2009年06月02日

CL決勝を見て…

ファーギーよ、勝利至上主義者ではなかったのか?

タラレバだがもし開始直後の猛攻でマンUが1点取っていたなら試合の結果は大きく異なっていただろう。何故なら彼等は、1−0の試合を得意とするチームだからだ。

力で奪った1点を力で押し切ることに長けた集団であることは、近年の各コンペティション成績が証明している。特にCLでは、攻める時間と守る時間の使い分けが上手く、試合を終始コントロール出来る強みがある。

だが決勝で対戦したバルセロナ相手だと、勝手が違ってくる。自分達がリードしているという大前提で話を進めなければならない。
何故ならマンUにとっては「試合のテンポを自分達が決められること」が重要だからだ。ファーガソン監督は、自分達で試合をコントロールするには、戦術的多様性だけでは不十分で、得点という絶対的優位にチームを置かなければならないと判断したのだろう。それがあの開始直後の猛攻だったと考える。

結果論から言えば、得点を奪えなかったマンUは、セミファイナルのチェルシーのようなスペースを消すディフェンスに徹する戦い方がベストだったが、強みであるはずの多様性がチームに混乱を招く形となってしまった。

前に出るのか、後ろに引くのか、ゲームプランの変更に戸惑っている一瞬の隙を突かれエトーに得点を奪われ、完全にパニック状態に。中途半端な位置取りを繰り返す中盤とDFラインの間をメッシとシャビ、イニエスタにいいように使われ、試合の主導権を完全に渡してしまった。

現状を見据え、主導権を得る策はいくつもあるはずなのにファーギーが選択したのは、ボールポゼッションで圧倒する完全勝利だった。

何故?

時間はあった。90分で試合を決めなくても最終的に勝利すれば良いという選択肢も逢ったはずなのに…。

ファーギーよ、勝利至上主義者ではなかったのか?

「footballista」で後藤健生氏が綴っていた「ファーガソンは偉大なファンタジスタだった」(※1)というのがもっとも的確な答えだろう。
リアリストの理想主義…。
偉大なチームであることを証明して勇退をかんがえたのだろうか。





※1:週刊フットボリスタ(第4巻第21号通巻123号)より引用。

posted by leraditoni |15:23 | ヨーロッパサッカー思案 | コメント(2) | トラックバック(0)
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2008年11月20日

プレービジョン ~日本vsカタール~

 一度も勝った事のない相手に3-0での快勝。私のポイントはリスクを抑えて相手の隙を突き、ゴールを奪えるかということだった。象徴的なシーンとしてサイドバックの内田からDFの裏に出されたボールから生まれた先制点を挙げたい。

 内田から出された浮き球のパスはDFとDFの間でワンバウンドしDFとGKの間へ。パスを受けようとエリアに進入してきた長谷部に意識を奪われていたDFの隙を突いて田中が右足でゴールを決めた。

 相手の位置、長谷部や田中のランニングを見てのボールは質、タイミングともに最高だった。なによりスピンのかかった浮き球を選択した事が特筆に値する。

 グラウンダーでは得点には結びつかなかっただろうし、ワンバウンドして少し勢いを殺さなければ田中はトラップしてシュートまでいけなかっただろう。全てを狙ってやったわけではないにしろ良いプレービジョンをもっていることが伺えるシーンだった。

 先制点を演出したのは右サイドバックの内田篤人。何故、若い内田が不動の日本代表サイドバックとなりえたのだろうか。90分間衰えない上下運動が出来るから?スピードを活かした突破力があるから?私は、どのように相手のウィークポイントやDFとGKの間を突く質の高いボールを供給するかという選択支の多さが内田の最大のストロングポイントだと考える。

 そしてそれはトレセンで鍛えられた結果ではないかと感じる。ボールを止める、蹴る、身体の使い方などサッカーの基礎の部分をしっかりやってきたことで「自分が今何をするべきか」が整理できているのだろうと思う。サッカーはどれだけミスをしないかが大切なゲームである。
 内田は攻撃時においてミスの少ない選手であり、相手のミスを突く事が出来る選手だということを感じる試合だった。

 結果として最高の勝ち点3をアウェーで得た日本。重要な試合で得られたものは結果以上のものかもしれない。

posted by leraditoni |07:13 | 国内サッカー | コメント(0) | トラックバック(1)
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2008年11月10日

