
ダイヤモンドサッカーで大騒ぎされてましたが、その後は・・・

しかしながら、「底を見せないで引退」とも取れたりして、
コンな選手ってのはナンとも儚いって言うか、逆に印象に残ってる。
(確か、佐野はドコかで頑張ってるらしいが・・・)

想像をかき立てられるんだよねぇ・・・

「小倉とカズの2TOP」

が、98~02までの予想2TOPであった僕としては・・・。

posted by 上段青天 |08:27 | コメント(14) |
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