2010年03月05日

【千葉ロッテ】 先発6番手に川越が浮上

実績十分…川越、先発6番手に急浮上

 ロッテに新加入した川越が先発6番手に急浮上した。先発ローテーションは成瀬、渡辺俊、小野、唐川、大嶺まで確定。6人目は決まっていないが、7年ぶりの移動日全体練習第1弾となった山口・西京スタジアムで西村監督が「川越も当然、候補の1人」と明かした。

 オリックスから昨年、戦力外通告を受けた川越だが3度開幕投手を務めるなど実績は十分。今春の紅白戦、オープン戦では中継ぎで計2回無失点と好調で、今後は先発で起用する。

[2010年03月05日 スポーツニッポン〕



オリックスの中心選手として、
開幕投手を務めるなど、実績は十分です。
すでに川越の投球は見ましたので、候補に上がるのも
うなづけます。

ただ、個人的には開幕ローテから
ベテランに6番手を託さないでもらいたいというのが正直な気持ち。
他5球団と一巡するまでは、少し猶予を与えてほしいですね。

そして、個人的には昨年までの高木や小宮山のポジションで
しっかりと流れを食い止めるベテランらしい存在感をリリーフで発揮
してもらいたいなという思いがあります。

別に、吉井の二の舞がよぎっているわけではありません。

先発6番手は
この時期だからこそ木村や上野を試してもらいたい。
彼らはこれからローテに食い込んでこなければいけない選手たちです。
1軍で足りないものを見つけてこそ、2軍でもしくは別の役割で
ひっしこいて練習する、投げる意味がある。そう思います。

全く通用しない選手を1軍で試すのは無謀ですが、
社会人組、ドラフト上位、つまり即戦力の意味で獲得した
選手の育て方、起用法はまた違うはずです。

すでに管理人には、
今季の開幕1軍投手枠がおおよそ出来上がっています。
マーフィーは外しましたが、多分枠に入るでしょうね……
でもやがて外れると予想しています。
投手陣は14人編成。


〔先発〕

成瀬、俊介、小野、唐川、大嶺、(木村、上野、コーリー、川越の1人)

〔中継ぎ〕
藪田、川越(コーリー)、荻野、川﨑(服部か松本かマーフィー)、
(上野)、内、伊藤

〔抑え〕
小林宏之

当然、私には何ら決定権がありません。
ぜひ、若手には奮起してもらいたいです。

posted by kt0120 |11:10 | 千葉ロッテ ’10シーズン | コメント(0) | トラックバック(0)
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2010年03月05日

【明大ラグビー】 明治の誇り・元木引退へ

“ミスター・ラグビー”神戸製鋼・元木引退

 ラグビー元日本代表で歴代最多の79キャップを誇るCTB元木由記雄(38)=神戸製鋼=が現役を引退することが4日、分かった。5日に神戸市内で会見して正式発表する。

 元木は日本人離れしたコンタクトの強さで、19歳で日本代表入り。W杯には91年の第2回大会から4大会連続で出場。96年には日本代表主将も務めるなど、日本ラグビーを牽引(けんいん)して“ミスター・ラグビー”とも呼ばれた。03年度のトップリーグ(TL)元年には最優秀選手(MVP)にも選ばれた。

 原因不明のパニック障害や度重なるけがを乗り越えて、今季も公式戦8試合(うち先発2試合)に出場したが、慢性的な両足アキレス腱(けん)の痛みと、年齢的な衰えから現役引退を決めた。7日のTLオールスター戦(レベス)が現役最後の試合となる。

 今後は神戸製鋼のコーチ就任が濃厚だが、豊富な国際試合の経験を買われて、正代表予備軍の日本A代表、U-20日本代表のコーチングスタッフ入りも期待されている。

〔2010年3月5日 サンケイスポーツ〕



遂に、元木もユニフォームを脱ぐことになりました。
他にも藤や増保など花の94年組と呼ばれることもありました。

日本代表キャップ数が物語るように、
まさに90年代日本ラグビー界の象徴でありました。

そして、何よりも明治大学ラグビー部出身ということで
私たちにとっても誇りの選手です

社会人になってからはパニック障害や、
ラグビー人生の危機ともいえるような度重なるケガに
見舞われながらも、そのたびに彼は蘇りました。

また、努力によって培われた技術があればこそ、
急造のSOを任されたこともありましたね。

骨折してもバットマンで出場したり、社会人よりも大学ラグビーが
メインで楽しむ自分でも、元木の勇姿が印象に残っています。

さて、僕が物心ついたとき、テレビの向こうですさまじいスピードと
当たり負けしない強じんなフィジカルを発揮しまくっていた選手が
彼でした。その試合は、あの同志社戦でした。
テレビの前で興奮しまくった思い出があります。

あのスピードをもって
センターで縦にアタックされたら、強烈です。
彼のプレーは、まさしく明治の伝統「前へ」を体現していました。

吉田、永友、小村さん以上に、僕はこの選手を見て、
明大ラグビーへの憧れを強く抱いたのだと、
今振り返ればそう思います。

僕がまず大学に入学して、授業をサボって
和泉校舎の視聴覚棟(AV棟)で最初に
明治の過去の試合を選んだのは、

やっぱり、大学選手権の同志社戦。
あれは、赤塚のフォローしていた天野もさすがですが、
自陣深くからの元木のアタック、これが全てです。

今後は、協会で育成年代の強化に当たるとのこと。

最終的には、明治に指導者として、
ぜひカムバックしてもらいたいと、強く期待しています。

本当に現役生活、お疲れ様でした。

4月のオール早明慶で、ぜひ以前の吉田監督のような
引退試合をしてもらいたいです。

そうすれば、またまた秩父宮が盛り上がることでしょう。

posted by kt0120 |10:50 | 明大ラグビー【杉本博組】 | コメント(3) | トラックバック(0)
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