ブルガリア人はマンUに何をもたらすのか

 今季、マンチェスターU(以下 マンU)にやってきたブルガリア人はリーグ戦、チャンピオンズリーグの2冠を達成したチームに何をもたらすことができるのか。

 マンUの攻撃陣は強力だ。ドリブル突破や、FKでゴールを量産するC.ロナウド。チャンスメイク、ポストプレーもこなす万能アタッカーのW.ルーニー。抜群の運動量とキープ力でチームに勢いをもたらすテベス。決定力、スピード、テクニックの3拍子揃ったマンUのアタッキングスタッフにあえて足りないものを言うならば「軸になり高さのあるセンターフォワード」だ。

 基本的にビルドアップにハイボールを多用しないマンUはルーニー、ロナウドらのキープ力とポジションチェンジで得点を量産してきた。昨季より、マークの厳しくなる今季はより彼等の能力をフルに活かす為にも前線で基点となり、パスワークに優れたプレーヤーを確保する必要があった。
 そしてファーガソン監督が招きいれたのは強靭なフィジカルをもつドログバでもP.E内では無敵のかつてのエース、ファンニステルローイでもなくベルバトフだった。

 189cmと長身ながら狡猾にゴールを奪うプレースタイルからついた愛称は「天使の顔を持つ悪魔」。

 FWとしては視野が広く、テクニックも平均以上で、特にトラップや懐の深いボールコントロールは3ヶ月のレンタル移籍だったがH.ラーションのように攻撃にアクセントをつけることができる。自分で得点するだけでなく、チャンスメイク、クリエイト・スペースの能力にも秀でており、(06-07シーズン、11アシスト。07-08シーズン、11アシスト。)FWとしての得点力、アシスト力ともに優れバランスが良く、プレーの幅も広い選手である。事実、コンビを組みだしてからルーニーはハイペースでゴールを挙げている。
 だが、飄々としたプレースタイルから「運動量が少ない」「チームのために汗をかく意識が欠如している」など批判の多い選手でもある。忘れてはならないのはファーガソン監督が“天才を走らせる天才”であるということだ。ルーニーもロナウドもテベスも入団当初は“優等生”ではなかった。

「走れる選手を天才にすることはできないが、天才を走らせることはできる」

 ベルバトフに献身性が備わった時、また一人移籍候補が誕生する。行き先は天文学的な移籍金と共に多分スペインの首都だろう。

posted by leraditoni |19:55 | ヨーロッパサッカー思案 | コメント(15) | トラックバック(0)
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2008年09月19日

U-19仙台カップ から…

 現在のU-19日本代表は日本国内で密かに期待されているカテゴリーではないだろうか。
 2年前のU-17アジア選手権を制すなどアジアでは結果を残しているこの世代。U-17W杯ではグループリーグ敗退と世界では結果の出ていないチームに私が期待しているのはエースの柿谷曜一朗の存在だ。
 U-17W杯の対フランス戦で見せたセンターサークル付近からのロングシュートは身体の使い方、判断、技術に優れたファインゴールだった。その当時、かの有名な金子達人氏が「彼は天才だ」というコメントも「もっと知りたい」という私の好奇心を駆り立てた。
 そして次世代の日本サッカーを担う代表の戦いというのを私自身体感したく9月15日、仙台で行なわれている「仙台カップ国際ユースカップ2008」を観にいった。日本、韓国、ブラジル、フランスの4カ国でリーグ戦を行い勝者を決めるという今年で6回目の大会である。海外の強豪国を招いて行なわれるこの大会はU-20W杯を目指す上で実力を計る絶好の舞台となっている。

