2009年06月02日
CL決勝を見て…
ファーギーよ、勝利至上主義者ではなかったのか? タラレバだがもし開始直後の猛攻でマンUが1点取っていたなら試合の結果は大きく異なっていただろう。何故なら彼等は、1−0の試合を得意とするチームだからだ。 力で奪った1点を力で押し切ることに長けた集団であることは、近年の各コンペティション成績が証明している。特にCLでは、攻める時間と守る時間の使い分けが上手く、試合を終始コントロール出来る強みがある。 だが決勝で対戦したバルセロナ相手だと、勝手が違ってくる。自分達がリードしているという大前提で話を進めなければならない。 何故ならマンUにとっては「試合のテンポを自分達が決められること」が重要だからだ。ファーガソン監督は、自分達で試合をコントロールするには、戦術的多様性だけでは不十分で、得点という絶対的優位にチームを置かなければならないと判断したのだろう。それがあの開始直後の猛攻だったと考える。 結果論から言えば、得点を奪えなかったマンUは、セミファイナルのチェルシーのようなスペースを消すディフェンスに徹する戦い方がベストだったが、強みであるはずの多様性がチームに混乱を招く形となってしまった。 前に出るのか、後ろに引くのか、ゲームプランの変更に戸惑っている一瞬の隙を突かれエトーに得点を奪われ、完全にパニック状態に。中途半端な位置取りを繰り返す中盤とDFラインの間をメッシとシャビ、イニエスタにいいように使われ、試合の主導権を完全に渡してしまった。 現状を見据え、主導権を得る策はいくつもあるはずなのにファーギーが選択したのは、ボールポゼッションで圧倒する完全勝利だった。 何故? 時間はあった。90分で試合を決めなくても最終的に勝利すれば良いという選択肢も逢ったはずなのに…。 ファーギーよ、勝利至上主義者ではなかったのか? 「footballista」で後藤健生氏が綴っていた「ファーガソンは偉大なファンタジスタだった」(※1)というのがもっとも的確な答えだろう。 リアリストの理想主義…。 偉大なチームであることを証明して勇退をかんがえたのだろうか。 ※1:週刊フットボリスタ(第4巻第21号通巻123号)より引用。
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posted by leraditoni |15:23 |
ヨーロッパサッカー思案 |
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