 15日は大会最終日で日本対韓国、ブラジル対フランスという組み合わせだ。
 私は、世界と日本ひいてはアジアの差はどこにあるのかという問題提起をして試合に臨んだ。
 まず日本対韓国戦。試合は両者中盤からトップにクサビを当てて連動性からチャンスを作り局面ではドリブルで勝負を仕掛けるというアグレッシブなゲーム展開だった。どちらもDF面で対応の甘さが目立った。アプローチの甘さや1対1の対応。勝敗を分けたのはリスタートと柿谷のテクニックだった。後半早々のFKで得点し五分五分だった試合の流れをぐっと引き寄せた。そして柿谷のドリブル突破からのシュート、クロスでチャンスを作った日本は追加点を決め試合の主導権を渡さない。韓国は時間と共に勢いを失くしていった。
「なかなかやるじゃないか」
 どちらに転んでもおかしくない展開で柿谷のキープ力や攻撃のアイデアは日本に安心感をもたらし韓国DFを翻弄し続けた。強烈な個が与えるプラスの影響力がチームを勝利に導いたのだ。技術レベルは確実に上がっているし“仕掛ける”意識も高い「やはり期待どうりだ」と思ったのはほんの1時間だけだった。
 次のブラジル対フランス戦。日本の勝利の余韻に浸るスタジアムは一変した。
  まさに戦場である。激しいコンタクトと削りあいの応酬でめまぐるしく変わる攻守。吹かれっぱなしの主審の笛、そのたびに起こる選手同士の小競り合い。誰もが違ったやり方でゴールを狙っていてチームプレーよりも個人対個人の戦いという印象が強い。隙を見せたら最後、ヒビの入ったダムを決壊させるかのごとく力強く連動して攻撃をする。
結果的に試合は終盤にセットプレーから両チームゴールを決めるまで膠着状態だったが常に緊張感のあるゲームだった。

 私は北京五輪で観た日本代表と世界の差は速いゲームスピードの中でいかに良い選択をし続けるかという問題とフィニッシュへのアプローチの共通理解が足りなかったと感じている。今回2試合観て選手一人一人が「点を入れる為に」「点を取られない為に」どうするかを追及していく姿勢が根本にあってその次に個チームとして力を発揮させるかという事が大事なのだと感じた。
 世界との技術レベル差は確実に埋まっている。それはスペースと余裕がある時の話で今、世界と戦う為にはスペースと余裕の無い状況でどれだけ個をだすことができるかが鍵になっている。しかし、課題はあるが確実にレベルアップしているのを今大会で確認できた。
 日本の成長と共に世界も成長する。

posted by leraditoni |14:05 | 国内サッカー | コメント(5) | トラックバック(0)
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2008年09月07日

最高のパス

2010W杯アジア最終予選 

日本VSバーレーン
 3 - 2

アジア最終予選が始まった。大事な初戦の相手はアウェイでバーレーン。バーレーンは中盤で激しいプレスをかけ日本のパスワークを封じようとした。ファール覚悟の激しいコンタクトは日本選手の集中力を乱すのには効果的だったように思う。その代償にバーレーンは試合の20分以上を10人で戦う事となったが終盤の猛攻は人数差を感じさせなかった。

日本はいい時間帯に得点を重ねた。18分にFKで中村、前半終了間際PKで遠藤そして85分中村憲のロングシュート。先制、中押し、駄目押し、最高の初戦だと思った瞬間から歯車が狂いだした。そして『最高のパス』からバーレーンの1点目が生まれた。

あのパスを『最高のパス』と表現する理由は三つある。一つ目は「得点に直結するパス」ということ、二つ目は「試合の流れを変えるパス」。試合は日本が終始リードしていたにも関わらず内容はどちらに転ぶかわからない状況だった。1-3となったことでバーレーンの選手とサポーターは希望を手にした。

最後に三つ目は「相手の逆をとるパス」だったということだ。あの場面、右サイドからグラウンダーのクロスに日本の選手は誰も反応できなかった。近野は見送り、内田は相手と身体を入れ替えられた。足を一歩出すだけで防げたのに何故でなかったのか?ここからは私の予想なのだが3-0で勝っているという安堵感、湿度の高さと疲れからシンキングスピードが低下し徹底してハイボールで攻撃してきていたバーレーンに日本の選手はグラウンダーが来ると予測できなかったのではないだろうか。
「足を動かす」という意思に反して身体は鈍行を辿り、見送ったボールはゴールへと吸い込まれる。DFにとってこれほど残酷なパスがあるだろうか。故意か偶然か張り巡らされたハイボールという伏線は試合を劇的に変えた。バーレーンの選手が放ったグラウンダーのパスには多くの情報がつまっていて日本のDF陣は情報を消化できずフリーズしたのだ。

これだから真剣勝負は面白い。

日本では「終盤、集中力を欠いた締まりの無いゲームだったが勝ててよかった」というのが見方だがバーレーンの素晴らしい得点が試合を盛り上がらせる一つの要素であったこと覚えておきたい。

posted by leraditoni |22:25 | 国内サッカー | コメント(4) | トラックバック(0)
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2008年08月12日

北京五輪の2試合から観る日本サッカーの課題

サッカー五輪日本代表のメダル獲得という夢は潰えた。初戦のアメリカ戦に続きナイジェリア戦にも敗れ、2敗でグループリーグ敗退が決定した。

試合序盤に得た決定的なチャンスを決めきれず、先に失点して負ける。この展開はサッカー選手にとって試合内容以上に敗北感を感じる結果となっただろう。

試合を通して通用する部分がまったくなかったわけではない。日本が誇る両サイドバックの内田と安田の味方を追い越す動きからの攻撃だ。本田圭や香川にボールをシンプルに預け、長い距離を走ってのクロスなどサイドから好機を演出していた。

しかし、いかに良いクロスを上げても点が決まらなければ勝てない。サイドを基点とする攻撃がメインなのだが世界レベルの身体能力を持つFWがいない日本は点で合わせる李や豊田、本職はボランチながら得点力のある谷口を前線に置く事で活路を見出そうとした。

それには高い精度のプレーが求められるが日本の選手はまだ自分達の目指すサッカーレベルに達していなかったというのがこの2試合を観た私の考えだ。

目指すサッカーが出来なかった理由として「経験値の差」が挙げられる。

第2戦のナイジェリア戦で特に感じたのが早いプレスの中でのボールを「止める」「蹴る」技術の大切さだ。ナイジェリア選手の多くが海外のトップリーグでプレーしていて早いプレッシングのプレーに慣れている。逆に多くがJリーグでプレーする日本選手は相手のプレスに「良い判断」をすることが出来ずミスを重ねた。

本田圭が「オランダでやってみてJリーグでは経験できないようなプレスの中で試合が出来たのは大きい」とインタビューで語っていたがまさにその差が結果としてでたのではないだろうか。


サッカーは『限られた時間とスペースの中で最善の選択をし続ける』ことが大切なスポーツで若い頃から海外遠征や国際大会を経験している今回の五輪日本代表の選手ですら世界のゲームスピードについていくことがままならない。

日本サッカーの課題として挙げられる「決定力不足」や「身体能力の違い」などよりも最重要課題は「世界トップレベルのゲームスピードに慣れる」ことではないだろうか。

posted by leraditoni |22:05 | 北京オリンピック | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年07月02日

ロシアの敗因と原因を考える

90分で枠内シュート「1」これでは点は入らない。初戦で大敗したスペインに対しロシアは、自分達の持ち味を出せずに準決勝で姿を消した。

 準決勝のスペイン戦では本来の積極的なプレスは陰を潜め「受け」にまわってしまった。
その要因としてゲストで来ていた日本代表の岡田監督は「準決勝まで来たという達成感」と「ここまで来たのに負けてしまう怖さ」からディフェンスラインが下がり、受けにまわってしまったのではないかと言っていた。ロシアがスペインに勝つには前半からプレスをかけ続けリスクを負う戦い方がベストだったが序盤で後手を踏んだことで点差以上の敗北感を味わう結果となった。失うものは何もないはずのロシアだったがグループリーグ初戦でディフェンスラインの裏を取られ、大敗した嫌なイメージがロシアの選手にあり「勝ちたい」ことよりも「負けたくない」という気持ちが強かったからと考えられる。

 サッカー選手がディフェンスをする時に一番嫌なのは「自分の背後をつかれる」ことだ。自分の背後をカバーする為にアプローチの出足が遅くなりプレスをかけれずボールを回されるというパターンは往々にしてあることだ。そしてディフェンスラインが下がるという事はトップとの間が空くという事なのでロシアの特徴でもある「ボールホルダーを追い越す動き」が出来ず攻撃の形を作れなかった。
 だがマイナス面だけではないのがサッカーの面白いところだ。ロシアが引いた事でスペインはFWのフェルナンド・トーレスとビジャに勝負させるボールをなかなか入れることが出来ず、ショートパスを繋ぎながら隙を突く攻撃がなかなか形にならなかった。

 試合を変えたポイントは「ビジャの負傷退場」と「後半早々からのロシアのプレッシング」だ。前半34分にビジャにかわりセスクが入ったことでより縦にはやく仕掛ける意識がスペインに見られ始めた。ロシアにディフェンスを整える時間を与えないことで徐々に本来のパスワークが戻ってきたこと。そして後半開始からのロシアの積極的なプレッシングが裏目にでる形となった。シャビ、イニエスタ、セスク、シルバの「クアトロ・フゴーネス(4人の創造者)」によるパスワークでプレスをかわされ攻撃のスペースを与えてしまったことが結果的に敗因となった。

 もともと期待のされてないロシアが準々決勝で今大会最強と言われたオランダを延長戦の末に倒した試合はまさに「ミラクル」だった。
 スポーツニュースなどでは終始積極的に攻撃姿勢を貫いたロシアの完勝のような報道が多かった(時間や放送権の都合もあるだろうが)が実際は負けてもおかしくなかった。
 
 オランダのセットプレーでロシアの選手はラインを気にするあまり飛び出す選手に対してマークを再三外していた。前半からファンデルファールトのボールにファンニステルローイが飛び込み、ゴールを脅かしていた。予選のようなサッカーが出来ない中でどうすれば勝てるかという所をオランダの選手がわかっていれば試合は自力で勝るオランダが有利だったと思う。
 ロシアの勝利は、前線からの積極的なプレスとバイタルエリアでパブリチェンコとアルシャビンがボールを呼び込む事でチームに連動性のあるプレーが出来たのが鍵だった。それにより左のジルコフや中央のトルビンスキーらが積極的な攻撃参加で空いたスペースを有効に使えたのだ。

 勝ち続けることで得られる名誉や達成感は一種の麻薬だ。表しようのない快楽と同時に負けることへの恐怖を生む。
 それでもオランダを倒し準決勝まで残ったロシアへの賛辞は送られるべきだ。アルシャビン、パブリチェンコ、ジルコフなどタレントはいる。ただ彼らは勝つことに慣れていなかっただけなのだ。
 
 2年後のW杯でEURO2008からどれだけ成長した姿を見せてくれるのか。厳しいヨーロッパ予選で幻の決勝戦「ロシアvsドイツ」が最終節にあるのも今から楽しみである。

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posted by leraditoni |23:58 | ヨーロッパサッカー思案 | コメント(3) | トラックバック(0)
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2008年06月24日

「イタリアサッカーの美学」を貫き通した敗戦 EORO2008 イタリアvsスペイン

スコアレスドローの延長戦を経てのPK戦で両国が見せたサッカーは対照的だった。

シャビを中心にしたショートパスとシルバやビジャトーレスのドリブルを中心に攻めるスペインに対し、イタリアはMFとDFのラインを整え攻撃のスペースを無くすことで応戦した。ボールホルダーへのアプローチとカバーを誰一人さぼることなく繰り返してスペインの攻撃を防いでいた。

以前に『明確なプレービジョンがあるから選手は正確な“選択”ができ“勝者のメンタリティー”がうまれる』と書いたことがあるがイタリアにはプラスαがあった。

それは「美学」だ。

イタリアには守りきることに対する「美学」がある。1対1の場面では粘り強く守り、シュートには身を挺して防ぐ。どんな攻撃も跳ね返す守備に対する『ディシプリン』は選手全員に浸透していてその動きは芸術的ですらある。急造のDFラインながら相手の攻撃に対してラインをこまめに上下する事でボールと相手を常に視野の中でプレーさせていた。

そして機を見た鋭いカウンターは相手の攻撃の意思を刈り取る鉈のような切れ味だ。
事実スペインの両サイドバック、カプデビラとセルヒオ・ラモスの深い位置までの攻撃参加がほとんどなかったのは、ザンブロッタとグロッソに自分の裏のスペースを使われるのを怖れたからだ。

しかし、イタリアにも誤算はあった。ピルロの不在と延長後半終了間際のブーイングでディナターレがナーバスになっていたことである。

数少ないセットプレーやカウンターのチャンスを活かすためにもピルロの正確なキックは必要不可欠だった。GKとDFラインの裏へ正確なパスが出せるピルロがいればトニのポストプレーから決定機を生み出せたに違いない。

そしてPKを外してしまったディナターレ。ボールを奪われた後、ピッチにうずくまり試合を止めてくれというアピールがスペインの好機を潰す形となりスペインサポーターのブーイングを浴び続けることとなった。今にも泣きそうなディナターレに不運だったのはPK戦をするゴールがスペインファンの待つゴールだったことだ。

それでもPKを蹴ったディナターレには勇気に拍手を送りたい。舞台は大きく違えど私も緊迫した場面でのPK戦で蹴った事がある。目の前が真っ白になり無意識になるとはこういうことかと思ったのを覚えている。
困難な場面に立ち向かう勇気を持つものを批判できる人間はこの世にはいない。

セスクのPKが決まった瞬間、カメラはスペインの選手がカシージャスに飛びつき喜びを爆発させている場面からうなだれるイタリアの選手達を映していた。
PKを失敗し泣いているディナターレをカッサーノやブッフォン、パヌッチが抱きかかえながら声をかけていた。
「お前が恥ずべき事はなにもない」といったのだろうか。

自分達の戦いをやりきったというプライドと敗戦のショックの中で抱擁を交わすイタリアの選手達に「敗れてもなお美しい」イタリアサッカーの真髄をみた気がした。

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posted by leraditoni |00:15 | ヨーロッパサッカー思案 | コメント(9) | トラックバック(0)
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2008年06月20日

勝者のメンタリティー EURO2008 イタリアvsフランス マッチレビュー

追い込まれた状況で本来のパフォーマンスを出すにはどうすればいいのか?
それは選手一人一人の役割を明確にし、「勝利」という目標に向かってチームとして戦う事だ。


EORO2008 グループC イタリアvsフランス 負けられない一戦を制したのはどこよりも“自分達を知っている”イタリアだった。


レツィグルントスタジアムに入ってきたイタリアの選手は自分達の勝利を信じて疑わない顔をしていた。特に今大会初スタメンのカッサーノは国歌を大声で歌うなどメンタルの充実がうかがえた。

対してフランスの選手はオランダ戦のショックを消化しきれていないように見えた。
1-4の敗戦。まったく歯が立たないわけではないが勝てない試合をした選手の精神状況は何を信じていいのかわからない不安定な状態だ。
「勝つしかない。でもどうやって?」
フランスの選手はチームとして勝つ術を見出せていないように感じた。

勝者のメンタリティーとは漠然と持てるものではない。

ピッチ上のパフォーマンスとメンタル面は密接に関係している。
そしてフランスは一瞬にして多くのものを失った。

リベリーの負傷退場、アビダルのレッドカード。しかしあれは不運だけではなかったように思う。

ザンブロッタをスピードに乗らせまいと遅れて身体をぶつけたリベリーは、あそこで絶対にザンブロッタを潰さなければいけない場面ではなかったのではないか。
ザンブロッタの前方に広大なスペースがあったにしてもリベリーのスピードならばエブラと連携する為にもコースを限定しながら対応することも出来たはずだ。


ピルロの芸術的なスルーパスに反応したトニを倒し退場になったアビダルにしても決定的なシュートを外しまくってしたトニを後ろから無理矢理倒す必要があったのだろうか。強いシュートを打たせない為に身体を寄せつつGKのクペの出る時間を取れなかったのか。

全て結果論だが状況を変える術はあった。何故リベリーとアビダルはあのプレーを選択してしまったのか。


サッカーは限られた時間の中で最良の選択をし続けなければいけないスポーツだ。

最良の選択をし続ける為には、チーム、個人ともに明確なプレービジョンが必要である。どうすれば点が取れるのかどうすれば点を取られないのか、自分達の長所と短所を理解することから始まる。

これはチームの経験値と関係していて準決勝に進むドイツには変わることのない質実剛健さがある。イタリアにあってフランスに足りなかったもの。それは、勝ち続ける事で得た経験値からなる普遍の精神「勝者のメンタリティー」だったのではないか。

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posted by leraditoni |20:57 | ヨーロッパサッカー思案 | コメント(9) | トラックバック(0)
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2008年06月17日

近代五種レポート

阿部@JISS情報研究部から。
各国の国内事前合宿に関連し、近代五種の菊地さんから現状の課題に関する情報
提供をいただきました。


◆国内事前合宿の受け入れに関わる課題=近代五種

北京オリンピックに向けた近代五種における各国の国内事前合宿については、ア
メリカを始めとして数カ国から問い合わせを受けているものの、「銃刀法」にお
いて「競技会以外は銃の持ち込みが出来ない」ことが規定されているため、現状
では受け入れることが出来ない。

その背景として、銃刀法における競技の位置づけが低いことが挙げられる。これ
は銃を使用して競技を行う人数が他の目的や非合法で持っている人数に比して圧
倒的に少なく、「世論」を形成できない状況にあるからである。

近代五種における国際競技力向上戦略を考える上で、今後の一つの大きな課題と
言える。

[情報提供:(社)日本近代五種・バイアスロン連合 菊地孝之]

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posted by leraditoni |14:40 | 北京オリンピック | コメント(0) | トラックバック(0)
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